第40話 白銀の騎士(3) 〜賭けでチートしていいですか?
宿の2階の部屋に、2人で閉じこもったルルと白銀騎士グウェイン。
ルルが危機……かもしれないので、とにかく行かねばならない。
そのためには、荒くれ冒険者どもとの賭けに勝たねばならない。
表の木に提がる提灯の灯を、弓で射抜いて、消す。
ユリオは悠然と準備をする。
もちろん勝算はあったのだ。いや、必勝の策が。
ユリオは武人として弓術を習っていたとはいえ、100歩先に揺れる小さな火を確実に射抜くなどという芸当は、とても無理だ。
確実な無理ゲー。だからこそ荒くれ連中が乗ってくると思ったのだ。必ず勝てる賭け。誰でも飛びつく。
で、無理ゲーで必ず勝つ。どうすればいいか? 無理ゲーを100%の勝ちゲーに。それはもう、チートである。チートするしかない。
チートの切り札が、あったのである。
先ほど荷物から金貨100デュエルを取り出した時、一緒に、そっと魔符を取り出しておいた。
魔符。
神弓の魔符である。これを使えば、どんな的にも矢を命中させることができるという、最強チート切り札だった。これがあったからこそ、エミナを賭けろなどという無茶な話に乗れたのだ。絶対に勝つ、それがわかってるから何でも来いである。
この神弓の魔符は、もちろんアスティオが呉れた装備の1つである。その威力効能を考えれば、当然ながら冒険の旅や戦場で、絶対的な切り札となるものだった。魔術師が長年かけて作る超貴重品である。ちなみに現在の王国には、神弓の魔符を作れる魔術師はいないという。滅多に拝めるものではなく、王宮の府庫にも、1枚2枚あるかどうかだ。ありえないくらい稀少なお宝である。1枚しかない。それも一度使ったら、それっきりでなくなってしまう。
これをユリオに渡す時、アスティオは言ったのである。
「これはモーリツ伯爵家に伝わる家宝の一つでね。僕は次期当主の証として、父から譲り受けたんだ。これを僕だと思って持っていってくれ。きっと君を助けるお護りになるはずだ」
この超貴重で重要な友情の証の魔符を。
こんなところで、こんな形で使っちゃっていいのか? 普通に考えるとありえないことであるが。
「いいのだ! 緊急事態なのだ! 今こそ使うのだ!」
頭が沸騰しまくりなユリオ。
ルルを絶対に他人には渡さない。我がモノにする。そのためには超稀少魔法具だろうが、戦いの最後の切り札だろうが、友情の証だろうが、どこかの家の家宝だろうが、惜しんでいられるわけはない。
ルル!
ルルーシア=琴見咲良。
それが俺にとって全てだ。
高揚するユリオ。
自分を取り囲む荒くれ冒険者ども、宿のスタッフ、宿客に飛び込みの見物客たちの前で。
おもむろに、弓に矢を番える。
「では、これから射る。みんな、しっかり見てろよ」
遠くにゆれるえ提灯の灯に、狙いを定める。
チート魔符があるから、どうやったって命中するのだ。別に狙いだなんだ、関係ないけど。一応は格好をつけねばならない。
よし、ここでこっそりと魔符をーー
ユリオが最後の準備をしようとした時、
「ギエエエエエエエッ!」
宿の開け放たれた扉から、何かが中に飛び込んできた。
◇
「なんだ、あれは!」
「鳥か? デカいぞ!」
突然のことに、みんな面食らう。
飛び込んできたものは、ギエエエエエエエッと大きく叫びながら、宿の中を飛びまわる。たちまち大混乱となった。
なんだ、ありゃ。
ユリオも目を凝らす。
真っ黒な大きな鳥……のように見えるが?
なんだか飛び方が。普通の鳥ではない。それにサイズも異常だ。通常の大きな鳥の、3倍5倍はある。
頭は……鼠のようで、牙が見える。額に何か光っているのが見える。翼をバタバタさせながら、宿の食堂を飛び回る。
「キャー」
みんな逃げ回る。
「なんだ、ありゃ、蝙蝠か?」
「しかし、異常にでっかいぞ。あんなでかい蝙蝠、見たことない」
口々に叫ぶ声。
蝙蝠。ユリオにもそう見えた。見た目は確かに蝙蝠だ。鼠のような頭。牙に爪。規格外にでっかい蝙蝠……なのか? ギエエエッ、ギエエエッ、と叫びながら翼をバタつかせ飛び回る。
しかしーー
なにか、ゾワッとする。
この感じ。普通の蝙蝠、普通の鳥獣の気配ではない。これは、ひょっとしてーー
「誰かっ!」
また1人、宿に飛び込んできた。
今度は、人間である。魔術師。一目でわかる。ローブを着ている。それも王国官制のもの。
ローブの立派な肩章で、ユリオにはわかった。王国魔法協会の1級魔術師だ。
飛び込んできた魔術師は、ハアハアと息をし、巨大蝙蝠を指差し、
「あいつを捕まえてくれ! このままじゃ取り返しのつかないことになる!」
と叫ぶ。
取り返しのつかないこと?
なんだろう、とユリオが思う間もなく、
「ギエエエエエエエッ」
と、叫び、巨大蝙蝠は宿から飛び出して行った。
「おい、あんた、魔術師かい? ありゃ、なんなんだ?」
荒くれ冒険者リーダーが、魔術師をつかまえて訊く。皆も魔術師を取り巻いて、その話を聞く。
「あ、あれは、ヒトクイオオコウモリ……魔獣だ。超一級の魔獣だ」
青白い顔の魔術師。
「ええええっ!」
「超一級魔獣だって! しかもヒトクイ!? 俺たちを襲うの?」
「それ、やばくないの?」
「やばいよ。最悪だよ」
「なんでそんなのが、ここにいるんだ!?」
「討伐隊を呼べ!」
「間に合わないよ! 目の前に魔獣がいるんだぜ!」
「キャーっ!」
たちまち宿の中に巻き起こる叫び声、悲鳴。混乱となった。
超一級魔獣。
田舎とはいえ、魔族魔物世界との境界から遠く離れたこの町に、魔獣など現れるはずもなかった。境界地帯は王国魔術師が厳重に監視しているのである。たまに王国内部まで迷い込んでくる魔物がいるにしても、魔力が小さく無害なものだけである。
人間に脅威を及ぼすような魔獣の出現など、あったためしがない。大型魔獣が人間世界に侵入しようとしても、内部に来るまでに必ず探知されてしまうものだ。
ユリオは気づいていた。
対魔族魔物戦役に出征したことはないが、武人としての鍛錬の一環で、辺境境界地帯での魔物狩りはしたことがあったのである。魔物魔獣との遭遇戦闘の経験もある。
その時に覚えたのだ。
一般の鳥獣とは違った、魔力を帯びた魔物魔獣の何とも言えない不気味な気配。彼らは特有の殺気、人間を脅かす空気を湛えていた。
目の前に現れたヒトクイオオオコウモリ。名前からしてかなりやばい。
やつは相当強い。かなりな魔力を秘めている。それを感じた。ヒリヒリする。
なんでこんなのが、いきなり現れたんだろう。




