第87話 女毛皮商人のルーリャ (18) 〜大森林の女王の胸の内は結局なんですか?
「ユリオ様!」
エミナの眼に飛び込んできたのは、檻の中の御主君ユリオの姿だった。
檻の前には。
弓に矢を番え、ユリオを狙うフェルネ。驚いて振り返っている。
「な、なにをしているんですか! あなたは!」
詳しい事情はよくわからないが御主君の危機、それは確か。
あれこれ言ってる場合じゃない。間髪入れず、手にしたものをフェルネの脳天に打ちおろす。
「ギャッ」
叫んで倒れるフェルネ。
「ユリオ様! 今、お助けします!」
檻に駆け寄るエミナ。
なんでここにエミナとルルが?
驚くユリオだが、ともかく助かったようだ。
「エミナ、俺の剣を……あ、魔法強化剣持ってきたんだ。それで錠前を壊してここから出してくれ」
「はい! もちろんです!」
ユリオの無事な姿に顔を真っ赤にさせたエミナ、自分の剣を振り上げ、えいっ、と錠前を両断する。
ガチャリ、と錠が落ちて鉄柱扉が開く。
ユリオはやっと檻から出る。ふう、と息をつく。
絶対にもう助からないと思った。
奇跡だ。何とか命が繋がった。
フェルネは。
床に倒れ、白目を剥いてピクピクしている。頭に大きなたんこぶを作っているが、命に別状は無いようだ。エミナは咄嗟に、剣でなく、杖を打ち下ろしたのである。
「ユリオ様、ユリオ様……よくぞご無事で」
御主君の前で身を震わせ、瞳をウルウルさせるエミナ。ユリオに抱きついたりはしない。残念ながら、そういうはしたない事はしないよう教育されているのである。
「ありがとう、エミナ、ルル、助けに来てくれたんだね。信じていたよ」
ルーリャとフェルネのどっちも抱こうなどと呑気な妄想に耽っていたユリオだが。
ルルは、倒れたフェルネと檻の王熊の骸を見やり、
「ユリオ、無事で元気なのね? よかった。本当に。で、一体何があったの?」
「う、うん、あのルーリャに閉じ込められちゃってさ。それで何だかややこしいことに巻き込まれちゃって……」
あれこれの経緯を説明をする。
香油をぶっかけられ、案内された浴室から、地下に落とされたこと。
ここから脱出するため、メイドのフェルネの女主人の王貂の毛皮を奪う計画に協力することにしたこと。
お宝の番人王熊を首尾よく倒したものの、フェルネが手柄を独り占めするため、ユリオを殺そうとしたこと。
「危機一髪だったんだ。間に合ってよかった」
檻の中で射殺されそうだったという話を聞き、ルルも驚いている。
ルルの方も事情を説明する。
情報収集して魔法を使いルーリャの豪邸の地下につながる洞窟を見つけ、エミナとここまで潜入してきたこと。
「煉瓦の壁で行き止まりになっていたの。それでエミナの剣で壊したら、ちょうどこの場所に出れたのよ」
エミナは、ワナワナと震える。
「ユリオ様……あの女に捕まって、本当に、本当に大丈夫だったのですか?」
この家臣の娘が気になってしょうがないのは、ユリオの貞操のことである。高潔なユリオの身が汚されるなんて。エミナは考えただけでも恐ろしいのである。
「うん……結局、ルーリャは現れなかったんだ。水と食料が置いてあったから、ただゴロゴロして助けを待っていたんだ」
「本当……ですか?」
「うん。何もなかったよ。今ちょうど、危ないことになってたけど」
ユリオは、ルーリャともフェルネとも何も性戯できなかった。妄想だけはタップリしたのだが。
身の潔白は間違いなし。それは誓って言えた。
「ああ、よかったです」
またまた瞳をウルウルさせるエミナ。
ルルが言う。
「閉じ込められたけど、何もなかったんだ。じゃあ一体、何のためにわざわざ手の込んだ誘拐をしたんだろうね」
「俺にもわからないよ。フェルネが自分の野望のために俺を利用した事は間違いないけど、ルーリャは俺はどうしようとしたんだろうな」
「試練よ」
声がした。
振り向く3人。
見ると。
地下道の奥から現れた、ルーリャ。背後に熊執事や、邸の者を大勢従えている。
◇
うふっ、と笑うルーリャ。白貂の毛皮を纏った正装姿。地下でも婉然たる美しさは変わらない。
