第36話 いざ、冒険の旅へ 〜勇者様ご一行にエ◯ゲー脳のポジションはありますか?
遂に。
旅立つ3人。
ユリオ、ルル、エミナ。
蜂蜜館を後にする。ここは本当に素晴らしい隠れ家だった。優雅な潜伏生活を送れた。
我が館に名残り惜しみながら、別れを告げる。3人ともすっぽりと、フード付きマントを被っている。
午過ぎ。王都の中央広場で乗合馬車に乗る。
目指すは禁断の森である。そこはヴァルレシア王国西部に広がる大森林地帯の、さらに奥にある。
まずはピエの商人エスト=デュレイの身分証を使って、乗合馬車と通常の宿を使い、行ける所まで行こうとなった。
ユリオは王国一の賞金首、お尋ね者である。疑われないよう徹底的に中堅商人らしく振る舞うのだ。
乗合馬車。10人は乗れる大型の幌馬車である。
「お客様、お揃いですか? では、行きますよ」
出発の刻限が来た。御者の声に、ユリオは窓から王都を眺める。
いよいよだ。さらば王都。ユリオは庶民の乗合馬車に乗るなんて、初めてである。いつもルーベイ大公爵家の専用馬車で移動していたのだ。
ガタゴトと馬車は走り出す。
王都の城門。ここで出入りの検分がある。
緊張する3人。
最初の関門である。
ユリオが追捕手配されてから、まだ2週間である。厳しい追及は続いている。城門で「顔を見せろ」と言われたときの対策として、ユリオは変装していた。
変装しよう、となったとき、ユリオはルルに聞いた。
「魔法で姿を変えるとか、できないの?」
「え? 変身魔法とかあるよ。鼬や象に姿を変えたり」
「…………」
なんで、鼬や象なんだ?
「でも、そういう魔法は私はまだ使えないし、それに王都の城門じゃ、魔術師も目を光らせている。魔法を使ったら、魔力探知でかえってバレちゃうよ」
「そっか。魔法はやめよう」
と、いうわけで。
女の子2人がキャッキャしながら、ユリオのメーキャップをすることになったのである。
この世界では、写真画像や高度な人物特徴解析システムなどというものは存在しない。ユリオの手配書人相書きが出回っているが、ざっくりとした特徴が記されているだけである。
メーキャップで特徴を変えれば、立派な変装となるのである。顔を見せてもバレやしないだろう。
ユリオのメーキャップに、女子2人は妙に燃え上がった。なかなか美形な少年であるユリオ。その顔をイジるのに、心に火がついたのだ。
珍しく、ルルとエミナの間で諍いが発生した。
付けヒゲをどうするだなんだとか。
「ユリオ様には、可愛く、くるっと巻いた茶色の口ヒゲがお似合いです!」
「うーん、立派な商人らしく、顎ヒゲとかがいいと思うんだけど」
「ええ、ルルさん、わかってない! 顎ヒゲなんて、絶対あり得ません! エミナが許しません!」
特に深刻な対立が発生したのは、ユリオの髪の色をどうするかである。
「やっぱり黒髪がいいわね」
「ええっ!? ここは絶対に赤毛です! 赤毛のユリオ様、見てみたいのです!」
おいおい、お前ら。要するに自分の好みを主張してるだけなんじゃないのか? ヤレヤレなユリオを他所に、女子の争いは続いた。
結局。
ヒゲについてはエミナの主張、茶色の可愛いくるくる巻きヒゲ、髪についてはルルの主張、黒の鬘で金髪を隠すこととなった。
それ以外に。隈取りやらなにやら、女子2人が腕によりをかけて、ゴテゴテした化粧をした。
鏡を見たユリオは、
「うーむ。どう見ても、まともな商人には見えないな。本当にこれで大丈夫なのか? 塗りたくり盛りすぎのピエロみたいな顔で、かえって城門のチェックとか、怪しまれると思うけど」
ルルはくすっと笑い、
「ユリオ、似合ってるよ」
エミナも胸を張り、
「誰がどう見ても、ユリオ様には見えません。出回っている手配書人相書きとは完全に別人です。ご安心ください」
確かに散々顔をいじくり回されて、別人に変装できているのは間違いない。でも商人じゃなくて、旅芸人か何かの身分証が必要じゃないのか?
