2-5 検証
第二話-6
十五時七分。
最初の再現に成功してから、しばらく検証を続けた。
撮影する端末を変える。
立つ位置を少しずらす。
縦向きと横向き。
静止画と動画。
時計までの距離も変えてみた。
だが、結果はほとんど同じだった。
肉眼では正常。
写真では、ときどき数字の一部が欠ける。
同じ機種でも、写るときと写らないときがある。
連続して撮影しても、全部がおかしくなるわけではない。
「思ったより安定しないね」
桂一がスマートフォンの画面を見ながら言った。
「そうなんです」
男子生徒が頷く。
「僕たちも、それで困ってました」
「毎回同じなら楽なんだけどな」
「故障とも言い切れないし、撮影ミスにしては何回も出ますし」
「うん」
桂一は時計を見上げた。
「だから半年続いたんだろうね」
午後三時を過ぎてから、さらに気温が上がったように感じる。
日差しそのものはもちろん強い。
それ以上に、足元から熱が返ってくる。
栞は額の汗をタオルで押さえた。
「さっきより暑くなってません?」
「なってると思う」
桂一が時計の隣にある温度表示を見る。
「今日、かなり暑い日なんだよな」
「はい」
顧問が答えた。
「今年でも上の方だと思います」
一人の生徒も頷く。
「僕たちが調べた日の中だと、今日が一番暑いかもしれません」
「一番?」
「少なくとも、かなり上です」
桂一は少し考えた。
「じゃあ、条件としては悪くないか」
「悪くないんですか?」
「調べる側としてはね」
栞は苦笑した。
「身体には最悪ですけど」
「それはそう」
桂一がペットボトルを持ち上げる。
「全員、一回飲もう。喉渇いてなくても」
生徒たちも素直に従った。
数分休憩してから、桂一が時計と広場を交互に見た。
「今度は、人が入った状態でも撮ってみようか」
「人ですか?」
「うん」
栞を見る。
「相沢、ちょっと立ってくれる?」
「私ですか?」
「嫌?」
「別にいいですけど」
指定された場所へ移動する。
時計を背にする形ではなく、少し横へずれた位置だった。
「そこ?」
「もう半歩右」
「こうですか?」
「うん。そのまま」
生徒の一人がカメラを構える。
「撮ります」
シャッターが切られた。
栞が戻ろうとすると、
「あれ?」
撮影した生徒が画面を見たまま声を上げた。
「どうした?」
「相沢さんの腕……」
「腕?」
全員が画面を覗き込む。
栞も自分の写真を見る。
「……何これ」
右腕。
正確には、肘のあたりだった。
本来なら自然につながっているはずの腕が、途中だけわずかに横へずれて見える。
折れているわけではない。
動いてぶれた写真とも違う。
肘の周囲だけ、背景ごと揺らいだように見えた。
「動きました?」
女子生徒が聞く。
「動いてないと思うけど」
「もう一枚撮ってみよう」
桂一が言った。
栞は同じ位置へ戻る。
二枚目。
今度は普通だった。
三枚目。
普通。
四枚目。
「出た」
今度は反対側の肘だった。
「これ、今までありました?」
桂一が生徒たちを見る。
反応がない。
顔を見合わせている。
「……ないです」
「一回も?」
「少なくとも、僕は見たことないです」
別の生徒も首を振る。
「時計ばっかり見てたので、人はそんなに気にしてなかったですけど……」
「写真には人も入ってるよね?」
「入ってます」
「あとで見直してみよう」
桂一は写真を拡大した。
しばらく見てから、スマートフォンを栞へ返す。
「じゃあ俺も立ってみる」
「水野さんが?」
「相沢だけだと、何が原因か分からないだろ」
桂一が同じ位置へ立った。
栞より十九センチほど背が高い。
「撮ってみて」
生徒がカメラを構える。
一枚目。
「普通です」
「次」
二枚目。
「これも普通」
三枚目。
「あ」
「出た?」
「はい」
桂一が戻ってくる。
画面を見る。
今度は腕ではなかった。
「指?」
栞が言った。
右手の指先。
その部分だけが、わずかに伸びたように見える。
ただし全部ではない。
二本の指だけが不自然に細長い。
