第62話 賞金稼ぎのアルベロ (1) 〜小悪党は上手くいきますか?
また幾宿が経て。
コステクの町に着いたユリオ、ルル、エミナの一行。
さっそく宿だ。
小さな町だが、宿はなかなか立派だった。例によって、2階が宿泊部屋、1階は受付と広い食堂になっている。
「さて、飯にしよう。まだ、少し早いよね。食べたら、ちょっと町の見物にでも行こうか」
今日は早く着いたのだ。日は、まだ高い。
ともあれ、食堂の卓につく3人。
壁の目立つ場所には、あれこれの布告が。賞金首王ユリオの件も、デカデカ貼り出されている。
毎度であるが、自分への死刑宣告に見下ろされながらの食事、気持ちいいかと言えばそうでもないが、さすがにもう慣れてはいる。気にしないこと。自然に振る舞うこと。それだけだ。付け髭と鬘で変装している。大丈夫だ。
早い時間だが、食堂は賑わっている。
旅客や町の人がタムロし、ワイワイやっているのだ。
ユリオたちも、料理と飲み物を注文する。
◇
食堂の隅の卓。
パッとしない2人組の男がいた。
兄弟である。兄をセムト、弟をロムニという。
「なあ、兄貴」
チビチビとジョッキの麦泡酒をやりながら、つまらなそうに、ロムニが言う。
「なんだ」
兄のセムト、じっと考え込んでいる。
「何かうめえ儲け話、ねえかな。このところ、しけてるぜ。いや、日照りだ。このままじゃ、完全に俺たちゃ干上がっちまうぜ。早いとこ、次の稼ぎの算段しねえと」
「それよ」
セムトは、じっと自分のジョッキを見ながら、
「今、考えてるところよ」
「おおっ」
兄のただならぬ様子に、飛びつくロムニ。
「さっすが兄貴、何かあるんだな?」
長い付き合い。兄が何かを狙っている。それはわかった。いよいよ、次の仕事が始まるのかーー
舌舐めずりするロムニ。
2人は小悪党の兄弟だった。ずっと2人で仕事をしている。
2人の仕事、それはコソ泥、恐喝、当たり屋、小さな詐欺、といったところである。うまいこと、ササっと稼ぐ。強盗強奪、殺しといった大きな悪事は絶対踏まない。
危険の少ないケチな悪事で小銭を稼ぎ、その日遊んで暮らせればいいや、という肝の据わらない小悪党である。
「ロムニ、カウンターの1番奥に座っている男を見る。向こうに気づかれないように、さりげなく見るんだ」
考え深げな、兄のセムト。
「え?」
ロムニは言われた通り、さりげなく、カウンターの奥を見る。
男が座っていた。まだ、若い。がっしりとした、精悍な顔立ちの男。不敵な面構えである。座る椅子には、大剣を立て掛けてある。腰にはとても差せない、背負うタイプの巨剣である。
「ふうむ」
と、ロムニ。
「一廉の冒険者って顔してやがるな。で、あいつがどうしたんで」
「お前、あいつが誰かわからんのか?」
「へっ?」
誰だっけ。必死に思い出そうとするロムニ。でも、ロムニは、人の顔を覚えるのが苦手なのだ。そういえば、どこかで見たような気がするが……ダメだ、出てこない。
「あれはアルベロだ。賞金稼ぎのアルベロ」
セムトが、小声で言う。
「アルベロ……ああ……ルスクで見た奴……あの時の賞金稼ぎ……」
ロムニもやっと思い出した。
ルスクの町で。
見事、アルベロが賞金首を捕まえ縄で縛ってしょっぴいて代官所に向かうところを、ロムニも、兄のセムトと一緒に大勢の群衆に混じって、見物したのだった。
◇
アルベロ。
かなり名の知られた、売り出し中の賞金稼ぎ。
この世界では、ユリオの前世世界のような警察制度は発達していない。犯罪対策も、当局の手だけではとても回らない。で、賞金稼ぎの出番となるのである。逃亡潜伏中の悪党を見つけ捕えるのはかなり難しい。誰にでもできる商売ではない。
しかし、幾人もの賞金首を召し捕った凄腕の猛者というのもいるのである。
アルベロも、その1人。
「なるほど、賞金稼ぎのアルベロか。で、どうするんだ、兄貴? 凄腕の賞金稼ぎを偶然見つけた。それがどう俺たちの稼ぎにつながるんだい?」
稼ぎと聞いて気が急く弟のロムニ。兄セムトは、ニヤリと。
「売るのよ」
「売る? いったい何を?」
「情報さ」
ロムニ、あっとなる。
賞金稼ぎという稼業で重要なのは、情報である。まず、賞金首の居場所を突き止めねば、話にならないからである。
自分で聞き込みから始めて探すわけにはいかない。情報屋に密告屋を使うのは、常識だった。
