第28話 寝室の攻防 〜10歳少女は守備範囲ですか?
夜の王都、モーリツ伯爵邸。
隠し通路の中を、素早く動くユリオ。
目指すアスティオの寝室の前に来た。ここも例によって、壁画が隠し扉になっている。壁の中から、室内を覗けるようになっている。覗いてみる。
ユリオが何度も来たことがある、アスティオの寝室。誰もいない。ルルが間違いを犯す……それは、まだない。
これから2人が来る。ルルとアスティオが。待ち受けて……いよいよ魔王開眼だ。
よし。待機。2人が来たら……
あれ?
目の前の、アスティオの豪奢なベッド。たっぷりした掛け布団が掛かっている。
その中央が、妙に盛り上がっている。不自然な膨らみ。
しかも、それが。もぞもぞ動いている。
「なんだ、あれは」
どう見ても。
「誰か、いる」
人だ。ベッドに。掛け布団を被って。
え?
キョトンとなるユリオ。
誰かがいる。誰って……ここに来るのは、ルルとアスティオ。その2人しかいない。もう2人でベッドインしちゃってるの? 早いな。でも、あの盛り上がり。どう見ても1人だ。
なんだ、こりゃ。
閃くユリオ。
そうだ、アスティオの奴、コトに及ぶ前に、身支度だなんだ、あれこれ準備しているんだ。とにかく、外見にこだわるやつだからな。ファッションリーダーなんて、不便なものだ。
で、ルルを一足先にベッドに行かせた。
待ってるルルは恥ずかしいので、すっぽり掛け布団を被って隠れている。あはは。可愛いじゃないか。
ベッドのふくらみ。
あれは、ルルか。
うん。そうに違いない。先回りされてた。ユリオも急いできたつもりだったけど、ぼーっと考え事しちゃってたから、思ったより時間がかかったんだ。でも、いい。まだコトに及ぶ前だ。ルルは汚れてはいない。
「ルルめ、ベッドで男を待ちながら、どんな顔してやがるのかな」
暗い壁の中で、陰惨な笑みを浮かべるユリオ。
もう服は脱いでいるのだろうか?
室内に脱いだ女物の服は無い。
「まだ、着てるのか? それとも、掛け布団の下で脱いじゃっているのか?」
まあ、いい。どのみち剥くんだ。
ここでアスティオを待つ。さあ、来い。
いや、待てよ。
不意に、さらなる暗い欲望が首をもたげる。
「ルルが1人でベッドの中にいる。ここで襲って、蹂躙しちまおう。俺は魔王だ。抵抗を許さず、捻じ伏せることができる。思いを遂げよう。もう、ルルには一切つべこべ言わせない。そこにアスティオが現れる。びっくり仰天だ。あっはっは。どんな顔しやがるかな? 王国一の貴公子。せっかくの身繕いも台無しだ。奴は仰天して何もできない。魔王の憤怒の前じゃ、誰もが無力なのだ。俺は堂々、真っ二つにしてやる。うん。この方がいいな。俺の女に、俺の奴隷に手を出した男。死をもって償わせる。死ぬ前に、誰がルルの所有主かはっきり見せつけてやる。これが魔王様のやり方だ」
決まった。
するべきこと。もう迷いはなかった。後は一直線。
完全にドス黒い炎に包まれたユリオ。伝説の竜になった気がした。その吐息で王都を灰燼に帰しめるという。
いよいよ思う存分、暴れる時が来たのだ。
耐える時間は終わった。
一つ呼吸を整える。逸る血と心、抑えることができない。
ユリオは動いた。
バンッ、と壁画の隠し扉を蹴って開ける。
そのまま寝室に飛び込むや、ベッドにダイブした。
「グッへへーン!」
ベッドに、ドカっと飛びついたユリオ。ルルを今この手に! 一気に掛け布団を剥ぎ、夢中でしがみつく。もう、何も見えない。
ムギュッ、モギュッ、柔らかい、温か……そして、いい匂い。女の子の匂いだ。高貴な香水の匂い。
やった、俺はやった……いよいよ……
「キャアアアアアッ!」
悲鳴が起きた。
バシーーーーーン!
ユリオは、ひっぱたかれた。
うわっ、
思わずのけぞる。その隙に、相手はユリオの手をすり抜けた。
「ちょっと、何するのよ!」
あれ。
ひっぱたかれた弾みでベッドに尻餅したまま、愕然となるユリオ。
ベッドの脇に立ち、こっちを睨みつけているのは。
ルルじゃない。
藍色の髪を編みもせずもしゃもしゃ垂らし、紫の瞳を光らせている小さな少女。可愛い寝間着姿。
ロシアナだ。
アスティオの妹。10歳。昔から、よく知っている。
◇
「ユリオ!」
びっくりするロシアナ。
「なんで? なんで、あなたがここに?」
あれ、ひょっとして。
ユリオ、室内を見回す。部屋を間違えたのか? アスティオの寝室に来た筈が、ロシアナの寝室に来ちゃった? いや、そんな筈はない。アスティオの寝室には、何度も来たことがある。つい最近も訪問し、ここで仲間達みんなでおしゃべりした。間違いなくここは、アスティオの寝室。
ロシアナが兄貴のベッドに潜り込んでいた? なんで?
