第55話 ドルジェの饗宴 (8) 〜勇者が騙されやすい人でいいですか?
勇者一行として、悪党一味から颯爽と可憐な美少女を救出する……はずだったのがーー
罠だった!
裏長屋のどんづまりで、完全に袋のネズミ。
もうダメだ。降参しちゃって……いい?
ユリオは、諦めモード。
前世で見たアニメだ時代劇だじゃ、こういう場面でもヒーロー勇者が大暴れして、たった1人で取り囲む悪党どもをバタバタ倒したり、バッサバッサ斬りまくったりして、大勝利になるんだけどな。
俺たちの隊のリーダー勇者ルルーシア。動かない。動こうとしない。
ん? 待てよ?
動かないんじゃない。ひょっとして、ルルは動けないのか?
ユリオは気づいた。
悪党一味の後ろのほうに、1人、青白い顔の男がいる。こいつは、いかつくない。痩せている。不気味な光を目に宿している。
その男の手の甲には、曲がりくねった紋様が描かれてあった。
ユリオの知っている紋様。
あいつは王国魔術師だ。
王国の魔法協会に属する魔術師は、証として、体のどこかにあの紋様を描いているのである。魔力で描いた紋様なので、勝手に消せないらしい。
王国魔術師が、こんな詐欺師恐喝屋どもの仲間だって?
そっか。
あれが世に言う闇堕ち魔術師か。一旦は王国の魔法協会に属しながら、勝手に抜けて悪の一味となった。魔法をコッソリ悪さに使っている。
なるほど。
俺が想像した通りのヤバい状況になっている。
ルルがこの場面を切り抜けるとしたら、自慢の魔法体術しかない。近づいて素早く麻痺魔法を撃ち込む。それで悪党一味を薙ぎ倒せるか? かなり微妙だ。
で、相手に魔術師がいやがる。
目の前で魔法体術を使ったら、さすがに見抜かれるだろう。
狭いスペース。一気に相手を全員倒すわけにはいかない。
魔法だとバレたら、相手に警戒され、魔法体術はもう通用しない。
だからといって、あの闇堕ち魔術師と魔法ズドンズドンの撃ち合いをするわけにもいかない。それは王国の魔力探知に引っかかっちゃう。
ほらみろ。
ルルめ。だいぶ余裕かまして勇者ヒーローしてやがったが、どうせ、いざとなったら自分の魔法で何とかなると思っていたんだろう。
でも、魔法が封じられた。
魔法が使えなければ、お前は本当にただの女の子、17歳の女子高生なんだぞ。
ルルは。
微動だにしない。
◇
「おい、どうした、とっとと肝を決めやがれ!」
ドスの利いた声を出したのは、グイシュの傍らの大男。両刃の大剣を肩に担いでいる。いかにも戦闘担当の用心棒って感じ。額に疵がある。
大男は、大剣をビュウ、と振る。
「お前ら、どうするんだ? グイシュの旦那が、穏便に済ましてやるって言ってるんだぜ。とっとと出すものだしやがれ。それとも何か? 俺たちとやり合おうってのか? ヘッ 面白れーな。俺は剣士のゴロムてんだ。この剣は、もう30人からの血を吸ってるんだぜ。最近こいつに血を吸わしてやってねえからな。こいつ、血を吸いたくてうずうずしてるぜ。お前らの血、たっぷり吸わせてやろうか?」
うーん……なんだかいかにもテンプレな凄み。でも、こんな狭いスペースで大剣を振り回すなよ。危ないじゃないか。
ヒヤヒヤするユリオ。
なるほど。あれが流れ者の凄腕用心棒ってことか。これで役者は完全に揃った。詐欺師に恐喝屋に闇落ち魔術師、それに流れ者剣士まで。豪華オールキャストだ。もうこれはこちらの負け。それは確定。デビューしたてのヒヨっ子勇者ルルに、お尋ね者貴族の俺、それに正義一筋突撃娘エミナ。これじゃ、勝てませんよねえ。
ま、でも。
向こうは穏便な解決策を用意してくれた。穏便に解決するのは大賛成だ。
要するに金貨を出せばいいんだ。払うもの払って、それでめでたしめでたし。悪党に金貨を払って解決とは、およそ勇者一行らしくない解決策だがユリオは別に気にしない。もともと魔王志望なんだし。
そっと、ルルに耳打ちする。
「俺が手打ちにする。いいな。動くなよ。エミナが何かしようとしたら、抑えろよ」
「うん、わかった」
頷くルル。
おお、物わかりがいいじゃないか。正義のクラス委員長も今の状況のヤバさは、ちゃんと認めてるんだ。そりゃそうだよね。
よし、と金貨の詰まった袋をユリオが取り出そうとしたその時、大声がした。
「大変だ! 捕吏だ! 捕吏が押し寄せてきた! 囲まれてるぞ!」
途端にうろたえだす悪党たち。グイシュ、トクロン、シーリン、大剣のゴロム、闇堕ち魔術師、その他の手下ども。捕吏と聞いて、みんな問答無用で逃げ出した。
え? なんだ?
