↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
市影譚 ―怪異を解する―  作者: 宮城 歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/70

2-9 情報番組


 放送当日の朝。


 桂一は、いつもより少し早く仕事部屋へ入っていた。


 白いシャツ。


 黒に近いネクタイ。


 普段は適当に流している髪も、今日はきちんと整えてある。


 番組側から指定されたオンライン接続を確認し、イヤホンとマイクを調整する。


 テレビ出演といっても、スタジオまで行くわけではない。


 市影譚の仕事場から中継で参加する形になっていた。


 放送開始の少し前。


 県立K西高校写真部のグループチャットへ、桂一は短いメッセージを送った。


『八時過ぎからです。学校名も出る予定なので、見られる人はどうぞ』


 ほぼ同時に。


 栞にも連絡を入れる。


 昨日まで休みにしていたため、番組の詳しい時間を知らせるのも兼ねていた。


 すぐに着信があった。


 映像付きだった。


「おはよう」


『……桂一さんがまともな格好してる』


「いつもまともだろ」


 失礼なことを言う従業員である。


『そうですけど、今日は髪も整ってるし、ネクタイ締めてます』


「朝の情報番組なんだから、多少は整えないと失礼だろ」


『だからって……』


 栞の後ろからテレビの音が聞こえる。


 今日は家で見るらしい。


 画面の端に、誰かが通った。


「家族もいるの?」


『いますよ。朝からみんなでテレビ待ってます』


「大げさだな」


『全国放送に出る人が何言ってるんですか』


「俺は数分だよ」


『その数分が珍しいんですよ。普段、絶対顔出さないじゃないですか』


「今回は事情があるからね」


『写真部のため?』


「まあ、それもある」


『それも?』


「始まるぞ」


『誤魔化した』


「切るよ」


『あ、待って。始まりました』


 栞の声と重なるように。


 桂一の手元のモニターにも、番組の音声が入った。


 全国放送の朝の情報番組、「Zipper」。


 ニュース。


 天気。


 芸能。


 生活情報。


 いくつかの話題が流れたあと。


 画面が切り替わった。


『続いては、いまSNSで注目を集めている、ちょっと不思議な話題です』


 K駅前の写真が映る。


 時計の数字が一部欠けている。


『埼玉県K市の駅前で撮影された、こちらの時計』


『肉眼では普通に見えているのに、写真に撮ると数字が消えることがあるというんです』


 少し不穏な効果音。


 続いて、栞の肘が歪んで写った写真。


『さらに』


『人の身体まで、不自然に歪んで写ることがあるという噂が』


「噂にしたか」


 桂一は小さく笑った。


 嘘ではない。


 テレビとしては、その方が入りやすいのだろう。


 そして。


 次に画面へ大きく出た文字を見て。


 桂一は眉を上げた。


『この謎を調査したのが、地域に残る不思議な噂や現象を独自に取材するWEBメディア――市影譚』


 サイトのトップページ。


 過去の記事。


 現地取材の写真。


 そして。


『これまでほとんど表舞台に姿を見せてこなかった、その運営者が――』


「そっちから行くのか」


 桂一は嫌な予感がした。


『水野桂一さんです』


 画面が分割される。


 自分の顔が大きく映った。


『水野さん、おはようございます』


「おはようございます。よろしくお願いします」


『よろしくお願いします』


 司会者が笑顔を向ける。


『まず驚いたんですが、水野さん、お若いんですね』


「二十九です」


『二十九歳。市影譚では、全国各地の不思議な噂を現地で調査されていると』


「そうですね。怪談そのものというより、実際に現地へ行って、どういう場所なのかを確認することが多いです」


『しかも今回、自治体への取材から専門家への確認まで、かなり本格的に調査されています』


「今回は特に、元になる記録がしっかりしてましたからね」


『水野さんご自身も、いろいろな資格や現場経験をお持ちだそうで――』


 来た。


 桂一は内心で思った。


 番組側としては。


 普段顔を出さない、少し変わったWEBメディアの若い運営者。


 そこを膨らませた方が画になるのだろう。


 事前取材で聞かれた経歴も、サイトに載せている範囲で伝えてある。


 話を広げようと思えば、いくらでも広げられる。


 だが。


 今回は、それをやりに来たわけではない。


「俺の経歴より、今回面白いのは高校生ですよ」


 司会者が一瞬止まった。


『高校生、ですか?』


「はい」


 桂一は笑った。


「今回の調査、俺たちが最初に見つけたわけじゃないんです」


 そこで。


 画面が切り替わった。


 県立K西高校。


 校舎の外観。


 写真部の部室。


 机の上に並ぶ写真。


 撮影日時。


 天候。


 使用機材。


 異常の有無。


 半年分の記録が映る。


『実は今回の現象を、半年間にわたって追い続けていた人たちがいました』


『県立K西高校、写真部の皆さんです』


 番組側も映像自体は準備していたらしい。


 司会者が話を続ける。


『写真部では、今年の初めから時計の異変に気づき、独自に記録を続けていたそうなんです』


