第29話 星見の姫と異端魔法少女、それに正義のプリンス 〜エ◯ゲー脳の出番はありますか?
モーリツ伯爵邸。
アスティオの寝室。
4人は卓を囲んで座る。
ユリオにルル、アスティオとロシアナ。
アスティオは、侍女に命じ、改めて薬湯とお菓子を運ばせた。侍女が来たときには、ユリオは隠れていた。不必要に姿を見られるのは、まずい。
「ユリオ、会えてうれしい。よく訪ねてきてくれた。本当に心配してたよ」
アスティオが言う。ユリオを見つめる目線は、優しさに満ちていた。
「うん……ありがとう……あちち」
ユリオは、熱い薬湯をガブっと飲み、舌が火傷しそうになる。喉がカラカラだったのを思い出したのだ。もう、完全に力も抜けている。今になって、夜中の全力疾走の疲れが、どっと出たのだ。アスティオ。謀反人宣告があっても、絶対にユリオを見捨てない、裏切らない、それはわかっていた。ユリオとの友情、政治的門閥的立場、貴族の誇り、強い正義感、そのすべてに信頼が置けた。このアスティオを斬って魔王になるとかイキっていたユリオだけど……もう、何もできない。グダグダだ……
「もっと早く訪ねてきて欲しかったな。いつでも大歓迎だったよ」
微笑むアスティオ。王国中の女性を虜にする貴公子の美貌。
「ユリオは、お兄ちゃんに用事があってコッソリ訪ねてきたんだって。裏口から、この寝室に直接来たのよ」
ロシアナが、口を挟む。
「用事?」
アスティオの真摯な眼差しに、グダグダのユリオは言い繕うこともできず、
「うん……その……その子、ルルは俺の……友達なんだ。なかなか帰ってこないから、心配で探しに行っんだ。そうしたら、ちょうど、ルルがアスティオ、君の馬車に乗り込むところを見かけたから、心配で、ここを訪ねてきたんだ」
一応事実である。ただ、重要な部分をだいぶ省略していた。これも、結局は嘘といえた。
「え? ルルーシア、君がユリオの友達?」
驚くアスティオ。
ルルは、
「そうよ。説明するわ。このユリオが、私を助けてくれた人なの。奴隷として売られた私を買い取って、自由の身にしてくれたのが、ユリオなのよ。そうやって徳を積むのが貴族の務めなんだって。すごいよね。そっか、今日は、私を心配して、助けに来てくれたのね? ありがとう、いつも。でも、本当に、危険なことなんて何もないのよ」
またまた。深刻なカンチガイを広めるルル。本人は、奴隷解放されたものと信じきっているのだが。ユリオとしては、これが既成事実となるのは、大問題である。
驚くアスティオ。
「なるほど。ルルーシア、君を救ったのがユリオなのか。解放し、自由の身にするために、わざわざ買い取った……確かに、そんなことするのは君しかいないよね。さすが、王国貴族の誉だ。何があっても、善徳を積むことを最優先にしているんだ。やっぱり君は最高だよ。同じ貴族として、僕も鼻が高い」
広がるカンチガイの輪。善徳とやらを積んだ挙句が謀反人宣告じゃ、しゃーねーよ、とユリオ。
「その、アスティオ、ルルとはどういう関係なの? そもそも、今夜、なんで君はあそこに行ったの?」
どうあっても聞かねばならない。品行方正良い子リーダーが、夜の悪徳悦楽社交場に。そして、美少女を他の貴族から強引に奪っての連れ去り。で、寝室! うん、さっき、お前は間違いなくルルをこの寝室に誘ったよね。俺は聞いたぞ。ロシアナも聞いている。これはもう、言い逃れできないぞ。返答次第では、真っ二つに……する気力体力は、もう残っていないけど……
「ロシアナのおかげなんだ」
兄の言葉に、10歳少女はニヤリとして、胸を張る。10歳だから、もちろんコドモ体型。胸はまるでない。
ロシアナが? と、ユリオ。このメスガキが、ルルとアスティオの出入りにどう関係あるんだ? さっきは明らかに、2人のベッドインをぶち壊そうとしていたし。
あ、ひょっとしてーー
アスティオの説明、ユリオの予想した通りだった。
「ロシアナの星見が告げたんだ。今夜、〝宵寝の小鳩亭〟の前で、宿命の出会いがある。白月王の導きがある。託されたものを、渡す相手がいる。必ず行かねばならない、それが僕に下された託宣だ。それで僕はあそこに行き、ルルーシアを見つけた。果たして、ルルーシアは僕の宿命の相手だった」
星見。
ロシアナは、〝星見の姫〟と知られていた。まだ10歳だが、妙な星見の能力があった。星見と言うのは、星占いのようなもので、もっと高度らしい。国王から王宮に招かれて星見をすることもあるというから、大変なものである。
ユリオからすると、星占い、星座占いと言うのは、前世のテレビとかで朝やってた今日の運勢だラッキーアイテムだのことだ。それと、ロシアナの星見がどう違うのか、よくわからないけど、ともあれ実際に凄い力があるらしく、みんなに尊重されている。
星見で、アスティオがルルの宿命の相手だと託宣された?
