第46話 異世界でタイムマシンはつくれますか? 後編
なんだか妙なことになった。
旅の道中入った素敵な喫茶店。
焼きたての木苺と赤スグリのパイが待っていた。そこからタイムマシンの話になると、店主の顔色が変わった。
自分の知っている未来人の話をすると言う。何の話が始まるのか? キョトンとして耳を傾ける3人。
◇
これは遠い未来の、ずっと先の世界の話じゃ。
ある国に、若者がいた。どこにでもいる若者じゃ。その若者は、金も地位もなかった。しかし、若者らしい夢と野心だけは、人一倍持っていた。
若者の夢と野心。それはありふれたものじゃった。国で1番の金持ちとなり、立派な地位を築き、そして国で1番の美女を娶る、そういうものじゃ。
若者が自分の夢に燃えている時、パーティーが開かれた。その国中の貴族の若者が招待されるパーティーじゃ。若者は、一応、貴族の末席に連なっていた。もちろん、名前だけの貴族じゃが。若者は貧しいながらも、一張羅の晴れ着を着て、精一杯のおめかしをして、パーティーに出かけていった。
パーティー会場で、若者は、同じ夢と野心を持った同輩たちが溢れる中、ただ1人の姿を追い求めていた。
それはナスターシャだった。
ナスターシャは、国で1番の美女だった。その瞳はどこまでも澄んで碧く、その髪は黄金のように輝き波打ち、そしてその胸は、ああ、どこまでも広がる豊満さを誇るその胸は、完璧な丸みで、そう、完全に非の打ち所のない胸じゃった。それは、間違いなく天然物でーー
「あの」
ルルが口を挟んだ。
「遠い未来、ずっと先の世界の話をしているんですよね? 遠い未来でも、胸のサイズとか、それが天然物かどうかとか、そういうのが重要なんですか?」
自身、豊満な胸の存在感を隠し切れないルル、つい気になったのだ。
「重要なのじゃ」
店主はピシャリと言った。そして、話を続ける。
ーー若者は、もちろん、ナスターシャに近づくことさえ出来ぬ身分じゃった。ただ、ナスターシャを遠くからでもひと目見ればいい、そう思ってパーティーに参加したのじゃ。ところが奇跡が起きたのじゃ。会場の隅にいた若者のところへ、ナスターシャが自ら歩いてきたのじゃ。人の波を掻き分けて。いや、ナスターシャの歩くところ、自然に道ができたのじゃ。
ついに、目の前にナスターシャが来た。若者は、身じろぎ一つできなかった。何が起きているのか、わからなかった。ナスターシャは微笑んだ。若者に向けて。若者ただ1人のためだけに微笑んだのじゃ。それはまさしく、燦然と輝く女王の微笑みじゃった。あらゆるものを包み込む豊満なその胸は、もう目の前にあった。
夢だ。若者は思った。これは夢だ。こんなことが現実にあっていいわけがないーー
だが、まだ夢は醒めなかった。ナスターシャが若者に手を差し伸べ、婉然と言ったのじゃ。
ーー 初めまして。お目にかかれて、とてもうれしいです。
ここで夢が醒めたのじゃ。
笑い声が起きた。ナスターシャは、いぶかしげに辺りを見回す。つまり、こういうことじゃ。ナスターシャの友人たちの悪戯だったのじゃ。その日、ナスターシャは、国1番の金持ちの青年貴族に引き合わされる予定だった。それで、友人たちは巫山戯て、ナスターシャに、貧しい若者のことを、あれがあなたを待っている金持ちの青年貴族だよ、と吹き込んだのじゃ。
真相を知ったナスターシャは、もう、わしのことを見ようとはしなかった。踵を返し、去っていく。わしはつい、追おうとした。そこに、国1番の金持ちの青年貴族が現れたのじゃ。青年はわしを突き飛ばした。わしはパーティー会場に転がった。ナスターシャと金持ちの青年貴族は、手を取り合って、笑いながら、去っていった。若者は、パーティー会場の床にへたりこみながら、周囲に笑われながら、ずっと見送っているしかなかった。
それで、若者にはわかったのだ。ナスターシャが見ているのは、金、そう、金、金、金、じゃ。わしが星1番の金持ちの青年だと信じていたときには、わしに最大限の好意を見せてくれたのじゃ。つまり金さえあれば、ナスターシャを振り向かせることができる。ナスターシャを娶ることができる。ナスターシャをわしのものにできる。そういうことなのじゃ。
