第27話 イケメンと美少女のカップル成立はダメですか?
馬車で走り去ったルルとアスティオを追って、モーリツ伯爵邸に辿り着いたユリオ。
用心しながら、そっと館の裏手に回る。
王都の高級住宅街である。治安は良いので、モーリツ伯爵家の夜警番兵が外で見張っているわけではない。しかし、時折の警邏巡回はある。気をつける必要はあった。
伯爵邸の裏手に回る。なかなか立派な木立がある。茂に身を潜めるユリオ。
あった。
茂みに隠れている、目印の大きな敷石。両手で持ち上げる。下は真っ暗な穴だ。提灯で照らす。地下への階段となっている。
よし、行けるぞ。
これは、モーリツ伯爵家の者が非常時の脱出や秘密の出入りに使う隠し通路である。大貴族の邸宅には、だいたい、このような秘密の仕掛けがあるのだ。血腥い政変や内紛陰謀を、貴族たちは繰り返してきたのである。命守るための手段は発達していた。これもその1つ。
ユリオは、幼い頃から、学友アスティオのこの館に、何度も遊びに来ていた。2歳上の〝頼れる兄貴〟アスティオは、ユリオをいつも大歓迎歓待し、あれこれして遊んだ。
その時に、この秘密の通路を教えてもらったのである。本来、他家の者に教えてよいものでは無いのだが、アスティオは、それだけユリオを信用していたのだ。友情の証と言ってよい。
それが今、役に立つとは。
提灯を掲げたユリオは、地下通路へ降りていく。入った後、またぴったりと、入り口の敷石を嵌めておいた。
慎重に進むユリオ。この地下迷路、秘密の裏口が、どこへどう続いているか、必死に思い出す。アスティオと2人で一緒にこっそりと、散々探検したのだ。何とか頭に入っている。
階段を降りて、地下通路を少し歩くと、上りの階段になる。もう上は伯爵邸だ。地下通路の天井。ただ、ただ、冷たく、暗い。
「ひょっとして俺の真上で、今、ルルとアスティオがイチャイチャと……全部脱がして……いや、自分から脱いじゃったりする?……最後の1枚まで? 魔法少女が? それで……それで……始める……の?……あの清楚な女神のクラス委員長が……あれこれ全部……俺のやろうとしたことを……所有主であるこの俺を差し置いて?……なにやってんだっ!」
体が張り裂けそうになる。頭はとっくに弾けている。
「いや……今、それを考えちゃいけない。落ち着くんだ。何がなんでも。御主人様の権利、ルルを正当に所有する俺の正義を、知らしめねばならない。無駄に騒げば、敵の思うつぼだ。そうだ。ここは敵地だ。アスティオが俺の奴隷であるルルを連れ去った。言語道断だ。絶対に許せない。正義が損なわれた。回復しなければならない。そのために俺はここにきたんだ。俺は絶対にルルを取り戻す」
慎重に階段を上っていく。
モーリツ伯爵邸の構造。普通の間取りと、壁の中の秘密通路隠し部屋がある。大貴族の邸宅では、よくこうなっていた。表と裏の二重構造である。
ユリオが上がったのは、壁の中の狭いスペース。息苦しい。いや、とっくに呼吸など忘れてたのだ。
「えーと、アスティオは、ルルを自分の邸に連れ込んで、どうする? とりあえずは、客間か。で、なければ、いきなり寝室? それはさすがにまずい。ルル、早まるなよ。お前が知っていい男は俺だけだ。魔王ユリオだけだ。この魔王の逆鱗に、どうか触れないでくれ」
狭い隠し通路を、息も立てず、動く。
アスティオの客間。超上流貴族の令息ともなると、まだ当主でなくても自分の客間を持っていた。豪奢な部屋である。ここで、アスティオは学友たちをもてなすのだ。
客間には、大きな壁画が描かれている。その人物像の瞳がちょうど空洞になっていて、隠し通路から中を覗くことができる。
そっと覗き見るユリオ。
「ああああっ!」
思わず声を上げそうになった。やっとの思いで飲み込んだ。
ルル!
いた! ルルが!
