第80話 女毛皮商人のルーリャ (11) 〜メイドは少年をどこに導きますか?
開いた口が塞がらない。
地下室に現れた、メイドのフェルネから聞いた真相。
ルヴォン一の毛皮商ルーリャ。あの女が、美少年好み……で、嫉妬深い愛人がいる。その目を盗んでコトをするために、旅人ユリオを攫ってわざわざ地下室に落として監禁?
ありゃりゃ。
頭が、ぐるぐる回る。
でも。
それで全部、辻褄が合う。
割と待遇の良い誘拐監禁。そういうことか。
ルーリャ。ものすごいことをしやがる女だな。
俺が美少女を集めてハーレムしようと年柄年中欲望しているように。
美少年を攫って囲おうする女、いや、実行しちゃう女がいるんだ。
ま、富と権勢があれば。
男も女も、似たようなことを考えるものなのだろう。
美少年……か。
思わず自分の顔を撫ぜるユリオ。
前世でも異世界でも、十分可愛いと判定される顔をしているのは間違いない。
俺の資産は大公爵の肩書きだけじゃなくて、この容姿もなかなかのものなのだ。
うむ。
ルーリャ、わかってるな。
いや。それどころじゃない。
この状況、どう考えればいいんだろう。
ルーベイ大公爵ユリオだどバレてなくて、良かった。
ルーリャはここに俺を監禁し、いずれ啄みに来るだろう。
俺も、あの女に欲望している。
相思相愛……と言えるな。
そもそも。
俺は、俺とヤりたい女がいっぱい寄ってきて当然の身分なのだ。
いいじゃないか。
あの女を貪ってやろう。
初めての体験……するんだ。
初めての女……ルルやエミナでなくて残念だけど。
ヤれぬ美少女より、抱ける年増美女。
そういうことだ。
あの女、経験豊富そうだから、最初は主導権握られちゃうだろう。ま、でも。いろいろ〝手ほどき〟してもらうのも悪くない。何事も先達に学ぶことが重要だ。
ルーリャと散々愛の交歓を娯しんだら。
隙を見て、逃げ出せばいいんだ。
将来の魔王ユリオたるもの。
いくら豊満絶倫な美女でも、年増女にずっと飼われているわけにはいかない。
あの女から愛の技巧を盗んだら、おさらば。また、美少女ハーレムを目指すための旅を続けるんだ……
デレデレとヨダレを垂らしながら、甘ったるい幻想に浸るユリオ。
初体験。
早くもそのことで、頭がいっぱいだ。
「エスト=デュレイ様、あなた様の身が危ないのです」
フェルネの声に、ハッとなる。
目の前の美少女は、かなり切迫した表情。
「え? 何が」
金持ち美女の、だいぶ強引だけど割と悪くない秘密の愛人生活への誘い。
悪くないような気がするけど。
「危ないって、なにが?」
「はい。申し上げました通り、ルーリャ様には愛人のノヴァク伯爵がいるのです。大変嫉妬深い貴族の男なのです。あなた様を囲ったことを、絶対に表沙汰にはできません。自分が危険なことをしている、それはルーリャ様も重々承知しているのです。あなた様をここに囲い、とことん弄んだ挙句、殺して証拠隠滅するつもりなのでございます。ルーリャ様がはっきりそういうのを聞いて、私は恐ろしくなりました。何の罪もないお方を自分の悦楽のためだけに、弄び、殺す。そんなことの手伝いをしてしまったんです。なんとしても、そんな事は止めさせねばならぬとの思いで、ここに参ったのです」
必死のフェルネ。
なるほど。
甘い甘いデレデレ幻想から、一気に死の淵へ叩き付けられる。
なんてこった。
うまい話なんて、なかなかないもんなんだな。美女を貪るだけ貪って、はいサヨナラでトンズラ。
そうできたらいいんだけど。
美味しい話には、裏がある。
美女との絶頂絶倫の後。
気持ちよく眠っている所、寝首を掻かれちまう。
ルーリャ。恐ろしい女だな。
この都1番の毛皮商だっけ。それで、ここの長官の愛人?