「この檻と私の王熊には、ちょっとした魔法仕掛けの細工がしてあったの。何かあったら私にすぐ伝わるようにね。商用で出掛けてたら、檻が破られたのがわかったから、すぐに戻ってきたのよ。びっくりね。みなさんお揃いで。それにフェルネ。どうしたの?」
「どうしたの? ですってえ!?」
激昂するエミナ。
「それはこっちの言うことです! この人攫いの悪党! よくもしゃあしゃあとしてられますね! 私の御主君をこんな目に合わせて! もう絶対許しません! 証拠があるんです! のらりくらり逃げ回ったりはできませんよ! ここでエミナが成敗します! さあ、覚悟なさい!」
剣を振り上げる。これにはルーリャの背後の男たちも、一斉に腰の剣を抜いた。
「エミナ、待って」
カッカして今にも斬りかかろうというエミナを、抑えるルル。
「ルーリャさん、どういうつもりです? あくまで無法を通すなら、私たちも全力で戦います。こっちを見くびらないでください。でもちゃんと理由があるなら話してください。私たちも不必要に戦いたくはありません」
ルル。いよいよ魔法ブッ放しの覚悟を決めたか。ユリオも自分の剣を拾い、構える。
ルーリャと愛し合って解決、な状況じゃとてもなさそうだ。無念であるが。
双方の刃の間に挟まれて
ルーリャの笑み、少しも動じない。大森林の女王の貫禄は変わらない。
「そうね。確かに私も、戦うなんて全然するつもりないから。で、なぜ私がこんなことをしたのか。それは試練よ」
「試練?」
鸚鵡返すユリオ。何を言ってるんだ? この女。試練って。
「ねえ」
ルーリャはユリオをしっかりと見つめ、
「お話しさせてくれない? 邸の者は下がらせるから。私は剣を持っていない。そのお嬢さんは剣を持ってていいのよ。私の話に納得いかなかったら、私を好きにしていいわ。だから、ひとまず話を聞いて」
「う……ん。いいだろう」
切った張ったはなるべく避ける。それはユリオとて同じ。
ルーリャは地に寝そべるメイドを見やり、
「じゃぁ話し合いね。その前に、フェルネはどうしたのかしら? なぜここに? 今日は体調が悪いと部屋で休んでいるはずだったのに」
「その子は俺を殺そうとしたんだ。その弓矢でね」
「え!?」
さすがのルーリャも目を丸くしている。これは想定外だ。
振り返って抜剣している邸の者たちに。
「私は、これからこの客人の方々と、大事な話があります。みんな、剣を収めて。フェルネを連れて下がってちょうだい。私とこの方々だけで話し合いをするから」
「それは女主人、危険では」
と、熊執事。何しろエミナは瞳を怒りで真っ赤に燃やして剣を握り締め、ルーリャを睨みつけているのだ。
「大丈夫よ。この方々は、ちゃんと話せばわかってくれるわ。さあ、お退きなさい」
「しかし……」
「私が言ってるのよ。退がりなさい」
女主人の威光は絶大である。
熊執事たちは剣を鞘に収め、フェルネを担ぎ、去って行った。
ルルが、エミナの肩を叩く。
「もう危険はないわ。エミナ、あなたも剣を収めて」
納得できないエミナ、ルーリャを睨みつけたまま。
「ここで始末するべきです!」
「おい、エミナ」
自分の剣を収めたユリオ。
「俺からも言う。とにかく話し合いだ。こっちは武装してるし向こうは1人。剣を収めても問題ないぞ。さ、早く」
他ならぬ御主君の言葉に、エミナはやっと剣を収めた。
「ルーリャ、ちょっとでも妙な真似をしたら、その首すぐに跳ね飛ばしますからね! エミナの剣は悪を決して許しません」
「わかってるわ」
余裕の落ち着きを見せるルーリャ。フェルネの傍の櫃を拾い、そっと大事そうに抱える。
そうだ、王貂の毛皮。
一国の至宝。
中には、やはりあるのか?
ユリオの視線は櫃に。
ルーリャは3人を見回し、
「さあ、ここで話をするのもなんだから、私についてきて」
「どこへ行くんです?」
と、ルル。
「私の部屋よ。みなさんに見せたいものもあるし」
当然のように言うルーリャ。
「また、落とし穴に嵌めようってんじゃないだろうな?」
さすがにユリオも警戒。
「そんなことしないわ。大歓迎するから。さ、行きましょう」
地下道を行くルーリャ。
ユリオ、ルル、エミナの3人。顔を見合わせると、女主人についていく。
エミナはずっと剣の柄に手をかけたまま。