「そうなんです」


『半年間ですよね?』


「半年です」


『高校生が、ですか』


「すごいでしょう」


 桂一は即答した。


『水野さんが調べた、ではなく?』


「俺たちは途中参加ですよ」


 笑いながら言う。


「写真部が半年先輩です」


 スタジオから笑いが起きた。


 その言葉は。


 K市で生徒たちにも言ったものだった。


「日付と時間だけじゃなく、天候や機材まで記録してくれてた。途中から記録方法まで揃えてるんです」


『かなり本格的ですね』


「だから、俺たちが現地へ行ったときには、もう半年分の土台があったんです」


 司会者が感心したように頷く。


『では、市影譚が謎を解明したというより――』


「一緒に調べた、が近いですね」


 桂一は言った。


「少なくとも今回の記事は、写真部の記録がなかったら成立してません」


 少しだけ。


 事実を学生側へ寄せる。


 本当なら。


 時計だけなら、現地へ行って比較的早い段階で原因へ辿り着いた可能性はある。


 だが。


 そんな話はどうでもいい。


 半年間続けた人間がいる。


 全国放送なら。


 そちらを映した方がいい。


 画面には写真部の活動風景が流れていた。


 生徒の顔は映さない。


 個人名も出ない。


 それでも。


 自分たちが作った表。


 自分たちが撮った写真。


 自分たちが半年間続けてきた記録が。


 全国放送の画面いっぱいに映っている。


 桂一はモニターを見ながら、少し笑った。


 これでいい。


 それから番組は、現象の検証へ移った。


 まず時計。


 教授が登場する。


 栞でも知っていた、あの有名な教授だった。


『時計については、かなり説明しやすい現象です』


 LED表示。


 表示の更新周期。


 カメラ側の読み出し。


 ローリングシャッター。


 図を使いながら、教授が簡単に説明していく。


『人間の目ではずっと点灯しているように見えていても、カメラは違う時間の切り取り方をすることがあります』


『そのため、数字の一部が消えたように写ることがあるんですね』


 続いて。


 人の身体が歪んだ写真。


『こちらは、時計とは別に考える必要があります』


 熱せられた舗装。


 ミスト。


 風。


 温度差。


 撮影位置。


 複数の条件が重なることで、光の進み方が局所的に変わった可能性。


『ただし』


 教授は、そこできちんと止めた。


『こちらは完全に再現できたわけではありません』


『現時点では、有力な説明の一つと考えるのが適切です』


 司会者が聞く。


『では、まだ謎は残っている?』


『そうですね』


 教授が笑う。


『分からないものを、分かったことにしないのも大切です』


 桂一は小さく頷いた。


 その言葉は気に入った。


 番組の最後。


 K駅前の日常の映像が流れる。


 歩く人。


 車。


 ミスト。


 そして。


 普通に時刻を表示している時計。


『昔からあった時計』


『新しく設置された暑さ対策』


『そして、誰もが高性能なカメラを持ち歩くようになった現在』


『怪異が強くなったのではなく』


『街と、私たちの撮影環境が変わったことで、見えるようになったものだったのかもしれません』


「うまくまとめるな」


 桂一は思わず呟いた。


 さすがテレビだった。


 放送が終わる。


 数分もしないうちに。


 栞から電話が来た。


「もしもし」


『見ました』


「どうだった?」


『思ったより普通でした』


「何を期待してたんだよ」


『いや、桂一さんが全国放送に出るって聞いたから、もっと事故るかと』


「失礼だな」


 電話の向こうで笑い声がする。


 栞だけではない。


 家族も近くにいるらしい。


『あと』


「ん?」


『親も見てました』


「そうか。まともだって言ってた?」


『ちゃんとした仕事してるんだねって言われました』


「……そりゃよかった」


 一瞬。


 返事が遅れた。


『まさか、それも考えてました?』


「考えてない」


『間がありましたけど』


「テレビ出るって決めたの、一昨日だぞ」


『そうですけど』


「そんなところまで計画できるか」


『桂一さんならやりそうなんですよね』


「買いかぶりすぎ」


 本当のことは言わなかった。


 出演を決める最後の理由の一つに。


 少しくらいは、栞の家族も安心するかもしれない。


 そう考えたことは。


 別に。


 本人が知る必要はない。


『でも』


「ん?」


『写真部、すごかったですね』


「うん」


『桂一さんより長く映ってたんじゃないですか?』


「それでいいんだよ」


『テレビ局は桂一さんを出したそうでしたけど』


「分かった?」


『分かりますよ』


 栞は笑った。


『何回話振られても、写真部に戻すんですもん』


「今回の主役はあっちだろ」


『市影譚の代表、初テレビ出演だったのに』


「そんなの次があるかもしれないし」


『あるんですか?』


「知らない」


 桂一も笑った。


 電話を切る。


 机の上に置いたスマホには、放送中から通知が増え続けている。


 全国放送に出た実感は。


 まだ、それほどなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。