第39話 白銀の騎士(2) 〜奴隷少女に大借金が支払えますか?
ルルが、宿で出会ったばかりの白銀騎士と一緒に2階の部屋に消えた。
〝男女の大事なこと〟をしているらしい。
大事なこと? 大事なことって何だ? ユリオはコーフンすろ。俺の奴隷が? いや、そんなの許せないよ。御主人様の権利で何とか怒鳴り込んでやりたいのだが。
目の前の階段。荒くれ8人が、ガッチリと固めている。2階へ行くのは無理だ。
こうしている間にもルルは。
イライラが募るユリオ。気が気でない。
「ルルさんなら大丈夫ですよ。間違いはありません」
傍に来たエミナが心配そうに。
間違いはない? そうかな? とユリオ。
ルルには、エミナのエリューシオ子爵家再興繁栄といった大義はない。鉄のパンツを穿く理由はない。いつでも自由恋愛OKなのだ。だから、あの白銀野郎にひょっとして一目惚れとかしちゃってーー
なんとかしなくちゃ。このままルルと白銀野郎の好きにさせるわけにはいかない。
とりあえず、ユリオの目の前で邪魔をしている荒くれ8人。こいつらをどうにかしなくちゃ。荒くれどもはニヤニヤしながら、階段に座り込んでいる。どう見てもゴロツキだ。この世界の【冒険者】ってのは、要するにこういう連中のことだ。
屈強な8人。力ずくで突破するのは無理だ。
となると。
金だ。
この手の連中は金で転ぶものだ。金を見せれば、すぐに態度を変える。
ユリオは金ならタップリ持っている。なにせ【財布担当】なのだ。金こそこの世の強者であり、全ての扉を開ける呪文である。
懐からドラメ銀貨5枚を取り出す。
「なあ、どういう事情か知らないけど、これで、そこを通してくれないかな。俺は連れの女と話をしなくちゃいけないんだ。な、いいだろ?」
銀貨を見せられた荒くれたち。おおっと目の色を変える。
ほーら、食いついてきた。やっぱりこの手の連中は金だ、とほくそ笑むユリオ。が、
「残念だな。それじゃここは通せねーよ」
リーダー格のバンダナ男が、ニヤリとする。
なんだ、こいつらは。場末の宿にタムロしている【冒険者】のくせに。普通はこのくらいで話がつくもんだろう。おかしいぞ。
焦るユリオは、
「じゃあ、銀貨10ドラメ(約10万円)払う。それでどうだ? 通してくれるだけでいいんだ」
「ダメだ」
首を振るバンダナ男。
ええっ?
こいつら何なんだ? 金でコロっと転ぶ筈の荒くれ【冒険者】ども。まさか男女の大事を邪魔させないとかの義侠心で俺を通せんぼしてるわけじゃあるまいし。
「じゃあ……銀貨100ドラメ(約100万円)でどうだ。100ドラメ払う。これでいいだろ? さ、どいてくれ」
銀貨100ドラメ(約100万円)。こうした交渉では普通はありえない金額である。そのくらいユリオも頭に血が上っていたのだ。
おおおっとなる荒くれ8人。
が、リーダーのバンダナ男は、
「ダメだ」
と、またニヤリ。
「お生憎様だな。なかなか気前のいい旅商の旦那。そんなに女のことが気になるかね? いい取引させてくれようってのはわかるけど、そうはいかねえんだよ」
「……どういうことだ? じゃあ、幾らならここを通すんだ?」
「ふふ、そうさな、ま、1万パナード(約1億円)ってとこかな」
アッハッハ、と笑う荒くれ【冒険者】たち。
「はあ?」
目を丸くするユリオ。
1万パナード(約1億円)だって? なんだそりゃ。桁が違いすぎる。ユリオの手持ちの所持金全部合わせても、とても足りない。ふざけてるのか?
