第95話 善人は二度死ぬ (2) 〜人助けのやり過ぎじゃないですか?
ルヴォニア大森林に入って初日。
1日の旅を終え、野営する一行の前に。
死人を運ぶ男たちの1団が現れた。
この付近の村の村人。
「その人はーー」
ルルが訊く。気になるのだ。
「死人よ」
髭もじゃリーダーは言う。
「こいつはこの先で、猪に突かれて死んだんだ。だから村に、こうして運んでいくんだ」
「……村の人が森で事故にあったので、亡骸の埋葬をしに行くんですね?」
「村の人? 違えよ。こいつは、俺たちの村の者じゃねえ。他所者。流れ者だ。人助けが好きな善人、そういう触れ込みの奴だ」
吐き捨てるように言うリーダー。なんだか曰くがありそうだ。みすぼらしい男の亡骸を、睨みつけている。
「なにが……あったのですか?」
「なんだ、お嬢ちゃん、知りてえか? こいつは流れ者のヨレン。人助けが好きで、あちこちを回っては困ってる奴を見つけて世話する、そういう善人様との触れ込みだった。この辺で評判だったぜ」
「善い人と評判だったんですか。それがなぜ、森の奥で猪に……」
フン、と鼻を鳴らす髭もじゃリーダー。
「それがとんだ食わせ者よ。俺たちの村に来たこいつは、貧乏人のゴサクのところに住み込んだ。ゴサクは女房が病気でどうしていいかわからず、途方にくれてたんだ。それをこいつが、何かと世話を焼いてやってたんだ」
「善い人……ですね」
「ああ。俺たちも最初はそう思った。やっぱり善人て評判だけのことはあるってな。ところがそうじゃなかった。このヨレンはゴサクを焚き付けて、2人で一緒に村の牛を盗んだんだ」
「え?」
「そう。こいつは牛泥棒なのよ。2人で牛を盗んだところを、見回りが見つけた。ゴサクは、牛を連れて逃げるところ、崖から落ちて牛と一緒に死んじまった。で、このヨレンは森へ逃げ込んだ。それを俺たちは追いかけた。この野郎、追われて慌てて猪に気づかず、突かれて死んだ。そういうことだ。死んだ牛は売り物にならねえ。大損害よ。そういうことだ」
「……そうですか……ゴサクという人の奥さんはどうなったんです?」
「ああ? 夫が牛を盗んで挙句死んだとを知って、首を縊っちまったよ。気の毒な話だ。それもこれも、こいつが悪いんだ。ヨレンがゴサクを牛泥棒に誘ったのに違いねえ。流れ者の善人だなんて。やっぱり胡散臭い野郎だったんだ。善人顔して助けてやると言って人の家に入り込み、悪事を企てたんだ。本当に、とんでもねえ奴だ」
「なるほど……話はわかりました。それで皆さんは、ヨレンさんをこれから村で埋葬するんですね?」
「莫迦言うんじゃねえっ!」
声を張り上げるリーダー。
「とんでもねえ。こんな悪党の埋葬なんてするもんか。こいつは三日三晩村の広場に吊るして、その後は鴉か野良犬の餌にでもするさ」
「そんな、酷い!」
思わず声を張り上げるルル。
「この方はもう、亡くなっているんですよ」
「何を言うんだ、お嬢ちゃん。牛泥棒はこうする定めなんだ。これでも俺たちは腹の虫が収まらねえんだぜ。ゴサクと女房、それに大事な牛も死んだ。全部コイツのせいだ」
「……盗まれて死んだ牛、値段はいくらですか?」
話を聞いていたユリオ。おい、何を言い出すんだ、と。ルル。美しい顔には、はっきりとした決意が見える。何かを考えてるんだ。余計なことに巻き込まれる必要はないんだけど。
「値段……?」
首をひねる髭もじゃリーダー。
「そうさな、金貨5枚ってとこかな」
「そうですか……ユリオ」
振り向くルル。
「お願い。金貨を出して」
「は?」
いきなりのことにユリオは。
「ルル……どういうこと?」
「お願い。私の頼みを聞いて」
おいおい。いくら俺が【財布担当】であっても、こんな風にいきなり金貨を出せとは。さすがにあり得なくね?
