第81話 女毛皮商人のルーリャ (12) 〜勇者プレイしていいですか?
王貂の毛皮。
ルーリャが、そのどえらい宝を隠し持っている?
「それを私だちで見つけ出して、伯爵に差し出すのです」
フェルネは、確乎たる口調。
「それで女主人は終わりです。王貂の毛皮と言えば、王国最高の禁制品です。王国に献上せずにこっそり持っていた、それだけで重罪に相当します。ノヴァク伯爵も見て見ぬふりはできないでしょう。これで私たちは救われます。この都からあの無法な女も消えて、みんな幸せになります」
「なるほど……」
ユリオにも、理解できた。
王貂の毛皮。最高級の宝。
それを見つけて国王に献上すれば、伯爵とやらも大金星。出世間違いなしだ。逆に隠匿すれば、大罪になる。有耶無耶にはできない。
もう辺境の愛人の出入りとか、そういう話ではなくなる。
大森林の至宝のお出ましだ。伯爵も、愛人を捨てぬわけにはいくまい。
王貂。
ルーベイ大公爵ユリオも、まだ目にしたことはない。
確か、昔は王国の府庫に1枚、あったはずだ。
でも、いつごろだかに火事で燃えちゃったんだっけ。
国王は、とても惜しんでいたという。
それをルーリャが隠し持っている?
どういうことだろう?
ルーリャは凄腕の狩人だったという。自分で狩って、王国に献上せず、隠したということか。
大森林は基本的に王国の直轄領であり、その産物は王国のものである。王国に献上しての買取価格より、他国に持ち出して売った方が、高く売れる。そういう計算か。
でも。
フェルネの言う通り、王国の秘宝を隠してるのがバレたら、確かに罪に問われる。
「ルーリャ様が破滅すれば、私たちは助かる。私たちだけではありません。エスト=デュレイ様、あなたが女主人の犠牲になって、それで終わるのではありません。あの女の欲望は際限がないのです。また次の犠牲者が選ばれるでしょう。ずっと続くのです。こんな事は絶対に止めなきゃいけないのです。そのためにも、王貂の毛皮を奪うのです。すべてを明るみに出すのです」
頬を紅潮させるフェルネ。
正義感の強い子なんだ、とユリオ。
仕えた女主人が実はとんでもない大悪党で、とうとう誘拐監禁殺人までやらかそうとしている。それを手伝わされるのに、とても耐えられなくなったんだ。
大物女主人に立ち向かう。なかなか勇敢だな。しかも可愛いし。
感心する。
「話はわかったよ。王貂の毛皮を見つけて、伯爵のところに持ち込んで告発する。それでいいんだね? 確かに、それができればうまくいくと思うけど。で、肝心の王貂の在処、心当たりあるの?」
「はい。この地下にあります」
「え? ……本当? 間違いないの?」
「はい。この地下の奥に、ルーリャ様は、王熊を飼っているのです。普通なら、あんな猛獣は飼いません。しかも、わざわざ地下で飼うなんて。私はずっと不思議でした。でも、ある時ルーリャ様が口にしたのです。あの王熊には、私の1番大事なものを守らせていると。それでわかりました。そこに王貂の毛皮があるのです。誰にも手を出せない場所。手に入れましょう、エスト=デュレイ様、私たちで」
「……その……王貂の毛皮ってのは、王熊が檻の中で守ってるんだよね。どうするの? さすがに素手じゃ、何もできないけど」
王熊。ユリオも狩ったことはないが知っている。魔物魔獣でない猛獣の中では、トップクラスの大物だ。
そいつを倒して王貂の毛皮を奪う? 相当な準備がいるぞ。
案ずるユリオにフェルネは、にっこりとする。笑顔を見せたのは初めてだ。
「エスト=デュレイ様、私はあなたの剣をお預かりしているのです。あれは間違いなく、最高級の魔法強化剣ですよね。あなた様なら、あれを使いこなせますね? あれなら王熊をきっと倒せますね?」
「あ」
ルーリャの邸に来る時、大物への訪問だと思って、いつもの一般の剣でなく、アスティオにもらった最高級の魔法強化剣を帯びて来た。で、風呂場で服と一緒に籠に入れた。それを持っていったのが、フェルネだった。
