第84話 女毛皮商人のルーリャ (15) 〜戦う勇者になれますか?
「ここかな」
「ルルさん、どうです? 入り口は見つかりましたか?」
ルルとエミナ。
ルーリャの豪邸の少し離れた茂みの中を、ゴソゴソとやっている。
気配探知の魔法。
少量の魔力を発動させながら、ルルは地に手をつき慎重に探っている。
夜の蝶大作戦の聞き込みで。
ルーリャの豪邸を造った大工の1人だという男の話を聞けた。
それによると。
この辺の地盤は、大昔火山の噴火で流れて出た溶岩が、冷えて固まったものだそうである。
地下には、溶岩洞窟がたくさんあった。
ルーリャ邸の地下室も、天然の溶岩洞窟を利用して作ったものである。天然の溶岩洞窟であるから地下で縦横に伸びていて、地表に接した出入り口もあった。
そこを塞ぐ作業を、自分はルーリャに命じられて行った、と言う。
ルルは酔っ払ったら大工から、その塞いだ出入り口の場所を、苦労して聞き出した。
そして。
この辺だろうと見当をつけて、エミナと一緒に探しに来たのである。
気配探知の魔法。
人間や獣だけでなく、地形も探れる。至近距離なら、魔力放出も少なくて済む。
早く潜入突撃したくてジリジリするエミナの傍ら、魔法で地下を探る。
「ここだね」
エミナを振り返るルル。
「間違いない。この下は空洞。板と石で入り口を塞いである。そして、地下の洞窟がルーリャの邸の方向にまっすぐ続いている」
大工からの情報通り、ドンピシャだ。
「本当ですか?」
顔をピンク色に輝かせるエミナ。
茂みを掻き分けると。
打ち付けた板が顔を出す。
「ここですね」
「うん」
「いきますよ」
しっかりと顔を見合わせ、頷くルルとエミナ。
2人とも、完全武装戦闘モード。麗麗しく妖しく護符呪符で飾られ凶々しく入り組んだ魔法紋様が縫い込まれた魔法戦衣を着ている。
エミナが手にしてるのは、魔法強化剣。エミナも、これほど高価な物を手にした事はなかったが、魔法強化剣の鍛錬は行ってきている。使いこなすことはできるのだ。
剣を正眼に構え、大きく振りかぶるエミナ。全身の気の流れを剣先に集中し、剣と己を一体化させる。これが魔法剣を使う極意。
「あまり、大きな音を立てないでね」
ルルが言うより早く。
剣を振り下ろすエミナ。
ビュオッ、
凄まじい斬撃とともに、
ズッガーン!
と破裂音。
地下への入り口を塞いでいた石と板が砕け散り、崩れる。魔法強化剣の威力。鍛錬を積んだ使い手なら、通常の武器の数倍の力となるのだ。
ぽっかりと開いた穴。
「どうです? ルルさん」
「凄いよ。さ、行こう。今の物音、誰かに聞こえたかもしれない」
「もちろん行きます! ユリオ様、どうかご無事で! このエミナが必ずお救い申し上げます! ああ! あの女の毒牙にかかってなければいいのですが」
ルーリャ邸の地下洞窟に続く穴に。
飛び込むエミナとルル。
◇
「さあ、こちらへ」
フェルネに連れられ、居心地の良い地下の部屋を出たユリオ。
地下道の十字路で、左に進む。
大きな錠前の下がる鉄格子の扉。
「王熊はこの先です。エスト=デュレイ様、ここの鍵は、私は持っていません。いつもこの先は、ルーリャ様と来るのです。さあ、その剣でこの扉を破ってください」
「うむ。わかった」
剣を構える。
錠前に狙いをつける。大きな黒光りする鉄製の錠前。
普通の武器や道具じゃ絶対壊せないが、この魔法強化剣があれば。なんだかんだ、幼少より鍛錬を積んでいるのだ。15歳とはいえ、ユリオは十分な手練の使い手だった。
基本通り、気の流れを集中し、
「えいっ!」
一撃で、重い錠前を両断した。
ズシャ、と真っ二つになって落ちる錠前。
「すごい」
これには、フェルネも息を呑む。
「このくらい、なんでもないぜ」
内心大得意のユリオ。
女の子の前で、いいところを見せた。こういうのが後々の愛の交歓ハッピーエンドにつながるんだ。
フェルネは、ほっとしていた。
やっぱり、使える男だったんだ。
いろいろ莫迦そうだけど。
武芸だけは、しっかりやってるタイプ。
一体何者なんだろう?
