第82話 女毛皮商人のルーリャ (13) 〜女の戦い、どっちが勝ちますか?
ユリオが、ルーリャの豪邸で消えて4日目。
消息は、まだ不明である。
宿で。
ルルは、ずっと思案している。
エミナは苛々の限界に達していた。
地下室で、フェルネはユリオからルルとエミナへの言付けを頼まれていたが、もちろん伝えていなかった。
自分の計画が外から邪魔されたら、困るからである。
従って、宿の2人はユリオと完全に音信不通。
ルルは、昨夜も夜の蝶大作戦をしてきた。
情報収集。もう、聞き込みでわかる大体のことは知れた。これ以上聞き込みをしても、収穫はないだろう。
「行くしかないわね」
遂に、ルルが宣言した。
エミナは、かじりつくような眼で、
「行く……どこへ?」
「ルーリャの豪邸よ」
パッと顔を輝かせるエミナ。
「いよいよですか。討ち入りですね! そうでなくっちゃ! これを待っていました! いよいよエミナの剣が、正義を知らしめる時が来たのです!」
「落ち着いて。そうじゃないから」
宥めるルル。
「討ち入りとかじゃないから。そんなことしちゃダメ」
「……どうするんです? あの女の豪邸へ行くんですよね」
「うん。行くよ。堂々と正面から、話し合いに行くの」
「はあ?」
目を丸くするエミナ。たちまち真っ赤になって叫ぶ。
「何を言ってるんですか! ユリオ様を私たちの目の前で堂々誘拐した挙句、けんもほろろの態度で私たちを追い出した女ですよ! 話し合いなんて通用するもんですか! ルルさん、どうしたんですか? 甘いですよ! もうこれは、剣にものを言わすしかないです! やっぱり突入なのです! ルルさん、魔法での援護お願いします!」
「だから、落ち着いて」
必死のルル。
「いろいろ都の人の話を聞いたけどね。なんだかんだ、ルーリャはちゃんとした、尊敬できる人だっていうの。だからこんなことをしたのは、よくよくの事情があるんじゃないかな。そこをちゃんと、話し合いをしてみるのも悪くないと思うの。それでダメだったら、最後の手段に踏み切りましょう」
「バカ言わないでください!」
激昂するエミナ。
「ちゃんとした尊敬される人? そういう人は誘拐なんてしませんよ! それになんですか。男を手玉にとって、愛人になってのしあがり、美少年を囲うだなんて。もう口にするのも汚らわしいです。そういう女が尊敬されるという事は、この都が所詮そういうところだということです! とんでもない所なのです! 早くユリオ様を救出して、この都を逃げ出さねばなりません。こうしている間にも、ユリオ様が、ユリオ様が、……ああ! もうエミナの心は、張り裂けそうです!」
「うん。わかってるから。絶対にユリオは助け出す。だから、もう一度だけ、付き合って。とにかく話し合いを。それでダメだったら、本当に、私たちで乗り込むから」
「話し合いが決裂したら、すぐ斬り込みですね? ルルさん、魔法ズドン期待していいんですね?」
「決裂したら、すぐ斬り込みとかはダメ。そこは引き下がって、いよいよ気づかれぬように、ユリオを助けだすのよ。ちゃんと算段はあるから」
「算段がある? なんですか、それ? ルルさん、うまい救出方法があるんですね? 焦らさないでくださいよ。すぐやりましょう。エミナは何でもやります。一刻も早く、ユリオ様の許へ!」
「よく聞いて。算段っていっても確実じゃない、最後の手段だから。なるべくやりたくないの。まずは、無難に話し合いをしてみる。そういうこと。ね。私の言うことを聞いて。それがユリオのためだから」
突入斬り込みがお預けにされて、プーッとふくれるエミナ。
「本当に、本当に、これが最後ですよ。ダメなら、いよいよ突撃ですからね!」
◇
ルーリャの豪邸。
午過ぎ。
ルルとエミナ、2人の美少女は、3日ぶりに、その宏壮な門の前に立った。
門番に名を告げる。
ややあって、
「どうぞ」
と、門番に通された。3日前の時と同じ無表情だが、やや慇懃な態度である。
門前払いを覚悟していたが、すんなり入れた。
豪邸の中で。
例の熊のような執事が出迎えた。
「エスト=デュレイ様の奥様と妹様ですね? 女主人はお会いになるそうです」
この前、追い出した時と同じ仏頂面の執事。
広間でルーリャが迎える。小ざっぱりした格好をしている。この前いたメイドの姿は見えない。
「どうぞ。こちらに」
婉然たる笑みを浮かべ、黒檀の大卓に案内する。
席に着く一同。
ルーリャは、執事に、ルルとエミナの分のお茶を持って来させる。
「いま、午餐を終えて、お茶にしていたところですの。まだ、午餐の残りもございますが、よろしかったらいかがですか?」
「結構です。私たち、お昼は食べてきましたから」
丁重に断るルル。涼しい顔のルーリャ。内心は全く読めない。
「そうですか。では、お茶だけご一緒しましょう。私、もう少ししたら、商用で出かけるんですの。この夜は、他所におりますのよ。ちょうどいい時においで下さいました。で、ご用件とは?」
「エスト=デュレイの件です」
切り出すルル。
「私の夫……エスト=デュレイは、もう。3日、宿に戻らないんです。いったいどうしたのでしょう? 心当たりはございませんか?」
「そうでしたか」