なるほど。そういうことか。
王熊、猛獣の王も、魔法強化剣があれば何とかなるだろう。
本来なら、魔法強化の弓や槍のほうがいいけど、剣でもいけるはずだ。
フェルネがユリオを頼りにした理由がやっとわかった。
王熊の檻。絶対に手が出せない。魔法強化剣があっても、手にすれば誰でも威力が発揮できるものではない。使いこなすには、やはり鍛錬が必要なのだ。
王貂の毛皮の在処を知って、ずっと手に入れる方策を考えていたのだろう。
そこに、王熊を倒す魔法強化剣とその使い手が、ルーリャの策略に嵌って落とされてきたのだ。
願ったり叶ったり、そういうことなんだな。
王貂の毛皮を見つけて献上をすれば、もちろんご褒美をもらえる。その点だって考えているだろう。
フェルネ、実に頭が良くてしっかりしている子だ。美少女だし。
「わかった。その話、間違いないんだね? やるよ」
ともあれ。
年増美女に啄まれ、弄ばれた挙句このまま地下で殺される。それは嫌だ。
フェルネを信じるしかない。
メイドの美少女は、力強く頷く。
「ありがとうございます。あなた様ならきっと立ち上がってくれると信じていました」
「よし……いつやるのかな」
王貂と聞いて、ユリオも心が昂っていた。
先刻までのグダグダモードとは、違ってきている。これでも王国の武人なのだ。
本来であれば。
王国の至宝を手に入れたら、辺境の伯爵なんぞでなく、自分で国王に「すごいものを見つけました!」と言って献上したいのだが、何せお尋ね者の身。それはできない。実に無念である。でも、ま、伯爵の手柄にさせてやろう。そしてここを無事抜け出すんだ。
命こそ大事だ。
ルーリャも全裸を見せてくれたし、つくづくいい女だったけど、男を弄んでは殺す悪党外道なら仕方がない。魔王ユリオに手にかけたのが間違いだったのだ。
破滅してもらおう。
フェルネは思案している。
「無事に王熊を倒して、王貂の毛皮を奪って、この邸から逃げなければいけません。やはり、ルーリャ様が不在で家の者が少ないときの方が良いですね。少しすると、ルーリャ様のお出かけがあります。私は体調が悪いと言って、お供をせず、邸に残ります。そしてエスト=デュレイ様、鍵を持って、ここに来ます。そうしたら、2人で王熊の檻へ行きましょう」
「よし。わかった。待ってるよ。あ、ところで」
大事なことを思い出すユリオ。
「あの邸に一緒に招待されたルル……妻と、妹のエミナは、無事なのかな?」
「はい。あの後、邸から追い出されて、それっきりです」
「そっか。じゃあ、俺が元気だって、よろしく伝えてくれるかな。宿にいると思うんだ」
「はい。わかりました」
そう言うとフェルネは、
「では。これで失礼いたします。あまり私が姿を見せないと、ルーリャ様に疑われてしまうので。必ずあの女を倒しましょう」
最後にじっとユリオの瞳を見つめ、出ていった。
残されたユリオ。
また1人だ。寝台の上でゴロンとなる。
なんだか凄いことになった。
王貂の毛皮……
それどころか。フェルネが助けてくれなきゃ、ここで殺される筈だったんだ。
ルーリャ。あの美女に抱かれて大満足してたら、とてもその後殺されるなんて、思いもしないだろう。
女って怖いね。気をつけなきゃ。
それに引きかえ。
あの、フェルネはいいな。
可愛くて、正義感が強くて勇敢で凛として、しかも、なかなかいい体つきをしている。
あの美少女の導きで、猛獣王熊を倒し、お宝をゲットし、無事に脱出。
なんだか完全に王道勇者ストーリーだな。別に俺は、勇者プレイなんてしたくないけど。
ま、魔法強化剣があれば。
猛獣の1匹位、なんでもない。
サクッと退治。ラスボスのルーリャもそれでお終い。
それから……王熊を倒した俺に、フェルネが惚れるとか……そういう展開、王道定番じゃね?