どういうこと? 宿命で寝室に? それってつまり、運命の赤い糸ってこと?
いや、ダメだよ。宿命でも運命でも、そんなの、絶対に真っ二つにしてやるからな!
「あの……よく、わからないな。アスティオ、君がルルと宿命の関係ってどういうこと?」
もう力は完全に抜けきっていて、魔王に豹変とか、無理。やっと、それだけいう。
頷くアスティオ。誠実な口調で、丁寧に語る。
「ことの発端は、異端魔法狩りだ。ほら、君の事件の1ヶ月前にあった。異端狩りは、貴族社会じゃ、それほど話題にならなかったけど、僕は、魔法協会の友人から、かなりよくない話を聞いた。異端狩りを仕組んだのは大魔術官ベリル。ベリルが国王に何か吹き込んで、行ったというんだ。異端魔法団が王国の敵と宣告されたけど、もちろん彼らは何もしていない。完全にでっち上げの罪だ。それで一斉に捕縛され、地下牢に連れて行かれ、そのまま簡単な取り調べの上、すぐ秘密裏に処刑というんだ。僕はそれを聞いて慄っとしてね。いろいろ調べてみたんだ。この王国で、無実の人たちが不正に処刑されるなんて、絶対にあってはいけない。王国貴族の誇りを懸けて、僕は動いた」
さすがアスティオ。正義の貴族だ。感心するユリオ。基本的に、王国の上級貴族たちは異端迫害の話には、少し驚いてはいたけど、それだけ。特にどうこうしようという動きはなかった。所詮は他人事、別世界の話に過ぎない。これ、どーいうことなんだろうね、と、囁き合っていただけ。責任も何も感じない。しかし。
アスティオは違った。王国が不正に誰かを処刑する。そのことに我慢がならなかった。自分には何の得にもならなくても、他人のために立ち上がることができる男なのである。必死に阻止しようと、頑張ったのだった。
「でも、僕には力及ばなかった」
苦渋の表情を浮かべるアスティオ。
「国王のベリルに対する信頼は絶大でね。どうにもならなかった。ベリルの断固たる処断、覆すことができなかった。秘密の処刑はもう止められないとわかってね、彼らに会いに行ったんだ」
「え? 王宮の地下牢に?」
「うん。牢役人に金を掴ませれば、そのくらいのことはわけないさ。僕は、彼らに会った。そこで、話をした。彼らも覚悟を決めていたよ。なぜ、自分たちが急に迫害処刑されるのか、それについては、全くわからない。心当たりもない。説明もない。本当に不思議だ、そう言っていた。本当にとんでもない話だよね。僕は、彼らに、せめて最後にできる事はないか、そう訊いたんだ。そうしたらねーー」
異端の〝白月王の樹魔法団〟の長が、アスティオに一つの指輪を渡した。それは、古代の隠匿の魔法で、目に見えなくしてあった。ベリルとその配下の追求を逃れ、ずっと持っていることができたのである。
長は、アスティオに、
『これは、ゴルゴネの指輪です。実は、我々の仲間で、うまく魔力を隠して処刑を免れた者が1人いるのです。ルルーシアといいます。我々のずっと守ってきた魔法を伝承した、我々の最後の希望なのです。どうかその者を探し、この指輪を渡して下さい。お願いします。そして、禁断の森へ行くようにと、伝えてください。この指輪は、禁断の森への扉を開く鍵となるのです。禁断の森に行けば、未来が拓ける、我々は、それを信じています。お願いしたい事は、これだけです。どうか、よろしくお願いします』
と言って、目に見えない指輪を託した。
「僕は引き受けたよ。本当にそれしかできないのが情けなかったけどね。結局、みんな処刑されてしまった。僕は、彼らの形見を受け取った。で、ルルーシアを探した。でも、どうなったか、なかなか消息がつかめなかった。ベリルは何でも秘密にしていたんだ。やっと、ルルーシアが王国の資産として奴隷商に売却されたという情報をつかんだ。すぐ奴隷市場に駆けつけたんだけど、その時には、ルルーシアは、売却済みだった。旅商が買ったと言う話だったけど、まさか、ユリオ、君が買っただなんて。これも運命だね」
奴隷市場までルルを追跡に行ったアスティオ。買値20万パナード(約20億円)の話は、グドルクもしなかったようだ。ユリオは、ほっとする。もし、城の金庫を空にして奴隷を買ったと知られたら、さすがのアスティオも、ユリオの頭がおかしくなったと思うだろう。友情が危うくなるところだった。
