第30話 メスガキは大公爵妃になれますか?
「どーお、私の星見は。ドンピシャ的中したでしょ」
大得意のロシアナ。星見の姫。
「助かったよ」
妹に微笑むアスティオ。
「本当にありがとうございます」
丁寧にお辞儀するルル。頬を少し紅潮させている。異端魔法団に託された宿命だなんだで、気分が高揚しているのだ。
ユリオは、いささか別のことが気になった。
「ロシアナ、前から君の能力は知ってたけどさ。こんなに簡単に人探しができるんだ……その、王宮から、俺を探すようにと言われたりしてないの?」
ロシアナは、ニヤリとする。
「もちろん、そんなのとっくに頼まれてるよ。王国が大騒動した挙句、あなたを取り逃がして見つけられないんだもん。面目丸潰れよね。国王陛下が直々に、私のところに使者を寄越したわ」
「国王が? で……どうしたの?」
「もちろん。すぐ取り掛かります、託宣が降りるのを、お待ち下さい、そう返事したわ。当然でしょ。私たち、国王に仕える身なのよ」
「で……降りたの?」
「うーん、それはどうかな……王宮には、まだ降りてない、って返事してる。あなたも知ってるでしょ? 私は街の辻占い師じゃないのよ。星見の託宣ってのは、何でもかんでも、はい、分りました、できますやります、そういうものじゃないの。降りてくる時も、降りてこない時もある。そればっかりは、私にもわからない。昔から王宮に呼ばれて星見してるから、向こうもわかっているけど。ダメなときは、ダメ。そういうこと。ま、星見と関係なく、あなたがここに現れたけどね。これも、星見の宿命かな?」
ユリオの反応を愉しむようにニヤつくロシアナ。
兄のアスティオは、
「ユリオ、心配しないでくれ、なんであれ、僕たちは君の味方だよ。絶対にね」
要するに。託宣がなんであれ、国王自らの命令であれ、ユリオの居場所を通報したりしないのは、間違いないのだ。モーリツ伯爵家は、ルーベイ大公爵家と強固な紐帯で結ばれている。アスティオとは、〝深い友情〟の仲である。ユリオの絶対味方。ロシアナは……結局、兄の方針に従うだろう。
でも、ロシアナのニヤニヤに、ユリオはビミョーになる、
この星見の姫。ひょっとして、神秘の能力を使って蜂蜜館も探知したりしちゃってる……かも……俺の生活が筒抜け? いや、それはさすがに……でも、現に、ルルが〝宵寝の小鳩亭〟に現れるのを予知したからな。完璧な能力。星見、厄介な能力。どこまで視れるんだろう。まさか、俺が拷問道具とかごっそり買い込んでニヤニヤしながら鑑賞しているのも、視られちゃったりしてる?
「私の星見、これって本当に誰かの重要な宿命、運命に絡んだときに、降りてくるのよ。それも、何か世の中を変える時だけね。託宣の示す先が何を意味するか、それは私にもわからないことが多い。本当、困っちゃうのよね。何でもわかる便利な占い師みたいに思われてて。そういうのじゃないって、いつも言ってるんだけど」
ロシアナの言葉に、ちょっとほっとするユリオ。なるほど。何でもかんでも視えるわけじゃないんだ。このメスガキに私生活が筒抜けだなんてことになったら……おー、怖い。おちおち、美少女蹂躙もできない……ま、拷問道具購入とかが、誰かの宿命運命に引っかかる事はないだろう。あれは、個人のささやかな愉しみのためのもので。
星見の姫ロシアナ。それにしても、いろんなことを視てきたんだろうな。10歳児の分際でムダにマセて生意気で大人ぶってるのも、星見の能力のせいか。本人でも扱いかねる能力。厄介なものを背負わされているともいえる。
ロシアナは、貴族学院でよく兄にくっついていたので、ユリオやアスティオのグループでは、すっかり小さな姫扱いだった。星見のこともあって、やたらとこのガキは増長していた。幼くして強い力を持つと、いろいろ均衡がおかしくなるんだ。
◇
「それはそうとさ」
ロシアナが、目を輝かせる。
