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第42話 白銀の騎士(5) 〜恋は借金を救いますか?



 「やったーっ!」


 歓声が湧き起こる。


 もう1歩で宿場町を壊滅させるところだったヒトクイオオコウモリは、その巨大な軀を町の広場に横たえ、グシュ、グシュ、と黒い血を流している。


 「お見事です! 御主君様! さすがです! かっこいいです! もう最高です!」


 感極まったエミナ。瞳をウルウルさせている。そのまま思いっきり俺の胸に抱きついてくれていいのに、とユリオは思うのだが、この娘はそういうはしたない事はしないよう、徹底的に教育されているのだ。無念である。


 「旦那、ありがとう!」


 「弓の天才だ!」


 「王国一の腕前だ!」


 「弓取り世界一!」


 口々に叫ぶみんな。



 ユリオも、スゲーな魔符チートの威力、と、とりあえずほっとする。


 神弓の魔符を使ったのは初めてのことである。魔獣はまだ、黒い血を吐きながらピクピクしている。ロウゼンを振り返って、


 「で、どうするんだ? トドメはこのまま刺せるのか?」


 魔術師は目を見開いて、

 

 「うむ。やつは今、軀から完全に魔力が抜けておる。防御(ガード)もできぬ。通常の武器でも何とかなるじゃろう。急所は通常の鳥獣と変わらぬ。ただ、なんといっても魔獣だ。軀は硬いぞ。よほど力がなければ、トドメは刺せぬ」


 「よーし、それは俺たちに任せろっ!」


 俄然元気を出したのは荒くれ冒険者たち。たちまち大斧や大剣やらを持ち出してきて、


 「えいや、えいや」


 「そりゃ! どうだ!」


 と、みんなで寄ってたかって魔獣の心臓に剣を突き立て、首を斧で刎ねた。硬い魔獣の軀。さすが力自慢の男たちにも汗だくの仕事であった。


 ヒトクイオオコウモリは、


 「ギエエエエエエエッ!」


 と、長い咆哮を残し、黒い血をいっぱいに噴き出し、絶命した。


 集まったみんなに、安堵の色が広がる。


 「やったぜ! これで終わりだ!」


 「勝ったぞおおおーっ! 命が助かった! 奇跡だ!」


 「もう、どうなるかと思ったぜ」


 「魔獣なんて見たの初めてだからな。ホント、ビビっちまったぜ」


 「俺も……まさか魔獣狩りをこの目で見るなんてな」


 ロウゼンは、複雑な感情で魔獣の死骸を見つめている。長年かけて捕らえ、大事に飼育しようとしていた〝我が子〟である。


 「やむをえまい……魔獣の研究……また一からやり直しか。惜しい子じゃったの……」


 感傷に浸っていると。


 「おい、テメー!」


 胸ぐらをつかまれた。荒くれリーダーが顔を真っ赤にしている。


 「お、おい、何をする?」


 「何をする? だと? ふざけるな! お前こそ何をした! あの旦那の弓がなきゃ、俺たちみんなこいつに喰い殺されるところだったんだぞ! おい、一体誰のせいだと思ってるんだ!」


 「え? あ? は?」


 気がつくと。


 ロウゼンは取り囲まれていた。荒くれ冒険者だけでなく、宿客に町の者たち。みんな殺気だって怒りの目を向けてきている。


 「こ、これ、ちょっと待て……わしは王国の一級魔術師じゃぞ……」


 「うるせーっ!」


 「ふざけるなーっ!」


 「やっちまえーっ!」


 タコ殴りだ。みんなで袋叩き。


 ヤレヤレ、とユリオ。


 まあ当然か。宿場町一つ壊滅するところだったのだ。いや、討伐隊が組織されてやってくる前に、町や村をいくつも壊滅させていたかもしれない。


 「ーーったく。本当にヤバイのは、魔獣じゃなくて、魔獣をこんな街中まで引っ張り込んじまう、ああいうイカれた奴なんだな」


 右の手の甲に貼った神弓の魔符。一発矢を放つと、ぷしゅーっと消えてしまった。超貴重で、次はいつお目にかかるか分からない大事な魔符。いくつもの町や村を救ったんだから、これでよしとするか。そもそもこの神弓の魔符を取り出したのはーー


 「あ」


 思い出した。そうだ。



 ルル!


