↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
市影譚 ―怪異を解する―  作者: 宮城 歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/73

1-4 五万


「桂一」


「はい」


「置いてくぞ」


「今行きますよ」


 佐原はもう軽トラックに乗り込んでいる。


 桂一も助手席へ戻った。


     *


 山を下りるまで、佐原はほとんど喋らなかった。


 桂一も途中から質問するのをやめた。


 聞いても答えない。


 それだけは、もう分かっていた。


 舗装路へ戻り、しばらく走ったところで、佐原が街道沿いのコンビニへ軽トラックを入れた。


 白い照明が、やけに明るく感じた。


 駐車場には仕事帰りらしい車が何台か停まっている。


 自動ドアが開く。


 電子音。


 流行りの曲。


 弁当の棚。


 雑誌。


 コピー機。


 レジ横の揚げ物。


 制服姿の高校生。


 どれも見慣れたものだった。


 ついさっきまでいた山と、同じ日の出来事とは思えない。


「なんか買ってくか?」


「コーヒー」


「俺もだ」


 二人でカップのコーヒーを買い、並んだ抽出機へセットした。


 甘い香りが、少しずつ現実へ引き戻してくれる気がした。


 外へ出て、軽トラックの横で一口飲む。


 佐原は煙草に火を点けた。


 セブンスターの匂いが漂う。


 コーヒーはいつもの味だった。


 それだけで少し落ち着いた。


「ほら」


 佐原が茶封筒を差し出した。


「なんです?」


「今日の分だ」


 受け取って、中を見る。


 紙幣が入っている。


「……五万」


「言ったろ。割はいい」


「本当に五万なんですね」


「嘘ついてどうすんだ」


 五万円。


 電話を受けたときは、新しい機材が買えると思った。


 今は、あまり嬉しくなかった。


「これ、佐原さんはいくらなんです?」


「俺のことはいい」


「同じ?」


「気にすんな」


「今日、それ何回目です?」


 さすがに笑えてきた。


 佐原は答えず、コーヒーを飲んだ。


「……あの人たち、何なんです?」


「知らん」


「前にも仕事もらってるんですよね?」


「もらってる」


「だったら何か知ってるでしょう」


「知らんもんは知らん」


「灰島って人は?」


「名前は知ってる」


「それだけ?」


「それだけでいい」


 どう考えても、それだけではよくない。


「俺を紹介しましたよね」


「ああ」


「勝手に」


「ああ」


「これから俺に仕事が来るってことですか?」


「来るかもな」


「そこ、本人に確認してからにしません?」


「嫌なら断れ」


「簡単に言いますね」


「金はいいぞ」


「そこは認めますけど」


 桂一は封筒を閉じた。


 金額だけを見れば、かなり割のいい仕事だった。


 実際、運んだ距離も大したことはない。


 山の中から軽トラックまでソリで運び、荷台に載せただけだ。


 それで五万円。


 ただ、もう一度やりたいかと聞かれれば、すぐには答えられなかった。


「これって、犯罪に巻き込まれたりしてませんか?」


「それはない」


 佐原は即答した。


「分かりました」


 桂一にとって、その一言は重かった。


 佐原を信頼している。


 だから、そこだけは疑わなかった。


「あいつらは、そういうことは一切しない」


 そういうこと、とは犯罪行為のことだろう。


 紙コップを持ったまま、佐原がこちらを見る。


「桂一」


「はい?」


「帰ったら、全部洗え」


「全部?」


「洗剤ぶっ込んで、服も靴もだ。手袋とか、捨てられるもんなら捨てろ」


「洗剤で?」


「ああ」


「罠に匂い付くじゃないですか」


 山で使う服や道具には、強い匂いを付けたくない。


 獣は鼻が利く。


 洗剤の匂いが残ったものを、そのまま次の見回りへ持っていくのは嫌だった。


 佐原は呆れたような顔をした。


「今日はそっち気にしてる場合じゃねえ」


「でも――」


「知らんもんは知らんが、あいつら自分らだけ防護服みたいなやつ着てただろ」


 言われて、黙った。


 白くて厚い服。


 顔まで覆うような装備。


 軽トラックからブルーシートを下ろした人間も、あの格好だった。


 桂一は普通の作業着で触った。


 急に嫌な予感がした。


「……まあ」


「だったら洗え。捨てられるもんは捨てろ」


「何か感染するようなものなんですか?」


「知らん」


「じゃあ――」


「知らねえから言ってんだ」


 佐原の声が少し低くなった。


「分かってんなら、それに合わせりゃいい。分かんねえなら、とりあえず自分でできることやっとけ」


 妙に納得した。


「……分かりました」


「あと、今日見たもん、面白半分で喋んなよ」


「ネットにも?」


 佐原が桂一を見る。


「特にそこだ」


「でも、記録くらいは残しますよ」


「好きにしろ」


 意外だった。


「ただ、表に出すかはよく考えろ」


「そんなにまずいんですか?」


「知らん」


「またそれですか」


「知らねえもんを、知ってるふりして話す方がまずいだろ」


 それには反論できなかった。


 佐原はコーヒーを飲み切った。


「俺は面倒事が嫌いなんだよ」


「俺だって好きじゃないですよ」


「お前は違う」


「何がです?」


「分かんねえまま終わるのが嫌いだろ」


 何も言えなかった。


 佐原は煙草を消し、空になったカップをゴミ箱へ放り込んだ。


「帰るぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。