↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
市影譚 ―怪異を解する―  作者: 宮城 歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/70

5-3 警察②


 警察署を出る頃になって、栞はようやく小さく息を吐いた。


「あー……緊張しました」


「何も悪いことしてないのに?」


「雰囲気ですよ」


 二人は駐車場へ向かうため、入口へ歩いていく。


 その途中で、桂一が栞の肩を指先で軽く叩いた。


「相沢、ちょっとよく見ときな」


「え?」


 桂一が目線だけで入口の方を示す。


 背の高い観葉植物。


 壁際には、高さの違う位置に小さな色付きの目印がある。


 言われるまで、栞はまったく気付いていなかった。


 自動ドアを抜けたところで、桂一が笑う。


「入った時、結構見られただろ?」


「見られました。ちょっと怖かったです」


「あれさ、別に相沢が怪しかったからじゃないよ」


「違うんですか?」


「入ってきた人の特徴を見てるんだよ。服装とか、身長とか」


 栞が入口を振り返る。


「さっきの目印ですか?」


「そう。ああいうのがあると、後から特徴を思い出す時の目安になる」


「観葉植物も?」


「置く場所や大きさが分かってれば、横を通った人がどのくらいの身長だったか見当つくだろ」


「そんなところまで見るんですね」


「警察署だからね」


 栞は改めて入口を見る。


 入る時は緊張していて、そんなものがあることすら気付かなかった。


「桂一さん、なんでこんなことまで知ってるんです?」


「親戚に刑事がいてね」


「刑事?」


「昔、教わった」


 桂一は駐車場へ歩きながら続けた。


「学ぶ時なんて、一瞬、一言だったりするんだよ」


「一言?」


「でも、その一言で一生使える知識をくれる人がいる」


 ノアの前まで来ると、桂一が鍵を開けた。


「そういう人は尊敬できる、って俺は思ってる」


 栞は少しだけ足を止めた。


「その刑事さんのこと、尊敬してるんですね」


「まあね。元刑事だけど」


「初めて聞きました」


「話してなかったからね」


 桂一はそれ以上説明せず、運転席へ乗り込んだ。


 栞も助手席へ乗り、シートベルトを締める。


「でも、一つ気になったんですけど」


「何?」


「朝に行かないと港は人がいなくなるって言ってましたよね」


「言ったね」


「だったら、港を先にした方が良かったんじゃないですか?」


「ああ」


 桂一はエンジンを掛けた。


「本当は俺も、港へ先に行きたかったよ」


「やっぱり」


「時間だけ考えれば、その方がいい」


「じゃあ、なんで警察から?」


「『警察に行ってきた』って事実を作るため」


「……事実を作る?」


「そう」


 桂一は何でもないことのように答えた。


「これから宍戸さんに会って、『転落した本人から話を聞きました』だけだと、まだ個人の相談を持ってきた人なんだよ」


「はい」


「でも、『本人に会って、そのあと警察にも確認してきました』になると、少し違うだろ?」


 栞は考える。


「……ちゃんと取材してる人になる」


「そういうこと」


「しかも、さっき斎藤巡査長が夜の巡回を増やすって言ってました」


「それも使える」


 桂一がウインカーを出した。


 警察署の駐車場だからだろう。


 普段より少しだけ慎重に、ノアを発進させる。


「『先ほどS市警察署の斎藤巡査長にもお話を伺ってきまして、しばらく夜間巡回を増やす予定だと仰っていました』」


「それだけ聞いたら……」


「警察とも話が通ってるように聞こえる?」


「かなり」


「でも、一言も嘘はない」


「ないです」


「警察にとっても悪い話じゃないよ。後で市民から『何やってたんだ』って聞かれても、地域メディアにも協力して注意喚起したって言える」


「こっちは港の人から信頼してもらいやすくなる」


「向こうは注意喚起の手段が増える」


「どっちも得?」


「そういうこと」


 栞は少し黙ってから、桂一を見る。


「桂一さん、なんか昨日からずっと凄いですね」


「カッコイイか?」


「そうして聞くのはカッコ悪いです」


 栞は笑った。


「厳しいな」


「でも、本当に上手いです」


「何が?」


「信頼される話し方です」


 桂一は少し考えた。


「本当のことを、相手が知りたい順番で話してるだけだよ」


「それが出来ないんですよ、普通は」


「不思議だな。俺には、出来ない方がよく分からない」


 自慢するでもなく、本当にそう思っているようだった。


「ああ、そうだ」


 桂一が思い出したように言う。


「最後にちらっと聞いたけど、S市警察署の名前は出していいらしい」


「本当にちらっとでしたね」


「『確認しました』くらいしか書かない方がいいけどな」


「どうしてです?」


「警察が何かを断定したみたいに書いたら駄目だろ。確認した事実だけ使えばいい」


「なるほど」


「相沢も名刺交換したよね?」


「はい」


「貰った名刺には、日付と時間、それから何を話したか簡単に書いておくといいよ」


「名刺に?」


「裏でいい。今日なら、何月何日何時、S港の転落事故と夜間巡回について確認、とか」


「へえ……」


「何かあった時に、この人に聞いたって言えるし、いつ確認したのかも残る」


 栞は名刺入れから、斎藤の名刺を取り出した。


「確かに、何ヶ月か経ったら忘れそうです」


「忘れるよ。取材が増えれば、なおさらね」


「記事にも使えます?」


「使える。『何月何日時点でS市警察署へ確認』って書けるだけでも、記事の信頼度は上がる」


 桂一は前を見ながら続けた。


「ついでに、記事の最後に警察署とか県警の案内ページも載せればいい」


「注意してください、だけで終わらせないんですね」


「読んだ人が、次にどうすればいいかまで分かった方が役に立つからね」


 栞は名刺の裏へ今日の日付を書き始めた。


「慣れすぎてて怖いです」


「何が?」


「全部です」


 栞は苦笑した。


「私、桂一さんみたいにやる自信ありません」


「俺みたいにはやらなくていいよ」


 栞が顔を上げる。


「やり方なんて、人それぞれだから」


 桂一は何でもないことのように言った。


「読者とか、地域の人の役に立つ。最後にそこへ辿り着ければ正解だよ」


 栞は手元の名刺を見た。


 今日の日付。


 斎藤巡査長の名前。


 夜間巡回。


 ほんの数行。


 けれど、それまで知らなかった仕事のやり方が、また一つ増えていた。


 ノアはそのまま、S港へ向かって走っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。