2-8 拡散と注目
『記事公開されたよ! 今回は見どころ満載! 僕の後輩達が記事に載ってる!』
「……え?」
栞の指が止まる。
もう一度読む。
「桂一さん」
「何?」
「この人、K西高校出身だったんですね」
「そうなの?」
「後輩達って書いてます」
「へえ」
「へえって……」
栞はプロフィールまで確認した。
「本当だ。母校みたいです」
「地元って狭いね」
「相手が相手なんですよ」
意外な繋がりだった。
そして。
今度は、目に見えて動いた。
引用投稿の数字が、画面を更新するたびに増えていく。
『写真部すごい』
『母校じゃん!』
『市影譚って初めて見た』
『時計より人が歪む方が怖い』
『半年追った高校生すごくない?』
『市役所にも確認してるのちゃんとしてる』
『最初の写真募集、これのためだったのか』
声優のファン。
作品のファン。
K市出身者。
写真好き。
怪談好き。
これまで市影譚を知らなかった人たちへ、記事が一気に流れていく。
「桂一さん、ちょっとこれ」
「何?」
「アクセス」
栞が解析画面を開いた。
桂一も横から覗き込む。
「……ああ」
「ああ、じゃないですよ」
普段の記事公開時とは、数字の動きがまるで違った。
グラフが途中から急角度で上へ伸びている。
「文字通り桁が違うんですけど」
「声優ってすごいんだね」
「だから言ってるじゃないですか!」
桂一は感心したように画面を見る。
「これなら写真部も結構見てもらえるな」
「やっぱりそこなんですね」
「そこだろ」
夜になる頃には、検索から記事へ来る人も増え始めた。
サイトの訪問件数を確認するため、サーチコンソールを開く。
「……うわ」
「どうした?」
「これ見てください」
K駅。
時計。
市影譚。
関連する検索語の表示が、明らかに増えている。
それまで低い位置を這っていたグラフが、途中からほとんど真上に跳ね上がっていた。
「こんなの初めて見ました」
「記念にスクショしとけば?」
「します」
「するんだ」
「しますよ、これは」
桂一も笑った。
狙っていた以上だった。
写真部を有名にしたい。
最初から、そのつもりではあった。
それでも。
ここまで広がるとは思っていなかった。
「じゃあ、今日はここまでにしましょうか」
「うん。お疲れ」
「桂一さんもちゃんと休んでくださいね」
「はいはい」
「信用ない返事ですね」
「いいから相沢は休んで」
「お疲れさまでした」
栞が帰ったあと。
桂一は一人になった部屋で、コーヒーを淹れた。
さっきまで二人で見ていたアクセス解析を、もう一度だけ開く。
まだ伸びている。
「確かにすごいな」
今度は、誰に聞かせるでもなく呟いた。
閉じようとしたところで、メールの通知が出る。
市影譚の問い合わせ用アドレスだった。
「ん?」
件名を見る。
桂一の手が止まった。
『朝の情報番組「Zipper」取材のご相談』
「……テレビ?」
メールを開く。
全国放送の朝の情報番組だった。
K駅前の記事を拝見したこと。
SNS上で急速に話題が広がっていること。
番組内で今回の現象を紹介したいこと。
可能であれば、市影譚の水野本人にも出演し、検証内容を解説してほしいこと。
出演を希望する日時まで書かれている。
早い。
記事が大きく広がり始めてから、それほど時間は経っていない。
「なるほどね」
他のメディアに取り上げられる前に、押さえておきたかったのだろう。
考えてみれば、番組側にとって扱いやすい記事ではある。
今回の記事は、そのまま紹介してもいいくらいには裏取りが終わっている。
時計については専門家の見解がある。
人物の歪みについても、どこまでが分かっていて、どこからが仮説なのかを分けて書いた。
K市役所にも確認を取っている。
県立K西高校写真部には、半年分の記録がある。
解説を頼んだ教授は、テレビ出演も多い有名人だ。
桂一自身の経歴も、市影譚のサイトには最低限載せてある。
何より。
