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市影譚 ―怪異を解する―  作者: 宮城 歩


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閑話-2 特大オムライスと履歴書


 料理が運ばれてきた。


「オムライス、特大です」


 桂一の前に置かれた皿を見て、栞は思わず手を止めた。


 大きい。


 ご飯二合分くらいありそうに見える。


「……すごいですね」


「いいね」


「何がです?」


「ちゃんと特大だ」


「頼んだんだから当たり前じゃないですか」


 続いて、栞の前へハンバーグが置かれる。


「こちら、セットのサラダです」


「セット?」


 二人の前にサラダ。


 さらに、


「スープになります」


 カップが一つずつ置かれた。


「結構ちゃんとしてますね」


「ここ、量あるんだよ」


「先に教えてください」


「ハンバーグ選んだの相沢さんでしょ」


「そうですけど」


 栞の前に、店員がパンを置いた。


 これで全部だろう。


 ハンバーグ。


 サラダ。


 スープ。


 パン。


 少し多いけれど、食べられない量ではない。


 そう思っていると、もう一皿持ってきた。


「こちら、ガーリックライスになります」


「……え?」


 栞の前だ。


 どうやら自分のらしい。


「これもですか?」


「はい」


「……ありがとうございます」


 店員はいい笑顔で離れていった。


 栞は改めて、自分の前を見る。


 パンに、ガーリックライス。


 炭水化物が二つ。


 それに、初対面の男性と食事をしているのに、よりによってニンニク入りだ。


「……多い」


 桂一がメニューを確認する。


「パンとガーリックライスって書いてある」


「パンかガーリックライスかと」


「ああ」


「普通、どっちかだと思いません?」


「まあ、思うかも」


「ですよね」


「でも、両方って書いてある」


「それはもう分かりました」


 桂一が笑った。


「食べきれなかったら無理しなくていいよ」


「食べます」


「即答だね」


「自分で頼んだので」


「負けず嫌い?」


「違います」


「そう?」


「違います」


 ガーリックライスを一口食べる。


「……美味しい」


「ならよかったじゃん」


「味じゃなくて量の問題です」


 向かいを見る。


 桂一の前にも、特大オムライスだけではなく、サラダとスープが並んでいる。


「水野さんも結構な量じゃないですか」


「そう?」


「そのオムライスだけで、私の全部より多そうです」


「それはないだろ」


「ありますよ」


 桂一は特に気にした様子もなく、スープを一口飲んだ。


 そして、特大オムライスへ手をつけた。


     *


 話しているうちに、皿の上のものは少しずつ減っていく。


 桂一の特大オムライスは、気づけば半分を切っていた。


 栞も負けてはいない。


 ハンバーグ。


 サラダ。


 スープ。


 ガーリックライス。


 そしてパン。


 最初は絶対に多いと思ったのに、話しながら食べていると案外入る。


「これだけ違う職場に入ったなら、初対面の人間には慣れてる?」


「そうですね。仕事なら」


「知らない場所へ急に行くのは?」


「内容によります」


「いい答えだね」


「何でも行きますって言った方がよかったですか?」


「いや。それ言う人の方が心配」


 桂一は一度スプーンを止めて履歴書を眺めた。


「一貫性ないね」


 栞の手が止まった。


 やっぱり。


 そこへ来る。


 けれど。


「だから、いいんじゃない?」


「……え?」


「俺、毎回行く場所違うから」


 栞は顔を上げた。


「工業系の基礎がある。看護も分かる。事務もできる。接客もできる。運転もできる。これだけ違うところに入ってるなら、新しい環境にも慣れるの早そうだし」


「全部、中途半端ですよ」


「全部ゼロよりいいだろ」


「それはそうですけど」


「俺は気に入ったけどね」


「何をです?」


「君の転職回数」


「……そんなこと言う人、初めてです」


「そう?」


「普通、逆ですよ」


「会社によるんじゃない?」


「辞めた理由は聞かないんですか?」


「聞いてほしい?」


「いえ」


「じゃあ、いいよ」


「……いいんですか?」


「辞めた理由より、今できることの方が重要でしょ」


 栞は返事をしなかった。


 職歴が一つ増えるたび、履歴書に説明しなければならないことが増えた。


 何を覚えたかより。


 なぜ辞めたのか。


 そちらを聞かれることの方が多かった。