しかし、きっぱりとしたルルの口調。クラス委員長琴見咲良の絶対の威光には、逆らえない。
言われるままに金貨5枚を取り出すユリオ。
受け取ったルルは、髭もじゃリーダーに差し出す。
「さあ。金貨5枚あります。これを受け取ってください。これでいいでしょう。その人を放してください」
ルルの手のひらの金貨をじっと見つめていたリーダー。
「ふむ……いいだろう。死んだ牛が償われるなら大助かりだぜ。おい、そいつはここに置いていけ。お嬢ちゃん、後は好きにしろ」
男たちは、木の板の上のヨレンを地に降ろす。
「牛の代金は取り返せた。余計なこともしなくて済んだ。ま、よかった。ありがとよ、お嬢ちゃん」
リーダーはそう言い、村人を連れて、去っていた。
ヨレン。
牛泥棒を働いた挙句、死んだ男。
その亡骸を囲むユリオ、ルル、エミナの3人。
土気色の顔、安らかに見えた。
「ユリオ、金貨出してくれて、ありがとう」
本当にそうだ。でも、礼を言われても釈然としないユリオ。
【財布担当】だからって。女の子に顎で使われて金貨出すってのはどうか。ま、【財布担当】の男なんて、こんなもんなんだろうけど。
「ルル、異世界じゃこんなこと、いくらでもあるぞ。いちいち首を突っ込んでたらキリがない。今日のことは今日のことでいいとして、少しはわきまえろよ」
一応、ルルを窘めるユリオ。
なんだかんだ、ルルは異世界に来て日が浅い。まだよくわかってないんだ。それでとっさに、前世感覚で正義しちゃうんだな。
金貨で解決できることは金貨で解決、が信条のユリオも、見知らぬ他人のために矢鱈と金貨を費いたくない。
「さすがルルさんです! 人助けしましたね! 本当に立派です!」
無邪気なエミナ。金貨を出したのはユリオだが。
それに、そもそも助けた……のか?
どのみち、こいつは死んでるんだ。
盗んだ牛の償いをしても、誰も生き返りはしない。
「で、ルル、どうするんだ、この男、ヨレンだっけ」
とりあえず公開晒し刑になるのは防いだ。
土気色の顔、ほっとしているように見える。人助けというか、死人助け。
「え?」
まごつくルル。おやっとユリオ。
「まさか。よく考えないで助けたのか?」
「……そんなことないよ。そ、そう、ちゃんと埋葬しましょう」
「ちゃんと埋葬って?」
異世界でも。
葬礼だ埋葬だの流儀、いろいろだけど。
もう日が沈もうという大森林。死体を囲む3人。
できることは限られている。
「ルル、どうするつもりだ?」
追及するユリオ。クラス委員長琴見咲良を追及するなんて初めてだ。ルルも考えなしに行動することあるんだ。
「う、うん」
明らかにまごつくルルだが。
「そうね。ちゃんとしたお葬式とか埋葬はできない……ここに穴を掘って遺体を安置して埋めて、みんなでお祈りしましょう。そして、墓標に石を置きましょう。それでいいよね」
ビミョーな顔で頷くユリオ。
公開晒し刑とたいして変わりないような気がするが。
しかし旅先、無人の曠野で隊の仲間が死んだ場合も、そういった簡便な埋葬となる。そうするしかないのだ。
「よし、それでいこう。で……どうやって土を掘るんだ?」
「そ、それは……」
もっとまごつくルル。
ユリオは、ありゃりゃ、と。
本当に考えなしだったんだな。お嬢様の正義突撃。気の毒な人を見たからって、いや、このヨレンは牛泥棒だそうだから、別に気の毒というわけでもないけど。
いかんことだ。
3人で埋葬の方法を考える。
とにかく土を掘らねばならないが。
道具が何もない。
狩猟戦闘用の武器や、道中の草木を払う鉈は持ってきているが、鋤鍬やシャベルスコップの類は、何もない。
人1人すっぽり埋める穴を掘る。
結構面倒だ。
このまま森林に放置したり、ちょっと土をかぶせただけだと獣の餌食となる。公開吊るし刑の結末とあまり変わらなくなる。
「ねえ、ルル、どうするの?」
珍しくクラス委員長を責めるユリオ。3人で素手で土を掘るのもかなりな労力になる。素手の穴掘り仕事なんて、ユリオは絶対に嫌だ。
「う、うーん……」
「ルル、魔法は? 土魔法。落とし穴作ったり、大地に裂け目を作ったりするのあるじゃない。それ使えないの?」
「使えるけど……まだ大森林に入ったばかり。ここで魔力探知はされたくないな。ゆっくり魔法で掘ると夜通しかかっちゃう」
「おいおい……ルル。じゃ、どうするの?」
「うん。わかってる。私がなんとかするから。ユリオ、エミナ、先へ行ってて」
「え?」
「魔法……使うところ、見られたくないの。埋葬は私1人でやる。だから2人は、ここから離れて先へ行って」
「は?」
合点がいかないユリオ。
ルルはこれまで、ユリオとエミナの前でも普通に魔法を使っていた。
急に、魔法を使うところを見られたくない?
「そりゃ、なぜなんだい?」
「いいから! お願い。とにかく見られたくないの。言った通りにして!」
なんだ、ルルの様子。
おかしい。いつもと違う。
顔を見合わせるユリオとエミナ。
「ここは、ルルさんの言う通りにしましょう」
エミナに言われ、ユリオも従うことにする。
「わかった。じゃ、俺たち先へ行ってるぞ」
ユリオとエミナ、ルルとヨレンの亡骸を残し、森の奥へ。
ルルは。
じっとヨレンを見下ろす。
懐から銀貨1枚を取り出した。冒険に旅立つにあたって、ユリオがルルに渡した銀貨50枚のうちの1枚。
「さあ、あなたはこの世界で十分に苦しみました。これ以上苦しむ必要はありません。安らかに新しい世界へ旅立ってください。これは旅立つあなたへの餞です」
そう言って、ヨレンの胸に銀貨を置くと。
暮れゆく大森林で。
ルルは、魔法の呪文詠唱を始めた。




