第四幕『突然、嵐のごとく』第七場
「セデュイール、けほ、打ち合わせ終わったか?」
「ああ、今、…どうした」
「おまえに、会いたいって、…けほ」
全力疾走してきたらしいトランペット奏者の友人が咳込んでいる。スコアとペンをバッグに入れて客席から場外へ出ようとしていたおれはひとまずピーターの息が落ち着くのを待ってから、彼が託されたという伝言を聞く。
――聞き終わる前におれは駆け出していた。裏口にルーが待っているというのだ。一体どうしたのだろう。今夜は家で作曲に専念すると言っていたのに。
なぜか胸騒ぎがする。おれの不安は、裏口で手招きする女性の姿を目にしてより深まる。銀色ラメのミニスカートを履いた女性は裏口を開けておれを通し、路上に停めた車へと誘導する。
ルーが、蹲っている、車内へと。
「ルー、どうしたんだ、何があった?」
「セ、デュ、…」
バタンとおれの背後で扉を閉めた女性は車の外でこちらに背を向け待機している。改めてルーに向き直り問い質せば、心細げな視線がもちあがる。
着崩れたような菫色のワンピースから覗く膝にはどこかでぶつけたような跡がある。長くしなやかなブロンドは乱れていて寝起きのようで、ほんのりと赤く染まった頬と荒い吐息、涙で滲んだような碧の瞳は尋常ならざる事態がルーに起こったことを伝えている。
怯えたようなルーの姿には既視感がある。おれが押し倒して、襲ってしまったあのときのルーだ。間違いない。…誰かが、おれとおなじようなことを、ルーにしたというのか?
…おれのいない間に。
「セデュ、きて、おねがい、…」
切羽詰まったような声が囁く。はっと気がつくと、ルーはしなだれかかるようにおれに凭れていた。汗ばんだ肌が熱い。彼女の震える掌が、おれの手を掴んで、秘所へと導く。濡れた感触が手に触れる。
…下着を付けていない。おれはばね仕掛けのように飛び退く。ルーは縋るようにおれを見上げ、半開きの唇から、だらしなく舌を見せたまま、喘ぐように言う。
「もぉ、だいて、よぉ、セデュ、…」
がつんと何者かに殴られたようになって、おれはへたり込み、後ろ手にドアの取っ手を探り、そこを開けて車の外に出る。
ルーを車内に残したまま扉を閉め、待っていた彼女を力なく見上げる。
「…なにが、あったんだ。ルーは、…」
「マルセルのバカがいたずらしたせいよ。まったく、見境ないんだから。あんな若い、素人娘にまで手を出すなんて。本気だの、婚約だの、どこまで真実かわかりゃしないわ」
「……」
マルセル。またあの男か。ルーはおれのいない間にあいつに会っていたんだな。
わざわざあいつのために着替えて、あいつに会いに行ったんだろうか。
あいつとルーの肉体関係はまだつづいていたんだな。今日はやつがアメリカに旅発つ、前日だ。きっと名残を惜しんでいたんだろう。それで羽目を外しすぎたか。よくあることだ。恋人同士なら、なにも不自然ではない。…。恋人? おれはなにを考えてる。ルーが選んだのはおれだ。今だってこうして、おれに会いに来てくれたんじゃないか。
…マルセルに抱かれたあとの身体で。
「すまないが、ルーを家まで、送ってもらえるか。住所を書く。これはガソリン代だ」
「ええーいいのにぃ。でもありがと♡ 気前いいのねえ綺麗なお兄さん。好きよ♡ あ、住所はこれにお願い。いつでも遊びに来てねン♡」
財布から抜き出した100フラン紙幣を彼女に押し付けると、彼女は名刺を二枚こちらに渡す。そのうち一枚にパリ一区のアパルトマンの住所を書きつけ、連絡先の書かれたもう一枚をポケットに捻じ込む。
オレンジ頭の彼女は投げキッスをするようなそぶりを見せてから、運転席に座る。やがて車は発進する。窓辺に取りすがっておれをいつまでも見つめているルーを載せたまま。…




