第94話 善人は二度死ぬ (1) 〜森で死人に出会うのは不吉ですか?
ルヴォンを出て。
しばらく歩くと、森に入った。
もう小径もない。
いよいよ大森林である。
もっとも、まだ大森林の周縁。
樹も密集しているわけではなく、疎らである。
平地に広がるルヴォニア大森林。
山地のような高低が無いのは助かるが、草葉に石を踏み、大きな樹の根をよけて歩くのは、街道の旅とはまるで違う。
「ルル、平気か?」
「う、うん。私身軽だから、大丈夫」
「ふふ、無理するなよ」
ルルがへばったら、抱っことかできちゃう?
さっそく妄想のユリオ。抱っこしたら……いろいろあれこれできちゃう?
ルルも、ずっと魔法を使うとかのわけにはいかない。まずは自分の体力である。
「よし。今日はこの辺にしようか。ここで野営にする」
まだ陽は高く、ユリオとエミナは余裕綽綽だが、一日の旅を終えることにする。
ふう、と息をつくルル。都会育ちのお嬢様。やはり1日森林を歩くのは疲れるのだ。その様子をユリオは見てとったので、早めに野営することにしたのだ。
「ルル、休んでろ。野営の準備、俺とエミナでやる。まずは森に慣れることだな。慣れてくれば歩き方も体が覚えてきて、疲れがずっと少なくなるぞ」
「ありがとう。ほんと頼りにしてるから」
クラス委員長琴見咲良から頼られる。
実にいい気持ちである。そのまま身を任せてくれは……しないんだろうけど。
エミナはキビキビと働く。
枯れ枝を集め、火を熾す。
そして道中自分の弓で狩った兎と山鳥の毛を毟り、短剣で裂き、木串に刺して焼く。手慣れたものである。
「はい、焼けましたよ! どうぞ、ユリオ様! ルルさん!」
「ありがとう」
「旨そう」
香ばしい肉に皆でかぶりつく。
「美味しい!」
胸を張る家臣の娘。
「森のことは、このエミナにお任せあれ」
新鮮な狩猟肉ですっかり満腹した3人。
焚き火の周りで、ゴロンとなる。
かさばる帷幕は持ってきていない。雨の時は大きな樹の下で雨宿りしよう、となっていた。
森林の徒歩旅行。歩いて、食べて休んで、歩いて、食べて野営。歩く以外は、元気の補充と休養に徹する。
短期の狩り旅行なら、1日の終わり、焚き火を囲んで歌って踊って飲んで騒いで過ごすものだが、何しろ未踏の奥地へ行くのだ。不要な体力消耗を避ける。これが鉄則だ。
もっとも。
暮れゆく空を見上げながら、エミナが歌い出した。
心が弾んで仕方がないのだ。
〜鳥は飛ぶ 鹿は鳴く 誰の想い
〜木霊する 木霊する 想いを重ね
〜誰が知る 誰が知る 我が心を
〜飛べよ鳴けよ 我が心をのせて
…………………………
異世界の歌。
ユリオは聞き入っている。
そういえば。
幾度も隊での過酷な森林踏破の鍛錬、それよりもっと危険な魔界境界地帯の戦闘の旅も経験しているが。
美少女との森林旅は初めてだ。
なぜ、ユリオが美少女との森林旅をしたことがなかったのか?
それは単純な理由である。
「間違いがあってはいけない。森で若い男女が一緒にいれば、何かが起きてしまうかもしれない」
との、父クロードと執事頭ヴァイシュの〝鉄のパンツ〟の厳命であった。
森で美少女と一緒に。許されるはずもなかった。
だから、エミナとの森林旅も、初めてである。エミナの心が浮き立つわけだ。エミナはこれまでずっと父ヴァイシュと森林狩りの旅をしてきた。
ユリオの鍛錬の旅の隊にも女性はいたが、それは太った中年の、いつもぶすっとした顔をしている女魔術師だった。武人鍛錬の旅では大公爵といえど甘やかされることはないので、ユリオはこのおばさん魔術師に、よくガミガミと叱られたものである。
「坊ちゃま! そんなことでは、まだまだクロード様に届きませぬぞ!」
聞き飽きた言葉。まだ耳にこびり付いている。別に届きたくはない。
しかし今は。
美少女2人との森林旅。
それも野営。
うーむ、とユリオ。
前世じゃ、野営で美少女と同じ班になって、すぐ近くで一緒に寝るなんて、夢の体験だったよな。
宿じゃずっと別々の部屋だったけど、ここじゃ壁も何もなく、すぐ側に……
ゴクリ、と生唾。
ルルも寝顔も……見れるんだ。
よく寝てたら、そっと触っちゃったりしても……触るだけ?
襲ったら……
いや、さすがに魔法で反撃してくるだろう。
それは、いかん。
相変わらず、超絶美少女を目の前にしながら、悶々とするだけ。
くう……
この旅でルルの魔法を封じる手がかり、見つかるといいな……
ユリオのドス黒い蹂躙妄想にまるで気づかぬルル。まだ寝入ってはいない。パッチリと目を開け、空を見上げている。
◇
不意に。
エミナの歌が止んだ。
なんだ?
見るとエミナは身を起こし、森の奥を窺っている。
「どうした、エミナ。鹿でもいるか?」
焚き火があるから、獣は近寄ってこないはずだが。
「いいえ」
じっと耳を澄ますエミナ。
「人ですね。それも大勢の声と足音です。こっちに来ます」
急ぎ身を起こすユリオとルル。
確かに声と足音、もうはっきりと聞こえる。ザワザワと。
森で遭遇する相手。狩人猟師、採集者に冒険者。
まだ大森林に入ったばかりのところだから、遊び目的の森林旅行者の可能性もある。
一応、警戒する。
森林にも、強盗追剥の類や、潜伏中の犯罪者もいるーーユリオもまさに逃亡潜伏中だがーーそういうのには滅多に出会わないとはいえ、用心は必要だ。
狩りの手練れにとって本当に恐ろしいのは獣ではなく、結局は人間といえた。
ガサガサ、
ザワザワ、
目の前の樹木を掻き分けて。
男たちの一団が現れた。
「これはこれは、邪魔したな、旅行者か?」
先頭の髭もじゃの男が言う。
ユリオたち。なかなか身装がよいので、荒くれ狩人猟師には見えないのだ。
「ええ、そんなところです。森の空気を吸いに。よかったら焚き火へどうぞ」
ユリオは笑顔で、森の挨拶。
現れた男たち。身装は普通。追剥には見えない。
「ありがとよ。だが俺たちは先を急いでいる。日が暮れる前に、村に帰らにゃならんからな」
「そうですか。お気をつけて」
この人たち、やり過ごせそうだ。この辺の村人なんだ。とりあえずほっとするユリオ。
ルヴォンを過ぎても、大森林の周縁にはまだ小さな村や集落が点在していた。そういった村が、この近くにもあるのだろう。
「よーし、行くぞ。もう少しだ。ここで休む必要はない」
先頭の髭もじゃ男、リーダーのようだ。
へいっ、と従う男たち。
後から来る男たち。木の板を担いでいる。その上には。
人だ。
みすぼらしい格好の男を、木の板に乗せて運んでいるのだ。
その男はーー
「あっ」
同時に息を呑むユリオ、ルル、エミナ。
死んでいた。
板で運ばれていた男、もう死んでいる。
土気色の顔。見開き瞬きせぬ瞳。不自然に折れ曲がった手足。
村人たちが板に乗せて運んでいるのは、紛れもなく死人。