もっとも、居場所のわかっている賞金首というのもいる。深い山の中に住んでいる山賊の頭目などである。これは山寨を構え、手下をいっぱい引き連れているため、居場所がわかっていても、なかなか手は出せない。
「ふうむ……なるほど。賞金稼ぎなら、情報は喉から手が出るほど欲しいだろうな。だけど兄貴、あいつに売る情報なんて、持ってるのかい?」
「おいおい、ロムニ」
セムトは呆れる。
「お前、俺の弟だよな。いつも一緒にいるよな? 俺が情報を持っているかどうかぐらい、わかってるだろ? もちろんそんなもの、持っちゃいねーよ」
「……」
「情報なんてあるわけねーよ」
「……あの……兄貴、今、言ったよね、情報を売るって」
「そうよ」
「無いものを、どうやって売るんだい?」
「おい、ロムニ」
セムトは、弟の頭をポンと叩く。
「俺たち、何の商売をしてる? まっとうなものを売る商売をしているか? 違うだろ? 売り物なんて、偽物で十分だ。騙すんだよ。それが俺たちの稼業だ」
「……ふうむ……わかったぜ。あの野郎に、空情報売って小銭稼ごうっていうんだな。でも、相手は名うての賞金稼ぎ。上手くいくかな。なんだか……怖そうなやつだよ」
「へへ、心配いらねえ。ああいう賞金稼ぎってのは、情報を買うのが仕事なんだ。情報を集めなきゃ、話にならんからな。で、情報ってのは、全部本当アタリなんて、ありゃしねえ。ほとんどがゴミだ。ゴミの山の中から、本物アタリを見つける。それが奴等の自慢なんだ。だから遠慮する事はねえ。喜んでゴミを売ってやりゃいいんだ」
「さすが兄貴。やっとわかったぜ。そいつは面白い。で、どんな情報を売るんだ? もう算段はできてるのかい?」
弟のロムニは、頭の回る方ではない。いつもややこしい詐欺の仕掛け算段は、兄任せにしていた。
兄セムトは、うむ、と頷く。
「どうせ空情報なんだ。ここはひとつ、景気よくでっかく行ってやろうぜ。そうだ、ロムニ、今1番の賞金首っていや、誰だ」
「そりゃもちろん、知れたこと。ルーベイ大公爵のユリオだ。今1番ていうか、史上最高額の賞金首だ。あいつの記録はこの先ずっと破れねえって評判だ。国中の賞金稼ぎが狙っている。他国からもユリオ目当ての賞金稼ぎが押し掛けてきている。もう、大騒ぎよ。みんな知ってるぜ」
「よし、決めた、ユリオだ。ユリオでいく。ユリオの情報を、アルベロに売る」
「へえ……どうやって?」
「そうだな。あいつだ。あいつを見ろ」
セムトは、食堂の入り口付近の卓で飲み食いしているユリオ一行を指差す。
「あれが変装してるユリオだ。俺たちは見抜いた。ユリオを見つけたんだ。そう、アルベロに教えてやるんだ」
「あはは」
笑うロムニ。
「兄貴、冗談はやめてくれよ。アルベロさん、俺たちはユリオを見つけました。ほれ、あそこにいるのがユリオです。さあ、とっておきの情報を教えてあげたんです。お代の支払いを願います。そう言うのか? 莫迦莫迦しいぜ。そんな話、どんなマヌケだって相手にしねえぜ。それじゃ、銅貨1枚獲れやしねえ。それに、あいつはどう見てもユリオじゃねえよ。くるくる巻き髭なんかして、女2人も連れてやがる。どう見ても成り上がりの旅の商人てとこだな。あれをユリオだなんて、信じる奴はいねえよ。ユリオがこんなとこにいるわけねえし」
「わかってねえな、お前は」
兄セムトは、自信たっぷりである。
「そこは、上手いことを仕掛ける。他人様の大事な金を頂戴しようってんだ。簡単にいくわけねえ。頭を使うのよ。いいか、まず、場所を変える。俺たちは、アルベロの横のカウンターの席につくんだ。もうだいぶ混雑している。不自然だと思われないように、ごく当たり前に座るんだ。で、奴のことは見ない。相手が誰か気づいてないフリをする。俺たち2人で密談をするんだ。ユリオを見つけた、あれはユリオに間違いない、何とか俺たちでユリオを捕まえて、大儲けするんだ。そう話しながら、だんだん盛り上がっていく。奴に聞こえるように話すんだ。そうすれば、奴は食いついてくる。なんたって賞金稼ぎだからな。ユリオの話に食いついてこないわけはない。いいか、ここが肝心だ。こっちから絶対に話しかけるな。向こうから話しかけてくるのを待つんだ。奴が食いついてきたら、こっちのもの。そこで奴と話しをするんだ。実は、ユリオを捕まえようと思っている。協力してくれないか? 一緒にやろう。奴を俺たちの計画に引っ張り込むんだ」