 

 大変だ! こうしてる間にもルルは白銀野郎に……


 弓を放り出して慌てて宿に戻るユリオ。もう邪魔をする者のいない階段を駆け上がる。


 

 「あれ、どうしたの?」


 2階の部屋から、ちょうどルルが出てきた。その横には白銀騎士グウェインも。グウェイン、今は憂鬱そうな顔ではなく、ニコニコしている。


 「ルル、無事か!」


 ルルの前で、ぜえぜえと息をするユリオ。ルルはしっかり服を着ている。何かされた形跡は見えない。でもーー


 「無事? そっちこそどうなの? 何か下の方騒々しかったけど、何があったの?」


 あっけらかんと言うルル。


 何があった? ずいぶん呑気だな。この町が壊滅してみんな死ぬところをこの救世主ユリオ様が助けたんだぞ。もちろんチートして……だけど……しかし装備だって実力のうちだからな!


 「ル……ル……」


 「ん?」


 「その……なんともなかったの?」


 「なんともって? 大事な話をしてたのよ」


 「話?」


 「そう。やっぱり、あなたにも話しとこうか。いいでしょ?」


 傍のグウェインを振り向くルル。


 「うん。もちろん」


 白銀騎士はさらに深い笑顔に。


 結局、2階の部屋にルルとグウェインは戻り、ユリオと、ついてきたエミナも入る。


 (テーブル)を囲む。


 ユリオは瞳を凝らして室内を見回す。


 寝台(ベッド)。綺麗にシーツが敷かれている。そこで何かした形跡は無い。よし。ルルの様子も。魔法で誑かされているようには見えない。だいたいグウェインは相変わらず重すぎる甲冑をガシャ、ガシャ、と鳴らしている。女の子とコトに及ぶのに重装備ってありえるか?


 グウェインの奴は白銀甲冑の魔法でルルを誑かし支配し奴隷にして売ろうとーー


 そうじゃない?


 じゃあ、何なんだ?


 このこんがらかった状況、家宝の甲冑に借金取りに、それにルルの出番とは?



 ルルは、一度グウェインを見つめ、1つうなずくと、ユリオに向かって、


 「話すわね。これは私の養親(ママ)スフィリアの話なの」


 「養親(ママ)?」


 「そう。この人、グウェインは養親(ママ)の恋人だったのよ」


 「はあ?」


 いきなりの恋愛話? 怪訝なユリオを前に、ルルは静かに話すーー



 6年前のこと。ルルの養親(ママ)スフィリアは、魔法使いになろうと決意し、自分の村から王都を目指した。スフィリアはまだ15歳だった。が、この近くのグウェインの領地を通りかかった時、病に倒れた。その時、親身になって助け看病してくれたのが、当時17歳の領主グウェインだった。


 スフィリアの病は治った。そして、グウェインとスフィリアは恋に落ちていた。ずっとここにいて欲しい、というグウェインの願いをスフィリアは振り切った。


 『私には魔法使いになる夢があるの。でも、あなたのことが好き。あなたを忘れるなんてできない。立派な魔法使いになって、必ず帰ってくるから』


 そう言って、王都を目指した。


 別れる時。


 グウェインは伝来の家宝である白銀の全身甲冑の正装で、スフィリアを見送った。


 『これは我が家の家宝、僕の証なんだ。待ってるよ。君のことをずっと。白銀騎士の誇りにかけてね』


 王都に出たスフィリアは、〝白月王の樹魔法団〟に入り、魔法使いとなった。異世界(こっち)へ転移召喚された琴見咲良(ことみさくら)を引き取り、ルルーシアと名付け、その養親(ママ)となった。