「聞いて、お兄ちゃん、それにルルーシアも。今日、ここで何があったと思う? 私、ベッドで、ユリオに抱きしめられたのよ。ああ、思い出しても、胸が熱くなる。男の人に抱きしめられだよなんて、初めて。思い出すと……どうかなりそう!……私、もう乙女じゃないの!」
「ええっ?」
衝撃の告白に、目を丸くするアスティオとルル。ロシアナは顔を真っ赤にして、わざとらしく両手で顔を隠している。今更、恥ずかしいアピールか。
「ぐほっ、ゲヘッ」
目を白黒させるユリオ。メスガキめ。何言ってやがる。ふざけやがって。抱きついた……のは確かで……あれはベッドに隠れているのがルルだと思って、思いっきり蹂躙しようと……うん……でも、モギュ、ムギュ、したな。女の子にモギュ、ムギュ……前世と今世で初めてだ。あの感触……匂い……あ、おいおい、何考えてんだ? 相手は10歳児だぞ。俺の守備範囲外だし。とにかく変な誤解をさせてはいけない。
「そ、それは、俺は追われてる身だから、ちょっとアスティオのベッドを借りようとして……」
ロシアナにした、かなり拙い言い訳を繰り返す。
ベッドを借りようとしたら、掛け布団を被った誰かがいた。敵かと思って、取り押さえようとしたら、兄の驚かせのため潜り込んでいたロシアナだったーー
あり得なく莫迦莫迦しい言い訳だが。
アスティオは、うん、うん、と、真剣に聴いて、
「わかった。ユリオ。君ならもちろん、僕のベッド、いつでも使っていいよ。そうだね。追われていると、みんな敵だらけに見えちゃうよね。ロシアナ、聞いたか? ユリオは王国のために、いや、この世界の正義のために戦っているんだ。妙なことを言っちゃいけない。ユリオが誰よりも女性に礼節を尽くす男なのは、よく知ってるだろう? みんなで、この気高いユリオを護り、助けるんだ」
「はーい」
と、まるで反省した様子の無いロシアナ。
このメスガキめ、とユリオ。
くすっと笑ったロシアナは、立ち上がると、うれしそうにくるっと1回転して、
「あ、でも、今夜のこと、私の宿命が動いたのかも。ね、お兄ちゃん、そう思わない? 私、ユリオの大公爵妃になれるかな?」
大公爵妃!? つまり、俺の正妃に、このメスガキが? また、ぐほっ、となるユリオ
「おいおい、気が早いぞ。ロシアナ、自分の年齢を考えるんだ」
呆れるアスティオ。
ユリオは、あはは、と微妙な笑みを浮かべ、
「俺は……今、爵位剥奪の身だからね。結婚どころじゃないさ。誰も大公爵妃にしてあげることができないんだ」
「へーき、へーき、そんなの。私とお兄ちゃんの力で、ユリオは必ず大公爵に復活させるからね。そうしたら、私のことを、ちゃんと迎えに来てよ。私、自分の宿命については、さっぱり託宣が降りないの。ま、自分の未来が何でもわかったら、面白くないけどね。でも、感じる。私の宿命、ユリオの宿命と間違いなく交わっている。今夜は、その1歩ね。これからがすっごく楽しみ」
ニコニコしながらユリオを見つめるロシアナ。ウィンクしてくる。
相変わらずの、マセガキ、メスガキだなあ。
突然の大公爵妃宣言にユリオは、ヤレヤレ、と。
モーリツ伯爵令嬢ロシアナが大公爵妃。ユリオの正妃。王国における家柄家格ということを考えれば、おかしな話ではない。モーリツ伯爵家とルーベイ大公爵家の紐帯を考えれば、なおさらである。
ユリオの正式な結婚となれば、個人の問題と言うより、家と家との間の同盟だ。誰がユリオの正妃となるか。それは、政治そのものである。
ロシアナも、いろいろわかってやがるな……
ユリオとロシアナ。確かにお似合いだとは、見られていた。まだ幼少の頃から、将来の結婚相手と周囲から見られていたのも、事実である。
しかし、王国筆頭貴族ルーベイ大公爵。その正妃の地位に自分の娘を押し込みたい上級貴族は、ゴマンといた。まだまだ貴族政治の権謀術数駆け引きがあるし、ユリオにも、選ぶ権利はある。
ロシアナは、どうか?
