第45話 異世界でタイムマシンはつくれますか? 前編
ユリオ、ルル、エミナの一行。
ポルぺから夜行馬車で出て。次の町に着いたのは、まだ早朝だった。乗合馬車の客が3人だけで、馬の調子も良く、夜通し飛ばして来れたのだった。
小さな町だった。まだ、眠っている。店も何もやっていない。
「早く着きすぎちゃったね。次の宿への乗合馬車が出るのは午過ぎだし、ここには何もない。ねえ、次の街まで歩かない? すぐ近くだし、大きな街だよ。のんびりするなら、そこでしたほうがいい」
ルルの提案で、眠っている町を後に、歩き出す3人。
道は整備されていて、歩きやすかった。
爽やかな早朝。
空は青く、風は心地よく、目に映る緑は、みずみずしかった。
「うー、やっぱり旅は歩くのがいいですね! 王都と違って、ここはのびのびできます!」
はしゃぐエミナ。ウキウキする元気娘。ユリオは、
「たまに歩くのもいいけどな。基本、安全快適に行けるところは、安全快適に行くべきだ」
「もう、ユリオ様、こんな素敵な道は、歩いていくのが絶対に安全快適ですよ!」
道で、くるっと一回転するエミナ。スカートが翻る。白い脛が拝める。ユリオも元気が出る。もっと見せて欲しいんだけど。
2人の〝鉄のパンツ〟美少女との旅。ひたすらの悶々我慢である。
「なあ、ルル、次の街ってドルジェだよな。結構でっかい街で、確か観光名所にもなっている料理店とかもあるんだっけ。想定外の金がタップリ入ったことだし、なるべく豪華にパーッと使おう。長旅だ。元気つけていかなきゃな」
「あ、いいですね! エミナも大賛成です!」
ピンク色に顔を輝かせる少女。ルルも笑顔で、
「いいね。そうしよう。でも、そういう料理店が開くのは、夕方ごろからだよ。その前に、どこかで何か食べなきゃ」
「うーん、せっかく気持ちのいい道なんだし、この辺に気の利いた喫茶店でもないかなあ」
「あったらいいね。喫茶店かあ。全然行ってないなあ。カフェオレ飲みたい」
「エミナも行きたいです! 栗とクリームのパイが食べたいです!」
喫茶店と聞いて、俄然瞳をキラキラさせる女子2人。ユリオも、
「ああ、俺は、木苺と赤スグリのパイが食べたいなあ。俺の好物を出してくれる喫茶店、ポンと出てこないかなあ」
「あ、食べたい! エミナもそれ、大好きです!」
木苺と赤スグリのパイ。ユリオの母セシルが得意だったお菓子で、幼年のユリオはこれが大好きだった。母を亡くしてからは、セシルのレシピを受け継いだ大公爵家の料理人のつくる木苺と赤スグリのパイを食べては、母を偲んでいた。エミナも、「いずれ私がユリオ様のお気に召す木苺と赤スグリのパイを作ってみせます!」と、宣言していた。
思い出の甘酸っぱいパイの味を思い出すユリオ。あれを出してくれる喫茶店、現れないかな……
喫茶店が現れた。
ポンと。まるでオーブンの中からパイを取り出したように、突然現れたのだ。道の脇の木立の奥に引っ込んでいたので、近づくまで気がつかなかったのだ。
木組みの小さな家の喫茶店だった。
扉には、『喫茶、軽食。営業中』との札がぶら下がっている。
そして、表に置かれた看板には、
『本日のオススメ。当店自慢の特製木苺と赤スグリのパイ。ミルクの薬湯』
と、書いてあった。
「おおっ!」
飛び上がるユリオ。
「なんてこった。願えば通じる、そういうものなんだな」
「うわ、素敵です! エミナも入りたいです!」
「ほんと、ちょうどいいお店だね。雰囲気よさそう。ここで一休みしていこうよ」
扉を開け、中に入る3人。
◇
まるでユリオ一行のために用意されたような喫茶店だった。
こざっぱりとした店内。木目調のデザインは柔らかく、温かく、明るかった。壁には控えめだが趣味の良い絵画が飾ってあった。天窓のガラスからは、静かに優しい光が射している。
小さいが、憩える場所。
早朝である。客は他にいなかった。
「いらっしゃいませ」
カウンターの椅子に座った3人を出迎えた店主は、白髪の初老の男性。