やっと見つけた! 追いついた! 走ってきて……よかった……
「ルル……無事だったんだ……」
う、う、っと涙しそうになるユリオ。必死に視線を走らす。ルル、夜の蝶のときと同じロングドレス。何も変わりは無い。
ソファーに座っている。寛いでいるようだ。時折、豊かな黒髪を撫ぜている。
ルルの正面に立っているのは。
アスティオ。
王国随一のイケメン貴公子。女子の心を攫うファッションリーダー。
「どうぞ、これを」
アスティオが、ルルに、肩掛けを差し出す。実に優雅な仕草だ。完璧この上なし。肩掛けのほうも贅を尽くした高級品だ。透かしの紋様が編み込まれている。
「あ……お気遣いなく」
ルルは戸惑っている。
「いいえ、もっと早く気づくべきでした。お受け取りください」
アスティオの言葉。貴族の威厳と女性への敬愛が、同時に込められていた。
これに圧されたルルは、
「じゃあ……」
と、アスティオの好意に、まだ、なすべきことをわからぬ様子だが、
「さあ」
と、アスティオが、さっとルルに肩掛けを掛ける。
「ありがとうございます」
ルルはうつ向いて、ほんの少しだけ、頬を染めていた。ロングドレス。ノースリーブだったのである。それに気づいたアスティオが、肩掛けを持ってきたのだ。完璧無比この上なき貴公子。
うが、うご、
壁の中の暗い隠し通路に隠れ、人物画の瞳からこの光景を見ているユリオ。動転する。
「なんだ、こいつらは。いい雰囲気じゃないか。なにやってんだ。まさか、もう一戦コトを……いや、まだしてない、よね……当然だ。する……なんて、許さねえ。何があろうとも。御主人様は許可してないぞ。するわけない。でも……これからなのか? おい、ルル、すっかり不用心じゃないか。どうした、クラス委員長。お前の前にいるのは、獣なんだぞ。お前の肉体を狙っている……そこにしか興味がない……騙されちゃだめだ、何やってるんだ、早く御主人様のもとに帰ってこい」
やきもきするばかり。
ルルを見つけ、とりあえず、安心した。まだ、〝危険〟な状況ではない。そう見える。相変わらず剣の柄を握っているが、ここで壁を破って飛び込んでいく? さすがに、それはまずい。一応、理性も残っているのだ。
ちょっと冷静になってくる。
ユリオもよく知っている、モーリツ伯爵邸のアスティオの客間。
ソファーに座るルル。その前に立つアスティオ。2人の間には、信頼関係があるように見える。そして、他に誰もいない。これは重要なことであった。だいたいおいて、上級王族貴族というのは、一人きりにはなかなかならないものである。客間などでは、ご用命を言いつかる従僕侍女が常に控えている。それがいないのは、
「君たち、今日は下がっていて」
と、アスティオがわざと下がらせた、そういうことだろう。
ルルと、2人で秘密のことがしたい。夜の自分の客間で。この品行方正良い子坊っちゃま軍団リーダーは、そう考えているのだ。
「なんだ、何が起きるんだ?」
固唾を飲むユリオ。
◇
ソファーに座り、ややうつむき加減のルル。
少し離れて立ち、じっとルルを見つめるアスティオ。端正な、美しい顔。強い決意がみなぎっている。
卓の上には、薬湯の瓶、カップが2つ、お菓子を乗せた盆。邸に戻って、2人で一息ついていたらしい。
やがて。
ふう、とアスティオが息をつく。
「ルルーシアさん、では、行きましょうか、寝室へ」
「はい」
ドッギュッ、オッオオオーン!!
ガウヘッ、ポヒョッ、ヒョオオオーン!!!
またまた。もう何度目であろうか。
言語を超える衝撃が、ユリオを貫く。なんだか、頭を高速でありとあらゆる擬音衝撃音が突き抜けていく。
うわあああっ!
これは、間違いなし!
寝室!
こいつら、そう言ったぞ!
間違いなく、ルルも、はい、と。え? はい? 寝室へ行こうと男に言われて、素直に、「はい」? だあってええ?
なんですかあ、あなたは何をしてるんですかあ……それは……俺は……最初ルルを寝室に連れ込んで何もなくて……それ以来、ルルが寝室に来てくれるなんて、1度もない。まるで当然のように。それで、今度はアスティオの寝室に?
ルル。すっかり寛いでいる様子だ。アスティオを警戒している様子はまるで無い。やっぱり……心を許している? すっかり? まだ何もしていなくても、これからするつもりはできている? 俺たちのクラス委員長が? 絶対にやっちゃいけないことを? おいおい。向こうの世界でこんなの知ったら、みんな卒倒するぞ……簡単すぎるよ……男に声をかけられて、馬車にささっと乗って、邸に行って、客間でおしゃべりしたら、すぐ寝室……マジ? なんで? 恋をしたから? でもちょっと待って。それってただの気の迷いかもしれないよ。さんざん後悔するかも……
ユリオは、固まっていた。
腰の剣の柄はずっと握っていた。体が動かせなかった。動かなかった。最悪の事態。悪夢が現実に。想像しまくっていた場面が遂にきた。でも、いざ現実となると……
ここで飛び込んだら?
「俺の奴隷を奪うのは、許さん!」
と、アスティオを成敗し、ルルを取り戻せる?