いろいろ心配だったけど、城門では。
結局、「顔を見せろ」とは言われなかった。
ただ、身分証の検分があっただけ。
一行は、ほっとした。
昼の一番人の出入りの多い時間帯である。わざとそれを狙ってきたのだ。乗合馬車には、ぎゅうぎゅう詰めで客が乗っていた。いちいち全員の顔チェックなんてしないのである。
「よし、通れ」
大儀そうに身分証をチェックした衛兵の声を後に、無事に城門を通過する。
「よかった、やりましたね」
「まずは成功」
囁き合うエミナとルル。
ユリオは、ふう、と息を。
ルルとエミナの傑作メーキャップの評価、結局してもらえなかった。してもらえなくて、よかったんだけど。このピエロ面、宿に着いたらすぐ落とそう。
◇
王都を後にすると、田園風景が広がる。この世界は、「点と線」でしか人は住んでいない。人口は疎らなのだ。点在する都市と村、その周囲の農地、家畜の放牧地、それ以外は草原に森林、広大な未開地の広がる世界である。
王都から出て、やっと息詰まる潜伏生活の終わりを実感したユリオであった。もちろんユリオ追捕の手配書布告状は、王都だけでなく王国中にバラ撒かれてはいるが、気持ちがだいぶ違う。
ついに出ちまったな、冒険の旅なんぞに。
まだまだフードですっぽり顔を隠しながら、考えるユリオ。
旅をすること自体は慣れている。これまで王都と領地を往復する生活だったし、武人としての鍛錬で森林山野の踏破も経験している。鳥獣の狩猟や、友人の別荘に遊びに行くこともあった。
しかし今回の旅は。
行き先は、なんと禁断の森である。人が踏み込むことの許されぬ地。何があるのかまるでよくわからない、たぶん危険な土地に、白月王カリ=ミルサが植えた樹とやらを見つけに行かねばならないのだ。
もちろん、ユリオには関係ない。そんなものに何の用もない。しかし自分の奴隷と家臣の女の子2人が行くというのである。御主人様御主君としては、監督見張りのために、ついて行かざるを得ない。
「結局はこれ、ルルの宿命の勇者ロードとかなんだよな。あれこれの伝説伝承が本当に真実だったとして」
選ばれし勇者の道。立派な響きだけど。何だか不吉な気がする。本当にくっついて行って大丈夫なのだろうか?
そういう冒険の旅って。だいたい主人公じゃない脇役の誰かが途中で倒れて、「俺はもうこれまでだ……助からない……頼む。俺のことは気にするな。さあ、行くんだ。お前は絶対に宿命を果たすんだ。勇者の道を全うするんだ。俺の分もがんばってくれ。俺はこれからもお前と一緒だ。ずっと……」とかいって、笑顔でくたばる……
ひょっとして、それが俺のポジション?
青ざめるユリオ。
「冗談じゃない! やだよ、俺はそんなの。そもそも俺は、異端魔法団も白月王も、そんなのどうでもいい! 関係ない! ただ、俺の奴隷、唯一無二の美貌と肢体のルルーシア=琴見咲良をモノにしたい、それだけなんだ。妙な勇者ロード開幕とか、やめてくれーっ!」
いざ旅に出ると、妙に心配が募る。しかし、もう出発してしまったのだ。
「でも、ま、ルルは……クラス委員長琴見咲良だからな。前世じゃクラスのみんなのことをしっかり守っていた。うん……あれほど頼りになるクラス委員長はいなかった。きっと冒険の旅でも、仲間のことをバッチリ守ってくれるに違いない。なにせ琴見咲良は責任感の塊だからな。それに強い。あの治癒魔法だって、なかなか凄かったし」
なんだかんだと、正常化バイアスが働くユリオであった。〝もうどうにもでもなれ、チクショウ〟な気分というべきか。何はともあれ、〝琴見咲良に頼っていればそれで安心、とにかくそう考えるしかない、あれこれ考えたって何も始まらない〟と、奴隷主らしからぬ考えに身を委ねる。
なるようにしかならない、それがどこの時空にも通底する基本ではある。