 「養親(ママ)は、すっごく楽しみにしていた。私を連れてグウェインのところに帰るのを。いずれみんなで楽しく暮らそうって言っていた」


 だが。先日の理不尽な大魔術官ベリルの弾圧で、スフィリアは魔法団の仲間と共に捕縛され、あえなく最期を遂げたのである。


 「養親(ママ)は処刑される前に、私に頼んだの。グウェインに渡すものがある。それを必ず届けて欲しいって」


 異端魔法を学習したスフィリア。工芸の魔法が得意だった。工芸魔法を使い、世にも珍しい珊瑚の樹をつくっていた。


 「これはすごく価値のあるものなの。高価な財宝を養親(ママ)は作ることができたのね。で、それを、グウェインとの生活のために役立てようと思って、自分だけが知ってる場所に匿しておいた。養親(ママ)は去年、グウェインに一旦会いに行ったの。まだ魔法の修行は終わらない。2人で一緒になることはできない。でも必ず一人前の魔法使いとして戻ってきて一緒になるから、信じて待っていて欲しい。その時には、2人の生活のために役に立つ価値のあるものを必ず持って帰るから、あなたが必要な時に、私は必ず来るから、そう、グウェインに伝えたの」


 それが、グウェインがスフィリアを見た最後だった。


 その後。


 グウェインの領地の村に、火災と疫病が襲った。


 村は大打撃を受け、領民は困窮した。生き残った者も、もう村ではやっていけない、みんな散り散りになるしかない、そこまで追い込まれた。


 グウェインは領民のために立ち上がった。


 「僕は、みんなを助けようと決心したんです。領民あっての領主です。誰もいない村の領主になっていても意味がありません。この国には私財を投げうって領民の危機を救ったクロードという英雄がいました。ルーベイ大公爵のクロードです。僕はクロードを心から尊敬しています。ああなりたいと思っていました。でも、蓄えもなく。それで領地を抵当(カタ)に借金して、みんなの救済の費用としたのです」


 グウェインの我が身を顧みぬ犠牲によって。


 村は救われた。領民は安心して暮らせるようになった。


 だが。 


 返す当てのない借金をしたグウェインは、借金取りに追われ、とうとう領地を取り上げられてしまったのである。


 ユリオ、ギャフーンとなる。


 莫迦(バカ)だ。こいつは極め付きの莫迦(バカ)だ。領民を助けるために領地を抵当(カタ)に借金した? みんなを救ったけど自分は領地を失くして領主の地位も()われた? 借金取りに見張られちゃって。なんだそりゃ。ありえねえ。え、なに? こいつはクロードを信奉していた? 俺の親父を? 親父みたいになりたかった? なるほど。正義の莫迦(バカ)ってのは、どんどん莫迦(バカ)を増殖させるものなんだな。いやはや。


 やっぱり、クロードを見習っちゃいけないんだな。絶対にクロードを見習わないああならない決心をした俺は正しかった。見習ってたら……こんな風になるところだったんだ……ああ、寒気がする!


 唖然となるユリオの胸中も知らず、グウェインはしっかりとした口調で、


 「僕は後悔していません。正しいことをしたのです。領主が替わっても領民のみんなが無事なら、それでいいんです。そして、スフィリアが必ず会いに来てくれる。スフィリアもきっと僕が正しいことをしたと言ってくれる。僕を助けてくれる。それはわかっていました。感じていたんです」


 だが、グウェインは領地を()われた。スフィリアにどうやって見つけてもらえばいい?


