第74話 女毛皮商人のルーリャ (5) 〜美少女2人の追い出しはありですか?
「エスト=デュレイ様は、お風呂で少しお加減を悪くし、ここで休まれていくそうです。お連れの方は、先に帰るようにとの、伝言です」
広間の黒檀の卓でお茶を飲んでいたルルとエミナの前に現れたのは、執事だった。いかつい大男。熊狩りの猟師といった体だ。丁寧な口調と物腰だが、隠せない凄みがある。
ルルとエミナ、キョトンとなる。
ルーリャも、メイドのフェルネも、姿を見せない。
で、ユリオは少しここに残り、ルルとエミナは先に帰れと。
「あの、私、エスト=デュレイの妻ですから、夫の具合が悪いなら、側にいます」
ルルの当然の主張に、首を振る執事。
「いえ、それには及びません」
「でも、夫は具合が悪いんですよね」
執事はコホンと咳払いし、
「具合が悪い……と申しますか、お風呂で旅の疲れがどっと出たようで、湯上がりは1人で静かに休んでいたい……そう申されているのです。ルーリャ様は、エスト=デュレイ様に、快適な寝台を提供されています。エスト=デュレイ様もここのもてなしを、お気に召されたようで。そういうことですから、すぐには戻られません。奥方をあまりお待たせするのも悪いので、先にお引き取り願います」
なんだかいかにもとってつけたような断り。それに、「快適な寝台を提供」。引っかかる言い方だ。
顔を見合わせるルルとエミナ。
おかしい。これは絶対におかしい。だいたい、ルーリャにきちんと別れの挨拶もしていない。
しかし、執事は有無を言わせず、
「さ、お荷物を表までお運びしましょう」
と、勝手にルルの鞄を持っていってしまう。
「あ、ちょっと」
慌てて追うルルとエミナ。
そのまま、屋敷の外に追い出されてしまった。
あれよ、あれよのことであった。
「ルーリャ様は、みなさまの今日の来訪、とても楽しかった、とおっしゃっておられました。では、ごきげんよう」
執事はそう言うと一礼し、門の扉をピシャッと閉めた。
慇懃だが、断固たる態度だった。
◇
「な、なんなの?」
「おかしいです! こんなの、きちんとする人のすることじゃありません!」
ポカンとするしかないルルとエミナ。
ユリオが風呂場で急に疲れがどっと出た。少し休んでいたい。それはいいとして。
ルルとエミナに先に帰れ。女主人ルーリャが顔を見せずに執事を使って乱暴に追い出す。
ありえない。
つい先刻ユリオたちを歓待してくれた、あの如才ない女毛皮商人、大森林の女王ルーリャの振る舞いとは、とても思えない。
しかし。
ルーリャの豪邸の門。
ピッタリと、閉じられてしまったのだ。
しばらく立ちすくんでいたが。
ひとまず、宿に戻ることにした。
夜が更けていく。
しかし、ユリオは戻らない。
「いったいどうしたのでしょう。ひょっとして、ひょっとして、ユリオ様に万一のことがーー」
戦慄くエミナ。御主君のことが気が気でない。
「よく考えたら、最初からおかしかったね、これ」
ルルも深刻な顔。
「最初から、ですか?」
「うん。ユリオの枕の下から襟巻きが出てきた。それはルーリャのものだった。届けたら、そのお礼にと歓待された。そして、ユリオが屋敷から戻ってこない。最初から、ユリオが狙いだったんじゃないかな」
「ええっ!?」
興奮するエミナ。
「それじゃあ、ユリオ様は、ルーリャに騙されて囚われている!? そういうことですか? あっ、あの襟巻きも……向こうが仕込んだってことですか? ひょっとして、この宿の主人もグルっていうことですか?」
「うん。その可能性が高いよ。ルーリャは、この都で1番の毛皮商だっていうから、息のかかってる人も都には大勢いるはずよ。ルーリャが宿の主人に頼んで、襟巻きを仕込ませたのかも」
「そんな! 許せません! みんなでグルになってユリオ様を嵌めるなんて……まず、この宿の主人をとっちめてやります! 何を企んでいるのか、全部白状させてやります!」
「ダメ! 声が大きいよ、エミナ。私たちで暴れてどうにかなるものじゃない。相手は、この都の勢力家。私たちをすること。まずは、何もわからず途方に暮れるエスト=デュレイの身内を演じることね。わざわざ手の込んだ細工をしてしてユリオを呼び出し、屋敷に囚えるなんてことするんだから。私たちの様子を窺っていてもおかしくない。ともかく、相手を油断させることね。何もできない、わからない、気づかないふりをしないと」
「……ユリオ様は、大丈夫なんでしょうか? そもそもなんでユリオ様を……あ、ひょっとして……バレたとか?」
青ざめるエミナ。
ユリオが狙われた。まず真っ先に考えるべき事は、賞金首の正体バレだ。
この前も、正体が見破られたわけだし。
「大変です……や、やっぱり、すぐにもあの屋敷に乗り込んで、取り戻さないと」
「落ち着いて。もし、10万パナードの賞金首だとバレてるなら、厳重に監禁されているはず。迂闊に手は出せない」
「で、でも、こうしている間にもユリオ様は」
「命の心配はないと思う。生け捕りにしたなら、いきなり殺すなんてしない。このルヴォンには、王国直属の大森林監督所がある。そこに連れて行くと思う。でも、ユリオの正体がバレたってのは違うと思う」
「どうしてです?」
「だって、乱暴なやり方だったけど、私たちのほうは帰したじゃない? 謀反人の仲間だと思われているなら、一緒に捕まったはず。ユリオだけどこかに連れて行った。何か別の狙いがあるのよ」
「正体がバレてない。別の狙い……何でしょう?」
「わからない。これから調べるのよ。とにかく、ここで騒いだり暴れたりしちゃダメ」
2人の少女は、待つことにした。
ユリオがひょっこり戻ってくるかもしれないと思って。
しかし。
一晩中待っても、ユリオは戻って来なかった。
朝になって。
もう我慢できないと、ルルとエミナは、ルーリャの屋敷に押し掛けた。
対応したのは、門番だった。
「昨日の旅商の方ですか? それなら、もうお帰りになりましたよ。宿の方には戻っていないのですか?」
木で鼻を括ったようなあしらい。
「はあ?」
目を丸くするルルとエミナ。
「そんな、宿には帰ってませんよ」
「そうですか。この屋敷が出たのは間違いないです。この私が送り出したのですから。昨夜の割と早い時間でしたね。おかしいですね。ま、この屋敷から出た後のことは、私どもにはわかりかねます。それでは」
ピシャリ、とまた門は閉じられた。
呆然となるルルとエミナ。
今朝は、ルーリャも、メイドのフェルネも、熊のような執事も出てこない。
完全な門前払いだ。
もう、決まりだ。
「ユリオは、ルーリャに誘拐された、理由はよくわからないけど」
「乗り込みましょう!」
腰の剣の柄に手をかけるエミナ。頬を紅潮させている。
「待って。ユリオはきっと助ける。でも、もっとよく調べないと。お願い。私を信じて。早まった事はしないで」
「……わかりました。ルルさん、必ず、必ず、ユリオ様は助け出します!」
「うん。もちろんよ」
2人の美少女は、一旦引き上げる。
ユリオのことを案じながら。




