第41話 白銀の騎士(4) 〜魔獣と共存はできますか?
のどかな田舎の宿場町ポルぺに突如現れた超一級魔獣ヒトクイオオコウモリ。
この状況の説明の責任があるのはーー
「わしの名は、ロウゼン。王国の一級魔術師じゃ」
宿の皆に囲まれた青白い顔の魔術師、体を震わせながら語る。
その話によるとーー
ロウゼンは王国に仕え、魔族魔物世界との境界辺境地帯の監視を担当していた。魔族魔物魔獣の侵入を探知するのである。
ある時、人間の領域に、強い魔力の侵入を探知した。早速向かってみると、ヒトクイオオコウモリだった。超一級魔獣が岩山の穴の中に巣を作っていたのである。
人間にとってこの上なく危険な対象である。本来なら王国に報告し、一級の魔術師剣士戦士で隊を組み、討伐駆除せねばならない。
しかし。
ロウゼンは、せっかく見つけた魔獣の観察をすることにした。もともと魔物魔獣の研究がしたくて魔術師となったのである。ヒトクイオオコウモリは岩山の穴の巣で暮らし、それ以上、人間の領域へ進もうとはしなかった。しばらく観察を続けても、問題はなかったのである。
紛れもなく超一級の魔獣。その生態の観察を続けるうち、ロウゼンは研究熱に取り憑かれていった。この魔獣は巣をどっしりと構え進もうともしないし、魔物の領域へ帰ろうともしない。無害であるが、一応、人間の領域に居ることには変わりない。いずれこのままでは済まない。討伐せねばならない。
もったいない。
ロウゼンは研究対象に愛着を覚えていた。
魔族魔物と戦うためにも、もっと彼らを研究しなければならない、それがロウゼンの年来の主張だった。見つけたらすぐ討伐駆除するのでなく、何とか安全に管理して研究できないものか。
「わしはヒトクイオオコウモリを捕え閉じ込める魔法の研究に没頭した。もともと捕獲封印の魔法は、わしの得意じゃった。それで魔獣を捕獲し囚える魔法の網と檻を、ついに完成したのじゃ。大成功だった。とうとう、わしはあいつを追い詰め、檻に閉じ込めることに成功したのじゃ。これはかつてない魔法の大勝利じゃ」
自作の特製の檻には、外からの魔力探知の効かない仕掛けもしておいた。愛する獲物を手に入れたロウゼンは、さっそく王国に休暇届を出し、意気揚々と、布をすっぽり被せた魔獣の檻を馬車に積み、辺境から帰ってきた。自分の家にヒトクイオオコウモリを連れ帰り、じっくり研究しようというのである。こんなことを勝手にするのはもちろん、王国魔法協会の重大な規範違反だったが、研究熱にのぼせ上がっていたロウゼンは、気にならなかった。ルンルン気分での凱旋であった。
ところが、つい先ごろ。
ポルぺの町に着いたところで、なんと檻が破られ、ヒトクイオオコウモリが逃げ出してしまったのである。
「おい! おまえ何やってるんだよ」
「なんてことしてくれたんだっ!」
みんなの悲鳴に似た叫び。
「で、これからどうなるんだ? あいつはここからどっかへ飛び去ってくれるのか? 俺たちは大丈夫なのか?」
みんなを代表して、荒くれリーダーが訊く。
王国一級魔術師ロウゼンは、うーん、と眉を寄せると、
「あの子のことは……何しろ長い付き合いじゃからの。だいたい何を考えているか、わかるのじゃ。わしに捕まって、閉じ込められて、パニックになっていた。何とか檻を破って外に出られた。今は現状の確認をしておるのじゃろう。あれでなかなか賢い子でな。で、人間に捕まって、人間世界に連れて来られたことを悟る。そして、人間に対する猛烈な敵意に支配されるじゃろうな。当然じゃ。憎悪に満ちた危険な状態というわけじゃ。ちょうどここに、うじゃうじゃ人間がいる。まず、ここの人間を攻撃してくるだろう」
「ここって……つまり、俺たちをか。攻撃って……どうしてくるんだ?」
「あの子は上空から、特大の超音波をぶちかましてくる。それでここの住民は、みんな倒れて動けなくなる。神経がやられて麻痺するのじゃ。で、餌がゴロゴロ。あの子が悠々と啄むというわけでじゃ」
「テメーっ! なに悠々と話してんだ!」
荒くれリーダーが真っ青になって叫ぶ。
「町が全滅するのか? どうすりゃいいんだ。逃げればいいのか?」
「あの子の超音波の射程圏は広い。逃げられる距離ではない」
「家の中に隠れていれば大丈夫か?」
「あの子の超音波は、家の中だろうが城の中だろうが余裕で届く」
