閑話ー4 助手ではなくパートナー
「写真にも番号を振った方がいいですね」
栞はつい口に出していた。
「番号?」
「例えば、写真とメモが別々になってるなら、どの写真について書いたメモか分からなくなりません?」
「ああ」
「録音もです。何時から何時までで、誰と話したのか一覧にしておけば、あとから探せます」
桂一が少し黙った。
「……なるほど」
「今までやってなかったんですか?」
「一人だから分かってたんですよ」
「水野さんが分かるだけですよね」
「そういうことになりますね」
「だったら整理した方がいいと思います」
「お願いします」
「まだ採用されてません」
「そうだった」
また少しだけ笑った。
栞は紙へ視線を戻す。
四番目。
「公開原稿の事実確認というのは?」
「俺が書いた記事を、出す前に読んでほしいです」
「誤字脱字ですか?」
「それもありますけど、それより内容ですね」
桂一は自分のスマートフォンを伏せて置いた。
「場所が分かりすぎないか。相談してきた人を特定できないか。俺が勝手に断定してないか。あと、読んだ人が面白がって現地へ行きそうな書き方になってないか」
「場所を隠すんですか?」
「必要なら」
「せっかく取材したのに?」
「人が来たら困る場所もあるので」
栞は、市影譚の記事を思い出した。
県名すら書かれていなかった記事。
写真の一部が切られていた記事。
特徴的な建物なのに、周辺だけ不自然なくらい写っていなかった記事。
「それで場所が分からない記事があるんですね」
「そういうことです」
高校生の頃から抱えていた疑問が、また一つ解けた。
「相沢さんには、最初は記事を書いてもらうより、そっちをお願いしたいです」
「確認する方」
「はい。俺が書いたものを、俺じゃない人が読む。それだけでも結構違うと思うので」
五番目。
「現地同行」
「必要なときだけです」
「毎回じゃないんですね」
「毎回二人で行く必要はないでしょう。それに、いきなり一人で行かせるつもりもないです」
「一人で調査することも?」
「最初はないです」
「夜は?」
「単独では行かせません」
答えが早かった。
「危ないからですか?」
「普通に危ないでしょう。山でも、古い建物でも、夜の知らない場所でも」
怪異がどうこうではなかった。
ごく普通の理由だった。
「同行してもらうなら、時間を記録してもらったり、写真を撮ってもらったり。話を聞くときに横でメモを取ってもらったり」
桂一は少し考える。
「あとは、俺とは違うところを見てほしい」
「違うところ?」
「俺が何か一つ気にすると、そればっかり見る可能性があるので」
「例えば?」
「音が変だと思ったら、音ばっかり調べるとか」
「その間に別のものを見落とす?」
「そういうことです」
栞は少し考えた。
「それなら、管理してる人に先に聞いた方が早いこともありそうですね」
「あります」
「体調が悪そうな人がいたら、調査よりそっちを優先していいですか?」
「もちろん」
「水野さんが続けるって言っても?」
桂一が栞を見る。
ほんの少しだけ、間があった。
「止めてください」
「……いいんですか?」
「そのために一人増やすんだから」
栞は紙へ視線を落とした。
助手を募集している。
最初は、そう思っていた。
自分で件名に「ワトソン」とまで書いた。
けれど。
どうも、この人が欲しがっているのは、言われた通りについてくる人間ではないらしい。
そこで。
六番目が目に入った。
【その他、市影譚の運営に必要な業務】
「……これ」
「はい」
「その他というのは、どこまでですか?」
「そこ、気になります?」
「気になります」
栞は紙から顔を上げた。
「前の職場では、書いていない仕事が全部そこに入りました」
「ああ」
桂一はすぐに意味を理解したらしい。
「じゃあ、消しましょう」
「え?」
「そこまで必要な文言じゃないので」
「でも、急に仕事が増えることもありますよね」
「それは、そのとき相談すればいいでしょう」
桂一は紙を引き寄せ、ペンを出した。
六番目に一本線を引く。
「少なくとも、俺の私用とか、身の回りの世話をしてもらうつもりはないです」
「事務所の掃除くらいならやりますけど」
「それは俺もやります。担当にはしないです」
「……本当に消すんですね」
「嫌なんでしょう?」
「嫌というか、ちょっと警戒します」
「だったら最初からない方がいい」
桂一は修正した紙を栞へ戻した。
線を一本引いただけだった。
それなのに。
栞には、さっきより少しだけ読みやすい紙になったように見えた。
「肩書きは」
桂一が続ける。
「もしお願いするなら、『市影譚・調査補助兼記録担当』くらいかなと思ってます」
「助手じゃないんですね」
「ワトソンがいいですか?」
「それは忘れてください」
「無理です」
また言われた。
栞はコーヒーを飲んだ。
もう少し温度が下がっている。
「最初は、相談の整理と記録ですね。あとは調査前の準備。記事を出す前の確認」
「はい」
「慣れてきたら、相談してきた人への確認とか、現場への同行も増えると思います」
「その先は?」
「その先?」
「ずっと同じ仕事ですか?」
桂一は少し考えた。
「たぶん、増えます」
「増えるんですか」
「市影譚自体、最初から今の形だったわけじゃないので。必要な仕事が出てきたら、相談しながら決めましょう」
「何でもやらされるのとは違う?」
「それは違います」
桂一は即答した。
「相沢さんができることが増えたら、任せられることも増える。その方がいいでしょう」
「それなら」
栞は少し考える。
「面白そうです」
「面白そう?」
「同じ仕事だけをずっとやるより、いろんな仕事を経験できる方が好きかもしれません」
履歴書を見る。
自分で言って、少し納得した。
自分は、一つのことを長く続けられなかったのではなく。
もしかすると。
一つだけを続けることが、あまり得意ではなかったのかもしれない。
「いろんな場所に行ったり」
「はい」
「普通なら入れないところに入ったり」
「そういうこともあります」
「仕事の裏側を知ったり」
「ありますね」
「だったら」
栞は少し笑った。
「いろんな仕事を経験できたり、裏側を知れたりするなら、そっちがいいです」
桂一が少し考えるように栞を見た。
「じゃあ、合うかもしれないですね」
「市影譚にですか?」
一拍。
「俺のところに」
「……?」
栞が首を傾げる。
桂一はそれ以上説明せず、残っていたコーヒーを一口飲んだ。
「まあ、察してくれてるとは思うけど」
「はい?」
「市影譚だけが仕事じゃないから。他はおいおいね」
やっぱり。
栞は思った。
この人。
履歴書に書いてある自分の職歴より、一貫性がないのかもしれない。