「一体どういうことだ?」
思わずき訊くユリオ。
「しょうがねえな。旅商の旦那、あんたの気前の良さに免じて、理由を話してやるよ。その5枚、渡しな」
ユリオは手にしたドラメ銀貨5枚を荒くれリーダーに渡す。通行料でなく、通せんぼの理由を教えろ料である。
バンダナ男はうれしそうに銀貨を眺め、
「あの白銀騎士の男は、グウェインという奴だ。この地方で小領主だったやつだ」
「領主だった?」
「ああ、ちっぽけな領地を持っていたんだけどな。没落しまったんだ。領地を抵当にでっかい借金をしちまってな。借金を払えず、とうとう領地を取られちまって、今じゃ宿無しよ。貴族の身分も剥奪だ。バカな奴だ。で、まだ奴の借金は全部払えたわけじゃねえ、あと1万パナードばかり残っている。その取り立てを頼まれたのが、この俺たちよ」
なるほど、借金取りか。いかにも荒くれ【冒険者】にふさわしい仕事。
「グウェインの奴は、たった1つ残った財産、あの家宝だとかいう白銀の甲冑を、どうしても渡そうとしなかった。あれはかなりの値打ちがある。俺たちは正当な借金主の権利で取り上げようとしたんだが、奴は言うんだ。もう少しだけ待ってくれ。借金を全部払う事は必ずできる。女が来る。女に会えば金の算段はできる。女に会うために、この白銀の甲冑は必要だ。だから待ってくれ。妙な話だと思ったけど、俺たちも借金の全額取り立てができるなら、そのほうがいいからな。ちょっと待ってやることにしたんだ。ここでやつを見張りながらな。それで、決めた刻限の日が今日なんだ。今日、女が来なかったら、あの甲冑は取り上げる。そう話をつけた。そうしたら本当に女がやってきた。旦那の連れてきた女だ。今頃、金の話を2階でしてるんだろう。だから、旦那、邪魔しないでくれ。わかるか? 1万パナードがかかってるんだぜ」
◇
「なんですか、これ〜」
荒くれリーダーの話を聞いたユリオ。あまりのも予想外な話にポカンとなりながら、一旦エミナと一緒に卓に戻る。
何なんだ? どういうことなんだ?
一旦整理してみる。
あの男、白銀騎士グウェイン。この地方の小領主だった。領地を抵当に借金をしたが返済できず、領地を取り上げられてしまった。まあ普通によくある話である。貴族領主というのは、なかなか物入りが多い。見栄を張らなきゃいけないし、軍役負担もある。中小領主クラスは領地経営をうまいことしないと、すぐに没落の危険があった。中には賭博で借金して領地を失う者もいた。
領地を失ったグウェイン。唯一残った財産である家宝の白銀甲冑を身に付けている。なるほど。憂鬱そうな顔をしていたわけだ。この事情なら当然だろう。
で、まだ借金は全額返済できていない。借金主は取り立てに、あの荒くれどもを雇った。
ここまではいい。まだ理解できる話だ。
でも、そこから先。
グウェインが言うには、女が金を持ってきて、借金が解決できる。そのためには白銀の甲冑が必要。甲冑を取り上げるのは待ってくれ。
果たして女が来た。その女とはルルだったーー
「ええ、なに? 何この話? もうチンプンカンプンですけどおーっ!」
ユリオでなくても、ここは頭痛の痛くなるところである。
「おかしい。ルルは無一文の奴隷だ。1万パナードだろうが100パナードだろうが、誰かの借金を助けるなんてできるわけない。それにこんな田舎の小領主と知り合いのわけがない。助ける理由もない。だいたいなんだ? 家宝の甲冑を着ていると女が来て、借金が解決するとか。意味不明だ」
しかし、間違いなくルルは白銀騎士グウェインに目を止めると、真っ直ぐ近づき顔を見せ、2人で2階に消えたのである。
どう見てもグウェインの待っていた女、それはルルだ。
「今、2人は2階で借金問題の話をしてるの? いや、ありえねー。いくら話したって、ルルが金を出せるわけないんだし。これは一体どういうーー」
その時ユリオは、ピコーン! と閃いた。
「いや……あるぞ。ルルが1万パナードを作る方法。まさか……そんな……」
突如気づいた可能性。あまりにも突飛だが、そもそも突飛すぎることがもう起きてしまっているのだ。
「そうだ! ルルを売るんだ! 奴隷として……俺だってルルに20万パナード(約20億円)払ったんだ。1万パナード(約1億円)くらいなら、すぐ売れるだろう。ルルで金をつくる、この方法しかない。でも、そんな無茶苦茶な……」
その時、あっと気づいた。
あの白銀の甲冑だ!