さっそく。3人とも、ミルクの薬湯と木苺と赤スグリのパイを注文する。ルルはこのパイを食べたことなかったので、ユリオとエミナの興奮ぶりから、自分も食べてみたくなったのだ。なお、異世界ではコーヒーはないので、カフェオレは頼めない。
注文したミルク薬湯とパイ、すぐに来た。アツアツだった。まさに焼きたてだ。
「あの、どうして」
ルルが訊く。
「お客がいないのに、パイを焼いていたのですか?」
「お客が来そうな気がしたんです」
店主は、静かに答えた。
さっそく、パイに取り掛かる3人。
「おお、うまい、これだ、この味だ!」
「おいしーい! エミナの食べたかった味です! セシル様の味にそっくりです」
「美味しいね。飾り気ないけど、しっかりしてるよ」
甘酸っぱいパイ。優しく、柔らかく、じんわりくる味わいだった。体と心に沁み入る。
顔をほころばせる3人。夢中でパイをパクつく。
「本当に素敵です」
ルルは、思わずカウンターの向こうの店主に声をかけた。
「お気に召しましたかな? お嬢さん」
にこやかな表情の店主。柔らかい瞳をしている。
「はい。すっごく。パイも薬湯も、私の好みにぴったりで。それにこのお店も、まさに、ちょうど入りたいな、と思っていたお店です」
「俺も。店主、いけるぜ、この店。このパイがあれば、何も言うことはない」
「エミナもです!」
店主は微笑む。
3人は満足していた。2人の少女の頬は薔薇色に染まっている。この店に寄ってよかった。
パイとともに甦る亡き母セシルの想いに、ユリオは、ぽおっとなる。
「これってさ、すっごい奇跡だよね。たまたまこんな店に巡り会えるなんて。ほんとに偶然なのかな? それとも必然の運命? なんだか、俺の好みを知っていて、俺が来るのを知っていて、それで準備して待っていてくれたような。そんなふうに感じちゃうけど」
「ほほう」
店主は、目を細める。
「この商売をしていて、いつ、どのようなお客様が来るか、お客様の好みは何か、それがあらかじめわかってれば、ずいぶん助かるのじゃがのう」
そうだ。ユリオは考える。これから起きることを、予め知る。それができればずいぶん便利だ。でも、そんなことができるだろうか。それができるとすれば、
「タイムマシン!」
思わず叫ぶ。
店主は目を見開く。驚いたようだ。
ユリオは慌てて、
「あ、すみません。タイムマシンていうのは……別世界で、時間を移動できる装置で……実際にそんなものがあるとかそういうことじゃなくて、あくまでも空想上の産物なんだけど、ちょっと思ったんだ。もし、タイムマシンがあれば、未来で過去に起きたことを調べて、過去に戻って、これから起きることを万全の準備で待つことができる、ただ、そう思っただけで……」
ユリオは真っ赤になった。我ながら突拍子もない思いつきだ。
だが、店主は真剣な顔つきで、
「つまり、若者よ、このわしが実は未来人で、未来で今日ここにみなさんが来ることを調べて、タイムマシンでこの時代に来て、みなさんの好みに合ったサービスができるよう準備して待っていた、そう言うんだね?」
「あ、いえ、本当に……ちょっと思いついただけで……」
ユリオは、ますます赤くなる。おかしなことを言ってしまった。バツが悪い。
だが。
店主は、しっかりとした視線をユリオに向ける。
「もし、未来人なら、そのタイムマシンとやらを、そんなことのためには使わん」
きっぱりと。毅然たる口調。
え?
なんだ?
ユリオは、はっとして店主を見つめる。店主は、もう、ユリオを見てはいない。そのまなざしは、どこか遠くを。
ややあって、
「若い方々、せっかくおいで下さったのだ。一つ、わしの知っている未来人の話をしようか」
店主が言う。
「え?」
ユリオは驚く。
「未来人を? 未来人を知ってるのか?」
思わず身を乗り出す。しかし、店主が見ているのは、ユリオではない。
店主は語り始めた。どこか遠くを見つめながらーー