 そこで。


 自分の領地の村の近くのこの宿場町で、いつも白銀の甲冑を着て、スフィリアを待っていたのである。ポルぺの宿に、白銀の騎士がいる、その噂が流れれば、それを頼ってきっとスフィリアはグウェインを見つてくれるだろう、そう考えたのである。


 果たして、魔法使いが還って来てグウェインを見つけたのである。それは恋人スフィリアでなく、その養い子ルルーシアだったが。


 「私は養親(ママ)から、写影の魔法を習ってたの」


 「写影の魔法?」


 「うん。自分の頭の中にある映像を、誰かに伝えたり、見せたりすることができるの」


 ルルはグウェインの似姿を、スフィリアから写影の魔法で教えてもらっていた。だから、この宿に入り白銀騎士の姿を認めたとき、それがグウェインだとすぐわかったのである。


 そしてグウェインに近づき、自分の顔を見せた。その時、写影魔法で、自分の顔と2重写しにスフィリアの顔も()せたのである。


 グウェインにはすぐわかった。ルルがスフィリアの代わりに来たのだと。それで2人で2階(うえ)に行き、話をしたのである。


 「あなたにも見せてあげるわ、養親(ママ)の顔」


 写影魔法発動。()えた。そこにいるみんなに。ルルの顔と2重写しになって、スフィリアの顔が写しだされた。21歳の若さで非業の死を遂げた女魔法使い。その顔は、とても優しく美しく輝き、微笑んでいた。見つめるグウェインは、なんともいえない表情をしている。


 おお、スゲーな、と感心するユリオ。これが写影の魔法か。そうだ、俺の前世の顔もこんなふうに2重写しにして()ることができるんだっけ。大した魔法だな。前世世界での映像記録保存技術に負けてない。魔法文明、やってくれるぜ。


 「で、その、肝心のグウェインの借金ってのは解決するの?」


 「うん。養親(ママ)がグウェインとの生活のためにと思って作った珊瑚の樹の匿し場所、私だけが教えてもらったの。それをグウェインに教えたのよ。それで、お(かね)のことは、大丈夫」


 「……それ、そんなに価値のあるものなの?」


 「養親(ママ)は5万パナード(約5億円)の価値があるって言ってた」


 「ぐほっ、ほっ!」


 なんだそりゃ。魂消(たまげ)るユリオ。スゲー財宝だな。ええと、荒くれ借金取りの話じゃ、確かグウェインの借金の残りは、1万パナードだっけ? それを全額返済して、まだ4万パナード(約4億円)も残る! なにそれ。白銀甲冑を着て女を待っているだけで、本当に借金問題が解決しちゃったんだ!


 グウェインは未来を力強く見据える瞳をしていた。


 「スフィリアの死のことを、今日初めてルルーシアに聞きました。この地方にも異端弾圧の布告(おふれ)は届いていたので、どうなったのかと心配はしていたのですが、まさか処刑されたとは。本当に悲しいことです。僕にとってスフィリアはかけがえのない存在でした。まだスフィリアの死を十分に受け止めきれていません。でも、スフィリアは自分が戻って来れない代わりに、ルルーシアを会いに来させてくれました。スフィリアの財宝、それがあれば僕は借金をきっちり返済し、領地もまた買い戻すことができます。領地の立て直し、領民と一緒にしっかりやっていきます。それがスフィリアの想いに報いることだと信じています」


 めでたし、めでたし、か。


 魔法で生み出した5万パナードの財宝。それで正義の領主は立ち直るんだ。


 エミナは感じ入っている。瞳をウルウルさせている。


 「なんて……なんて美しいお話……きっとグウェインさんが人助けのために自分を投げうつ立派な方だから、スフィリアさんも信じて財宝を遺したんですね。死んだ後も、想いは結ばれる……ああ、私も、そんな素敵な出会い、恋がしたいです!」


 そうか? 美しい? 領民のために自分の領地を捨てるってのは、単なる莫迦(バカ)だぞ。こうなっちゃいけないという見本。父クロードのヤバい影響。


 そんなことを考えるユリオ、ぐう、と腹が鳴った。


 あ、そうだ。


 そもそも宿で夕飯にしようとしてたんだ。


 あれからいろいろあって、すっかり食事とか忘れてたけど。


 「とりあえず、話も済んだんだよね。じゃ、みんなで飯にしよう」


 ともあれ、ルルは無事だった。心配したようなことは起きてなかった。女の子を誑かす甲冑の魔法などではなく、純愛の魔法が真相だった。


 まずは、よかったのである。



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