第86話 女毛皮商人のルーリャ (17) 〜見た目で処女と決めつけるのはいけませんか?
ユリオは檻の中。
鉄柱扉の向こうには、フェルネ。
宝の櫃とユリオの剣を持ち、ニヤニヤしながらこっちを見ている。
なにこれ。
わけのわからないユリオ。
閉じ込められた。頼みの魔法強化剣もうまいこと取り上げられた。あれがなきゃ、この檻を破るなんて、絶対に不可能。
櫃に頬ずりするフェルネ。
「これは私のものよ。私だけのもの。これを伯爵に献上するのは、私。そういうこと。あなたの手柄にはさせないから」
なるほど。なんとなく飲み込めてきたユリオ。とんでもない娘だな。お宝の独り占め。王熊を倒したのはユリオなのに。手柄を全部自分のものにする?
俺を閉じ込めて?
清楚可憐で凛々しく溌剌とした大森林の処女……に見えたんだけど、超のつく腹黒だった? それともお宝の重みに頭が狂ったか?
ありえねえ。
俺も女を見る目、ないな。
あるわけないか。
そうだ、ドルジェじゃシーリンに騙されたし。
エ◯ゲーだ美少女ゲームだを何百回何千回やったって、女を見る目なんて……つくわけないか。
さすがに頭がガーン、となるユリオ。
でも。このままじゃまずい。
「ねえ、聞いてよ。その櫃、魔術師じゃなきゃ開けられないんだ。俺の知り合いに凄腕の魔術師がいる。そいつに頼んでみようと思うんだ。だから、ここから出してくれ。お宝発見の手柄は全部君のものにしていい。俺はただ、安全にここから逃げられればそれでいいんだ。フェルネ、信じてくれ。君に悪いようには、絶対にしないから」
何とか説得を試みるが、
「あんた、つくづく莫迦ね」
嘲るフェルネ。
「ねえ、私、あんたを騙して裏切ったのよ。で、騙した相手に信じてくれって言われて、はい、そうですかってなると思う? ホント、つくづく坊やなのね。人を騙す裏切るっていうのは、絶対に人を信じちゃいけない、そういうことなのよ。当たり前じゃない。そもそも私は女主人だって裏切ってるんだし。わかる?」
「……でも、その櫃、君じゃ開けられないよ」
「心配しなくていいよ。これは間違いなく王貂の毛皮。万一違ってても、こんなに厳重に隠してあるんだもん。きっとルーリャの秘密の大事な宝物。すごく価値のあるものに間違いない。伯爵に献上する価値が十分にあるもの。あ、私、伯爵の愛人をしてたの。だから、うまいこと言いくるめるのは絶対にできる。安心してね」
処女じゃなかったんだ。
もちろんフェルネが処女だなどというのは、ユリオの勝手な思い込みである。いかにも大森林の産んだ純朴娘っぽく見えたのに。
呆れ返るユリオ。
「……で、俺をどうするの? それを献上して手柄を独り占めして、全部決着つくまで、ここにいろってこと? だったら、水と食料だけは置いていってくれよ。そのぐらいしてくれるだろ? で、あの、ちゃんとここから出してくれるんだよね?」
フフン、と鼻を鳴らすフェルネ。
「全部決着つくまで、あんたをここに閉じ込めておく。それもいいわね。でも、もっといい考えがあるの」
「なに?」
フェルネは、櫃と剣を地に置く。
そして弓を手にすると、箙から一本矢を抜き番える。
ゾクッ、となるユリオ。
「……あの……なにするの?」
「ここであなたを殺すの」
楽しむように言うフェルネ。
「殺す? ……なんで?」
「いろいろ邪魔されたくないからよ。あなた、どこの誰か知らないけど、結構いいところのボンボンなんでしょ? 無事にここから出してやったら、親の力でねじ込んできて私のことを訴えるかもしれないじゃない。そういうの、嫌なの」
「誓って言う。君の邪魔なんかしないよ」
「ねえ、さっき言ったでしょ。自分が騙した相手が何を誓おうが、信じるなんてありえないから」
「……人を殺して、無事ですむとは思わないけど」
「そうかしら」
フェルネは、陰惨に微笑む。
「王貂の毛皮がかかってるのよ。人の1人や2人殺しても、全然問題ないわ。伯爵には、あんたはルーリャの愛人でルーリャと共謀になって王貂の毛皮を隠していた。私が王貂の毛皮を奪うのを邪魔したから、やむを得ず殺した。そう言っとくわ。それで全然平気だから」