「えええっ! 逃げ場なし? おい! あんた、王国一級魔術師だろ? 早くあいつを討伐してくれ! それが仕事だろ?」
「残念じゃが。わしは魔力探知での監視や研究が専門で、攻撃魔法は苦手じゃ」
「でもあんた、さっき言っただろ? あいつを捕まえたんだろ? また捕まえてくれ! 早くしてくれ!」
「それが……ダメなのじゃ。あの子を捕まえる魔法の網と檻、それを作るのに、2年かかったのじゃ。それはもう破られてしまった……わしには打つ手なしじゃ。あの子を普通に狩るには、さよう、高位の魔術師に騎士が、10名は必要かの」
「テメー! ふざけんな。お前がおかしなことしたせいでみんな死んじまう、そういうことか? おいっ! 責任取れ!」
ロウゼンの胸ぐらを掴む荒くれリーダー。
「く、苦しい……は、離せ……ま、まだ方法がある。たった一つだけ……」
「なんだ」
掴んでいた手を離すリーダー。
ロウゼンは、ゼイゼイと息をして、
「あの子には急所があるのじゃ。わしの研究で見つけたのじゃぞ。額だ。あの子の額、魔力が結晶した石がある。それで全身の魔力をコントロールしているのじゃ。強化することのできない結晶石じゃ。それを狙うのじゃ。それを砕けば、あの子は何もできなくなる。動けなくなる。誰か額の結晶石を破壊してくれ。通常の武器でも十分通用するはずじゃ」
「そんなの無理だ!」
外の空を見上げていた者が、宿の中を振り返って叫ぶ。
「あいつは高く飛んでるんだぞ。小刻みに動いていやがる。額の石なんか見えやしねーぞ。魔力の結晶石を破壊する? どうやればいいんだよ!」
高く飛び舞うヒトクイオオコウモリ。その額の小さな的を狙う。
こりゃ、無理だ。
誰もがそう思い、ガックリとなる。その場で崩れ落ちる者が続出した。荒くれ冒険者たちも、立ち尽くすばかり。
◇
その時。
「俺がやろう」
進み出たのは、ユリオ。
さっきからずっと弓矢を持っている。ちょうどよかった。
「ロウゼン、あいつの額の結晶石を砕くのは、通常の武器で十分なんだな?」
「う、うむ。確かじゃ」
「よし。それなら問題ない。俺が弓で、そいつを砕いてやる。みんな安心してくれ」
ユリオは顔色一つ変えず外へ。
荒くれリーダーが、ハッとなる。
「旦那、あんたさっき弓で賭けをしようとしてたんだよな。ひょっとして本当にすごい弓の天才なのか? どうか頼む! 俺たちを助けてくれ! 賭けは旦那の勝ちでいい! いや、賭けもなにも、何でも旦那の言うことを聞く! あいつをやっつけてくれ!」
「心配するな」
悠然と表に出るユリオ。一旦は死ぬと思って気落ちしていたみんなも、これが最後の希望と、ゾロゾロとユリオについて外に出る。
上を見上げる。
結構な上空を、ヒトクイオオコウモリは、ギエエエッ、ギエエエッ、と不気味に叫びながら、旋回している。ジグザグの動き。夕暮れ時で、額の結晶石も何も見えない。
が、問題ない。
ユリオは一応、ついてきたロウゼンに、
「あんた、武器強化魔法が使えるか? 一応、矢の強化をしてくれ」
「うむ。わかった。あまり得意じゃないがな。やってみよう」
ロウゼンはユリオの矢に魔法を施す。即席の強化魔法じゃたいした効果は期待できないが、しないよりはマシだろう。一応念には念を入れよである。
「さて、射るぞ」
そっと、右の手の甲に神弓の魔符をペタっと貼る。これでよし。もう完全な勝ちゲーだ。結果は見えているのだ。
上空へ向け矢を番え、弓をキリキリと引き絞るユリオ。一応、狙う。神弓の魔符の威力があれば、狙いを定める必要も何もないのだが、一応格好はつけねば。
傍では、エミナが両手を握り締め祈っている。いや、宿から出てきたみんなも、ユリオに最後の望みを託し祈っている。荒くれどもも。かなりな救世主感だ。
「ギエエエッ! ギエエエッ!」
ヒトクイオオコウモリは、威嚇するように下の人間たちを見下ろしている。そろそろ特大の超音波を撃とうというのか。
よし。もういいだろう。
「あいつの額の石に当たれ」
ユリオは念じる。これで神弓の魔符の威力が発揮される筈だ。
ヒュウウッ、
矢が放された。向かってくる矢に、逃げようとするヒトクイオオコウモリ。だが、神弓の魔符の威力は絶大である。矢は精確に額の結晶石に命中し、打ち砕いた。
「ギエエエエエエエッ!」
断末魔の咆哮とともに、ヒトクイオオコウモリの黒い大きな軀は落下し、地面に叩きつけられた。