「あの甲冑! あれに秘密があるんだ。ルルはあの甲冑を見た途端、引き込まれるようにあいつのところに行った。そうだ。あれはただ見栄えのする甲冑ってだけのもんじゃないんだ。魔法の甲冑なんだ。女の子を蕩し込み支配することができる魔法、きっとそういうのが発動できる甲冑なんだ。なるほど、それで奴はこんなところで甲冑を着込んでたんだ。高く売れそうな女の子が来るのを待ってたんだ。で、ルルに目を付けた。ルルほど高く売れそうな女の子もいないからな。そして、甲冑の魔法を発動した。ルルは魔法に引き込まれて、幻惑支配とかされちゃって……ああ、大変だ!」
ユリオの頭の中で暴走する妄想。いささか無茶であった。ルルを奴隷として売る。それができたとして、1万パナードは絶対に無理である。。ルルの売値、王都の奴隷商グドルクも、いいとこ2000パナードと踏んでいた。ましてここは田舎である。そんなに高く売れるわけは無い。
しかし毎度ながら、すっかり頭に血の上ったユリオ。
「ルル! 魔法使いなのに魔法に絡め取られちゃったの? なんて迂闊な! こんな宿場町でいきなり魔法攻撃を食らうとは予想してなかったから、油断しちゃったのか? 今、2階じゃどうなっている? ルルの人格は完全にあいつに支配されちゃってるの? で、グウェインの野郎は? ルルを売るために、ルルの肉体をしっかり検分しちゃってたりとかしてるの? 俺も見なかった所まで!? 売る前にちょっと味見とかも……おい、やめろ! その女は俺の奴隷だぞ。人の奴隷を勝手に魔法で誑かしてモノにして売ろうだなんて、そんなの、絶対、絶対、許されねえぞっ!」
うおおおおおーっ!
このままじゃ、ダメだ。
すぐ、ルルを取り戻しに行かなくちゃ。こうしている間にも白銀野郎はルルを汚しているかもしれない。俺のルルを!
ああ!
しかし。
2階への階段の前では、相変わらず荒くれたちが通せんぼして、こっちを見ながらニヤニヤしている。
どうしよう?
ユリオはのぼせ上がりきった頭で、必死に考える。
あいつらをとにかく退かさなきゃだめだ。
何か、手はーー
何しろ、1万パナードが掛かっている。あいつらは、ルルが金の工面をできるとか本気で思っているんだ。取引を邪魔させるつもりなんて、毛頭ないだろう。
何か、付け入る隙はないか?
借金取りに雇われた荒くれ【冒険者】どもをうまく出し抜いて。
その時、ハッと閃いた。
ああいう手合いが大好きなのはーー
よし。これしかない。
ユリオは、再び荒くれにつかつかと近づく。
「お前たち、2階で話がつくのを待っている間、ヒマだろ? どうだ? 俺と賭けをしないか」
荒くれリーダーの眉が、ピクンと動いた。
「賭け? 何をするんだ?」
いいぞ。ほら、食いついてきた。やっぱりこいつらは三度の飯より賭博が好きなんだ。【冒険者】なんてこんな手合いだ。
ユリオは、宿の壁に掛かっている弓矢を指す。
「あれだ。あの弓を借りて、ここから、表に提がっているこの宿の目印の提灯を射る。見えるだろ? うまく提灯の灯を射抜いて消すことができたら、俺の勝ちだ。そこを通してもらおう」
唖然となる荒くれ8人。一様に、ええ、何を言っているんだという顔をしている。
弓で、表の提灯の灯を射抜く?
