1-2 ブルーシート
軽トラックはさらに林道を進み、道幅が狭くなったところで停まった。
ここから先は歩きだった。
佐原が荷台からソリを下ろす。
桂一はロープと必要な道具を持った。
地面は湿っていた。
昨夜、少し雨が降ったらしい。
落ち葉の下に水分が残り、歩くたびに長靴の底が柔らかく沈む。
何度か来たことのある山だった。
佐原が見ている罠も、この周辺にいくつかある。
桂一も何度も手伝っている。
山の中では、必要のないことはあまり話さない。
足元を見る。
木を見る。
地面を見る。
獣道の跡を見る。
山は静かに見えて、痕跡だらけだ。
しばらく進むと、佐原が足を止めた。
桂一も止まる。
少し先に、白いものが見えた。
石灰だった。
土の上に、白い粉が広く撒かれている。
その中央にブルーシートがあった。
いや。
ブルーシートに包まれた、何かがあった。
「……あれですか?」
「ああ」
二人で近づく。
最初に感じたのは臭いだった。
消毒薬に似た、鼻に残る刺激臭。
土と草の臭いに混じっている。
「豚熱か何かですか?」
「聞いてない」
「石灰撒いてますよね」
「見りゃ分かる」
桂一は少し眉をひそめた。
「豚熱疑いなら、俺たちが勝手に運んでいいんですか?」
佐原は答えなかった。
「佐原さん?」
「俺も聞いた」
「で?」
「答えなかった」
「余計怪しいじゃないですか」
「だから余計なことするなって言ってんだ」
ブルーシートは何重かに巻かれているらしく、中身は見えない。
ロープできつく縛られていた。
それを見て、桂一の足が止まった。
細い。
イノシシにしては、妙に細長い。
「これ……」
桂一はしゃがみ込んだ。
シートには触れない。
形だけを見る。
きつく包めば、多少は輪郭も変わる。
それでも、イノシシならもっと胴が太い。
筋肉がある。
重さのある形をしている。
そして何より。
桂一はブルーシートではなく、その周囲へ目を向けた。
地面。
草。
木の根元。
周囲の土。
妙にきれいだった。
大きなイノシシがここで暴れたなら、もう少し何か残るはずだ。
踏み荒らされた草。
掘り返された土。
抵抗した痕跡。
石灰で隠れている部分を差し引いても、静かすぎる。
「おい」
「なんです?」
「見るな」
桂一は顔を上げた。
「なるべく記憶に残らないようにしとけ」
「……何言ってるんです?」
「いいから」
佐原は冗談を言っている顔ではなかった。
「手袋、大丈夫だな」
ソリをブルーシートのすぐ横まで寄せる。
「持つぞ」
「はい」
二人で包みの端に手を掛ける。
「せーの」
持ち上げた。
「……え?」
思わず声が出た。
軽い。
予想していた力を入れたせいで、身体がわずかに浮くような感覚があった。
「軽くないですか?」
「そのまま載せろ」
「いや、これ」
「載せろ」
ソリへ下ろす。
桂一は、もう一度包みを見る。
イノシシを運んだことは何度もある。
見た目から重さを予想して、大きく外すこともある。
だが、これはそういう差ではなかった。
見た目と重さが、噛み合っていない。
ロープを掛ける。
軽トラックまでは、そう遠くない。
二人でソリを引いた。
山の中を延々と運ぶような距離ではない。
それでも、横にある包みが気になった。
ブルーシートが枝に擦れる。
ソリが湿った土の上を滑る。
佐原と並んで歩きながら、桂一は何度か横目で見る。
細い。
長い。
どう見ても、イノシシの身体には思えない。
「これ、本当にイノシシですか?」
「イノシシって聞いてるよ」
「いや、見た目が全然違いますけど」
「気にするな」
「いや、気にしますよ。だって、まるで――」
「言うなっ」
佐原が止まった。
桂一も足を止める。
佐原がこちらを向いた。
表情が変わっていた。
「いいか?」
低い声だった。
「気にするな」
続きを言えなかった。
「……分かりました」
「行くぞ」
軽トラックは、もう見えている。
そこまで包みを運び、ソリを荷台の横につけた。
「上げるぞ」
二人で持ち上げる。
やはり軽い。
ブルーシートに包まれたものを荷台へ載せた。
ソリとロープも積み直す。
佐原が荷台を確認した。
「乗れ」
桂一は助手席に乗り込んだ。
エンジンが掛かる。
軽トラックが動き出した。
荷台に載せたものの姿は、もう見ない。
なのに、さっきより気になった。
後ろに何かが載っている。
正体の分からないものが、ほんの数十センチ後ろにある。
そう考えると、妙に落ち着かなかった。
佐原は黙って運転している。
さっき言いかけた言葉だけが、頭に残っていた。
だって、まるで――。
そこから先は、考えないことにした。




