第63話 賞金稼ぎのアルベロ (2) 〜賞金稼ぎの金貨は獲れますか?
コステクの宿の食堂、カウンター席の隅に陣取ったアルベロ。
自慢の大剣を椅子に凭せ、じっと目の前のジョッキを見つめている。さっきから、ジョッキには手を出さない。そのかわり、時々チラチラと、入り口の方に視線を走らせている。何かを気にしているようだ。
すいっと。
アルベロの隣に、2人組の男が座った。
2人組は、アルベロには全く関心がないといった体で、2人だけで、ほとんど囁き声で何やら密談を始めだ。
さっき向こうの卓にいた奴等だ。なんだ? 人に聞かれたくない話をしにこっちに来たのか? 食堂はだいぶ混雑している。卓席はいっぱいだ。場所を変えたのだろう。
ま、いいさ。
俺はこいつらの話になんか、興味ないし。
また、自分のジョッキを見つめるアルベロ。
ふと耳に入った。
「ユリオだ」
引っ掛かった言葉。
ユリオ?
アルベロの眉がピクリとする。
「……ユリオだ……間違いねえ……」
「……ホントかよ?」
「ああ、間違いねえ……俺は一度見た顔は絶対忘れねえ……」
「……本当か? ……だったら……夢の賞金首が、目の前に転がってるってことだぞ……」
「……おうよ」
2人組の男の声は、次第に高くなっていく。興奮しているようだ。アルベロの存在に、まるで気づいていないようだ。
「……とんでもねえことだ……じゃ、どうする、これからの算段……」
ここで2人組は、また声を落とした。小声なのでアルベロにはよくは聞き取れない。声を大きくし過ぎたのに、気づいたようだ。
「……眠らせて……人気のないところで」
「……馬車がいるな……」
密談は進行している。
しばし聞き耳を立てていたアルベロだが、ついに、
「おい」
声をかけた。
「なんだ?」
振り返った2人組の男の1人ーーセムトが言った。
アルベロは笑顔でジョッキをかかげる。
「なあ、何の話をしてるんだ? 俺も混ぜてくれねえか? こちとら無聊してるんでな」
「おめえに話なんてねえよ」
不機嫌そうに言うセムト。内心は、やった! 釣り針に掛かった! と、胸を躍らせていたが、ここは慎重に。引っ掛けた魚を釣り上げるのは難しい。まだ、アルベロは相手にしない。
「俺たちに構わんでくれ。大事な話をしてるんだ」
と、背を向け、弟ロムニとまた密談の続きをしようと。
「そうはいかねえな。なあ、話をしようぜ」
強引に割り込むアルベロ。
すごい食い付きだな! と手ごたえにホクホクのセムト。いいぞ、と、ここは苛立ったふりをして、
「おめえ、どこの誰だ? 俺たちは大事な話があるって言ってるだろ? 隣でこそこそ話しているのが気に入らねえのか? じゃあ、俺たちはあっちに行くぜ。もうかまわんでくれ。おい、行くぞ」
ロムニを促し、席を立とうとする。
「待てよ」
アルベロのがっしりとした腕が、セムトの腕を掴む。
「行かせねえぞ」
「お、おい、なんだよ」
こりゃ、とんでもねえ引きだ! ビリビリくるセムト。
アルベロは、セムトの顔を覗き込む。
「俺は聞いたぜ」
「な、なにを?」
「お前、ユリオって言っただろ」
「……あ、ああ」
セムトは、しまった、聞かれちまった、と慌てた顔をしてみせる。この手の演技はお手のものだ。見事、釣り針に引っかかった。しかもグイグイ食いついてくる。よし、このまま……
「なんだ、聞かれちまったか……いや、その……ユリオってのは、俺の古い仲間の名前だ。ちょっとまた仕事をしようと思ってね。それだけだ」
「ほう、古い仲間」
アルベロの眼が光る。
「そうかな? 聞いたぜ。賞金首とも言ってたよな。賞金首のユリオ言えば、この世でただ1人だけだ。誰もが知ってるルーベイ大公爵ユリオだ。お前の古い仲間? 違うな。お前、賞金首のユリオを知ってるのか?」
「……おめえ、誰なんだ……それを知ってどうしようってんだ」
ふふ、と笑うアルベロ。
「俺は賞金稼ぎのアルベロだ。この世界じゃ、ちっとは知られてるんだぜ。ユリオの話とあっちゃ、退くわけにはいかねえな。どうだ? 俺も一枚噛ませてもらえねえか?」