若者は決心したのじゃ。金を稼ごう。金さえあれば……もう若者の頭には、金のことしかなかった。金を稼ぐために若者にできる事といえば、それは発明だった。若者は魔導力学の研究者で発明家だったのじゃ。来る日も来る日も若者は、三角定規とコンパスを手に製図版とにらめっこしていたーー
「あの」
ルルがまた口を挟んだ。
「遠い未来、ずっと先の世界の話をしているんですよね? 遠い未来でも魔導力学の発明に三角定規とかコンパスとか、使うんですか?」
「使うのじゃ」
店主はピシャリと言った。
ユリオがそっとルルに訊く。
「魔導力学って?」
「魔法をもっと合理的に体系的に積み上げていく学問よ。今はまだ、生まれたばかりの分野。遠い未来なら、もっと発展してるかもしれないわね」
なるほど、とユリオ。
そういえば、この店主、胸が天然物だどうだと言ってたけど。異世界には、まだ豊胸手術とかは無いはずだ。遠い未来では、豊胸手術ができるようになっているのか? で、天然物な巨乳の価値が上がってるとか……魔導力学とやらによって? ま、異世界だっていろいろ発展はするだろう。魔法文明にも未来はある。
…………
店主の話は続く。
ーー若者は、ただひたすら、ナスターシャを娶る、その一念じゃった。ついに設計図が完成した。そして試作に取りかかった。スパナを握る若者の手は油で汚れ、スパナダコができていたーー
スパナとスパナダコについては、もう誰もツッコまなかった。
ーーそして、ついに完成したのじゃ。そう、それがタイムマシンじゃ。時間を遡る装置じゃ。若者はついにタイムマシンを完成させたのじゃ。そのときには、若者はもう、若者と呼べる年齢ではなくなっていた。
完成したタイムマシンを前に、震えるわしはーー
「あの」
ルルがさらに口を挟む。
「さっきから、若者とか、わしとか、人称が一定していないんですけど」
「つべこべ言わず、黙って聴いてろ!」
店主はピシャリと言った。そして、さらに話を続ける。
完成したタイムマシンを前に、わしはどうやってこれで金を稼ごうかと考えたーー
「あの」
今度はユリオが、つい口を挟んでしまった。
「それだけの大発明なら、王国に売るとか、自分で商品化販売するとか、そうすればいいんじゃないの?」
「そうではないのだよ、お若いの」
店主は、今度は静かに行った。
「タイムマシンが量産されて、一般に普及したらどうなるか。想像もつかん。良いことが起きるかもしれん。だが、悪いことが起きるかもしれん。良い願いから生まれた発明が、人類に巨大な災厄をもたらしたことは、これまでに幾度もあった。人がタイムマシンを手にしたら、世界は激変するだろう。いったいどうなるか誰にもわからない。わしは、世界が激変することを望まなかった。ただ、ナスターシャと2人で静かに暮らしたかったのじゃ」
「確かに、人がみんなタイムマシンを手にしたら」
ルルがまたまた思わず口を挟む。
「すごいことが起きるでしょうね。本当に想像もつきません。今までと全く違った世界になってしまうかも。胸のサイズとか誰も気にしない世界になったりして」
店主は、無視して続ける。
ーーわしは決めたのじゃ。このタイムマシンの完成は秘密にする。わし1人で使う。わし1人で使って、金を稼ぐ。それにはどうすればいいか。時間遡行で金を稼ぐ方法。考えたのじゃ。そして、思い当たったのじゃ。
ニュースを見て、このことを自分が前もって知っていれば、そう思った事は無いかな? 例えば、偶然ダイヤの原石が落ちてるのを見つけて拾った人が、大金持ちになったとか、そんなニュースじゃ。
タイムマシンがあれば、過去に戻って先回りしてダイヤの原石が発見された場所に行き、自分が手に入れることができる。それで金持ちになることができる。そういうことじゃ。それがタイムマシンで金を稼ぐ方法じゃ。
「わかったかな、お若いの」
店主は、カウンターの内側の引き出しを開ける。
ゴトン、と音がした。重い金属の音だ。なんだろう。結構重そうだな。ユリオたちからは、カウンターの内側は見えない。
「ユリオ、動くな」
店主が取り出したのは、妙な形の銃だった。ユリオの頭に突きつける。
おい、なんだ、と驚くユリオ。異世界じゃ、火薬式銃というのは、無いはずだ。でも店主の手にしているもの。まさしくユリオの知っている銃だ。だいぶ不恰好だけど。未来の魔法文明の生んだ超兵器か?