絶対に無理だ。
アスティオは、武芸の達人だ。たとえ素手でも、反射神経は良い。壁の奥の隠し通路から不意にユリオが剣を抜いて躍りかかっても、難なく躱わすだろう。そして、「者ども、出会え、出会え」と家臣たちを大声で呼ぶ。
ユリオに勝ち目は無い。じゃあ、どうすればいいんだろう。
ルルは、すっと立ち上がった。肩掛けが、ハラリと揺れる。
例によって、恭しくその手を取るアスティオ。慇懃で女性に礼節を尽くす貴公子。
「さ、こちらへ」
そう言って、2人は客間から出ていった。
壁の中で。
沸騰状態のユリオ。
「どうしよう、どうしよう、ルルが、俺の奴隷が……汚されちゃう……」
2人は寝室へ行く。男女で寝室へ行って……することといえば、もう絶対につまりそういうこと。
するんだ。
ルルは嬉々として。
素っ裸になって、ベッドの中で……
待てよ。
気づいた。
素っ裸になる……夢中になって……
そうだ。その時を狙えばいい。ハタと気づくユリオ。ベッドの中。どんな武芸の達人でも、完全に隙だらけ。完全に欲望の虜。欲望に支配されている。まさか平和な王都、自分の館で愛の交歓の最中に襲撃されるとは、思ってもいないだろう。アスティオだって、ルルの女神の肉体をモノにできるとなれば、完全に脳が持っていかれるはずだ。脳が溶けちまうだろう。できるのは、あのことだけ。ふふ、武芸の達人も、形無しだ。そうだ、昔から、英雄豪傑勇者も、女とコトに及ぼうとして寝首をかかれたり、よくあるんだ。素っ裸で、極上の美少女を味わい尽くそうとするまさにその時、俺が壁から飛び出て、正義の刃で奴を……
いいぞ、これはいける。それに、コトに及ぼうというのだ。アスティオは、家臣従僕侍女を遠ざけておくに違いない。何の邪魔もなく、奴を仕留められる。
アスティオを斬る。
俺の奴隷を奪った罪だ。そして、ルルを取り返す。
いや、待てよ。
昏いグヘンな笑みがユリオに浮かぶ。だらしなく下がる口元。ヨダレを垂らして。
「そうだ、その場でルルを蹂躙しちまおう」
ユリオの瞳に不気味な光が宿る。
「グヘ……これは、ルルへのお仕置きだ。裁きだ。俺を裏切ったんだからな。ご主人様を裏切る。……奴隷として最もしてはいけないことだ。罪は重い。だから、懲らしめてやらねばならんのだ。ふふ、グフ、ゲヘ……グホッホッホ……ルル、お前の御主人様は俺だ。お前を買ったのは俺だ。お前を所有しているのは俺だ。お前は俺のものだ。全部。頭のてっぺんからつま先まで。お前が自由にできることなんて、何もないんだよ。恋愛なんか許さない。他の男のことを、見ることも許さん。当然だ。お前が愛の交歓をしようとした男、恋した男、目の前で真っ二つにしてやる。これはこの世の正義なんだ。理というものを教えてやる、クラス委員長。ドヘ……まさかクラス委員長に、俺が正義を教えなきゃいけなくなる日が来るとは思いもしなかったぜ。これも異世界ということなのだろう。立場は変わったのだ。俺は決して忌木信太朗ではない。わからせてやる。血溜まりの中で呆然となっているお前を蹂躙して、踏みつけにして……ルルの魔法? ハハ、そんなの、何でもない。俺の気迫で、押さえつけてやる。心を寄せた男が不様に血溜まりの中に沈んだのを見て、魔法ズドンができるか? いや、させない。目覚めるのだ。魔王開眼だ。魔王ユリオ様の降臨だ。完全魔王となった俺の前で、ルル、お前は無力だ。異端魔法を打ち破るのは、恋心、だけじゃない。この魔王の執念、この魔王がこれまで積み上げてきた欲望の渦。それがお前の異端魔法を粉砕するのだ。呑み込むのだ。魔法の鎧なんて、何の役にも立たないよ。俺の欲望の重みを知るがよい。血溜まりの中で、ルル、お前を蹂躙する。愛した男の血を、たっぷり注いでやる。グオッ、ギャオッ、魔王降臨の儀式にふさわしいじゃないか。今日は魔王ユリオ様のバースデー。ルル、お前はその生贄だ。この世で最も尊い、最も得難い、最も美しい女神のお前が生贄となるのだ。素晴らしい。これはもう、決められた道なのだよ。もう逃れられない。変えることのできない道だ。俺はやる! やるぞ! グッへへーン!」
不思議な力が湧き起こるユリオ。すっかり、「俺は魔王覚醒したぞ」モードである。これから愛の交歓しようという男女を襲い、男を殺し、女を蹂躙する。原始的だが、もっとも血が騒ぐ儀式だ。ユリオは、音を立てぬよう注意しながら、狭く暗い壁の中を急ぐ。邸の構造はわかっている。アスティオの客間から寝室へは、ぐるっと回っていかねばならない。壁の中を急げば、先回りできるのだ。
どんな夜の闇も、今のユリオの欲望の昏さには、かなわない。




