↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
市影譚 ―怪異を解する―  作者: 宮城 歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/73

2-6 募集


 調査を切り上げたのは、午後四時二十分頃だった。


 予定していた四時半より少し早い。


 これ以上続けても、似た結果が増えるだけだろう。


 時計の数字は、ときどき欠ける。


 人の身体も、ごく稀に歪んで写る。


 ただ、どちらも狙って再現できるほど安定してはいなかった。


「今日はここまでにしようか」


 桂一が言うと、生徒たちも少し安心したようだった。


 日陰へ移動しても暑い。


 顧問も生徒たちの顔を見回してから頷いた。


「そうですね。そろそろ切り上げた方がよさそうです」


「半年分の資料、ありがとうございました」


「いえ。こちらこそ」


 桂一はスマートフォンを取り出した。


「あ、連絡先を交換しておこう」


 一人の生徒がスマートフォンを出しかける。


 桂一は顧問へ視線を向けた。


「先生も入った連絡用のグループって作れます?」


「もちろんです」


「じゃあ、それでお願いします。追加で聞きたいことが出たら、そこから連絡します」


 生徒だけと直接やり取りする形にはしない。


 最初から、そこまで考えていたらしい。


「写真の元データも、送れるものはお願いします」


「分かりました」


「ただ、個人がはっきり写ってるものは無理に送らなくていいからね」


「はい」


 高瀬とも、改めて連絡方法を確認した。


 市側へ追加で確認したいことが出た場合は、高瀬を窓口にする。


「じゃあ皆さん、今日はありがとうございました」


 桂一が頭を下げる。


「俺たちだけだったら、一日でここまでは進まなかったと思います」


「本当ですか?」


「本当だよ」


 桂一は笑った。


「半年先輩だからね」


 生徒たちも笑う。


 それぞれ挨拶を交わし、写真部と顧問は駅の方へ歩いていった。


 高瀬も休日当番へ戻るため、市役所へ向かう。


 二人だけになったところで、栞は大きく息を吐いた。


「暑かった……」


「お疲れ」


「桂一さん、元気ですね」


「暑いよ。普通に」


「そう見えないんですよ」


「見せても仕方ないだろ」


 桂一は折り畳みカートを押し始めた。


「ホテル戻ったら、写真を募集してみよう」


「今日やるんですか?」


「今日の方がいいだろ。写真部の子たちも拡散してくれるかもしれないし」


 仕事が早い。


 その日の夜。


 市影譚のSNSに、一件の投稿が出た。


『検証記事作成のため、K駅前の時計が写っている写真を探しています』


『詳細はリプ欄をご確認ください』


 短い投稿だった。


 リプ欄を見ると、撮影した日付やおおよその時間、天気、記事での公開可否など、面倒にならない程度に必要な項目がまとめられている。


 使用したカメラやスマートフォンの機種が分かれば、それも。


 分からなければ空欄で構わない。


 異常が写っている必要もない。


 普通に時計が写っている写真でも歓迎する、と書かれていた。


「結構ざっくりなんですね」


「細かくしすぎると送ってくれなくなるからね」


「なるほど」


 桂一は投稿を確認すると、スマートフォンを置いた。


「じゃあ飯行くか」


「もう見ないんですか?」


「すぐには集まらないだろ」


 その予想は外れた。


 翌朝。


「桂一さん」


「ん?」


「すごいことになってます」


 ホテルの朝食会場で、栞はスマートフォンを見ながら言った。


「何件?」


「もう分かりません」


「そんなに?」


「写真だけでもかなり来てます。昔の写真を探してくれてる人もいますし、地元に住んでた人とか、鉄道写真を撮ってる人とか、駅前イベントの写真を持ってる人とか」


「いいね」


 桂一は味噌汁を飲んでいる。


「旅行会社にいた人からも、昔のツアー写真を確認してみるって来てます」


「それは助かる」


 相変わらず淡々としていた。


 栞は画面をスクロールする。


 その途中で、指が止まった。


「……え?」


 一つだけ、妙に反応の多い返信がある。


 栞はアカウント名を確認した。


 認証表示。


 フォロワー数。


 本人の公式アカウントだった。


「桂一さん!」


「朝から声でかい」


「これ!」


 栞はスマートフォンを桂一へ向けた。


『地元です。これ、時計が歪むって話ですよね! 昔から不思議でした。実家に写真があると思うので探してみます!』


 その一言には、ほかとは比べものにならない数のコメントがついていた。