「わしは未来で調べたのじゃ。ユリオ、お前の行動記録をな。お前が今日この喫茶店に寄ることがわかった。そこでタイムマシンで1ヵ月前のこの世界に来て、この喫茶店を買い取り、お前を待ち受けていたのじゃ。ユリオ、お前は史上最高額の賞金首じゃ。未来でもお前の記録は破られてはいない。お前をここで殺す。莫大な賞金を手に入れる。そして未来に戻って、ナスターシャを娶るのじゃ。わしの夢が、ついに叶うのじゃ」
衝撃の真相。
ルルは、瞳を落とした。店主と目を合わせることが、どうしても、できなかったのだ。
「店主、今、あなたの話を聞いてわかりました。タイムマシンを発明しても、時間遡行ができても、人はそれで幸せになることはできません。科学……魔導力学は人を助けることができます。でも、人を支配することはできないんです」
「お嬢さん、もう後戻りできぬのじゃ」
店主は声を震わせる。
「このために、わしは生涯を捧げてきたのじゃ。ユリオ、覚悟しろ。これはわしの開発した魔導銃ブラストバスターじゃ。銃身に填めた魔力を圧縮して撃ち、対象を貫く。同時に何発でも撃てる。お嬢さん方も道連れじゃ。お若い方々、みんな一緒に死んでもらおう」
「俺を殺すのか?」
初めて見る魔導銃に、焦るユリオ。虚仮脅しじゃない。やばいものだというのは、わかった。
「あの……ちょっと待った……賞金を手に入れたいんだよね? なら、俺を生きたまま捕獲しないと、ダメなんじゃないのか? 殺しちゃまずいだろ」
店主は、ふふ、と笑う。
「なんだ、知らんのか。ユリオ、3日前から、ユリオの捕獲は生死に関わらず、と布告が変わっているのじゃ。ついでに賞金額も10万パナード(約10億円)に跳ね上がっているぞ」
「ええっ!?」
ユリオ追捕の布告。どこにでも貼ってあるから、またどうせ同じだろうと思って、よく見てなかった。しかし、王国も無茶するなあ。大貴族の追捕で、生死にかかわらず捕獲せよなんて、聞いたことがない。完全に野盗追い剥ぎの扱いだ。愕然となる。それに賞金額が10万パナード(約10億円)? なんだそりゃ。ありえねー。確かに前代未聞。空前絶後だ。そりゃ、未来でも記録は破られていないだろう。
「私からも一言、いい?」
ルルは瞳を落としたまま、
「その魔導銃、魔法エネルギーを撃ち出すのよね。撃ったら王国の魔力探知に引っ掛かる。今の時代に存在しない妙な魔法兵器を持っていたら、追及される。絶対に無事では済まないんだから」
「ハッハッハ」
笑う店主。
「この店には、わしの魔法結界を張ってある。この時代の魔力探知など、通用せんのじゃ。ここなら思いっきり魔法を撃てる。わしが魔導兵器を使った痕跡も残さん。さあ、おしゃべりは終りだ。ユリオ、お嬢さん方、自分たちがなぜ死ぬのか、やはり知っていなければ気の毒だと思ってな。それで説明してやったのじゃ。感謝するのじゃぞ。いくぞ。なに、苦しまずに一瞬であの世に送ってやる。魔導の火をともせ、ブラストバスター!」
店主が叫ぶや、魔導銃ブラストバスターから、3本のオレンジの光が放たれた。同時に、ルルが唱える。
「跳ね返せ、跳ね返せ、リフレクト!」
たちまち、白い光が満ちてルル、ユリオ、エミナを包み込んだ。
魔導銃から放たれた3本オレンジの光は、白い光に阻まれ、弾き返された。
「ギャアアアアっ!」
叫ぶ店主。弾き返されたオレンジの光、魔導銃より放たれた魔法エネルギーがその体を貫いたのである。
ドサッ、ガタン、
カウンターの奥へ、店主は吹っ飛び倒れた。
カウンターの前の3人。しばらく動けなかった。
やがて。
ルル、ユリオ、エミナの順で立ち上がる。
奥を覗き込むと。
仰向けに倒れた店主の胸に2つ、腹に1つ、撃ち抜かれた穴が開いていた。夥しい血を流し、店主は絶命していた。
その傍の床に転がる魔導銃ブラストバスター。自分で撃った弾が、自分に跳ね返ってきたのだ。
ユリオ、ゴクリと唾を飲み込み、
「ルルが魔法で弾き返したてくれたんだね、あのオレンジ色の魔導光を」
「うん。何とか上手くいったよ。私も、大きな魔力を使ったら王国に魔力探知されちゃうから、ギリギリまで様子を見てたんだけど、ここが魔法結界で守られてるって聞いて、安心して最大限の魔法を使えたの」