キョトンと驚いた顔をしてみせるルーリャ。
「ええと、エスト=デュレイ様ですよね……確か3日前にお越し頂いて、お風呂で一休みして、そのまま1人で帰られた、そう存じております。そうよね?」
熊執事に確認する。
「さようにございます」
熊執事も、馬鹿丁寧に応じる。
「ルーリャさん」
ルルは、きっぱりと。
「夫は宿に戻っておりません。私たちに何も言わずどこかへ行く事は、絶対に無いのです。あなたは何か知ってますね? どうか教えてください。本当に、私たちはエスト=デュレイの身を案じているのです」
「うーん、困りましたね」
ルーリャは、うふ、と笑う。
「本当に何も知らないんです。お困りなのは、よくわかりましたが」
エミナは、眼を血走らせてルーリャを睨みつけている。さっきからの遣り取りに我慢ができず、ジリジリしていた。今日は、剣を帯びてくる事はルルに禁止されていた。一応杖は持っていたが、襲われでもしない限り絶対使うなと、ルルに厳重に釘を刺されている。
それでも。
今にも杖をを振り上げてルーリャに襲いかかりそうだ。
熊執事はエミナの殺気に気づいているらしく、ずっとエミナに眼を向け、警戒している。
ルルは、慎重に相手の様子を伺いながら、
「ルーリャさん、ひょっとしたら、こういうことではありませんか? エスト=デュレイは、この邸の中で迷って、地下室に降りてそのまま出て来れなくなったとか。そういう事はございませんか?」
カマを掛けたのだ。
一瞬だが、ルーリャの表情が固まる。
ルルは、それを見逃さない。
やっぱり。
地下室。
その言葉に反応した。
ユリオは地下室に閉じ込められているんだ。
だが。
ルーリャの表情が固まったのは、ほんの一瞬。また優雅な女主人の笑顔が戻る。
「まあ、なにを。邸で迷って、地下室から出られなくなった? おほほ。そんなことございませんよ」
「では」
追撃をかけるルル。
「誰かに閉じ込められたとか、そういう事はございませんか?」
これには、もうルーリャは微動だにしない。さっきの一撃で、さっそく心に防壁を張ったのだ。
女主人の威厳。
「おかしな事は、おっしゃらないでください。私は誰かの大事な人を、閉じ込めたりなど致しません」
「本当に、大事な人なのです」
ルルは縋るように。
「なんとしても、見つけなければいけないのです。一緒に旅をしなければならないのです」
「ルルーシアさん、ですよね」
身を乗り出すルーリャ。
「あなたは大事な人は、無事です。ええ、私にはわかります。きっと戻ってきますよ。もし、その方の心が、あなたにあるならばね」
微妙な含みのある言い方だ。
「どういう事でしょう?」
訊き返すルルに、うふっと笑うルーリャ。大森林の女王の貫禄。
「さあ、あなた、まだお若いですよね。失礼ですが、男性の事はよくおわかりにならないのでは? 殿方というのは、必ず自分の知らない面があるものなのですよ。自分の知ってる面が全てだ、そう思ってはなりません。それにあなた、エスト=デュレイ様の妻、と名乗っておいでですが、本当なのでしょうか? ずいぶん不思議なご夫婦に見えますね」
ぐふ、となるルル。
妻。ユリオの、エスト=デュレイの妻、と旅の道中名乗ってきてはいる。
でも。
そもそも夫を持つ妻たるものがどういうものか、まるで考えてなかった。
この海千山千の女主人に。
夫婦という設定が偽りであると、見抜かれてしまったのだろうだろうか。
だからって勝手にユリオを奪っていいことにはならないけど。
もしや、この女毛皮商は単純に女としての勝負でユリオをモノにしようと考えてるの?
ユリオは、こういう女性に心動かしたりはしない筈だけどーー
いや。
ハッとなるルル。
目の前のルーリャ。圧倒的に豪奢な美貌と豊満な肉体。その男を知り尽くした手練手管の前では、あるいはユリオも……
そんなことある?
動揺するルル。
優等生クラス委員長も、愛の駆け引きだには、てんで初心なのだ。男のことを本当に知っているか? と問われたら、それは……全然……
やや頬を染めて、口ごもるルル。
相手が相手だけに、話し合いでとっちめてやれるなんて思ってはいなかったけど。これじゃ、てんで遊ばれているだけだ。
だが。
隣のエミナが、いきなり立ち上がった。
顔を真っ赤にしている。ぶるぶる震え、杖を握り締めている。
「あ、あなた、何を言ってるんです! 私の、私のユリオ……いえ、お兄様は、そんな裏の顔なんてありません! 誰よりも公明正大で、高潔で、光輝く方なのです! この世界の希望なのです! あなたなんかと一緒にしないでください! もうふざけるのは、いいかげんにしなさい! 早く返すのです! 私の私の、大事な御主君ーー」
「ちょっとエミナ!」
慌てて立ち上がったルルが、エミナの口を塞ぐ。このままじゃ、ユリオの正体をバラしちゃいそうだ。
「さ、帰るよ。もう何も言わないで。ルーリャさん、本当に失礼しました。では、帰らせていただきます」
憤懣やるかたないエミナを、何とか引きずって広間を出るルル。
熊執事は、ずっと杖を握る少女を警戒していた。
女主人ルーリャは余裕の笑みで、2人を送る。
「ルルーシアさん、エミナさん、では、また。エスト=デュレイ様がお戻りになるとよいですね」




