第50話 ドルジェの饗宴 (3) 〜悪事にまた裏がありますか?
「どうか、私の話を聞いてくだされ」
トクロン男爵と名乗った男。ユリオ一行を奢ってやると騙して高級料亭に引っ張り込み、トンズラして無銭飲食した男。
狭い裏路地で、両手を地についたまま、囲むユリオたちを見上げて、切々とした口調で訴える。
「私は男爵なんかじゃありません、決して。郷士です。この地方の郷士のトクロンなのです」
郷士。身分階級でいえば、準爵士、勲爵士に相当する。自分の土地を持ち、召使いや農夫を雇い、耕作し、家畜を飼って生活するのが基本。軍役応召の義務がある代わり、税を免除されている。貴族と農民の中間の階級といったところか。この階級もいろいろである。広い土地を持つ大地主の郷士もいれば、困窮没落する郷士も多い。このトクロンもーー
「私は、これでも昔は羽振りがよかったのです」
目に涙を浮かべ語るトクロン。
「ところが先年、妻が病気をしてしまいました。子供のいない私にとって、たった1人の大事な大事な家族です。なんとしても、助けたい。その一念で医者や治癒師に大金を払いましたが、結局助からず、妻は亡くなりました。そして私には借金が残りました。とても返せる額ではありません。私は自分の土地を失い、村を追われることになりました。なんとも惨めな境遇です。借金返済のため、貸主である大商人ゴークの下で、働くことになりました。ゴークは、あの料亭の経営者なのです。そして強欲な悪党なのです。そうです、私はゴークが仕組んだ店ぐるみの詐欺の手先となったのです。私がしてきた事は、もちろん皆さんご存知ですね。あのような手口で、この都に初めて来た旅客を騙して金を毟りとるのです」
あまりにも想像超える話に、ぽかーん、となるユリオたち。
「あの、さ」
やっと言えたユリオ。
「おまえの無銭飲食の詐欺が、店ぐるみだった? でも、それ、おかしいよ。あの店、観光名所にもなっている超有名料亭だよね。金持ち貴族商人に人気の大繁盛大賑わいの店なのは間違いないよね? その店が裏でそんなせこい詐欺を働く? ホントに? それに出てきた料理はちゃんとした豪奢なのだったぞ。王宮の料理人を雇ってるってのは嘘じゃないだろう。店には問題を感じなかったけど」
「あなた方は、ゴークという人間を知らないのです」
訴えるトクロン。
「あのゴークほど強欲な人間はいません。そして野心向上心もこの上なく強いのです。自分の身分を上昇させ、家産を殖やす。それがあの男の全てなのです。そのためには何でもやるのです。ゴークはよく言っています。たとえ小銅貨1枚でも、拾える機会があるなら絶対に見逃すな。落ちてるものは必ず拾え、と。そうやってのし上がったのです。元々小さな金貸しでしたが、今ではこの都の裏稼業に加え、表の稼業もあれこれ盛大に仕切っております。あの料亭もその一つ。貴族や大商人相手の店を成功させ、彼らと人脈を作るのです。それが表の狙いです。金と人脈によって、ゴークは子爵の地位を買い取るまでになったのです。しかし貴族連中との付き合いは、何かと物入りが多いのです。金いくらあっても足りません。だから何が何でも、表稼業裏稼業でどんな阿漕な手を使ってでも、とにかく稼ぐのです。毟り取るのです。金のためなら何でもします。私はその手先となって、詐欺の片棒を担いでいるのです。なんともお恥ずかしい話です。エスト様、失礼ですが、料亭の代金はいくら支払いましたか?」
「金貨32デュエル(約320万円)だ」
トクロンは、首を振り。
「やっぱり。あの饗宴は確かに本物の豪奢なものですが、それでも、せいぜい金貨10デュエル(約100万円)といったところです。それ以上は、丸々のゴークの儲けといったところです」
うーむ、とユリオ。
法外な代金だった。それはわかってたけど。表でちゃんとした一流高級料亭を成功させながら、裏で偽貴族に仕立てたトクロンを使って、おのぼりさんの旅客を引っ掛けて金を巻き上げてるんだ。
そこまでするかね、と思うが。庶民階級から出世して貴族の肩書きを手に入れるなんて、生半可なことじゃない。他人が絶対にしないような金儲けを思いついて実行する。そんな奴だからこそのし上がれる、そういうことか。
