第四幕『突然、嵐のごとく』第二場
バターたっぷりのパンケーキにホットチョコレート、ラズベリー、セデュのほうのお皿は更に生クリームとメープルシロップがべしょべしょにパンケーキを浸している。
生理的欲求には勝てず、帰って即セデュを誘ったはずのボクは今恋人と向かい合って遅めの朝ごはんを食べている。
ちゃんと予習もしたし(読書で)、この間の――ボクがビビッて拒否っちゃったせいで台無しになってしまった初夜の、やり直しというか、つづき? を、セデュときちんと、やりたかったんだけど。
堅物なセデュはボクのこと子ども扱いして、また保護者モードになっちゃうし。ほんとに、あの時の雄モードは、奇跡的な瞬間だったんじゃないかって気になる。それをボクが台無しにしちゃったんだ。ボクがへたれなせいで! ああチクショウ、せっかくセデュとセックスできるチャンスだったのにー!
セデュの仕事は午後からだから、それまでは時間がたっぷりある。朝の光が眩しいなかで、初夜? するのも、まあ乙なモンじゃないかって思うけど、キチンと背筋を伸ばしてお行儀よくナイフとフォークでパンケーキを切り分けて口に運んでるセデュは全然そんな、エッチなことなんか興味ないでーすみたいな顔をしている。にくったらしい。こないだはあんなに情熱的にボクを求めていたっていうのに!
ああでも美味しいな、セデュのパンケーキはふかふかで甘ったるくてちょっと塩味もあって、食べても食べてもまだ食べたくなる。ちなみにボクの皿のパンケーキは5枚目だ(セデュは4枚)。なんでも器用にやるヤツだなあって思う。たぶんセデュは音楽じゃなくても、他の仕事に就いてても、成功するヤツなんだろうな。音楽しかないボクとは違って。…まあボクは天才だからほかの業種なんて選択肢にもならないわけだけど。
ボクを音楽の道に導いたのは父さんだ。だからそういう意味では父さんに感謝してる。母さんにも姉さんにも。ボクはひとりでは生きてこられなかったろうから。
でももう、親離れの時期なんだ。いつまでも父さんの言いなりじゃいられない。父さんの決めた相手と結婚して、子供作って、子育てしながら仕事して? 家にお金入れて、家族を養って、ハリウッドの大豪邸でみんなで一緒に暮らす、とか、…言いなりになったほうがラクな道ではあるのかもだけど。何も考えないでふわふわ生きてける道なのかもしれないけど!
ボクはもう決めたんだ。セデュと一緒にいるって。馬鹿正直で生真面目で頑固で器用で不器用なこいつと一緒に生きてくんだって。
…だからまずは、噓を真実にするところからだ。
ボクは諦めない。ぜったいにセデュにボクを抱かせて、既成事実を作ってやるんだからな!!!
食べ終わったお皿とカップをシンクに運んだセデュは無防備な背中を見せてカチャカチャ洗い物をしている。汚れたままのお皿を放置とか絶対にしないヤツなんだ。ちょっと潔癖っぽいところがあるんだと思う。洗い物のついでに掃除するからキッチンはいつも新品みたいにぴかぴかだし、部屋には塵ひとつ、埃ひとつ落ちていない。ちなみにボクは一切手伝わずマメに立ち働くセデュを見ている。セデュは富豪の御曹司だから、家にいた頃は掃除なんかしたことなかったろうに、今は一人暮らし(ボクと一緒だから二人暮らし?)だから、掃除も洗濯も料理もぜーんぶ自分でやっているのだ。家を出てから数年になると思うけど、てきぱきした手捌きはこなれた感じで、専業主婦としてのスキルもかなりあることを感じさせる。
…ボクがバリバリ働いて稼いで、セデュには主婦(主夫)に専念してもらうって手もあるか? ああでも、指揮者してるセデュもかっこよくて大好きだから、この案はボツかなア。セデュだってボクに養われるだけじゃあ、いやだろうし。…
椅子に顎を載せてじーっと後ろから見詰める長身はいつもみたいに姿勢が良くて、細いけど肩の骨が形よく張っていて、脚がばかみたいに長くて、そんでお尻が小さくて腰回りが細くて、モデルさんみたいにスタイルが良くて、…でも脱がせたら、腹筋とか割れてるし二の腕に筋肉もついてるし、案外男性的な身体つきで、…
思い出したらなぜか口の中に唾液が溜まって、ごくりと飲み下す。これって、ムラムラしてるってことでいいのかな。朝っぱらから駆けずり回ってそのまま朝食に突入したから、セデュの、彼らしくないアバンギャルドなデザインの黒いTシャツは汗じみて余計に雄っぽさが滲み出ていて、いつものストイックな雰囲気の彼とは、ちょっと、違う感じがして、…
惹かれるままにボクはがたんと席を立ち、ぴたりとその広い背にへばりつく。セデュは一瞬だけびくりとしてから、戸惑うような声で
「どうした?」
と聞いた。
「このシャツ、君の? だれかのプレゼントとか? …」
「…友人の家で、シャワーを借りて、着替えも…」
肩甲骨をなぞるようにするとびくびくと案外敏感らしい背中が震える。
面白くなってきて前に手を回して頬をぺったり背中につける。胸元をまさぐっても泡に塗れた手でボクに触れられないセデュは抵抗らしい抵抗もできずに悶えるだけだ。
「やめ、こら、やめなさい、…っ」
「セデュはア、乳首がイイのかな? それともおへそ? もっと触ってほしい? ふんふん、ちょっと汗のにおいもするね…」
「はなれろ、ダメだ、…ルー!」
「えっへへ、君の汗のにおい、好きだよ。舞台で指揮棒振った後の君も、こんな感じだったよねえ…」
触れた胸がドクドクと力強い鼓動を打っている。大太鼓みたい。重低音の、地響きみたい。
指の先が熱で湿る。ボクの熱か、それともセデュの? …
「ルルル、ララ…あっそうだ、新譜書き直さなきゃ。新しいアイデア湧いちゃったぞう! パーカッションもイイな…」
ぱっとセデュの胸から手を離してボクは軽やかにキッチンを出る。セックスもしたいけど、お仕事もきちんとしないとね。セックスの楽しさはまだ知らないけど、音楽の楽しさはボクはじゅうぶん知ってるからね!
鼻歌交じりに寝室に向かったボクは、うしろでへなへなと頽れるセデュには気づかなかった。