慌てふためく悪党一味を前に、キョトンとなるユリオ。
何なの? 何これ? また次の詐欺が開幕したの?
◇
ドカドカと踏み込んできたのは、ドルジェの代官所に属する正規の王国捕吏だった。
蜘蛛の子を散らすように逃げた悪党一味。狭くてゴミゴミした裏長屋だが、そこは悪党の巣。あちこちの部屋から外への秘密の隠し戸が作られていたのだ。
最もそれは捕吏も心得ていて、外にも人員が待機していた。逃げた悪党も半分は捕まった。肥満体のトクロンは、ふうふう言いながら隠し戸を出たところで、たちまちお縄頂戴となった。リーダーのグイシュも捕まった。
ユリオたちはずっと、これも2重3重の詐欺じゃないかと疑って、ポカンとしてたが。
捕吏の中から、立派な長衣を来た男が現れ、深々と頭を下げた。
「ゴークと申します。エスト=デュレイ様ですね? このたびは、うちの店の者が大変なご迷惑をおかけしました」
え? なに? ゴーク? あの料亭の経営者で、この都の悪の親玉のゴーク?
目をぱちくりするユリオ。
ゴークと捕吏の隊長から、詳しい事情を聞けた。
あのトクロンの話は、やはりほとんど嘘っ八だった。ゴークは悪の親玉でもなく、裏稼業もしていない。小商から身を起こし成功して表の稼業をいくつも持ち、一流高級料亭を経営するまでになった、立派な人物である。
ゴークが雇った料亭の支配人グイシュ。これが悪党だったのである。もともと素行の収まらなかったグイシュは、うまいこと料亭支配人の地位を手に入れたが、その地位収入だけでは満足できず、生来の悪の性が首をもたげ、支配人の立場を利用して詐欺をすることを思いついた。同郷の郷士くずれトクロンに声をかけ、高級料亭を舞台にした詐欺を仕組んだのである。
まず、グイシュが貴族の身装をさせたトクロンを、遠くに領地を持つ男爵だと言って、店に連れてきた。支配人の紹介である。問題なくトクロンは料亭の常連となった。1人で来る時は、大したものを注文しなかった。支払いはグイシュがごまかした。
そして、ユリオ一行のようなおのぼりさんを見つけると、トクロンがうまく誘い込み、ユリオが引っ掛かった手口を使って法外な金を巻き上げるのである。
グイシュは、ユリオに金貨32デュエル(約320万円)請求したが、店には金貨10デュエル(約100万円)の売り上げと報告した。差額の22デュエル(約220万円)をグイシュは自分の懐に入れたのである。
いつもやっている詐欺なら、これで終わりだった。
しかし、ユリオは騙されてもつべこべ言わず、ささっと法外な料金を支払った。しかもまだ金貨をタップリと持っている。
これを見たグイシュ。
「あいつらは、とんでもねえカモだぜ、もう上等も上等、最上等のカモだ! こりゃ、有り金残らず奪ってやらなきゃな。こんなお客さん、めったに来ないぞ」
興奮してトクロンを呼び寄せ、直ちに詐欺第2弾の筋書きを考えたのである。今度は大仕掛けであった。売られそうになっている少女を救出する、その筋書きなら、あの莫迦丸出しのおのぼりさんは食いついてくるに違いない、そう踏んだのだ。
果たして、ユリオ一行は見事に引っ掛かった。
その夜。
ユリオ、ルル、エミナの3人は、例のゴークの料亭の奥まった卓にいた。
「いや、ほんと、俺たち2度も綺麗に騙されたな」
まだ信じられない思いで料理をつつくユリオ。
ゴークの招待である。
この善良な料亭経営者の大商人は、
「うちの者がうちの店を使って、とんでもないことをやらかしました。これも全て私の不徳の致すところでございます。おかけしたご迷惑については、重ね重ねお詫びいたします。お支払いいただいた料金は全てお返しします。そしてどうか、罪滅ぼしのために、私の店に招待させてください」
といってユリオが先に払った金貨32デュエルを返金した上、改めて無料での料亭招待となったのである。