凄みを利かせた低い声。
明らかに、セムトのようなチンピラ小悪党とは、格が違う。
どうしようか、と見つめあうセムトとロムニ。目配せし合う。
「なあ、兄貴」
ロムニが言う。
「この旦那、本物の賞金稼ぎみたいだぜ。どうだ? 仲間に入れては。どのみち俺たちだけじゃダメだろ。一緒にやったほうがいいぜ」
「おい、気軽に言うなよ。会ったばかりのやつと一緒に、こんな大仕事を……」
渋るセムト。
アルベロが口を挟む。
「そっちの兄さんの方が物わかりいいじゃないか。俺は信用おけるぜ。頼りにしてくれよ」
「う……む……そうだな……」
慎重に見極めるセムト。アルベロはすっかり乗り気になっている。完全に釣り針にかかった。よし、いいだろう。
「ふう。そうだな……聞かれちまったものは、もう間違いないからな。わかった。俺はセムトってんだ。アルベロ、一緒にこの仕事、よろしく頼むぜ」
◇
「俺たちは、ユリオを見つけた。10万パナードの賞金首ユリオだ。ほれ、あそこにいるのが奴だ」
食堂入り口付近の卓で飲み食いしているユリオ一行を、そっとセムトは指差す。
アルベロは、じっとユリオを見定める。
「あれが……ユリオか」
「おう。間違いねえぜ」
「人相書きと違うな」
「ああ。当然、変装してるのよ。でも、俺の弟ロムニが間違いないと言っている。鬘と付け髭で、顔を変えてるんだ。そうだな?」
兄の目線を受けたロムニ、いかにも自信ありげに、
「そうよ。俺は、王都のパレードで、ユリオの顔を見たことがある。俺は一度見た顔は絶対に忘れねえんだ。少々の変装で誤魔化せるもんじゃねえ。間違いねえ。あれは絶対にユリオだ」
「ふむ……女を2人連れているな」
「貴族様だからな。逃亡中も優雅なもんなんだろ。俺もあやかりてえな」
ニヤリとするセムト。
「ふむ」
腕組みして黙り込むアルベロ。じっとユリオを。
「おい、旦那、あんまりジロジロ見たら、怪しまれるぜ」
セムトの声に、ハッと気づいたアルベロは、ジョッキに目を落とす。
「そうか……で、これからどうするんだ? 段取りはあるのか?」
「おうよ」
セムトは、よし、いよいよ核心だぞ、と、小声でアルベロに囁く。
「俺たちの計画はこうだ。これから馬車を1台手配して、表に停めておく。そしてあいつの卓に行って、うまいこと近づきになる。そしたら隙を見て、あいつらのジョッキに眠り薬を落とすんだ。で、薬が利いて眠り込んだら、介抱すると言って外に連れ出し、馬車に乗せる。そのまま走り出す。それであいつは俺たちのもの。どう料理しようが自由ってわけさ。どうだい、この計画」
「なるほど。よく考えたな」
「へへ、でも、ここでちょっと問題があって……」
セムトは、貴重な見せ金である金貨銀貨の入った小袋を、チャリン、とカウンターの上に置く。
「とにかく、ユリオの野郎を掻っ攫うには馬車がなきゃならねえ。見てくんなせえ。ここに3デュエル5ドラメある。これが俺たちの全財産。でも、これじゃどうも馬車を借りるのに足りねえ。で、どうしようか、頭を悩ませてたとこで……旦那、5デュエルほど、出してくれねえか? そうしたら、俺たちの金とあわせて、馬車を借りに行ける。それで絶対に10万パナードはものになる」
「よし、いいだろう」
アルベロは懐からデュエル金貨5枚取り出し、カウンターの上に重ねた。
「さあ、これでいいな?」
やった!
内心歓喜のセムトとロムニ。
金貨が出た! こんなにあっさりと! とんでもねえカモだぜ! アルベロの野郎は! 所詮、腕っ節の強いだけのマヌケ野郎なんだ!
夢心地のセムト。
「こりゃ助かった! 旦那、この金貨がありゃ、大成功間違いなしだ! じゃ、さっそく、俺たち貸し馬車屋に行って来るぜ。アルベロの旦那、ユリオの見張りをお願いします」
あとはアルベロの金貨を握ってそのままずらかるだけ。
セムトが、カウンターに積まれた5枚の金貨に手を伸ばした時ーー
「おい、ちょっと待て」
アルベロが制した。