「ありがとう。助かったよ。生きた心地がしなかった」
今更ながら、冷や汗をかくユリオ。本当に紙一重だった。
エミナも、ふう、と息をして、
「ルルさんの魔法、古代の白月王魔法が、未来の魔導銃より強かったんですね?」
「そうみたいね。魔法使いじゃなくても魔法を操る技術、それは確実に発展してたみたいだけど。ああっ!」
ルルは目を瞠る。ユリオとエミナも。
倒れ伏す店主の遺体と魔導銃が光りだしたのだ。オレンジの光に包まれる。そして、無数の光と粒子となり、消えた。
一瞬の出来事だった。
確かに存在したはずの店主と魔導銃。跡形もなく消滅した。
「なんだろうね、これ」
呟くユリオ。ダメだ。もう、ついていけない。
「うーん、きっと未来が過去に干渉したから、それを元に戻す原理が働いたんじゃない?」
ルルは思案顔。
お洒落で素敵な喫茶店。店主は、もういない。飲みかけのミルク薬湯のカップは、まだ3つ、残っていた。綺麗にパイを平らげた後の空の皿も3つ、そのままだった。静かだった。まるで何事もなかったかのように。
木苺と赤スグリのパイ、あれは間違いなく本物だった。ユリオはつい先刻の至福のひとときを思い返す。
「あの店主、本当に未来人だったのかな。未来で魔導力学とやらでタイムマシンを完成させて、俺を殺して賞金を得るためにここに来た。本当にそういうことなのか?」
ルルは、店主の消えた空間を、まだ見つめている。
「はっきりとはわからないけど、そう思う。そうとしか考えられないから。少なくとも、あの魔導兵器は、今の時代にないものだよ」
ユリオは、うーん、と、首をひねる。
「なあ、店主は、うまく俺を殺せていたら、首尾よく賞金を手に入れて金持ちになって、未来に戻ってナスターシャさんを娶ることができたのかな」
「わからない」
と、ルル。
店主は初老。と、なると、未来で待つナスターシャも、初老のはずだが。どんなに美貌と豊満な胸を誇っても、それは永遠ではない。
「ナスターシャさんの胸は、今、どうなっているんだろう?」
つい、ユリオは口にした。巨乳美女への執着。それは共感できたのだ。
「そんなの、わからないから」
繰り返す、ルル。
◇
3人は、一旦、座りこんだ。がらんとした喫茶店、やけに広く感じた。みんな、黙っている。
ユリオは考えていた。
タイムマシン。前世じゃ夢の機械だ。魔法文明が発展すれば、それは完成するのか。
そうだ、俺の転生も、ルルの転移召喚も、強力な魔法の仕業だ。そしてほとんど同時に転生転移してきたのに、ユリオは15年前、ルルはおよそ3ヶ月前に転生転移してきた。2人の時間はねじれてつながっている。魔法で時間を操れるんだ。同じ世界で時間だけ遡ることも可能だろう。ただ巨乳美女を娶りたい、その一念で、あの男、店主は魔法仕掛けのタイムマシンを完成させたのだ。
それを一般に公表しなかったのは、たぶん賢明な判断だったのだろう。今、すべては消えた。
未来か。どうなってるんだろうな。未来じゃ俺の旅程足跡も、俺の好みのパイも、なぜかわかるんだ。
1番気になるのは。
ユリオが魔王となり、世界中から集めた美女美少女でいっぱいのハーレムで、欲望を恣にする。その夢を叶えているのかどうか。それだけでも教えて欲しかった。
せっかくの未来人から教えてもらったこと。
それは、未来でもユリオの史上最高額賞金首の記録は、破られていないということだけ。
喜んでいいのかな。とんだ大物になっちまったぜ。
ユリオは、喫茶店の天窓を仰ぐ。まるで、何事もなかったかのように、明るい光が降り注いでいた。
未来。そこでは俺の行動記録を調べることができるんだ。いったいどこまでわかっているんだろう。その記録とは、これから俺が変えることができるものなのだろうか。これから何が待ち受けているのか、もうすっかり決まっているのだろうか。
なんであれ。
俺は絶対に魔王となる。美少女ハーレムの夢は叶える。
「さ、行こうか」
ユリオは立ち上がった。
「うん」
「はい」
2人の美少女も続く。
どんな未来が待ち受けているにせよ、前へ歩いて行かねばならないのだ。
( 異世界でタイムマシンはつくれますか? 了 )