「気持ち悪いですね」
一人の生徒が素直に言った。
「うん。これは気持ち悪い」
桂一も否定しなかった。
だが、怖がっているようには見えない。
「相沢の肘と、俺の指」
「場所が違いますね」
「身体の場所は違う」
桂一が二枚を並べる。
しばらく見て。
「でも、高さは?」
「高さ?」
栞も写真を見る。
桂一の指先。
栞の肘。
身長が違う二人なのに。
地面から見れば、だいたい同じくらいの高さにある。
「……近いですね」
「だよね」
桂一はカートから長尺を取り出した。
「ちょっと測ってみよう」
栞が立った位置を確認する。
肘があった高さ。
次に、桂一が立った位置。
指先があった高さ。
完全に一致するわけではない。
それでも、かなり近かった。
「一メートル前後ですか?」
「その辺だね」
「何かあるんですか?」
生徒が地面を見る。
「まだ分からない」
桂一も同じ場所を見る。
「ただ、身体の一部だけがおかしくなるなら、人じゃなくて場所を見る方がいいかもしれない」
その後も何度か、立つ位置や撮影する角度を変えて試した。
栞が立つ。
桂一が立つ。
生徒にも協力してもらう。
カメラを変える。
距離を変える。
だが、時計の数字と同じだった。
出るときは出る。
出ないときは、何度撮っても出ない。
身体の歪みに至っては、さらに回数が少ない。
再現性が低すぎた。
「これ以上やっても、今日は同じかな」
桂一が言った。
時刻は、もう四時近い。
「写真部のデータ、もう一回全部見せてもらえる?」
「はい」
「時計だけじゃなくて、人が写ってる写真も含めて」
「分かりました」
「できれば元データも残しておいてね。加工したやつじゃなくて」
「はい」
桂一は少し考えてから、スマートフォンを取り出した。
「あと、市影譚の方でも集めてみるか」
「何をですか?」
「ここの写真」
栞が時計を見る。
「SNSで?」
「うん」
桂一が頷く。
「駅前なら、昔から写真を撮ってる人はかなりいるだろ」
「観光とか、待ち合わせとか」
「イベントもあるだろうしね」
写真部の生徒が口を挟む。
「でも、変な写真を募集するんですか?」
「いや」
桂一は首を振った。
「普通の写真も欲しい」
「普通の?」
「むしろ、その方がいい」
時計が正常に写っている写真。
数字が欠けている写真。
人が入っている写真。
何も起きていない写真。
それらをまとめて比較した方が、条件を絞れる。
「撮影した日付と時間が分かるなら、一緒に書いてもらおう」
栞がノートへ書き込む。
「天気も?」
「本人が覚えてたら。ただ、無理に書いてもらわなくていい。日付が分かれば後から調べられる」
「機種は?」
「分かる人だけでいいよ」
桂一は時計を見上げた。
「とにかく数が欲しい」
写真部が半年かけて集めた記録だけでも、かなりの量だった。
だが。
駅前という場所なら。
この時計が設置されてから今日まで。
それとは比べものにならない数の写真が、誰かのスマートフォンやパソコン。
あるいは、昔のアルバムの中に眠っているはずだった。
「何枚くらい集まりますかね」
栞が聞く。
「分からない」
桂一は笑った。
「でも、百枚より千枚の方がありがたいだろ」
「整理するの私ですよね?」
「俺もやるよ」
「本当ですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
生徒たちが笑った。
桂一も笑う。
「まあ、まず集めよう」
そのとき。
強い風が駅前広場を抜けた。
熱を持った空気が、ゆらりと揺れる。
栞は、視界の端に何かが映ったような気がして振り向いた。
さっき自分が立っていた辺りを見る。
そこには何もない。
人が歩き。
車が通り。
時計は、何事もなかったように時刻を表示している。
「相沢?」
「……いえ。何でもないです」
もう一度だけ、その辺りを見る。
やはり、何もいなかった。
何の変哲もない駅前。
普通の時計。
ただ今日は。
写真部が半年間追い続けた中でも、特に暑い一日だった。