とりあえず、モーリツ伯爵邸への闖入者は、自分なのだ。ユリオは気づいた。一応、立場を釈明せねばならない。もう、魔王降臨だ覚醒だどころではなかった。
「あの……俺……知ってると思うけど、謀反人宣告されて、逃げてて、で、ちょっと……アスティオに用事があったから……いろいろ相談したくて……こっそり来たんだ」
ロシアナは、両手を腰に当てながら不審そうに、
「ふうん、そうなの。知ってるよ。あなたに起きたこと。今、隠れてなきゃいけないから、こっそり裏から入ってきたっていうのね? お兄ちゃんに用事があって。それはいいんだけど……なんでいきなりベッドに飛び込んできたの?」
「うぐ……その……」
10歳少女の追及にたじろぐユリオ。
「いろいろ疲れてるところに、いい感じのベッドがあったから。つい使わせてもらおうと思っちゃって。あの……アスティオには、自分の館を、いつでも好きに使っていい、そう言われてたんだ。だから好意に甘えちゃってさ……ハハ……」
「お兄ちゃんと仲が良いのね。本当に。で、私を見つけて抱きついたのは?」
「あ、いや……ベッドの中に誰かがいたから、びっくりしちゃって……その、俺、追われている身だからさ、必要以上に警戒心が強くなってるんだ。とりあえず、敵かもしれないから捕まえなきゃと思って。本当に、君だとはわからなかったんだよ」
ロシアナが、すうっと目を細める。
「ふうん、そういうことにしておこうか」
「本当だよ」
我ながら、莫迦みたいな言い訳である。しかし、この俺がなんで10歳少女にオタオタしてるんだ。ロシアナの甘い匂い、抱きついたときの柔らかな感触が蘇る。この子をモギュ、ムギュ、した。それは間違いない。
「ロシアナ、君こそ、ここで何してたの? これ、アスティオのベッドだよね」
途端にロシアナは、目を逸らせた。ちょっと頬を染める。
「わ、私? その……待ってたのよ」
「待ってた?」
「うん……お兄ちゃんを、待ってたの」
「……アスティオを……ベッドの中で待ってたの? 君、お兄さんとそういう関係なの?」
「なに言ってるの!」
顔を真っ赤にさせ叫ぶロシアナ。
「ユリオ、なに想像してるの? 違うって!……その、お祝いしようとしたのよ」
「お祝い?」
「そう。お祝いよ。今夜、お兄ちゃんが、すっごく綺麗な子を邸に連れてきたの。自分で女の子連れてくるなんて、初めてよ。それも信じられないような綺麗な子だったから、屋敷中、大騒ぎでね。私も気になって、2人がお茶してる部屋の外で、立ち聞きしてたの。そしたら、これから寝室に行くっていうから、すぐこっちに来て、ベッドに隠れてたの。驚かせで祝福しようと思って。だって愛する兄の、〝初めて〟なのよ。お兄ちゃんが、やっと男として立つの。妹として、これは祝福しなくちゃね。そういうこと。それだけ……本当に……それだけなんだから!」
なんなんだ、こいつは。と、ユリオ。アスティオが〝男として立つ〟〝初めて〟……この子、まだ、10歳だよね。何言ってるんだ? もう、男と女が寝室でナニをするか、知ってやがるのか?
マセガキ、メスガキめ。
ロシアナは昔から勝ち気でお転婆で、ユリオも手を焼いてきた。でも、想像以上にぶっ飛んでるな。兄貴が彼女を連れてきて、初体験しようとしたから、ベッドに潜り込んで驚かせしようと? それがお祝い?
いや、そんなお祝いあるものか。
このメスガキは。
やっぱり兄貴に特別な感情があるんじゃないだろうか? 兄貴が超絶美少女の彼女を連れてきた。寝室に引っ張り込む。それで、いてもたってもいられなくなって、先回りしてベッドに潜り込んで、兄貴の初体験をブチ壊そうとした。うん、きっとそうだ。やばいメスガキだ。
ロシアナ、妙にきまり悪そうな顔をしている。嘘が隠せてない。こういうところは、まだ10歳児だ。無駄に強がっているが。
「……何よ、ユリオ……なんて眼をしてるの?……わ、私、変なことなんか考えてないんだからね」
「うほっ……君は兄想いなんだね……そういうに……しておくよ」
「なによっ!」
ユリオの微妙な含みの言い方に、ロシアナはキッとなる。勝気で兄想いの少女がさらに何か言おうとした時、
「ロシアナ、何をしているんだ。それに……あっ! ユリオじゃないか!」
アスティオが入ってきた。すぐ後にルルも。
逃亡潜伏中のはずのユリオ。そして、何故か兄の寝室にいる妹。
2人を前に、アスティオは目を丸くしている。
もちろんルルも驚いてユリオを見つめる。




