第57話 緋の色を好む少女 (1) 〜母性ってなんですか?
ユリオ一行は、ドルジェの都に2泊した。一流高級料亭で2度も盛大に晩餐をして。
3日目の朝、宿を出る。さすがに今日は、この都を発たねばならない。
朝の中央広場。大きな都なので、朝から活気がある。いろんな店に屋台が、早くから営業している。
「あ〜あ」
ユリオは、大欠伸をしながら、喫茶店のテラス席に座る。昨夜、ゴークの店で腹いっぱい詰め込みすぎた。何も食べる気がしない。ルルとエミナの少女2人もそれは同じ。
3人は、のんびりゆっくりとお茶を啜る。
「平和だなあ。ずっとこんな旅ならいいんだけど」
ポワンとなるユリオ。
「エミナもそう思います!」
「私たちの目的は禁断の森よ。大変な旅になるから、今はのんびりしとくのもいいわね」
ルルに宿命ロードの重い現実に引き戻され、ぐふ、となるユリオ。
禁断の森とやらも。なるべく金次第でなんとでもなる場所だといいんだけど。
乗合馬車の出発は、午過ぎだ。それまでここでダラダラしていようとなった。3日目ともなると、見て回る所も無い。
テラス席でのんびりしてると、だんだん広場も人が多くなってきて、賑わってくる。
「あれ」
ルルが、何か見つけた。
女の子だ。気づくと、じっとルルを見つめている。5歳か6歳、ユリオの前世でいう幼稚園児くらいの子だ。
女の子は独り。親の姿は見えない。もっともこの世界では、このくらいの年齢の子供も、自分たちで外で元気に走り回ったりしている。
賑わう広場に子供が1人でいても、別に珍しくは無いのだがーー
「お嬢ちゃん、1人? お母さんは?」
ルルが、つい声をかける。女神の笑み。
すると、女の子は黙ったまま駆け寄って来て、ピョンとルルの膝の上に飛び乗った。慌てて抱きかかえるルル。
「おいおい、なつかれたな」
「可愛い子ですね」
女の子。豊かな紅い髪をふわふわさせている。紅い瞳、膚は透き通るように白かった。
自分を抱くルルを、じっと見つめている。
「家はどこ? この都の子なの?」
また訊くルルだが、少女はやはり答えない。紅い瞳で、じっとルルを見つめるばかり。
「迷子かな」
ユリオが言った。
少女は幼年ながら、ちゃんとした身装をしていた。白いブラウスに赤いスカート。どちらも清潔なものだ。明らかに大事に育てられている子。髪も綺麗に梳いてある。この世界では、服装を見れば、どんな身分階級なのかおおよそわかるのだ。
この少女は、貧困層や浮浪児ではない。そこそこ裕福なうちの子。
そういう階級の子は、あまり表を1人で出歩かないものだ。
賑わう都。何かの弾みに、親とはぐれてしまったのだろうか。迷子と見るのが1番正しそうだ。
「どうするんだ?」
訊くユリオに、
「うーん」
と、ルルが思案した時、
「あっ!」
ルルが叫んだ。
少女が、ルルの豊かな胸に、噛みついたのだ。
「お、おい」
「ルルさん!」
驚いて立ち上がるユリオとエミナ。
「あ、大丈夫だよ」
笑顔のルル。
もう少女は顔をルルの胸から離していたが、ユリオは、ルルの胸に微かに血が滲むのを見た。しっかり噛み付いたんだ。服を破って膚に歯を食い込ませた。あの年頃の子が、そんなことするか?
「平気だから」
ルルは言って、指を胸の傷口にあて、そっと治癒する。小さな噛み傷。直ぐ治った。
「びっくりした。お嬢ちゃん、ママのおっぱいが恋しいのかな?」
「その子、おっぱいっていう年齢でもないぞ」
ユリオもなかなか乳母のおっぱいから離れたがらない子供でみんなに手を焼かせたが、それでも5歳6歳までおっぱいを吸ったりはしていない。
「どうしたものでしょうか?」
と、エミナ。
ルルも、また思案。
「この子、言葉がしゃべれないのかな。それとも親と別れたショックで、しゃべれなくなったの?」
ルルの胸に噛みついた少女、黙っている。澄んだ紅い瞳は何も語らない。
少女を抱えて、広場を一周りしてみた。
ユリオが、
「その子、俺が抱こっか?」
と言ったが、ルルは、
「いいよ。私になついてるみたいだから」
と渡さない。
「また噛みつかれるぞ」
「大丈夫よ」
赤毛紅瞳の少女を抱えて親を探すが、見つからない。
「どうなってるんだろうね」
ユリオも匙を投げる。この広場で少女が親とはぐれたなら、とっくに見つかっているはずだ。ここではないどこか遠くから、独りで歩いてきたのだろうか。
それなら、もう探しようがない。
この世界では、ユリオの前世ほど公共サービスは発達していない。迷子を預ける先というのもない。こういう場合は。
広場にある信用のおけそうな店に金を払って子供を預かってもらい、親が探しに来るのを待つしかない。親がずっと現れなければ、孤児院行きである。
「俺たちは午にはここを出発だ。この子を連れて行くわけにはいかない。どこか預ける場所を探そう」
常識的な提案をするユリオだが、ルルは首を振った。
「この子、もうちょっと私たちで預かってられないかな。きっと親は見つかるよ」
「エミナもそれに賛成です! 大事に育てられている子です。この子の親は今頃、目の色変えて探しているに違いありません。待っていれば、きっとすぐ見つかりますよ」