 目の前の男は逆だった。


 工業高校。


 看護。


 事務。


 接客。


 ばらばらだったものを、一つずつ、


 『できること』


 として拾っている。


 しばらくして、桂一が言った。


「結構食べたね」


「食べますって言いましたから」


「パンまで?」


「食べます」


「まだ残ってるけど」


「食べます」


「そこまで意地張らなくても」


「意地じゃありません」


 栞は最後のパンをちぎった。


「やっぱ負けず嫌いだろ」


「違います」


 食べ切った。


 少し苦しい。


 でも、負けた感じはしない。


 何に勝ったのかは分からない。


 桂一の方も、特大オムライスをきれいに食べ終えていた。


「ごちそうさま」


「本当に全部食べましたね」


「頼んだからね」


「私と同じこと言ってるじゃないですか」


「俺は別に無理してないよ」


「私も無理してません」


「そういうことにしとこう」


 空いた皿が下げられる。


「コーヒー飲む?」


「あ、はい」


「何か希望ある?」


「じゃあ、水野さんと同じので」


 桂一が店員を呼んだ。


「追加で、本日のコーヒーを二つお願いします」


「かしこまりました」


「あ、今日の豆は?」


「今日はマンデリンです」


「あ、いいね。お願いします」


 店員が離れていく。


 栞は少し気になった。


「豆、日によって違うんですか?」


「変わるよ」


「よく来るんですか?」


「たまにね」


「もしかして、今日ここにしたのって」


「ん?」


「コーヒーですか?」


「それもある」


「オムライスじゃなくて?」


「オムライスも美味いよ」


「でも、豆は確認するんですね」


「せっかく飲むなら、今日は何かなって気になるだろ」


 どうやら、本当に好きらしい。


 しばらくして、コーヒーが運ばれてきた。


 カップの横には、小さなミルクと砂糖が添えられている。


 桂一は何も入れず、一口飲んだ。


 栞はミルクを入れ、砂糖も一つ落とした。


 スプーンで混ぜていると、桂一と目が合った。


「……何ですか?」


「いや、別に」


「コーヒー好きな人って、ブラックじゃないと駄目とか言いそうなので」


「好きなように飲めばいいだろ。コーヒーなんだから」


「そういうものですか」


「そういうもんだよ」


 桂一はカップを持ったまま続けた。


「ミルク入れる飲み方なんていくらでもあるだろ。カフェオレもラテもカプチーノもある。そういうものが普通にあるのに、人がどう飲むかに文句言う方がおかしい」


「なるほど」


「俺だって、疲れてたら砂糖入れるし、喉が痛ければミルク入れることもあるよ」


「じゃあ、今日は?」


「今日はこのままでいい」


 もう一口飲む。


 それから、少し考えた。


「まあ、あえて一つ言うなら」


「はい」


「一口目くらい、そのまま飲んでみてもいいとは思うけど」


 栞の手が止まった。


 自分のカップを見る。


 すでにミルクも砂糖も入っている。


「……先に言ってくださいよ」


「好きに飲めって言っただろ」


「言いましたね」


「別に入れたっていいんだよ。ただ、今日どんな味なのか分かってから入れてもいいってだけ」


「それはそうですね」


「だろ?」


「でも、もう入れちゃいました」


「味は変わっただろうね」


「だから先に言ってくださいよ」


 桂一が笑った。


「次来たときだな」


「また来る前提なんですか?」


「コーヒー美味しいだろ?」


 栞はもう一口飲んだ。


「……美味しいです」


「じゃあ来ればいい」


 あまりにも普通に言うので、栞は少し笑った。


 高校生の頃から、文章だけを読んでいた人。


 その人が自分と同じ県にいると知った。


 嬉しくなって、勢いで妙なメールを送った。


 返事なんて来るはずがないと思っていた。


 それなのに今は、その本人と向かい合ってコーヒーを飲んでいる。


 記事を読んでいるだけでは知らなかったことも、少しずつ見えてきた。


 思っていたより若い。


 思っていたより話しやすい。


 かなり食べる。


 コーヒーが好き。


 そして。


 自分が履歴書の欠点だと思っていたものを、欠点として見なかった。


 桂一がカップを置いた。


 テーブルの上には、栞の履歴書がある。


「じゃあ」


「はい」


「もう少し、ちゃんと話そうか」


 さっきまでとは、ほんの少しだけ声の調子が違った。


 栞は姿勢を正した。


 どうやら。


 求人すらなかったところから始まった話が。


 ここから、本当の面接になるらしい。

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