第78話 女毛皮商人のルーリャ (9) 〜幻の毛皮は手に入りますか?
「王貂の毛皮?」
訊き返すルル。
「それはなんです?」
「おや、お嬢さん、知らんのかね?」
大森林の都ルヴォン。夜も更けた酒場の隅で。
ルルが相手をしているは、赤ら顔の老猟師である。既にだいぶ酒が入っている。ルルの美しい顔を見てながら、デレデレと話す。
「王貂ってのは、最高級の貂の毛皮だ。特上品。森の産物の女王だな。黒貂白貂は、毎年一定数狩って毛皮を王国に納入したり、密売ったりしてるが、王貂ってのは、なかなか出ない。50年100年に一度狩れるかどうかってもんだ。それをルーリャが狩人時代に狩って、売らず、王国にも納入もせず、持っている。そういう噂があるんだ。」
「ふうん……それって王国の禁制品じゃないんですか? 勝手に狩っていいんですか?」
「そりゃダメよ」
老猟師は、酒臭い息を吐く。
「王貂っていやあ、最高級の禁制品だな。王侯連中が目の色変えて、欲しがる。そういうもんだ。狩人が勝手に狩って、隠しもってていいものじゃねえ。あの女も、自分では持ってないと言っている。でも、ずっと噂は流れている」
「どういうことなんでしょうね?」
「うーん、俺にも確かな事はわからんが……実際にゃ、王貂の毛皮は持ってねえが、そういう噂を自分で流して、伝説の毛皮に目の眩んだ男を惹きつけて、うまいこと使っている。そういうことじゃねえか? 俺はそう睨んでいる。あの女は、とにかく男を吸い寄せ、周りに置いて使う能力は抜群だからな……俺も昔は散々あの女に使われたもんだ。もっとも、抱かせちゃくれなかったけどな……上手いことやりやがるんだ。狩人としても間違いなく一流。男顔負け……ヒック……あんな女、もう二度と拝めねえよ……ヒック」
想い出話を終え、鼾をかけ始めた老猟師。
ルルは、そっと席を立つ。
この猟師は、ルーリャの昔の狩人隊の仲間だったという。あれこれ重要な話が聞けた。
ユリオがルーリャの邸に消えた翌日。
ルルは救出の手がかりをつかむため、夜の街に出ていた。
賞金首ルーベイ大公爵ユリオ、遂に捕獲!
まだそういった騒動にはなっていない。ユリオ捕獲なら、都をあげてのお祭り騒ぎになっているはずだ。
ルルが睨んだ通り、ルーリャがユリオを攫ったのは別の目的があったようだ。
その目的とは何か。
その調査に、動き出したのである。
ユリオがルーリャの邸に囚われているのは、間違いない。
一刻も早く、救出せねば。
ルルの情報収集活動。
当然ながら、王都でやったのと同じ夜の蝶作戦である。
酒場で、飲んだくれに近づき、隣に座り、ちょっと面紗を上げてみせる。
ルルの美貌に酔客はたちまちデレデレのグダグダとなり、口も軽く、何でも話してくれた。
何しろルーリャは有名人である。
ルヴォンの酒場には、昔のルーリャの仲間や、知ってる人が、大勢いた。
ルーリャについて、詳しく知ることができた。
大森林の女王ルーリャ。
元は、一介の狩人。そこからルヴォンで1番の毛皮商にのし上がった。
誰もが言うには、ルーリャは男を操る才覚がずば抜けている、ということ。ルーリャの美貌にまとわりつく男をうまく使い、狩人隊を組織し領袖として規模を大きくし、毛皮商の店を構えるまでになった。
多くの男と浮き名を流したが夫は持たず、美少年の愛人を囲うことを好んだルーリャだが、大森林監督官ノヴァク伯爵の愛人となってからは、他の男は自重していると言う。
自分に耽溺する伯爵を手玉に取り、うまく大森林の女王の栄光を掴んだのである。
そしてルーリャには、幻の王貂の毛皮の噂が、ずっと付きまとっていた。
持っているに違いない、という者もいれば、ルーリャが自分で流している虚構の噂だ、と言う者もいた。
あれこれの話を聞いて。
ルーリャの来歴、この都での地位、だいたいわかった。
気になったのは。
ルーリャが美少年好みであること。今は、愛人である伯爵の手前、自重しているはずだったがーー
「何しろ伯爵は、嫉妬深いんでね、そりゃ、女主人も気をつけているよ」
酒場に飲みに来ていた、ルーリャの邸に古くから仕える者にも、話を聞くことができた。
「大っぴらに美少年を囲うなんて無理だね」
「昔は囲っていたんですね?」
「ああ。あの邸の地下に、秘密の悦楽のための部屋があるんだ。そこで邸の者も遠ざけて、心ゆくまでお楽しみになっていたってことだ」
「地下室? 邸の人も近寄れない場所があるんですね? そこなら今でも誰かを連れ込んで、囲うことはできるのかな」
「できる……かもしれない。俺は知らんけど。ま、用心深い女主人だ。何をやっていても、絶対に尻尾は出さないさ」
ルーリャは地下室に、自分の悦楽のための部屋を持っている。そこなら誰かを囲っても、誰にも気づかれない。
ひょっとしたら。
あまりにも非常識な話だけど。
旅商に目をつけ、手の込んだ仕込みをして招待し、地下室に連れ込んだ?