「写真、探してくれるんだ。ありがたいね」


「そこじゃないです!」


「何が?」


「この人ですよ!」


 桂一が画面を見る。


 数秒。


「誰?」


「知らないんですか?」


「知らない」


 栞は思わずスマートフォンを引っ込めた。


「某アニメの主人公の声優さんですよ!」


「へえ」


「第三期までやって、今は映画も絶賛公開中なのに! 本当に知らないんですか?」


 桂一は申し訳なさそうな顔をした。


「名前は聞いたことがある気がする」


「原作コミック、発行部数一千万部超えの大ヒット作ですよ!」


「そうなのか」


「そうなのか……」


 栞は額に手を当てた。


「私、この人の声ずっと聞いてましたよ」


「俺に言われても」


「有名人が市影譚にコメントしてるんですよ?」


「地元なら、写真持ってる可能性高いだろ」


「そこしか見てないんですか?」


「今は写真集めてるからね」


 駄目だ。


 たぶん、本当に興味がない。


 栞はもう一度画面を見る。


 返信欄は、さっきよりさらに伸びていた。


『本人だ』


『この人K市出身だったの?』


『市影譚見てるの意外』


『これって心霊写真集めなの?』


『昔の駅前の写真ならうちにもあるかも』


『実家にアルバム残ってるから探してみる』


 そんなコメントが次々に増えている。


「これ、かなり広がりますよ」


「なら助かる」


「もっと喜んでくださいよ」


「写真が集まったら喜ぶよ」


「そういう話じゃないんですけどね……」


 栞は呆れながらも、口元が緩んでいた。


 有名人の一言がきっかけになったのか。


 もともと地元で知られていた話だったからなのか。


 その日から、市影譚のもとには写真が一気に届き始めた。


 数百枚。


 さらに、その先。


 旅行の記念写真。


 成人式。


 駅前の祭り。


 学生時代の集合写真。


 鉄道を撮影したもの。


 帰省した家族の写真。


 時計そのものを撮ろうとした写真より、別の目的で撮影されたものの方が圧倒的に多かった。


「こっちの方がいいですね」


「何が?」


「時計を意識してない写真です」


「うん」


 桂一が頷く。


「そういうのが欲しかった」


 異常が起きることを知ってから撮影された写真だけではない。


 何も知らない人が。


 何年も前に。


 たまたま駅前で撮った写真。


 それらを、写真部が半年間集めた記録と一緒に整理していく。


 日付。


 時間。


 天候。


 撮影位置。


 使用機材。


 時計に異常があるか。


 人物に歪みがあるか。


 分かる範囲で表へ落としていった。


「やっぱり、暑い日に多いですね」


 栞が言った。


「うん」


「特に十三時から十五時」


「朝と夜はかなり少ない」


 同じような最高気温でも、異常が出ていない日はある。


 逆に、極端な猛暑日ではないのに撮れている写真もあった。


「気温だけじゃないですね」


「そうだね」


 桂一は一覧を眺めていた。


「太陽が一番高い時間とも、少しずれてる」


「十四時くらいの方が多い」


「うん」


 しばらく考えてから、桂一が言った。


「地面かな」


「地面?」


「昨日、かなり熱かっただろ」


「アスファルトですか?」


「照り返しも強かった」


「反射熱?」


「それもあるかもしれない」


 桂一は写真を何枚か並べる。


「地面が熱くなって、その上の空気と温度差ができる。そういう条件が関係してるなら、昼を過ぎてから増えるのも分からなくはない」


「陽炎みたいなものですか?」


「近い何かかもしれない」


 栞は時計の写真を見る。


「じゃあ、時計の数字が消えるのも?」


「それは別だと思う」


 桂一は即答した。


「別なんですか?」


「消え方が違いすぎる」


 時計は、数字を構成する一部が欠ける。


 人物は、腕や指が局所的に歪んでいる。


「同じ場所で、別の現象が重なってる可能性もある」


「そんなことあります?」


「あるかどうか分からないから聞く」


 桂一がスマートフォンを手に取った。


「誰にですか?」


「専門家」


「知り合いですか?」


「直接じゃないけど、光学に詳しい人を紹介してもらえると思う」


 桂一は連絡先を探しながら続けた。


「俺たちだけで考えても、ここから先は想像だからね」


 時計の数字。


 熱せられた路面。


 歪んで写る人の身体。


 大量に集まった写真。


 条件らしいものは、少しずつ見えてきた。


 けれど。


 まだ、それを答えと呼ぶには早かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。