第88話 女毛皮商人のルーリャ (19) 〜女毛皮商人は何を見ましたか?
「さあ、どうぞ」
ルーリャに連れられ、地下から邸への階段を上ったユリオ、ルル、エミナの3人。2階へ。
そのまま豪奢な部屋へ案内された。
輝くばかりの宝飾で飾られた調度品。ルコピン油でない香油の香りが立ち込めている。
「ここは私の寝室。秘密の話し合いをするのに、もってこいの場所よ。楽にしてね」
天蓋付きの寝台に座るルーリャ。寝室。男を蕩かすために贅を尽くした女主人の奥城。王熊の檻から持ってきた櫃は、横に置く。
ユリオたちも置いてある椅子に腰掛ける。どれもフカフカのクッション。
ルーリャは、じっとユリオを。
「えーと、あなたのお名前、もう一度教えていただける?」
「ピエの旅商エスト=デュレイ。前に言った通りだ」
うふっ、とルーリャ。女豹の眼に。
「違うわ。あなたはユリオ=アルゲネス=パロ=ルーベイ。ルーベイ大公爵ユリオ。そうでしょ?」
ええ?
バレてた!
グフ、となるユリオ。
不意打ちだ。もうバレてないと思い込んでいた。すっかりうろたえる。ルルはハッとなり、エミナは剣の柄を握り締める。
「い、いや、俺は……」
「隠さないで。王国に突き出したりはしないから」
「そ、そう……か?」
確かに賞金目当てなら、とっくに突き出していただろう。
ここにも、10万パナード(約10億円)要りませんの女がいたのか。
ユリオは覚悟を決めた。正体をバラしても問題ないだろう。
「あの……なんでわかった?」
「ん? 去年の王都でのパレードで、国王陛下に随行しているあなたの顔を、はっきり見たのよ。うふ、本当に光輝くようだったわね。みんな見惚れてたわよ。で、鬘と付け髭で変装したのね? 外した顔、お風呂でしっかり見せてもらったわ」
「あ」
浴室で。
ルーリャはいきなり素っ裸で現れたけど。
その前に、隠れて物陰から、ユリオの素顔をしっかり確認していたんだ。
なんてこった。
「お風呂で? ですって」
胸を慄かせるエミナ。
ルーリャがお風呂で御主君の素顔を見た?
2人の間に一体何がーー
「あ、お嬢さん、心配しないで」
顔色を変えたエミナに、婉然と微笑むルーリャ。
「なにもなかったのよ。本当にユリオったら、女の人を見ただけで、恥ずかしがっちゃって」
恥ずかしがったなどというわけではない。
ただ、賞金首たるもの、素顔を見られまいと顔を隠しただけだ。でも、こっそり顔は観察されてたんだ。やっぱり顔を隠したりしないで、そのまま襲っちゃうえばよかったんだ。
「ほんと、ユリオは初心なんだから」
うふふ、と笑うルーリャ。
「気安く御主君の名を呼ばないでください!」
激昂して立ち上がるエミナ。
「なんです! 無礼です! ふざけないでください! ユリオ様は誰よりも女性に礼節を尽くす正義の士なのです! あなたのような人が悪戯うなんて、絶対許しません!」
「あらあら」
と、ルーリャ。
「やっぱりあなた、妹じゃないのね。従者かしら? と、いうことは、あなたも妻ではないのでのね」
「はい」
ルルは素直に。
「わかってましたか。私はユリオの妻ではありません。共に旅をする友です」
「そう。わかってた。だって、あなたから全然ユリオへの恋情が見えないんだもん」
「あ」
赤くなってうつむくルル。
現在、ルルとの恋愛可能性ゼロ。
ユリオにも、これはキツイ。
「で、肝心のこと、そろそろ話してもらおうか」
話題を変えるユリオ。
「なぜ俺を誘拐した。俺をルーベイ大公爵と知っても賞金首として突き出さない。それなのになぜ、妙な細工して俺を地下室に閉じ込めた? それにさっきから言っている試練て何なんだ?」
「その前に、フェルネはどうしたのかしら。それについて話してもらえない?」
「ああ、いいだろう」
手短に話すユリオ。閉じ込められたユリオの前にフェルネが現れ、女主人がいずれユリオを殺すつもりだと告げ、女主人のお宝を一緒に奪おうとーー
「まあ、なんて事」
唖然となるルーリャ。
「フェルネがそんな大それたことを? 信じられない。私もあの子をすっかり信用しちゃってて。甘かったわね。でも」
にっこりとユリオに。
「そんな危ない目に遭っても、あなたは助かったのね。王熊も倒して。やっぱり運命に護られた本物の勇者。あなたに与えた試練。それは地下から脱出すること。本物の勇者なら、きっとできるでしょう。試練を突破したら、渡すものがある。もしできなかったら、そのまま邸から放そうと思ってた。ユリオ、見事合格よ」
「……試練突破って……助かったのは、ルルとエミナのお陰だぜ」
「立派な仲間を持つのも、勇者の条件よ。ユリオ、あなたは確かに運命に選ばれ、護られている」
運命に選ばれ護られた本物の勇者。
そうか?
俺は勇者じゃなくて、【財布担当】だぞ。それも大公爵から一転謀反人で、連れの美少女2人とはヤることもできず1人悶々とする日々ーー
これで運命に選ばれたってなら、ずいぶん嫌な運命だな。
ユリオをうっとりと見つめるルーリャ。
艶っぽいまなざしにゾクっとなるユリオだが、
「で、俺に渡すものってなんだ?」
立ち上がったルーリャは、戸棚から、金色の鍵を取り出した。
それで地下から持ってきた櫃の錠前を回す。
カチャリ。
櫃が開いた。なるほど。この魔法錠の鍵は女主人が持っていたんだ。
開いた櫃。
ルーリャが王熊に護らせていた、お宝。
取り出したのは。
「この差出人を見て」
ルーリャが差し出したのは、手紙だった。
受け取るユリオ。
差出人はーー
「あっ!」
クロード=シゲイオ=パロ=ルーベイ。
父だ。
間違いなく、父の署名だ。これは、ユリオの父クロードの手紙だ。
宛名は。
ルーリャ、となっていた。
◇
父クロードから、ルーリャへの手紙。
なんで?
いったい、2人にどんな繋がりが?
ユリオは、父からルーリャのことを聞いた事はない。
「私たちは、この大森林の狩りで出会ったの」
ルーリャはユリオを、いや、遠い日の想い出を見ている。
「私は、まだ1人の狩人に過ぎなかった。1人で狩りをしているときに、同じく狩に来て供とはぐれたルーベイ大公爵クロードと出会ったの」
なんてこった。世間は狭いな。
「……そうなんだ……で。この手紙を俺に渡したいってこと?」
「違う。その手紙は、私の1番の宝物。見せてあげるけど、渡すことはできないわ。あなたに渡すものは、これ」
ルーリャは、寝台の下の引き出しを開ける。
粗末な箱が出てきた。
箱の蓋を開けると。
「あああっ!」
輝くばかりの毛皮が現れた。
ユリオ、ルル、エミナ、同時に叫び、息を呑む。
「王貂の毛皮よ」
女王の笑みを浮かべるルーリャ。
王貂の毛皮!
やっぱりルーリャは持っていたんだ!