「あの……」
ユリオは、最後の手段。
「助けてくれ。助けてくれたら、金貨100デュエル(約1000万円)払う。いや、もっと支払うよ。君は僕に何の恨みもないよね。殺すってのはないんじゃないの?」
「あっはっは」
笑うフェルネ。
「金貨100デュエル? 素敵ね。そういえば最初も言ってたわね。地下から出してくれたら、100デュエル払うって。ふーん、エスト=デュレイの坊や、本当にお金持ちなのね。でも、王貂の毛皮よ。金貨100デュエルなんかより、ずっと価値があるのよ。今更金貨でどうにかしようなんてムダよ。ふふ、なんでも金貨でどうにかなると思ってるのね? ボンボンの御曹司さん、あんなに可愛い子2人も連れて、呑気に旅して、それでルーリャにデレデレしてたじゃない。私のことも変な目で見てたわね。おお、気味悪い。あんたなんか始末してやったほうが、よっぽど世のためなのよ。どうせ女の子なんかいくら踏みつけにしても泣かせても、力ずくでどうにでもなると思ってるんでしょう。本当に嫌っ!」
いかにも、ユリオは四六時中、女の子を蹂躙することばかり考えてはいた。
このフェルネ、なかなかよく人を見る目がある。
本来、フェルネが恨むべくは、自分をつまみ食いした挙句端金でポイ捨てしたノヴァク伯爵なのだが、何しろ伯爵はフェルネ栄達の切り札なのだ。伯爵に向けるべき憎悪をルーリャやユリオに向け、逆恨みしていたのである。
ユリオは。
これは、まずい。まずすぎる、と辺りを見回す。
頑丈な鉄柱扉と錠。こちらは、武器も防具もない丸腰。
狭い檻の中。
弓で鉄柱の隙間から狙われ、射殺されるの?
完全に残酷ショーだ。
矢を番えるフェルネ。その瞳には、嗜虐趣味な光が。
やばい。本気でやばい娘だ。
鳥獣を狩るように、人を殺せる瞳。
王熊を倒すのには役に立たない弓矢を持ってきたのも、最初からこれが狙いだったんだ。
ユリオを、王貂の毛皮を手に入れるのに利用して、殺す。
逃げ場はない。
倒れた王熊を盾にできればいいが、床に大の字になっている。重過ぎるので、下に潜り込むこともできない。
「ねえ」
冷たく響くフェルネの声。
「あまり逃げ回ったりしないでね。逃げ回ると、あちこち傷ついて、苦痛が長引くことになるよ。私、とっても優しいのよ。それに弓の腕も確か。じっとしてたら、一発で心臓を射抜いてあげるから。感謝してね。ふふ、私のこと恨まないでね。自分の莫迦さ加減を恨みなさい。あ、そうそう、ルーリャがあんたを殺すつもりだとか言ったのは、私の作り話よ。ルーリャはそんなこと言ってない。あんた、ほんとに私の言うことなんでもかんでも全部信じたのよね。呆れちゃう。金貨ジャラジャラ持ってフラフラ旅してその調子じゃ、いずれ誰かに騙されて殺されてたわね。優しい私に殺されてよかったじゃない。お金ってのは、あんたみたいな莫迦ボンボンじゃなくて、私みたいに努力してる女の子のものになるべきなのよ。そうでしょう?」
フェルネの言う〝努力〟とは、自分を可愛がってよくしてくれた女主人を裏切り、女主人の愛人であるノヴァク伯爵に肉弾アタックを仕掛けて寝取ろうとしたことを指すのだが。
キリキリと弓を引き絞るフェルネ。
ダメか。
観念するユリオ。
なんてこった。いくら武人鍛錬しても、人の心を読めるようにはならない。
ハーレム大魔王ユリオともあろうものが、こんなところで、小娘に騙されて使われた挙句、殺されるのか。
これが現実?
エ◯ゲー美少女ゲームの世界の外へ一歩出たら、こんなものか。
美少女蹂躙……それは叶わぬ夢なのか。
どう……しよう。
逃げ回って矢がドンドン突き刺さってきて苦痛の中で死ぬより、確かにフェルネの言う通り、一発で仕留めてくれたほうがいいかな。
そんなことを考え、立ちすくんでいた時ーー
ドーン、
地下道の壁が崩れた。
フェルネのすぐ後ろ。
壁が崩れ、穴が空いた。
飛び出してきたのは。
エミナ、そしてルル。