10歳の今からあの態度では。ユリオには、あまり明るい未来が視えない。
体型については、まだコドモ。当たり前だけど。これからの成長発育を、期待するとしてーー
星見の姫として、周囲に持て囃され、強がって増長しているようではーー
大公爵妃というのは、ユリオの所有物ではなく、家政上の権利も主張できる、ちゃんとした地位である。ぞんざいに扱うことはできない。それなりに立場を尊重せねばならないのだ。
兄に特殊な感情を抱いているらしいロシアナがユリオの正妃になりたいとか言い出だすのは、それが王妃に次ぐ、いや、王妃と同等の王国女性トップの地位であり、あれこれ好き放題できる、そう考えているからだろう。正妃狙いの令嬢なんて、そんなものだ。愛だ恋だ、そういう世界ではない。モーリツ伯爵家とルーベイ大公爵家の親密な関係を考えれば、結婚しても、兄としょっちゅう一緒にいられるしーー
そんなことも考えているのか? どのみち、ユリオのことなど二の次だろう。自分の明るい未来のために、大公爵妃の冠が欲しいのだ。
今夜、モギュ、ムギュ、した。でも、前にも触ったことはあったな。思い出す。
触った、というか。
アスティオの邸に、昔からよく遊びに来ていたユリオ。当然、ロシアナとも一緒に遊んでーー
「ユリオ、お馬さんになって」
言われたことがある。ユリオ10歳、ロシアナ5歳の時である。四つん這いになったユリオに、小さなロシアナは気持ちよさそうにまたがって、
「お馬さん、パカパカ、パカパカ、はいどうどう、はいどうどう」
と、やっていた。ユリオにしては、希少な女子との接触である。別に嬉しいものではないが。ロシアナは、あの時の気分をまだ引きずっているのか? ユリオなら、自分が思い通りに御せると。それは、御免被る。ユリオが大公爵に復帰しても、ロシアナなんぞ正妃にしたら、憧れの欲望全開魔王ライフに何やかや、横槍を入れられそうだ。
ユリオも、自分の正式な結婚は、王国の政治政略そのものだとは理解している。でも選ぶ権利、慎重に行使しなきゃ。ロシアナもひょっとしたら、あと数年してユリオ好みのしおらしい楚々とした少女に成長するかもしれないが。
◇
4人で卓を囲んで。本題についても話をした。
本題というのは、もちろん王国の目下の課題。ユリオの謀反人宣告、ルーベイ大公爵の取り潰し。異端魔法団弾圧に始まる、突如の国王の豹変暴政。大魔術官ベリルへの異常な寵愛。国王の信任を背景とするベリルの権勢。アスティオが語る内情は、大筋でこれまで聞いてきたのと同じだが、何しろ王国中枢にいる立場からの直接情報である。より具体的に、詳しく知ることができた。
突然のことに、貴族たちは、お互い情報交換しながら国王の出方を探り対策を練っている。グラハド国王の強硬な姿勢は、変わらない。王都にはベリルとその配下の黒鷲魔術師団、通称黒犬団が不気味な目を光らせ、恐れられている。今すぐ大きく動くという情勢ではないが、いずれこのままでは済まない、それは王国上層部の一致した見方だった。
囚われのエミナの父、ヴァイシュの消息も聞いた。王宮の地下牢にいるが、特に酷い扱いも受けておらず、健在だという。アスティオや、他の上級貴族たちが手を回しているのだ。異端魔法団の末路については他人事の貴族連中も、ルーベイ大公爵の筆頭家臣であり、エリューシオ子爵として一応貴族の末席に連なっていたヴァイシュのことは、見捨てておかないのだ。貴族の勝手な論理といえばそれまでであるが、ともあれ、ヴァイシュは無事のようだ。だが、釈放については難しそうだという。国王は強硬である。
「ユリオ、これからは是非、僕の邸にいてくれ。絶対に君を守る。ここで正義の復活について、考えていこう」
アスティオは親身に言ってくれた。その誠意、友情、疑うべくもないが。
「ありがとう。でも、俺は、他のところで匿まわれているので」
ユリオは、丁寧に断った。
アスティオもロシアナも、絶対に信用できる。でも。アスティオはモーリツ伯爵家の当主ではない。アスティオの父親の伯爵は健在なのだ。邸の全てを采配できるわけではない。それに。
大貴族の邸というのは、常に大勢の人間が詰めている。出入りする者も多い。完全に存在を隠すというのは難しい。どれほどアスティオが誠心誠意ユリオを守りたいと思っているにしても。家臣使用人の裏切りの恐れは、常にある。裏切るつもりはなくても、
「実は、俺の邸にすごい大物が隠れているんだ」
