第73話 女毛皮商人のルーリャ (4) 〜浴室ではお待ちかねの……ですか?
ちゃぽん。
ユリオは、女毛皮商人ルーリャの豪邸の風呂に浸かっていた。
風呂も豪華だった。広い大理石の浴室。たっぷりと湯が沸かしてある。
「スゲーな。いつも風呂を焚いてるのかな?」
そんなことを考える。この世界では、蛇口をひねればすぐお湯が出るわけではない。
たっぷりの湯。薪をくべて焚かねばならないのだ。風呂に入りたいと思っても、すぐ入れるわけではない。
女主人ルーリャが入るつもりで、焚いておいたのだろうか。
浴室に案内してくれたメイドのフェルネ。
「脱いだ服は、籠に入れてください。きちんと洗濯して、宿にお届けします。今、代わりの服をお持ちしますので」
と、タオルだ石鹸だを置いて、出ていった。
浴室に、ユリオは1人。裸で湯に浸かっている。
変装用の鬘だ付け髭だは、外していた。これは代わりを頼むわけにはいかない。なるべく石鹸で洗って油を落として行こう。ルコピン油。いい匂いだけど、ずっと木の精みたいな匂いをプンプンさせているわけにもいかない。
久々の豪華な風呂。
うーん、実に気持ちだ。
グター、となるユリオ。
旅の疲れを落とすには、やっぱりこれだよな。この先、まともな風呂なんて入れないだろうし。
できれば、ルルとエミナと一緒に入りたかったな。
美少女と一緒のハーレム風呂。
それは、いつになるんだろう?
おっと。
ルルとエミナを待たせてるんだ。
あんまり長湯しててはいけない。
上がらなきゃ。
でも、気持ちいい。
もうちょっとだけ、この至福をーー
目を閉じるユリオ。
その時。
ガタッ、と扉が開く音がした。
ん? フェルネが代えの服を持ってきてくれたのかな?
違った。
現れたのは、女主人ルーリャ。
全裸である。
◇
うきゃー!
焦るユリオ。脳がひっくり返った。
豪華な風呂に、全裸美女。ルーリャ、40半ばとはいえ、ユリオが2度会いたいと思った美貌である。そして今は、その豊満な肉体を惜しげもなく曝け出している!
うほっ!
もう、願ってもないシチュエーション……どころではなかった。
大変だ!
正体バレだ!
さすがに理性は全部吹っ飛んでなかった。心地よい湯の中で肝を冷やすユリオ。今は鬘も付け髭もしていないのだ。咄嗟に、手にしていたタオルで頭を包み顔を隠し、後ろを向く。
ああ!
全裸美女に背を向けるなんて! 俺は何をやってるんだ!
しかし。
ユリオの生死を問わず、捕らえし者には10万パナード、である。
お尋ね者の賞金首である以上、正体バレを防ぐ、それを優先せねばならない。
「あ、あの!」
必死に叫ぶユリオ。
「ルーリャさん! どうしたんです!」
「うふうん」
背後から、ルーリャの甘い声がした。男なら絶対に反応せざるを得ない甘い声。ユリオの下の方も反応しまくるが、今はとにかく、顔と頭を隠さないと。
「エスト=デュレイ様、当家の湯はいかがでございますか?」
ルーリャの甘い声が、絡みついてくる。
「え、ええ……す、すごくいいですけど……」
風呂の感想を聞きに来た? 全裸で? そんなことあるわけない。女が風呂で裸で迫ってくるとしたら、これはもう要するに、つまりそういうことで……
「いけません!」
叫ぶユリオ。
「あの、言いましたよね。俺、妻がいるんです。新婚旅行の最中なんです。こういうのはやめてください!」
ああ、なんでこんなこと言わなきゃならんのだ。美女が、はいどうぞ、私を食べて、と迫ってきてるんだ。本来なら、潔くいただいちゃいます、するべきなんだ。でも、そうはいかない。
「ルーリャさん! お願いだから服を着てください!」
かえすがえすも無念なのだが、全裸美女を振り向くことさえできない。