妻と名乗るルルの目の前で夫を誘拐した?
あまりにも大胆すぎる。
ユリオは15歳の少年。がっしりした体格だが、まだ幼く、可愛い顔をしている。
ルーリャの好みの美少年だった?
それで?
ユリオは今頃、邸の地下室とやらで、あの美しく絢爛たるルーリャに迫られている?
ルルの想像を超えすぎる話である。
嫉妬深い愛人の目を逃れて気に入った美少年を誘拐監禁。
そんなことやっちゃう女もいるんだ。
ルルには、理解できない。
◇
「なんですって!」
目を剥くエミナ。
「あの女は、ユリオ様を自分の……よ、欲望に奉仕させるために……ゆ、誘拐した。わ、私たちの目の前で? そういうことですか?」
「まだわからないよ」
ルルは冷静に、
「そういうこともあるかもしれないってだけのこと。ともあれ、まだユリオは無事だと思う」
「なに言ってるんですか!」
叫ぶエミナ。
宿に帰って、夜の蝶大作戦の成果をルルはエミナに話したのである。
なかなかの収穫であった。
夜の蝶大作戦には、最初はエミナも連れて行ったのだが、エミナに夜の蝶などできるわけもなく、酔客にいやらしい目を向けられただけで、「テメー、こっち見んな、ブッた斬るぞ」との気全開に睨みつけるので、先に宿に帰らせたのだった。
先に帰らせて正解だった。
美少年好みのルーリャがユリオに目をつけ、大胆な誘拐をし、囲って自分のものにするために邸の地下室に監禁したんじゃないか、との話をすると、エミナは完全に沸騰した。
「な、なんです……信じられません……あの誰よりも高潔で女性への礼節を重んじるユリオ様を……無理矢理囲って、手籠めにしようと? あ、ああ……く、口にするのも汚らわしいですっ! あの女、絶対許しません!」
「だから、まだ決まったわけじゃないよ。落ち着いて」
「ルルさんっ!」
顔を真っ赤にして、ワナワナと震えるエミナ。
「よく落ち着いてられますねっ! ユリオ様の一大事……ユリオ様はこの世界の希望、王国を照らす光なのですよ! それが、あんな女の……いやらしい毒牙にかかって……汚されるなんて……ああっ! 考えただけで、もう我慢できません! こうしてる場合じゃないっ! 突撃です! 斬り込みです! 行きましょう! ユリオ様を、なんとしても救い出すのです! 私の剣で! ルルさん、援護をお願いします。魔法をブッ放して、あの女の邸をブッ壊してください。もう粉々に、瓦礫の山にしちゃってください。私が突撃します。あの女の頸に剣を突きつけ、ユリオ様の居所を白状させます。ええ、誓って。そんな悪党、絶対に許しません! このエミナの名にかけて、絶対に絶対に許さないのです! ユリオ様は必ず取り返します!」
「ちょっと!」
エミナの剣幕に、慌てるルル。真っ赤になって沸騰しているエミナ。本当にこのまま突撃しちゃいそうだ。
「ダメ! そんなことしちゃ。突撃なんて、うまくいかないよ。大騒ぎになる。本当に冷静になって。ユリオを取り戻すのにどうしたらいいか、よく考えなきゃ」
「冷静とか落ち着けとか、そんなこと言ってる場合ですか! ルルさん! 仮にも妻と名乗るルルさんの目の前で強奪されたんですよ、ユリオ様は! この非道、悪業、もうすっかり明らかじゃないですか。こうしている間にも、ユリオ様が、あの女に契りを迫られたりしてるんじゃないかと……そんなの耐えられませんっ! エミナはどうにかなってしまいそうです!」
「う、うん。私もユリオのこと、本当に心配してるよ。でも、相手のやり方があまりにも強引で不自然だから、かえって何か裏があるんじゃないかと思うの。また、よく調べてみるから。ね、エミナ、私の言うことを聞いて。ユリオはきっと取り戻す。そのためによく考えて、2人で力を合わせなきゃ。無鉄砲なことはしちゃ、だめ。ね」
プシュー、と頭から湯気を立てているエミナだが、ルルには一目置いているのである。それに、1人で殴り込みをかけて成功するわけはないと考えるだけの理性は、まだ残っていた。
しぶしぶ、ルルに従う。
「わかりました。ルルさんの判断にお任せします。でも、あんまり待てませんよ。他に手がないなら、私は1人でも斬り込みます。ええっ、誓って必ず」
「うん。わかった。私だって、長く待つつもりはない。うまい方策、きっと考えるから、ね」
ユリオの忠実な家臣の娘を宥めるのに必死のルルであった。
で、どうする?
ルルとしても、うまい算段が胸にあるわけでない。
とにかく不可解すぎる誘拐劇なのだ、
夜の蝶大作戦で、また情報収集をしてみようか。
ともあれ。
エミナをあまり長く待たせることは、できない。
本気でルーリャの豪邸に突撃しちゃうだろう。
ユリオの身も心配だけど、エミナの爆発のほうがもっと怖いかも。
ヒヤヒヤのルルであった。