感心して聴いている弟ロムニに、兄セムトは、作戦の核心を語る。
セムトとロムニの、ユリオを拐う計画。
まず、ユリオの卓に近づき、上手いこと取り入って、一緒に飲む。そして、隙を見て、ユリオたちの麦泡酒に眠り薬を入れる。しばらくして、薬が利いて意識を失ったユリオたちを介抱するふりをして、食堂の外に連れ出し、用意してあった馬車に乗せて、そのまま連れ去る。このところ、実際にあった事件の手口だ。
この誘拐計画には、当然ながら、馬車が必要である。貸し馬車を調達しなければいけない。金が要る。
「俺たちの金は、これだけだ」
セムトは、小袋を取り出す。チャリンと音がした。金貨3枚、銀貨5枚入っている。(約35万円)これは、セムト兄弟の重要な見せ金だった。兄弟は、詐欺も働く。相手を信用させるために、まず自分の金貨を見せる必要もあるのだ。だからこの見せ金は、金に困っても絶対に使えない、大事な切り札の商売道具だった。
「さて、ロムニ、わかるか? 俺たちの金。これだけじゃ馬車は借りれない。そこで仲間に引っ張り込んだアルベロに相談するんだ。あんた、金はあるか? デュエル金貨5枚ばかり出してくれ。そうしたら俺たちの金と合わせて馬車を借りることができる。ユリオを捕まえることができるんだ。一緒にやってくれ、そう言うんだ」
「え……ええ」
ロムニは、冷や汗。
「麦泡酒に眠り薬を混ぜて潰して外に連れ出して、馬車でそのまま……それじゃあ、俺たちはあの若僧商人を、本当に誘拐しちまうのかい?」
誘拐だ追い剥ぎは、性分じゃない。あくまでもケチな悪党なのである。大胆な計画を聞いて、震える弟。
「ロムニ、お前は本当にわかってないな」
呆れるセムト。
「言っただろ? 俺たちの獲物は、あくまでも、あの賞金稼ぎのアルベロだ。ユリオの話は、奴を引っ掛けるための釣り針よ。ユリオ誘拐の作戦を話して、うまくあいつも仲間に入れる。そして馬車が必要だ。借りるのに、俺たちの金貨だけじゃ足りない。だからあんたも出してくれ、そう言って、奴が金貨を出したらしめたものだ。俺たちは馬車を借りてくる、その間、あんたはユリオを見張っててくれ、と言って、俺たちは店を出る。そのままずらかっちまう。奴の金貨は俺たちのもの。そういうことだ。本気で誘拐なんか、するわけないだろ」
ポカンとするロムニ。
「するってえと……誘拐とかするんじゃなくて、誘拐計画にアルベロを巻き込んで……うまいこと金貨を? ……それじゃ、まるっきりアルベロの奴を騙すってのかい? 空情報を売るとかじゃなくて……完全な詐欺じゃねえか」
「おうよ。詐欺よ。俺たちがいつもやっている商売じゃねえか。な、巧いやり口だろ? 奴が乗って来なかったら、それまで。うまいこと金貨を出したら、そのまま持ってずらかる。たったそれだけだ。何の危ないこともない」
「お、おう……さすがは兄貴だ……でも」
チラッとアルベロを見るロムニ。
「あいつ、あんなでっかい剣を見せびらかしてるぜ。腕は間違いなく確かだ。露骨に騙して金貨を騙し取ったりしたら、激怒して、絶対俺たちを追い詰めて斬り殺そうとしてくるぜ。大丈夫かな?」
また、冷汗のロムニ。小心な小悪党なのである。切った張ったなんて、絶対に嫌なのだ。
兄セムトは、ふふん、と鼻を鳴らす。
「どうした。ビビることない。うまくいったら、すぐ遠くに逃げる。もう奴と顔を合わせやしねえよ。それにあいつは、大物狙いの賞金稼ぎだ。いつまでも俺たちのことなんて追いかけてこないだろう。そもそも奴だって、騙したり騙くらされたり、それが当たり前の稼業だ。騙された方が悪い。それが掟だ。いちいち気にしちゃいねえよ」
「……なるほど。兄貴の計画、いつもながら完璧だ。でも、うまく引っかかってくれるかな」
「いくと思うぜ。あいつは、今売り出し中の若僧。これまで上手くいっている。ああいう奴は、自分のところにどんどん幸運が舞い込んでくると決めてかかってるんだ。それで足を掬われる。俺たちが奴にしっかりと世間勉強させてやるのもいいだろう。さ、決まりだ。行くぞ」
立ち上がったセムト。ロムニにも慌てて続く。
史上最高額賞金首ユリオの名を使った若き賞金稼ぎアルベロへの詐欺。
いよいよ開幕である。