結局のところ、ユリオ一行は、2度も一流高級料亭で無料飯にありついたわけである。
今夜も、並べられているのは超豪奢な特製料理ばかり。
「なんだか悪いな。こんなにしてもらっていいのかな。悪いのはグイシュ一味なわけだし」
ユリオは、悪党に取り囲まれたことより、捕吏に囲まれたことが恐怖であった。正体がバレたらどうしよう、ずっとヒヤヒヤし通しだった。思い出しただけでも震える。
エミナは顔をピンク色に輝かせて、お皿いっぱいの揚げ川海老を頬張っている。
「これでいいのです! 正義が勝ったのです! 正義の大勝利なのです! 私のユリオ様が、あんな悪党どもに負けるなんて有り得ません!」
おいおい、とユリオ。結果的に助かったけどさ。危ないところだったぞ。そもそも、グイシュ一味の悪行を暴いたのはユリオたちの手柄でも何でもないわけだし。
ゴークは前々から、グイシュが店を使っておかしなことをしているという情報を得ていた。しかし、なかなか尻尾がつかめなかった。そこでドルジェの代官所に相談し、内偵を行い、とうとう悪事を暴いたのである。グイシュの一味の者を捕吏が捕えて尋問したところ、ユリオに仕掛けた詐欺第2弾の計画を白状した。そこで準備をして踏み込んだのだった。
グイシュはトクロンを使っての偽貴族詐欺だけでなく、手下仲間を使ってあれこれの悪事を行っていた。だからユリオを嵌める計画を立てると、すぐ仲間を集めることができたのである。基本的には詐欺恐喝窃盗が本業の一味であった。殺しはしない。
「本当に許せませんね! あの子! ユリオ様のこと、あんなふうに言うなんて……エミナは、悔しくて、悔しくて仕方がありません!」
エミナは、シーリンのことをまだ怒っている。
あちゃー、ヤバいのはお前だよ、とユリオ。エミナは興奮のあまり、あそこでユリオの正体をバラしそうになった。それこそが1番危険なのだ。この正義一筋突撃娘は、全然反省してない。こりゃ、これからも何度も詐欺被害に遭うだろう。
シーリンはうまいこと逃げおおせた。もともとコソ泥に美人局が本職で、裏社会ではそこそこ名の知られた少女だったとのこと。なかなか可憐に見えたんが。やはり人は見かけによらないものだ。
「そういえばルル、あの魔術師、結局偽物だったそうじゃないか。気づいてた?」
グイシュ一味の闇堕ち魔術師。彼も捕縛されていた。捕吏が調べたところ、実は魔術師でも何でもなく、ただ一味に虚勢を利かせるために、手の甲に王国魔術師の証である紋様を描いていただけだったとのこと。
「私も怪しいとは思ったけど、確信はできなかった。魔力を上手く隠している魔術師なのか、それとも紋様を描いただけの偽物なのか」
やや、バツの悪そうなルル。
ヤレヤレ、とユリオ。
ルルは結局、あの安っぽい魔法紋様の小細工を見抜けず身動きできなかったんだ。これじゃ、これから先が思いやられるぞ。グイシュ一味が、強盗強奪殺人上等の連中だったら本当に危なかった。作戦決行の前、トクロンの奴に金貨5枚渡した時、奴は内心笑いを抑えるのに、さぞ苦労しただろうな。
ルルにしても、トクロンの詐欺芝居に、2度も綺麗にコロッと騙されたのだ。
あの絶対正義のクラス委員長が。
いや、憧れの琴見咲良も、高校のクラスでは絶対正義女神だったっていうだけの事だ。海千山千の詐欺師どもと渡り合った経験なんてない。それに結局は、なんだかんだ人間の善意を信じちゃうんだ。
今回のことで、ちゃんと学習してくれないとな。俺たちのリーダーなんだし。
前世のテレビでやってた犯罪特集で、詐欺被害に遭う人は、同じような被害に何度も遭う、とやっていた。まさに俺たちのことだ。間抜けなカモ。
他人の話を真に受けての正義突撃、これが1番いかんのですよ。
何はともあれ。
滅多ににありつけない御馳走を、タップリ鱈腹平らげるユリオたちであった。
( ドルジェの饗宴 了 )




