第一幕『雨が止むまでこの恋を』第五場
とはいえ、ずぶ濡れのボクらはそのまま会場に戻ることもできず、セデュの回してくれた車に乗ってホテルへ戻った。
ホテルの前で車を停め、また郊外の別荘地(フィレンツェとローマの間くらいにあるらしい)に帰ると言うセデュに寄りかかる。
太腿に手を載せるとぐしょ濡れになった膝がぴくりと震える。
「そんな恰好のまま運転するの? 風邪ひいちまうよ。ボクの部屋で服を乾かして行ったら?」
「しかし、…」
「安心してよ、君を襲ったりはしないから。それともこわい? ボクに食べられちゃうかもしれないから? おっかしいなア? 大人の男の人なのに、こーんな小娘が怖いのかな?」
「……」
セデュはむっつりと眉間に皺を寄せたまま、駐車場まで車を回し、ボクにつづいてそこから降りた。
ホテルの前で水を吸ったドレスの裾を絞る。しわくちゃになった白のドレスはお払い箱になってしまうだろうけど、ボクは気持ちが浮き立って堪らなかった。
濡れて貼りついたドレスをぺりぺり肌から剥がすようにしていると、セデュから塗れた彼の上着を肩に掛けられる。
「いや君のもびしょびしょじゃないか。これって一体なんのため?」
「胸を隠せ、中が見える…」
「え? 乳首? わあマジだ、濡れたからスケスケだねえ。ちょっと立っちゃってる。さっきコーフンしたからなあ」
「実況するんじゃない…」
フロントで預けていたキーを受け取り――さすがプロ、ずぶ濡れのボクらを見てもホテルマンは顔色一つ変えなかった――雫を滴らせながらエレベーターに乗る。
キーのチェーンをくるくる回しながら赤絨毯の布かれた廊下を進んで、ボクの部屋にたどり着く。
まあまあ広い1人部屋は二間あって、入ってすぐに電話が置かれたデスクのある書斎、奥にでかいベッドが鎮座した寝室がある。寝室にはバスルームが付属していて、ボクはまずそこに行ってバスタブに湯を張る。寝室に戻ってセデュの上着を脱ぎ捨て、ドレスの肩紐を外しているとセデュは慌てたように書斎に去り、バタンと扉を閉めてしまう。
「君も脱ぎなよー、ドライヤー使っていいから…ボク風呂入ってくるけど、君も一緒に入るかい?」
「早く風呂に行け!」
なんだか叫ぶみたいに言われて、ボクは肩を竦めると素っ裸になってバスルームへ向かう。ぬるい湯で身体を温めて、踊り疲れた脚を伸ばして、ボクは入浴タイムを満喫した。
数十分後、裸にバスローブを羽織って下着は身に着けず、長いブロンドをバスタオルで拭いながら書斎の扉を開くと、セデュは濡れたシャツのまま書斎でボンヤリしていた。
「おまたせー。君も入っていいよ。身体冷えたでしょ」
「……」
ぱちぱちと女の人みたいな長い睫毛で瞬いて、黄金色の瞳がこちらを不思議そうに見つめる。
「君が入っている間に、服乾かしておいてあげる。君がこんなになったのはボクのせいだしね」
「…いや、おれは…」
「ほらほら、さっさと入る! 手がかかるなあ、ほんとに君24歳? 赤ちゃんみたいでちゅねえ、ママのお手伝いが必要でちゅかあ?」
「ひ、必要ない、ひとりでできる…」
慌てたように言ってセデュはバスルームに逃げていく。まるで悪い男の人にホテルに連れ込まれた処女みたいだ。おっかしいの。
髪を拭いながらきょろきょろと部屋を見回して、ドライヤーが洗面所にあることに気付いたボクは何の気なしにバスルームの扉を開けた。むわりと湯気が顔を覆う。
「!!???」
「あーあったあった。あ、君の服もらってくねー。じゃあごゆっくりー」
シャワーカーテンを巻きつけるみたいにして真っ赤になってるセデュの顔が一瞬見えた気がしたけど、気にしないでまたパタンと扉を閉める。デスクに敷いた濡れたセデュのシャツとズボンにドライヤーを当てながらボクは書斎のダイヤルを回す。パーティー会場に電話して、置いてきぼりにしてきたマチウに所在を伝えてから受話器を置く。ぐしょ濡れになったセデュの衣服はなかなか乾かない。重いドライヤーに手が疲れてきた。単調な作業も飽きてきた。もーいいか。どうせ明日には乾いてるだろ。セデュはなかなか出てこない。思いのほか長風呂だ。男の人にしては珍しい。ボクのモデルケースは父さんしかいないんだけど。
ふと思いついてクローゼットを開ける。パンツスーツの類は今回は持参していないから、女物のワンピースとかドレスとかばっかりがそこには入っている。セデュは女のボクから見てもかなりの美形だから、ゴージャスなドレスとかも着こなせるだろうけど…本人が絶対嫌がるだろうから、無理に着せるわけにはいかないよね。一人部屋だからバスローブはひとつしかない。そーなると、風呂から出た時の、セデュの着替えはどうしよう…。
……。
まあいっか。ちょっと湿ってるけど、こいつをセデュに着てもらえば。ボクはいくらでも服あるし。第一もうあと寝るだけだしな。ひとりで宿泊するときとか、ボクはよく裸で寝るのだ。開放感があってキモチイイから。父さんに知られたら叱られるから、家ではしないけど…。
今はセデュがいるから一応、バスタオルを身体に巻き付けて、痺れた手でドライヤーを持ち直し、濡れた髪に温風をあてる。そうこうしているうちにセデュがバスルームから出てきた。腰にタオルを巻きつけただけの無防備な姿で「ルー、着替えを、…」と言いかけたセデュがその場で固まる。
ボクのほうもちょっとびっくりしてセデュを見つめる。健康的な肌の色をしたセデュの上半身にはきちんと(?)均整の取れた筋肉がついていて、明らかに鍛えられた男の身体だ。着衣のセデュは、細い腰とか小さい尻とか、愁いを帯びた端正な美貌だとか、そこまで男くささを感じることはないような奴なんだけど、…意外だ。
「あ、着替え? これでいい?」
バスローブを手に取って近寄ると視線を不自然に逸らしながらおずおずと受けとる。なんだか顔が赤い。風呂でよーく温まったみたいだ。
なぜかそわそわと落ち着かないボクが次の言葉を探していると、ふと眉を顰めたセデュがバスローブに顔を近づけ匂いを嗅ぐようにする。ボクはなんだか居た堪れなくなって
「ちょっと!」
と声を上げた。
「やめてよー、それボクが着てたやつだから! 一枚しかないんだもん、仕方ないだろー?」
「……これはお前が着ろ。他に服はないか」
苦虫を噛みつぶしたような顔と声でセデュに言われてボクは首を傾げる。
「あるっちゃある、けど…君女装とかできる?」
「……」
「君の黒髪によく似合いそうな赤のドレスとかあるよー。着てみる?」
「断る」
きっぱりと言って重いため息を吐きだしたセデュはボクにバスローブを被せる。自分は腰にタオルを巻きつけただけの恰好で書斎に向かい、相変わらず濡れたままの衣服に肩を落とした。




