閑話ー3 業務内容
桂一は履歴書を閉じた。
「相沢さん」
「はい」
「メールに書いてましたよね。一人で調べるの、限界ありませんかって」
「あ……」
栞は少し気まずくなった。
改めて本人から言われると、随分失礼なことを書いた気がする。
「すみません」
「いや、怒ってないです」
桂一はコーヒーを一口飲んだ。
「限界ってほどじゃないです。ただ、手が足りないのは認めます」
「やっぱり一人なんですか?」
「基本的には」
「取材も?」
「俺です」
「写真も?」
「俺です」
「記事も?」
「俺ですね」
「問い合わせも?」
「俺です」
「……大変じゃないですか?」
「だから、手が足りないのは認めるって言ったでしょう」
桂一が少し笑った。
それから鞄へ手を入れ、薄いクリアファイルを取り出した。
「もし本当にお願いするとしたら、今考えてるのはこんな感じです」
二枚の紙が出てくる。
栞は受け取った。
先に見たのは、仕事内容をまとめた紙だった。
【主な業務】
一、相談内容の確認および整理
二、現地調査に必要な資料の準備
三、写真・音声・聞き取り記録の管理
四、公開原稿の事実確認
五、必要に応じた現地同行
六、その他、市影譚の運営に必要な業務
「……用意してきたんですね」
「昨日作りました」
「昨日?」
「相沢さんと会うことになったので」
求人すら出していなかった人が、一晩で業務一覧を作ってきたらしい。
「まだ決定じゃないですよ。俺も、人を雇ったことないので」
「そうなんですか?」
「初めてです」
その言葉を聞いて、少しだけ安心した。
緊張しているのは、自分だけではないのかもしれない。
栞は紙を上から読んでいく。
「相談内容の確認というのは?」
「メールとか、問い合わせですね。最近ちょっと増えてて」
桂一が指を折る。
「いつから起きてるのか。誰が体験したのか。何回くらいなのか。怪我人がいるのか。警察とか管理者には相談したのか。そういうのを整理してほしいです」
「話を聞くこともありますか?」
「最初は俺がやります。慣れたら、追加で確認してもらうことはあるかもしれない」
「何でも取材するんですか?」
「しないです」
そこは即答だった。
「勘違いだったり、普通に原因が分かるものもあります。それに、本当だったとしても、俺が扱う必要のないものもある」
「どうやって決めるんですか?」
「今は俺が読んで決めてます」
「全部?」
「全部」
「それは大変ですね」
「最近はね」
桂一は二番目を指した。
「調査へ行くことになったら、場所を調べる。地図とか天気とか、土地の管理者とか。事故があったなら、その記録も」
「持ち物もですか?」
「できれば。カメラ持っていって、予備バッテリー忘れたとか普通に嫌なので」
「水野さん、忘れるんですか?」
「人間なので」
真顔だった。
「あと、帰る時間も決めたいですね」
「帰る時間?」
「何時までに戻るか。暗くなる前に出るのか、夜まで調べるのか。中止する条件も」
「そこまで決めてないんですか?」
「今までは自分一人だったので、その場で決めることが多かったです」
栞は少し考えた。
「それ、危なくないですか?」
「危ないこともありますね」
「ありますね、じゃないですよ」
言ってから、しまったと思った。
初対面だった。
「すみません」
「いや」
桂一は少し笑った。
「そういうのを言ってくれる人がいた方がいいのかもしれない」
栞は紙へ視線を戻した。
三番目。
「記録の管理」
「これが一番お願いしたいかもしれないです」
「そんなにあるんですか?」
「写真、録音、メモ、もらった資料、レシート。あと、帰ってから思い出して書いたこととか」
「今はどうしてるんです?」
「保存してます」
「どういうふうに?」
「……いろいろです」
「いろいろ」
「写真は日付。音声もだいたい日付。メモは案件名だったり、場所だったり」
「統一されてないんですね」
「はい」
素直に認めた。
「メモも見ます?」
「採用されたら」
「たぶん最初、読めないと思います」
「字が汚いんですか?」
桂一が苦笑する。
ずいぶん失礼なことを言ってしまった。
「あ、すみません」
「いいよ。字じゃなくて、俺にしか分からない書き方してることがあるので」
「それ、記録になってないんじゃないですか?」
「だから人を増やそうかと思ってるんですよ」
桂一は少し考えた。
それから、さっきまでより真面目な声で言った。
「俺が見てきたものを、あとから他人が確認できる形にしてほしい」
栞は顔を上げた。
「他人が確認できる形」
「はい」
桂一は紙の上へ指を置いた。
「俺が何を見たと思ったのかじゃなくて、何時にどこにいて、何を撮って、誰が何を言ったのか」
少し間を置く。
「確認できたことと、確認できてないことを、ちゃんと分けたいんです」
「……なるほど」
「俺の記憶が間違ってる可能性もあるので」
栞は、少し意外に思った。
自分で現場へ行き、自分で記事を書く人なら。
もっと、自分が見たものを信用するのだと思っていた。
けれど、この人は違うらしい。
自分が間違えることまで含めて、記録しようとしている。