うん。当然そうなるだろう。
いいな。
あの子が、「私、もう気持ちが抑えられません!」とか言っちゃって迫ってきたら。
もちろん貪ろう。
俺の初めての体験は、あの子かな。やっぱり若い女がいいな。あの子、処女かな? 初めて同士、うまくいくかな……でも、海千山千の年増女に好き放題されるより、恥じらいドギマギの処女との方が、断然いい!
うん。
そりゃそうだ。
先刻まではルーリャの完熟肉体を夢見てグヘヘ妄想していたユリオだが、さっそくフェルネの溌剌たる若さ溢れる肉体に妄想を切り替えていた。
また、グヘヘなグダグダモード。
◇
フェルネは。
地下から邸への階段を上りながら、クッ、クッ、と笑みをこぼしていた。笑を抑えようとしても、とても無理だ
うまくいった。
あの旅商の少年、とても単純だった。フェルネの嘘と真実を混ぜた話、全部信じだ。
でもあんな剣は持っているんだ。使える奴ではあるんだろう。
王熊と戦うと聞いても、平然としていた。何でもないと言う顔をしていた。
ルーリャが、美少年エスト=デュレイを弄んだ挙句殺すと言っていた、というのはもちろん嘘だったが、うまく騙せた。あの少年は青くなっていた。王熊との戦いに追い込むことができた。
やはり。
ピッタリの札だ。
とんでもない幸運が舞い込んできたんだ。
地下の王熊の檻の中に、ルーリャは王貂の毛皮を隠している。しばらく前からそう睨んでいたが、奪う方策が、どうしても思いつかなかったのだ。
それがいよいよ。
すべて、うまくいきそうだ。
もちろん、フェルネの考えてること。すべて自分の野望野心、栄達だ。
王貂の毛皮をノヴァク伯爵に差し出せば、もう伯爵も、ルーリャへの想いがどうとか言ってられなくなる。事は王国の大事なのだ。愛人を切らねばならなくなる。
ルヴォン一の女毛皮商ルーリャも、遂に破滅だ。
ザマーミロ、と自分の女主人の没落を想像する。笑いが止まらない。
ルーリャは利発なフェルネを気に入って良くしていたが、フェルネは、伯爵の奪り合いでルーリャに負けた屈辱から逆恨みし、自分の女主人を一方的に憎悪するようになっていたのである。
「そして、王貂の毛皮を差し出した私を、あの爺伯爵も無下にはできまい。今度こそタップリご褒美をもらうんだ。私のこと、見直させてやる。私の値段は、金貨8枚なんかじゃ絶対ないよっ!」
ルーリャを蹴落とし、その後釜に自分が。
ノヴァク伯爵が王貂の毛皮を国王に献上すれば、栄達間違いなし。王都に麗麗しく凱旋するだろう。そこにフェルネもついていくのだ。そこでは夢の生活、自分が女主人として多勢の者にかしづかれる優雅な生活が待っているのだ。王貂の毛皮を手に入れた功績は、絶大な筈である。
夢が、いよいよ現実に。
フェルネは、すっかり興奮していた。
そうだ、あの少年。エスト=デュレイは。
どうしよう。
コトが済んだら、うまく始末しなきゃ。
王貂の毛皮献上の手柄、絶対独り占めにしてやるんだ。
フェルネの瞳は、ギラギラと光る。