2対1。キマリ、である。
また面倒事を背負い込んで、と釈然としないユリオ。おっぱい噛まれて母性スイッチでも入ったのかな。3人はまた喫茶店の、なるべく目立つテラス席に戻り、することもないので、ひたすらお茶を啜る。
結局、迷子の少女の親は現れず、午の乗合馬車は、逃してしまった。
「で、どうするの?」
なかば自暴自棄気味なユリオ。どうせ俺が何を言っても、重要な事は、女の子2人で相談して決めちまうんだ。
「もうちょっと待ちましょう」
ルルは落ち着いている。ルルの母性モード堅調。
「もうちょっとって……日が暮れても親が探しに現れなかったら?」
「そうね。ここでもう一泊しましょう」
「もう一泊……で、明日も親が見つからなかったら?」
「うーん……じゃあ、こうしましょう。待つのは、3日だけ。それでもし親が見つからなかったら、どこかに預けて、旅を続けましょう」
「エミナも、それがいいと思います!」
家臣の娘も賛成する。
これで決定だ。
一応、抵抗を試みるユリオ。
「あのさ、別に俺たちがこの子を抱えてここで待っている必要ないんじゃないかな。この広場のどこかの店に預けて親を探してもらっても、同じじゃないかな」
「そうかもしれない……でも、この子、私にすっかりなついている。他所に預けて馴染めず逃げ出したりしたら、また面倒になるじゃない? 私、どうしてもこの子と離れたくないの」
あらら。
面倒になる? 別に俺たちに何の関係もない面倒だけど。
ともあれ、ユリオは少女2人の決定に従う。ま、この旅は、もともとルルが行くと言い出したものだ。ルルの判断で旅が遅れるというなら、それは構わない。別に俺は、禁断の森なんて行きたくないわけだし。繁栄都市ドルジェで、せいぜいのんびりしてやろう。
でも。
この女の子、何か不吉だ。
予感が告げる。
普通の迷子では無いような。
ルルも、それを知ってるんじゃないのか? 知った上で、何かヤバいことを引き受けようとしているんじゃないだろうか。そんな気がしてならない。
あくまでも予感に過ぎないが。勇者様御一行というのは、得てして妙な事件に巻き込まれるものである。騒動になるにしても、金で決着できる案件であってほしい。
◇
夕暮れ刻になっても、少女の親は現れなかった。
相談の末、宿に戻ることにした。警吏に金を払い、広場の高札に、『赤毛紅い瞳の5歳6歳位の女の子を預かっています。心当たりの方は、×××の宿までお越し下さい。ルルーシア』と張り紙をしてもらった。ユリオ追捕賞金10万パナードの布告の下に、この張り紙はされた。この世界、迷子の親捜しも、自費でせねばならぬのだ。代官所はそんなことまでかまってくれはしない。
2泊した宿に、また戻る。3泊目。
一階の食堂で、夕食。
ルルは、ずっと少女を抱っこしている。エミナが何度も、私が代わります、と言ったがルルは、
「いいよ。この子、私になついているから。ありがとうエミナ、気持ちは本当に感謝してるから」
と言って、少女を渡さない。
「また、噛まれないのか?」
「大丈夫だって」
のんびりと夕食。少女はずっと黙ったまま。物言わぬが、ルルにあれこれ食べさせてもらっている。おっぱいではなく、ちゃんとした食事をするのだ。ルルの胸に噛みついたのは、いったい何だったんだろう。
夕食を終えた。
さて、部屋に戻ろうか、とした時、ルルがハッとした顔をした。
なんだ? 凄い目をしている。どうしたんだろう。ここの名物料理で、食べ忘れたものでもあったのか?
ユリオは訝るが、ルルは、はっきりとした声で、
「私、今日1人で泊まる。あ、この子と一緒に。エミナ、ごめん、今夜は部屋を別にして」
と言った。
はあ?
ユリオはポカンと。
基本、宿ではルルとエミナが相部屋、ユリオが1人部屋である。
で、今日はルルは部屋に迷子の女の子と2人だけで泊まりたいと。
「わかりました、ルルさん。エミナは今夜は別に部屋をとります」
エミナのルルに対する信頼は絶対だ。ルルの言うことなら正しいに違いない、そういう態度だ。
なんだろう、とユリオは考える。
今夜も1人、寝台でゴロンとなりながら。
ルルめ、様子が何かおかしい。見るからに、いつもと違う。
エミナと別の部屋で泊まる。もちろん、この旅で初めてだ。何をするんだろう? あの迷子の少女と一緒に。
着替えとか、盥に湯をもらって体を洗うとかなら、別に女の子同士、エミナがいたって問題ないはずだ。これまでだって当然ながらそうしてるんだし。
では今夜は、今までしてなかったことをする?
なんだろう。それは。ユリオにも、エミナにも明かせないこと。
ルルは今夜、心を許した親友の女の子にも見られたくない何かをする。そういうことだ。
その時。
ユリオは、ハッとなった。
ピコーン!
と、閃いたのだ。
まさか!
ルルは!
ひょっとして…… 1人で……欲望悶絶しちゃおうとかじゃないのか? 抑えきれなくなって……処理しようと……
うむ……
俺だって1人で毎晩欲望悶絶しまくってるし……
ルルは女の子……でも、女の子だってそういう事はあるだろう……
そうだ!
間違いない!
今夜はルルの欲望発散デーなんだ!
大変だ!