「あーら、純情なのね」
うふ、と笑うと、去っていく気配。
よし。いきなり後ろから抱きつかれなくてよかった。残念無念だけど。
ユリオ、そっと後ろを窺う。ルーリャはいない。今だ。籠に入れておいた鬘と付け髭に手を伸ばし、すぐ装着。これで立派なエスト=デュレイだ。変装完了。
クソッ、
ルーリャよ、また裸で迫って来るがよい。今度こそは、こっちから飛びかかって貪ってやるぞ。純情だと? 魔王ユリオをナメるなよ。新婚旅行中設定だけど……ルルは俺にやらせやしないんだ。浮気したっていいだろう。
湯の中で。
コーフンとドキドキで頭がぐるぐる回るユリオ。
ルーリャが、戻ってきた。
今度は、全身に大きなタオルを巻いている。
「これなら、いい?」
湯に入ってくる。
うほっ、
タオルといっても、前世のようなモコモコしたタオルは異世界には、ない。要するに、薄い普通の布である。
それを巻き付けだけ。だから、豪奢な肉体の線、しっかりと見える。盛り上がった胸も、なめらかな腹も……
ユリオは、なんとなく腰に自分のタオルを巻いた。
向こうが見せつけてきたんだから、こっちだって見せつけていいだろう、という気はするが。
しかし、ほぼ初対面で、いきなり〝妻〟のいる男にーーまだ15歳の少年だけどーー裸で迫ってくるなんて、やっぱりこの女はおかしい。
そもそも今だっておかしいのだ。異世界じゃタオル1枚巻いただけの男女が混浴する習慣は、ないはずだ。
誘惑する気、満々。
この年齢上美女を貪りたい……心底そう思い、タオルで隠した下のモノも……ずっと反応しっぱなしだけど。
何か怪しい。
さすがに、欲望のまま突撃、というわけにはいかなかった。
ユリオだって旅の道中騙されたりなんだりで、経験を積んでいるのだ。
ルーリャ、にこにこしてるが、間違いなく女豹の眼をしている。
この女は見境なく旅の男に目をつけ、手を出そうとしているだけ?
それとも、何か別の裏が、狙いがあるのか?
「いいお湯ね」
すい、と近づいてくるルーリャ。
あちこち硬直しまくりなユリオ。
このまま、このまま、俺は〝初めて〟を体験しちゃう? 最初の相手は、できれば10代の可憐な処女がよかったんだけど。
この海千山千の女商人に〝手ほどき〟とかしてもらうのも、悪くないかも。向こうは絶対に、経験豊富なんだろうし。
いや。
ダメだ。
あまりにも美味しすぎる話。
ヤバい裏がある。絶対にだ。
「あ、あの、ルル……妻が待っているもので、そろそろ出ます。いいお風呂でした。ルーリャさんは、ゆっくり入っていてくださいね」
ユリオは、湯から出る。
ルーリャの豊満肉体。触れもしないのはとにかく惜しいが、
「君子、危うきに近寄らず」
うむ。俺は女に支配されるのではなく、女を支配する魔王になるのだ。ルーリャが何を考えているのかまるでわからないけど、ここは自重だ。
湯から出たものの。
あ、そうだ。
ルコピン油まみれとなったユリオの服、フェルネが持っていっちゃったんだ。代わりの服、まだ持ってきていない。困ったな。どうしよう。
まごつくユリオの背に、
「エスト=デュレイ様、そこの黒いタイルの上に乗ってみてください。ちょっと面白いことが起きますよ」
ルーリャの声。
見ると、浴室の大理石の床に、一箇所だけ、四角い黒いタイルが嵌められている。ちょうど前世の道路にあった、マンホールくらいの大きさだ。
「ここに乗るんですか?」
何が起きるんだろうと、とりあえず乗るユリオ。
その途端、黒いタイルが抜けた。
「うわああああああっ!」
足が宙に。そのまま落下する。
落とし穴だ!
やられた!
なにこれ!? ルーリャ、やっぱりヤバいこと企んでたな!
堕ちるユリオ。