高校生が半年間追い続けた現象を、大人と専門家が引き継いで検証した。
朝の番組なら、そこは使いやすいだろう。
怪談。
高校生。
地域。
専門家による検証。
最後には、ある程度納得できる答えまである。
怖すぎない。
難しすぎない。
主婦や年配の視聴者が見る時間帯にも載せやすい。
「よくできてるな、これ」
自分の記事に言うのも妙だった。
メールをさらに読む。
教授。
K市役所。
学校。
その他の協力者については、必要に応じて番組側から正式に連絡を取るという。
市影譚から先に話を通しても構わない、とも書かれていた。
そこまで読んで。
桂一は椅子の背にもたれた。
問題は、一つだった。
自分が出るかどうか。
桂一は、普段ほとんど表に出ない。
取材で人に会うのは別だ。
現地へ行けば、依頼者にも行政にも店の人間にも普通に顔を見せる。
写真に写ることだってある。
だが、市影譚というメディアの前面には、できるだけ自分を出さないようにしていた。
有名になりたいわけではない。
それ以上に。
記事を読むとき、書いた人間の顔が邪魔になると思っていた。
テレビでよく喋る男が書いている。
怖そうな男が書いている。
妙に明るい男が書いている。
そんな先入観が入れば、同じ文章でも受け取り方は変わる。
市影譚で前に出したいのは、自分ではない。
その土地と。
そこで暮らしている人と。
そこで起きたことだ。
「……テレビか」
正直、面倒だった。
断る理由なら、いくらでもある。
けれど。
今回は少し事情が違った。
県立K西高校写真部。
K市役所。
写真を提供してくれた人たち。
教授。
記事を広めてくれた声優。
自分が一度顔を出すことで、その人たちの仕事や協力が、もう少し大きな場所へ届く。
それなら、出る意味はある。
そして。
もう一つ。
桂一は、誰もいなくなった向かいの席を見た。
普段なら栞が座っている場所だった。
以前、雑談の中で聞いたことがある。
栞の家族には、市影譚の仕事がいまひとつ伝わっていないらしい。
家でネットを使って何かをしている。
一人でオカルト系のサイトを運営している男の手伝いをしている。
外から見れば、そんなふうにも見える。
家族なら、心配するのも当然だろう。
実際には。
行政へ取材を申し込み。
学校と連携し。
現地へ出向き。
記録を整理し。
専門家へ資料を送り。
公開前には事実確認までしている。
栞がやっているのは、誰かの趣味の手伝いではない。
少なくとも桂一は、そういう仕事として任せているつもりだった。
自分が一度テレビに出たからといって、それですべてが証明されるわけではない。
テレビに出ること自体が、仕事の価値でもない。
それでも。
全国放送で、市影譚という名前が出る。
県立高校が協力し。
市役所が取材に応じ。
大学教授が解説する。
その仕事を、水野桂一と相沢栞がやっている。
そう伝われば。
少しくらいは、家族も安心するかもしれない。
「……そこまで面倒見ることでもないんだけどな」
桂一は一人で呟いた。
コーヒーの残りを、一息に飲み干す。
すっかり冷めていた。
「はあ」
小さくため息を吐き。
パソコンへ向き直った。
「よし」
返信画面を開く。
「連絡は俺からも繋ぐか」
教授には自分から。
高瀬にも。
写真部の顧問にも、一度こちらから話しておいた方がいい。
突然テレビ局から連絡が来るより、その方がいいだろう。
桂一は出演依頼を受ける旨を書き始めた。
そして最後に、一つだけ付け加える。
『今回の調査は、県立K西高校写真部が半年間記録を続けていたことが大きなきっかけになっています』
『可能であれば、番組内でもその点をご紹介いただければと思います』
そこだけは、最初に伝えておきたかった。
有名になるためではない。
自分の顔を売るためでもない。
今回協力してくれた人たちに、できるだけ返すため。
そして。
市影譚で働く、たった一人のスタッフのためにも。
桂一はメールを送信した。