一応ちゃんとした高級料理を出してくれたわけだから、まさか店ぐるみの詐欺だとか、騙された旅客も絶対に気づかない。いやはや、すごい仕掛けだ。半ば感心するユリオ。
でも。このトクロンも夢のご馳走を鱈腹平らげ、なんだかんだ、いい思いをしてるじゃないか。
「で、その話をなんで俺たちにしてくれるんだい?」
「私は……こんなことはしたくないのです!」
身を震わせ叫ぶトクロン。
「料亭を楽しみに来た旅の方を騙し、法外な料金をふっかけ、金を騙し取る。到底納得できることではありません」
それにしちゃ、お前よく食ってたよな、とユリオは内心思うが、トクロンは必死の形相。
「あの一流高級料亭の看板を使った詐欺、とうとう限度を超えたのです。もう一線を超えてしまったのです」
「一線を超えた?」
「はい。つい3日前のことです。品のよい母娘が店の前を通りました。私が例によって話しかけました。すると母親は夫を亡くした未亡人で、夫の土地財産を処分して、娘を連れて実家に帰る途中でこの都に寄ったと言うのです。私はこのような人を詐欺にかけるのは全く気が進まなかったのですが、何しろ借金で縛られて、命令されている身です。あなた方にしたように、うまいこと店に誘いこみました。この都に寄って、この料亭を試さない手はない、私の紹介で入れますから、と。そして、びっくりしている母娘を前に勝手に注文しまくり、そっと姿を消しました。請求書を見た母親は、青くなりました。とても払える額ではなかったのです。こういう時、これまでは、じゃあ、払える額に負けてやるから、といって取れる分を取る、そうしていました。詐欺がバレないようにするためです。でも、今回、ゴークの強欲は限界突破しました。娘さんに目をつけたのです。まだ、16歳の可憐な子でした。シーリンといいます。大金が払えないならと、その娘さんを取り上げてしまったのです。ゴークは、闇市場でその娘さんを売って金にする魂胆なのです」
「なんて酷いことを!」
ルルとエミナが、異口同音に叫ぶ
勿論、ユリオも驚く。
料亭で代金が払えないから、娘を取り上げる。王国法でそんなのが認められるはずがない。しかも闇市場で売る。完全な犯罪だ。ユリオが引っかかった詐欺とはレベルが違う。確かに一線を超えている。悪の限界突破だ。小さな詐欺がうまくいっていたので、今度は見境なくでっかく儲けようとしたのか。
ルルがせき込むように、
「それって……完全に犯罪じゃない。その母親の人は、代官所に訴えなかったの?」
「もちろん、すぐ代官所に駆け込みました。しかし、あの有名料亭でそんなことが起こるわけがない、と門前払いされたとのことです。支払い請求の時、母娘は、別室に案内されていました。そして娘のシーリンは取り上げられ、母親はそのまま裏口から追い出されてしまったのです。とんでもない事ですが、一流料亭を営業している裏で、ゴークは、そんな大それたことをやってのけたのです。もちろん代官所もあの男の手が回っているのです。この経緯を知って、私はもう胸が張り裂けんばかりになりました。母親は遠くの実家に行かなければ頼りになる身寄りもいないしで、途方に暮れているそうです」
なんという大胆不敵な犯罪。まさか絶対そんなことあるわけない、という心理の裏を衝いたと言うべきか。被害にあった母親の話を聞いたら、みんな、ただ頭のおかしい人の妄想だと思うだろう。
しかも、このドルジェの都の代官所もグルってならーー
ユリオは、また訊く。
「で、なんでその話を俺たちに?」
「お助けください!」
トクロンは、ガバッと立ち上がった。目から大粒の涙を流している。
「明日明後日にも、娘さん、シーリンは売られてしまうのです。絶対にあってはならないことです。この私も片棒を担いでしまったのです。あの母娘を騙して店に連れ込んだのは、この私なのです。なんということをしてしまったのでしょう。このままでは取り返しのつかないことになってしまいます。エスト=デュレイ様、どうか、どうかシーリンを助けて欲しいのです」
あの……だからなんでそんなこと、俺に頼むの?
ユリオは思うが、何か言う前に、
「やりましょう!」
「お助けします!」
ルルとエミナが叫ぶ。2人の美少女の燃える正義心に、スイッチが入ったのだ。
あちゃー、これ、ヤバくね? とユリオ。
2人の美少女、本気の瞳をしている。