異端魔法団から、ルルへ伝言とゴルゴネの指輪を託されたアスティオ。手がかりを失って困ったため、妹ロシアナに、星見の能力でルルーシアの消息を探せないか頼んだ。そして、今日、託宣が下りたのである。今宵、異端魔法団の生き残りが、〝宵寝の小鳩亭〟に現れる、黒髪黒い瞳の少女である、宿命を果たすべし、それが託宣だった。アスティオは急いで馬車で駆けつけたのだった。その後の事は、ユリオの見た通りである。
「なんだ、そうだったんだ」
あの、信じられない光景。アスティオの正義感と、ロシアナ自慢の星見のせいだったんだ。アスティオは、悪徳デビューしようなんて、してなかった。夜の社交場に女の子を物色に行き、たまたま目についたルルを連れ去った、そういう話ではなかった。当たり前である。アスティオは、どこまでも品行方正な人格者なのだ。自分に関係のない約束を果たすため、奔走したのだ。
「私もびっくりしたよ」
ルルが言う。
「いきなり現れたアスティオが、私に、『ルルーシアだね? 異端魔法団から、ゴルゴネの指輪を預かっている。君の養親のスフィリアからも、よろしくと言われている。僕と来て欲しい』そう、囁いたの。奇跡かと思った。でも、これはついていくしかないなって思った。どう見ても、信用のおける人だもん」
ユリオへのカンチガイを考えると、見た目で人を見抜く能力、ルルにはなさそうであるが。
「馬車の中で、魔法団の最期、養親の話もしてくれた。すごく辛いことだけど、教えてくれてよかった。本当に、アスティオは、親身にみんなのために、頑張ってくれたのね」
「結局、何もできなかったけどね」
寂しそうなアスティオ。ルルに囁いたのは、ユリオの想像した「君は僕のものになるんだ」などではなかった。当然である。
フー、と息をつくユリオ。なんだ。結局……そういうことか。あはは。俺の大疾走は、何だったんだ。こんな夜に……チクショウ……でも……完全に誤解を招く行動をするのが悪い。なんであれ、人の奴隷を勝手に連れて行くのは良くない。御主人様に、一言あるべし……正義っていうのは、そういうものじゃないのか? 危うく友人を殺しちまうところだった。
しかし、2人で寝室に行くってのは? あれは、いったい……
最後の疑問も、あっさりと氷解した。
立ち上がったアスティオが、奥の箪笥から、小箱を取り出す。
「さあ、ルルーシア、これが預かったものだ」
なるほど。例の指輪。ここに保管してあったんだ。で、それを渡すために、寝室に行こうと。紛らわしいなあ、とユリオ。
ロシアナも、微妙にほっとした様子。このメスガキは。兄のために星見託宣したが、アスティオが連れてきたルルーシアが想像以上の美少女で、しかもいきなり寝室へ行くとか言うのを立ち聞きしたので、ユリオと同様のカンチガイをして、アスティオとルルのベッドインを阻止すべく、あらかじめベッドに潜伏していた、そういうことなのだろう。ユリオもロシアナも。同じカンチガイに、のぼせ上がっていたのだ。
アスティオから小箱を受け取ったルル。箱を開ける。覗き込む、みんな。ユリオも。あれ、中身は、空っぽだ。なにこれ? あ、そうか、目に見えなくなる隠匿魔法がかけられてるんだっけ。
ルルは、空に見える箱を、じっと見つめ、何やら呪文を唱える。
「アルイエステ……ザパ……トゥーリエルギオ……イスト……レイ……」
古代神聖語だろうか。学院での魔法の講義、いい加減に聞いていたユリオにも、なんとなくわかる。
ルルの呪文の詠唱とともに。箱の中にぼんやりとした光が現れた。やがて、その光は強くなり、はっきりとした形となった。指輪だ。指輪が現れた。隠匿魔法が解除されたのだ。
おお、凄い。ルルの古代特殊魔法。ユリオは、何度も魔法を見たことがあるが、これは王国の魔法とは、やはり違うようだ。大魔術官ベリルとその配下の精鋭魔術師たちを、欺き出し抜くことができる魔法。古代の秘法か。やるなあ。いや、感心している場合じゃない。この魔法少女は、手強い。やっぱりルルの魔法をきっちり封印する方法を探さなきゃ、でないと、安心して蹂躙できない、などと心配もする。
銀色にキラキラ輝く指輪。古代文字が掘り込んである。
そっと握りしめるルル。
「みんなの想いが、伝わってくる。古より連綿と受け継がれてきた想い。絶対に絶やすわけにはいかない。絶やさない。アスティオ、ロシアナ、本当にありがとう。あなたたちのおかげで、これを手にすることができた。私の進むべき道が、はっきりとわかった」
決然と、強い光を帯びた、その、まなざし。