王国の大森林監督官? だとか?
辺境の役職のことはよく知らないけど、入り組んだ愛欲権力関係があるんだ。
呑気に踏み込んだ旅人は、あっさり食われちまう。
すごくいい女、あんな女抱けるなら、最高だと思ったんだけど。
ダメか。
ここで喰われてお陀仏するわけにはいかない。
それに。
よく考えたら、ルーリャと愛の交歓なんぞ激しくやったら、この鬘と付け髭の変装もバレちまう。
ルーベイ大公爵ユリオだとわかったら、さすがに国王に献上されちまうだろう。
ううむ。
ああ。
完熟肉体の美女を貪るまで、あと一歩なのに。
なんてこった。
おかしい。うまくいきそうで、どうしてもあと1歩が届かないのだ。
己の運命を呪うユリオ。
しかし。もう欲望だなんだ、そんなこと言ってる場合じゃない。
「で、君は」
フェルネに訊く。
「俺のことを心配して、助けようとしてくれてるんだよね。俺はここにルーリャに閉じ込められている。そもそも、どうして来ることができたの?」
「私はルーリャ様に信頼されています。あなた様のお世話をするように、言い付かっているのです。地下室の鍵、渡されています。ここへは自由に入ることができます」
「なるほど」
それなら、話が早い。
「じゃあこっそり、俺を逃がしてくれるのかな? ルーリャの目を盗んで」
残念ながら、美女を貪る前にトンズラするしかないようだ。
だが、フェルネは首を振る。
「そうはいかないのです。ルーリャ様は恐ろしい人です。逆らったらどうなるかわかりません。こっそりあなた様を逃したら、私もここには居れなくなります」
「なるほど。そういうことか。なら、君も一緒に逃げよう。この都を出るんだ。あの女の手の届かないところに行けばいい。で、金なんだけど。俺、実は結構持ってるんだ。助けてくれたら、お礼に金貨100デュエル(約1000万円)払おう。それでどうだ?」
フェルネの眉が、微かにピクリと動いた。
いけるか。
金貨で解決できることは金貨で解決すべき、がユリオの信条である。財布にはタップリあるのだ。使わない手は無い。
しかし。
首を振り、切々と訴えるメイド。
「いけません。ルーリャ様の力を御存じないのですね? 多くの危険な手下を従えています。女主人を裏切れば、どこまでも追跡してきます。すぐに殺されてしまいます。もちろん、代官所も頼りになりません」
そういうものか。
何しろ、王国の高官である大森林監督官とやらの愛人なのだ。この辺境で、やりたい放題だろう。
いや、待てよ。
嫉妬深いという愛人の目を盗んで勝手に旅人を攫って愛人にする大犯罪をしてるんだ。
「その、伯爵だっけ? ここの長官なんだよね。そいつに告発すれば、何とかなるんじゃないの? 女主人が伯爵を裏切りましたって言って」
「それは私も考えました。しかし、女主人は狡猾です。うまいこと言いくるめてしまうでしょう。何しろもうずっと、伯爵を手玉にとっているのです。私などでは、とても太刀打ちできません」
そういうものか。
確かに海千山千の女、大森林の猛者だ。
メイドと旅商少年の告発なんて握りつぶすの、わけはないだろう。そもそも、ユリオも表に出ての告発は、しにくい身である。
「で、どうするの? 結局、俺は助からないの?」
「いいえ」
フェルネはきっぱりと。
「1つだけ、方法があります」
「……どうするの?」
「はい。王貂の毛皮です」
「王貂?」
ユリオも聞いたことがある。幻の毛皮。王侯の威信財。一国の宝ともいうべき価値があるはずだ。
「ルーリャ様は、王貂の毛皮を、密かに隠し持っているのです。それを見つけるのです」
フェルネの瞳が、光る。




