第72話 女毛皮商人のルーリャ (3) 〜美女のおもてなしの流儀はなんですか?
「ようこそおいで下さいました。さあ、どうぞ」
訪れたユリオ一行を自ら出迎えたルーリャは、豪邸の奥の広間へと案内する。
婉然と微笑むルーリャ。間近で見ても、やはり美しい。白貂は纏っていない。自分の邸なので、みせびらかす必要は無いのだろう。さっぱりとした服を着ているが、かえって若々しく見える。
立派な黒檀の卓につく一同。もう外は宵闇。獣脂の強い匂いを放つ置燈が並べられている。
「今日はお礼ですから。気軽に寛いで下さいね」
「あの襟巻き、そんなに大切なものだったのですか?」
訊くルル。
「ええ」
ルーリャは、にっこりと。
「あれは昔、大切な人から送られた思い出のものなのです。ご存知ですか? 私は毛皮商をしております。あれより高価なものは邸にいくらでもございますが、思い出の詰まったものの代わりには、なりませんから」
なるほど。一応話の筋は通っている。
なぜ、この邸の紛失物が宿の枕の下からなどから出てきたのか?
それについてはルーリャもよくわからず、やはり誰かが盗んで置き忘れたものじゃないか、とのことになった。
ともあれ、思い出の品が見つかって女主人ルーリャは大喜びであった。
「ささやかですが、夕餉をどうぞ」
一緒に晩餐することになる。
出てきた料理は。
ささやかどころではなかった。
昼の料亭と同じく、野趣に富んだ料理がずらっと運ばれてきた。
鹿、熊、猪、兎、各種の山鳥、川魚、蝸牛、珍しい茸……
とても平らげられる分量じゃないな。
昼間食べ過ぎたことを、後悔するユリオ。
それでもせっかくの招待だしで、頑張って食べる3人。
如才なく、あれこれ話をするルーリャ。
「ルヴォニアの大森林は、本当に素晴らしいところですよ。私は昔、1人の狩人でした。森を歩くのが、大好きでした。ここを辺境と呼んでいる人の気がしれません。こここそ、自然の美しさと力強さに溢れた世界の中心なのです」
ルーリャがその女王というわけか。自然な美しさと力強さ、特に白粉などに頼らず若々しさを保っているルーリャは、完全にそれを体現している。
森の美しさ、素晴らしさを熱心に語るルーリャ。
「はい! エミナもそう思います! 森での狩猟ほど素敵なことはありません!」
相変わらず真っ直ぐに賛成する少女。
「ところで、こちらへは商用ですの?」
女主人に訊かれたユリオ、ああ、となる。
ピエの旅商エスト=デュレイに妻と妹、そう自己紹介していたのだ。
商用の旅、の設定だったけど、相手は何しろこのルヴォン一の毛皮商だ。迂闊な商売取引の知識を披露すれば、偽物だとバレてしまう。
そっとルルに目配せして、
「いえ……その……家族旅行です……商売も少しはしますが、たまには違った空気も吸ってみたいと思いまして、いつも来ない地方を回っているのです」
「まあ、素敵。それにしても、お若いのですね」
「え……ええ……あ、何を隠そう、新婚旅行なんです」
「あら、羨ましい!」
満開の花のような笑みを浮かべる女主人。ルルも、ユリオの話に合わせて笑みを浮かべる。
ユリオは、きゅうん、となる。ルルーシア=琴見咲良と新婚旅行! 偽の設定とはいえ、実にいい響きだ。ルルとの初夜がいつになるのか、全然見当もつかないけど。
「でも、新婚旅行に妹さんも同行されてるんですか?」
突っ込まれた。ルーリャ、時折、獲物を狙う女豹のような目つきになる。
あはは、と冷や汗のユリオ。
「いえ、何分、兄から独り立ちできない妹でして……」
「お兄様……をお護りするのがエミナの役割なのです!」
赤くなって叫ぶエミナ。仮の設定とはいえ、主君ユリオをお兄様と呼ぶのが、気恥ずかしいのだ。
うわっ、なんだか。
焦るユリオ。エミナ、あんまり喋るなよ。ボロを出すぞ。
演技などできない真っ直ぐ娘な家臣に、ヒヤヒヤする。
幸い、ユリオの家族事情についてそれ以上突っ込まれることはなく、晩餐は終わった。
もちろん、出された料理全部は食べきれなかったが、それでもがんばって熊のように食べた。
ルーリャも満足そうに、
「私の店には毛皮だけでなく、森林の産物なら何でもあります。ご入用のものがあったら、気軽に相談してくださいね」
と、商売のことも忘れない。
さて、そろそろ帰るか、と、女主人に招待の礼を言い、腰を上げかけたユリオたち。
その時ルーリャが、
「あ、忘れてました。皆さんに、どうしてもお持ち帰りしてもらおうと思っていたものがあるんです、フェルネ! あれをお持ちして」
ポン、と手を叩いて、メイドを呼ぶ。
メイドのフェルネーーなかなか可愛い少女だーーが、小さな壺を持ってきた。
「なんですの、それ?」
訊くルル。ルーリャは、うふ、と笑い、
「はい、これは森でもとても珍しいルコピンという木の実を絞って作った香油です。他所にはなかなか出回らないものなのですよ。これを髪に一垂らしするだけで、森の清冽な香りに包まれます」
フェルネは、ユリオのところにルコピンの香油の壺を捧げ持ってきた。
「いかがです。一滴、おつけしましょうか」
「うん、頼む」
ユリオは、何しろ大貴族として暮らしてきたのだ。王宮出仕の際には、このような香油を頭にふりかけるのも身だしなみの1つであった。ルコピン。ユリオも聞いたことないない香油だ。どんなものか、1つ試してやろうと思ったのだ。
「では」
香油の壺を持ち上げたフェルネ。
「あっ!」
メイドの手元が狂った。フェルネは壺をひっくり返してしまった。
ドバッ、と。
ユリオの頭から香油がぶっかかる。
「うはっ」
ムセる。確かに初めての香りだった。木の爽やかな香り……なんだけど、さすがにこれだけぶっかけられると、森の濃さの漬物になったみたいな……頭から服まで、もう香油まみれだ。
「申し訳ありません!」
慌てるメイド少女フェルネ。
「あらあら、大変」
ルーリャも立ち上がった。
「本当に申し訳ありません。私どもの落ち度です。フェルネ、お客様を浴室にご案内して。きちんと油を落として差し上げるのよ」
「はい、女主人、さ、エスト=デュレイ様、こちらへどうぞ」
強い匂いのするルコピン油まみれとなったユリオ、わけのわからぬまま、フェルネに広間から連れ出される。
ルーリャは、残ったルルとエミナに、
「しばし、お待ちください。今、お茶を持たせます。どうぞ寛いでいて下さい」
と、婉然たる微笑みを残し、自分も広間から出ていった。
あっという間の出来事。
ルルとエミナ、お互い顔を見合わせる。
なんなんだろう?