ピエの旅商だと名乗ってたけど、まだ少年。少女といっていい年齢の子を2人も連れて旅をしている。妻と妹といってたけど、どっちもこいつの女なんだろう。すごく綺麗な子たちだった。
いい気な身分だ。どっかの大金持ちのボンボンなんだろう。騎士気取りで武芸鍛錬して、タップリ金をもっての物見遊山道中。そんなところか。
ま、こいつが何者でもいい。
とにかく王熊の檻を破り、倒す。
それさえ済めば、用済み。消えてもらう。本当に、都合のいい男ってのはいるもんだな。
ユリオを案内しながら、内心ほくそ笑むフェルネ。
「行きましょう。いよいよです」
鉄格子の扉の先へ進む。
行くと。
むっ、とする強い獣の臭いがした。地下室地下道には獣脂の置燈が燻っているので、もともと獣の匂いが立ち込めてはいたが、それとは異質の強い臭い。
これが王熊の臭いか。
「ここです」
立ち止まるフェルネ。
また、目の前に鉄の扉。
さっきの鉄格子よりも太い鉄の柱でできた、頑丈な扉である。
その奥に。
目を凝らすと、何やら巨躯が。
「あれが王熊か」
「はい」
なるほど。通常の大熊の、2倍、いや3倍の身の丈がある。
鉄柱扉の向こうは、やや広い洞窟のようになっているが、王熊のサイズを考えると手狭に見える。
「グフッ」
人が近づいて来たのに気づいた王熊。むっくりと身を起こす。見た目は通常の熊と変わらずデカいだけだが、頭髪が白く輝いている。あれが王者の証なのだろうか。
(うーん、俺のこれまで狩ってきた熊とは、全然違うな)
王熊の威容と迫力に、ややたじろぐユリオ。
話には聞いた事はあったが、王熊、めったに遭遇できない森の神秘の獣なのだ。そんなのを飼ってお宝を守らせてるなんて、さすがルーリャ、大森林の女王だ。
「ねえ、フェルネ」
「はい」
「君、弓が使えるんだよね?」
「はい。私も森林の娘ですから」
フェルネは、弓と箙、それに背嚢を背負っている。
「それで鉄柱の隙間から、あいつを射るのはダメなの?」
「王熊に通常の弓は通じません。軀に泥と樹脂を厚く塗り固め、鎧としているのです。矢は弾き返されてしまいます」
なるほど。そういえば、そんな話も聞いたことがあった。
魔物魔獣でない一般の獣でも、特別強化装甲を持ってる奴がいるんだ。
王熊、立ち上がって鉄柱の向こうから、ユリオとフェルネの2人を睥睨している。とにかくデカい。
グフッ、グフッ、と不気味な唸り声を上げている。
新しい餌が来たとでも思っているのか?
こいつを狩るには。
狩猟の常道なら、特別な魔法強化弓を使い、自慢の装甲を撃ち抜くのが1番だ。仕留めるための魔法強化槍もあれば、なおよい。
で。
今使える武器は、魔法強化剣一本。これで狭い檻に入って王熊を仕留めにゃならんのだ。
大丈夫かな?
不安が首をもたげる。
猛獣と、剣一本で戦った経験は無い。それは常道に反する、つまり不利なのだ。
そういうのって、もう剣闘士の見せ物の世界だよな。
ユリオが剣を構え、檻の中に入る。狭いところに閉じ込められて慢性的に不機嫌でイライラしているに違いない獰猛な王熊が、襲ってくる。
一撃で致命傷を与えなければいけない。
でも。
間合いは同じ。
いや。
王熊、妙に長くて太い腕をしている。そして、不気味に光る爪。相手の方が射程は長いか?
一撃を食らったらアウトに見える。
なるほど。大森林の至宝の番人に選ばれてるんだ。簡単に倒せる奴じゃ務まらないだろう。
うーむ。
気後れしまくるユリオ。
もともと、危険なことは避け、なるべく安寧を貪っていたいとの考えなのである。
前には、危険すぎる森林の王獣。後ろには、男を弄んだ挙句殺すという森林の女王ルーリャ。
なんだか追い込まれちゃった?
それなら、王熊と戦うより。
ルーリャにとりあえず抱かれてから、脱出策を考える、そのほうがいいような気も。
そんなこともチラっと考えるが。
「エスト=デュレイ様!」
フェルネの無情な声。
「さあ、行くのです。あの悪の女王を倒すのです。今倒さなければ、また多くの人が犠牲になります」
うぐぐ……
多くの人が犠牲になったって、俺は別に構わないんだけど。関係ないし。
なおグズるユリオだが、フェルネのしっかりとした瞳に見つめられ、
「よし、やろう」
覚悟を決めた。
なに、たいしたことない。落ち着くんだ。相手はデカいだけの一般獣だ。これまで散々余裕で狩ってきた奴らと変わらない……はずだよね。
フェルネに向かって頷くユリオ。
「わかった。俺が中に入って奴を倒す。君はここで見ていてくれ」
「はい。ここの錠も、私は鍵を持っていません。剣で壊してください」
鉄柱扉にも、大きな錠前がぶら下がっていた。でも普通の金属製なら問題ない。
ユリオはさっきと同じ要領で剣に気を集中させ、
「えいっ!」
と、錠前を両断する。ガチャリ、と落ちる錠前。
いよいよだ。
鉄柱扉を、そっと開ける。
王熊との間に、障害物はもう何もない。
素早く檻の中に入るユリオ。
王熊は正面に仁王立ち。闖入者に目を瞋らせている。
いよいよ、対決だ。