宿の1階食堂の扉は大きく開け放たれていた。外には。宿の前の大きな木に、小さな提灯が下げられているのが見える。宿の目印。夕暮れ刻だ。灯りは入ったばかり。小さな提灯の小さな火。ここから100歩はある。
この距離で、的は小さな火。しかも風で、木に提げられた提灯はユラユラと揺れている。
あれを弓で射抜く。常人には、まず不可能だ。よほどの達人でも百発百中とはいくまい。
バンダナを巻いた荒くれリーダー、腕組みをする。
「ふうむ。それは面白い勝負だな。本気かね、旦那。で、旦那が外して負けたらどうするんだい?」
「金貨100デュエル(約1000万円)払おう」
またまた、おおおっ、となる荒くれたち。
「……本当か?」
「ああ、もちろんだ」
ユリオは、荷物からデュエル金貨100枚を取り出す。こんなところで大金をみせびらかすのはかなりな問題だが、人の多い宿場だ。大丈夫だろう。
「さあ、わかっただろ? 賭けに負けたら、ちゃんと支払うぜ」
これには荒くれリーダーもたじろぐ。
「ふ……む……なかなか面白い賭けだな……さすが、太っ腹の旦那」
「ちょっと待った」
荒くれ仲間の1人が言った。
「俺たちは、1万パナードの商談がかかってるんだぜ。100デュエル欲しさにぶち壊されちゃ、たまらないぜ」
「おいおい」
別の1人が言う。
「よく考えてみろ。どんな弓の達人でも、あんな遠くの小さな火を射抜くなんて、無理だ。この旦那は、なんだかすっかりおかしくなっちゃってるんだよ。自分の女が連れて行かれたんで頭がすっかりのぼせ上がっているんだ。この賭けに負ける心配は無い。こんなの賭けとして成立しやしねーよ。ありがたく受けて、100デュエル頂戴しようじゃないか。2階の商談と合わせて、俺たちは大儲けだ」
ユリオが完全に頭がのぼせ上がり、おかしくなっている。この見立ては正しい。
リーダーのバンダナ男は、うむ、と頷く。
「旦那、気に入ったぜ。この賭け受けよう。いいんだな、本当に?」
「ああ」
「ふむ……ただ言った通り、俺たちゃ1万パナードの取り立てが懸かってるんだ。100デュエルってのはどうかね。そうだ。そこの子。そっちもあんたの連れだろ? その子も賭けてもらおう。俺たちが勝ったら、100デュエルとその子を貰う。それでどうだ。それなら賭けを受ける」
荒くれリーダーが賭けろと言ったのは、もちろんエミナのことである。エミナは心配してユリオの横に来ていたのだ。突然の指名にびっくりしている。
「いいだろう、この子も賭けよう」
キッパリと言ったユリオ。本気で仰天しているエミナに、そっと囁く。
「心配しないで。この賭けは絶対に勝つ。今、2階でルルが危ない目に遭っているかもしれない。だから助けに行かなきゃいけないんだ。ここは俺を信じて、話を合わせてくれ」
エミナ、目を丸くしてユリオを見つめるが、
「わかりました。ユリオ様、信じます」
賭けは決まった。
ユリオは、宿の者から、弓矢を受け取る。
店の前、100歩の先に揺れる提灯の小さな火を射抜く。
見事できたら、2階へ、ルルの許へ行かせてもらう。外したらエミナと金貨100デュエルを失う。
「おい、凄いことになってるぞ!」
話はたちまち宿中に広まった。なんだなんだと、往来を歩いてた人間もやってくる。
みんなユリオを取り巻く。
「ほら、あの木に提がっている提灯の火を弓で射抜いて消すんだってさ」
「ええ、無理だろ! そんなのできたら、王国一の弓の達人だぜ」
「だよな。それに自分の女と100デュエル賭けるって」
「なんだそりゃ、完全に頭がイカれてるな」
「結構真剣にみえるけど」
「真剣にぶっ飛んでるんだろ」
騒ぐ観衆。
夕暮れの中、的の火は、ユラユラと揺れている。




