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ドルチェ・ヴィータを君に  作者: 咲佐きさ


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第四幕『突然、嵐のごとく』第六場

「あれ? お楽しみ中だった? ごめーん」

「………。取り込み中だ。デイジー、お前の相手はまた今度」

「ええ? ちょっとちょっと、店の子じゃないじゃない。だれ? …まだ若いんじゃないその子? 無理矢理じゃないでしょうね? どっから連れてきたのさ?」

「デイジー、この子は俺の、――」

 シーツに手を突いて身を起こした俺の隙をついて、ルーががばりと起き上がる。

 …かと思ったら、ずるりとベッドからずり落ちて、どしんと床に尻もちを突いた。

「わ、ちょっと、大丈夫? ねえアンタ、――」

「…かえる」

「え?」

「かえる。セデュのとこに。かえりたい。かえして」

 言いながら俯いた、その肩が、小刻みに震えている。

 無遠慮な闖入者によって、現実に返ってしまったルーは、傷つけられた子供のように震え、怯え、親の元に帰りたいと泣いている。

 世話焼きのデイジーはそんなルーを見過ごせず、てきぱきと脱げかけたワンピースのファスナーを留め彼女を立たせて、部屋を出て行こうとする。

「待っ、て、ルー、僕は君の、婚約者だ。君のことを、奥さんにしたいって、思ってる…」

 それまで愕然として成り行きを眺めていた俺はルーに追い縋り、言っていた。

 ルーを失いたくない。こんなことで、彼女に見限られるのはイヤだ。

 …俺は何をやっているんだろう。

「本気なんだ、真剣なんだ、僕は、君のことが、――」

「オペラ座に、つれてって。ここはいやだ、…」

 扉が閉まる瞬間、そう言ってデイジーに凭れ掛かるルーの姿が、俺の視界に映る。

 ルーは俺を見なかった。

 ただ怯えて、扉の向こうで、縮こまっていた。



「だからア、ここの人に用があるって言ってんの。セデュって人、いるんでしょ? 出しなさいよオ、緊急なんだから!」

 劇場のロビーで喚きたてる、派手な身形の女性(露出の多いラメ入りスカートに網タイツだ)に警備員が眉を顰めている。

 明らかにこの場に相応しい人種ではないからだ。まだ日の高いうちから往来を出入りすることなど認められていないような、所謂夜の街の人間である。

 品行方正の呼び声高いセデュイールに限って、そんな世界と繋がりがあるなんてことは、さすがにないだろうから…ないよな? たぶん。なので、人違いか、何かの間違いで紛れ込んだのだろう。

 親切な俺はポケットに手を突っ込んで鼻歌交じりに警備員に近づく。今日はリハも終わって後は本番を控えるのみ。セデュイールのヤツはシモンズ先生の指導を受けてオーケストラピットのほうにまだいるはずだ。生真面目なアイツは、この類の人種が自分を訪ねてきたと知ったらひっくり返るんじゃないか。緩衝材が必要だよな。友人のピンチ? に手を貸すくらいのつもりで、俺はお姉さんの前に進み出た。

「なになに、セデュイールに何か用? お姉さんは誰?」

「ピーターさん、ちょうどいいところに、…」

 困り果てたような警備員さんが縋るように俺を振り返る。

「この方が、レヴォネ氏に会いたいと申しているんですが、どうも…」

「だーかーら、その人を連れてきてって言ってるの! 緊急なんだから、待ってる子がいるんだからア」

 オレンジ頭の化粧の濃いお姉さん(目じりの皺から考えて、俺より警備員さんよりずっと年上そうだ)はじたばた悶えるみたいにして喚く。…なんだろうな、アイツあんまり経験なさそうだから、悪い仲間に言い包められてこーゆー夜のお店に連れてかれちゃったのかな。それでお姉さんに惚れ込まれちゃったとか? アイツ顔はめちゃめちゃいいからな。

 ルーちゃんっていう恋人がありながら、ふてえ男だ。これはシバき倒さないと気が済まねえ。

 今晩酒場で、どんなんだったか聞いてやろ。セデュイールの失敗談なんて、最高の酒のツマミだぜ。

「セデュイールが何やらかしたの? 俺はやつの友人だよ。気軽に話してくれていいよー」

 お姉さんの相手を進み出た俺に感謝するように黙礼して警備員さんが行ってしまってから、俺はにやけながらお姉さんに尋ねる。さあ一体どんな醜聞が飛び出すか、見ものだぜ。

「セデュさん? がどうとかは知らないんだけど。ブロンドの若い子が、セデュさんに会いたいって待ってるの。緑の目が綺麗な女の子よ。17か18くらいの…」

「え? ルーちゃん?」

「そんな名前だったかも。たぶん…」

 なんでルーちゃんが、夜の店のお姉さんと一緒にいるんだろう。謎は深まるばかりだ。ともかく俺はお姉さんを裏口に案内してから、オーケストラピットへ走った。ルーちゃんのことなら、アイツは何を置いても駆けつけるだろう。失恋したばかりと思って優しくしてやっていたら、「ルーが戻って来た」とか抜かしやがって、浮かれていたアイツだ。本当なら彼女の傍から、片時も離れたくなんてないんだろう。

 …感謝しろよお、セデュイール。俺様がお前のために、お前とルーちゃんのために、汗水たらして走ってやってるんだからなア!

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