うっかり滑らした一言が、王国の密偵に嗅ぎつかれることもあり得る。モーリツ伯爵家はルーベイ大公爵家と昵懇なだけに、王国の監視の目も光っているだろう。それは、ユリオに心を寄せる親族や友人の他の貴族についても同じだ。結局、他の誰にも知られていない絶好の隠れ家、それが1番安心なのだ。
あれこれの話を終えると。
なおも引き止めるアスティオとロシアナに丁寧に礼を言って、ユリオとルルは、秘密の通路を使って外に出る。
アスティオには、またいつでも来てくれ、と言われた。
◇
夜の王都を並んで歩くユリオとルル。2人での外歩き。そういえば、謀反人宣告の日以来である。夜風が心地よい。
ルルは、言う。
「ユリオ、ごめんなさい、今日は。心配させちゃって。私のために、危ない目に遭わせちゃって」
「え? いや、そんなこと、別にーー」
ルルを心配して様子を見に行った。ユリオが1人で外に出たのは、まだまだ危険なことだ。それはそうであるが。勘違いから、のぼせ上がっちゃったりしてーー
星明かりの下で、ルルの真摯な瞳、キラキラと輝いている。
「もう、ユリオ、あなたって本当に謙虚ね。あんたにとっては何でもないことでも、他の人から見たら、本当に立派で気高いことをしているんだから。いつも圧倒されちゃう。あのアスティオもそうだけど、貴族にも、考えられない位、誇り高い人もいるのね。それに、あの可愛いお嬢さん、ふふ、あなたにピッタリかもね」
どこがだ、とユリオ。ロシアナ。あのメスガキはマズイ。それに。アスティオの名前が出たのが気になった。ルルは、あの貴公子のこと、どう考えているのか? 超正義派と超正義派。息がピッタリ。齢も一緒。こいつらこそ、お似合い? またぞろ、不安が首をもたげる。チラチラとルルの様子を伺うが、どうやらルルにアスティオへの恋情は、なさそうだ。一応ほっとする。うむ。お前は俺の奴隷なのだ。勝手な恋愛など、許されぬのだぞ。俺に圧倒されてるとか言うなら、とっとと身体の一つも委ねなさい。
ユリオの心中など、まるで察せぬルルは、
「ユリオ、あなたの事は、必ず私が守る。助ける。絶対よ。私、もっと強くなるから。魔法団の想いを引き継いで、もっともっと、強い魔力と魔法を手に入れる。非業の死を遂げた仲間たちの無念を晴らすためにも。それは必ずユリオ、あなたの為にもなるから」
強い決意を漲らせている。
強い魔力、魔法か。ありゃりゃ、とユリオ。魔法少女は、さらに、パワーアップするつもりらしい。これ、やばくね。魔法封印の手段、何とか見つけなくちゃ。俺の大公爵復活、確かにそれが1番重要だ。ルルの異端魔法も、なんだかんだ頼りになるだろう。でも。
横を歩くルル。星明かりの下でも、冴え冴えとした美しさ。夜だけに幻想的に見える。別世界の精霊のようだ。今、そこにいる女神。
「ああ、こんなに美しい娘を奴隷にして、何もできないだなんて。溜まりに溜まった俺の欲望を爆発させる、それが俺の1番の優先課題だ! そうだろう! いけませんか!」
内心、星に向かって吠えるユリオ。
◇
「どこを出歩いていたのですか、ユリオ様! もう、心配しましたよ! 外に出るなら、どうして私に一言言ってくださらないのですか! お供しましたのに!」
蜂蜜館で出迎えたのは、顔を真っ赤にしたエミナだった。エミナは一旦寝室に下がったが、胸騒ぎがし、気になってユリオの寝室を覗いたらもぬけの殻だったので、大慌てで方々を探し、今、一周りして戻ってきたところだったのだ。
「ごめん、ちょっとルルを迎えに行ってきたんだ。なんでもなかったよ。久々にアスティオにも会って、話をしてきた」
「エミナ、心配かけたね。ユリオも私も無事よ」
「ユリオ様、もう絶対1人で外出なんて、許しませんからね! ルルさんも、ユリオ様を、危ない目にに遭わせないでください!」
「はいはい」
ともかく帰ってきた、懐かしの我が家。この隠れ家は、やっぱり最高だ。
アスティオから聞いた、ヴァイシュは健在で、当面処刑とか心配する必要は無い、との情報に、エミナは、今度は顔をピンク色に輝かせる。目に涙を浮かべて喜んでいた。釈放は当面難しい、との話には落ち込んだが。
早く美少女2人をモノにできたらいいな、自分の広いベッドに、当然1人でゴロンとなったユリオ。ふと、ラーグ公爵、ユリオの〝心の師匠〟のことを思い出した。ルルを手に入れ損ねたあの男は、今頃、自分の城の自慢の大浴場で、女たちを弄びまくってウサ晴らししているだろう。
「くう……羨ましいな。俺も、いつか絶対師匠に追いつく……いや、師匠を超えてみせるぞ! 第2の人生、まだまだこれからだ!」
まだ果たせぬ欲望に悶々としながら、トロトロと眠りに落ちる、
今度こそ、本当に蜂蜜館の灯りは落ちた。




