第26話 奴隷少女に自由恋愛は許されますか?
ユリオは走っていた。
夜の王都。目指すはモーリツ伯爵邸。上級貴族は、自分の領地にある城の他に、王都にも邸宅を構えているものである。
モーリツ伯爵の令息アスティオは、間違いなく王都の自邸に、ルルを連れ去ったのだ。
「クソッ、人の奴隷を拐いやがって」
荒い息を吐くユリオ。
モーリツ伯爵邸。学友アスティオの邸宅には、何度も遊びに行ったことがある。場所はわかっている。
学友といっても。
アスティオは、ユリオが自分で選んだ学友ではない。ユリオの貴族学院での学友は皆、祖母ギオラとその忠実な家臣団が、厳正な審査の上選抜したのである。
大貴族の坊ちゃんとなると、自分で学友を選ぶことも許されないのだ。
当然ながら。
選ばれた学友たちは、みんな品行方正な超優等生良い子坊っちゃまばかりであった。何しろギオラの眼鏡にかなう連中なのだ。特に重要視されたのが、「女性への礼節」という、イカれた基準だった。
上級貴族の世界でも、このイカれた基準を信奉する連中は、それなりにいたのである。父クロードだけではないのだ。
この集団の中にいることは、ユリオにとって耐え難い苦痛だった。本来なら、家臣使用人の娘を襲ったり、貴族令嬢の寝室に忍び込んで暴れたりする、悪徳上等のドラ息子バカ息子悪ガキ軍団に所属したかったのである。いろいろと悪徳外道鬼畜を勉強したかったのである。もちろん、そんなことが許されるはずもなく……
品行方正良い子坊っちゃまたちが、貴族学院や、自邸に集まってする話と言えば、王国の将来だ、世に貢献する夢だ、詩だ、音楽だ、汚れなき純粋な恋愛だ、そんなのばかりだった。バッカじゃねーの、とユリオはいつも、うんざりしていた。特に我慢の限界だったのが、詩の朗読会とかいうやつである。良い子軍団はこれがとにかく好きで、さらに悪いことに祖母のギオラも詩の朗読会が大好きときていた。ユリオは毎度最悪に頭痛を痛くしながら、参加させられた。いったいこんなの何が楽しいんだ、と思いながら。
アスティオは品行方正良い子坊っちゃま軍団の筆頭格、リーダーであった。その挙措素行には、ケチのつけようがなかった。クロードの崇拝者であり、2歳年下のユリオのことを、いつも特に気にかけ、優しくしてくれた。頼りになる兄貴といえばそうであった。もちろん、上級貴族の世界である。純粋な友情などというものは存在しない。すべて政治であった。ルーベイ大公爵家とモーリツ伯爵家は昔から親密であり、父親同士も、貴族社会で良好な関係を保っていた。その繋がりである。
そんなわけで、ユリオは、アスティオのことはよく知っていた。
いや、王国の誰もがよく知っていたと言うべきだろう。
17歳になったアスティオ。モーリツ伯爵家の貴公子。家柄や素行だけではない。貴族学院で抜群の秀才。武芸はお手の物。気品に満ちた、輝く美貌。スラリとした長身。それた着こなし。王国の流行リーダーであった。王国中の女子を、夢中にさせていた。
ユリオとしては、アスティオの美貌だなんだは、羨ましく無かった。〝汚れのない純粋な恋愛〟なんぞ眼中に無く、女は富と権力で、従わせ、モノにし、蹂躙すればいい、そう思っていたのである。ユリオもそこそこ十分美形であるし。いや、顔に惚れさせる必要など、ないのだ。
むしろ、世にも醜怪な面相の男を手に入れて下僕とし、目の前で、恐怖に怯え泣き叫ぶ美少女を蹂躙させ、鑑賞したいとか考えていた。貴族の特殊な鬼畜変態趣味……というか、前世の冴えない自分が全く女の子に相手にされなかったコンプレックスから来る昏く歪んだ欲望なのかもしれなかった。全く、エ◯ゲー脳が現実で力を持つと、怖しいことになるものである。
アスティオは、なぜ、ルルを。必死に走りながら、考えるユリオ。
馬車で連れ去った。それは間違いのない現実である。
なぜ? わからない。アスティオにしては、ありえない行動である。アスティオとルルの会話。はっきりと、「では、これから私と一緒に来ていただけますか?」と言っていた。たまたまラーグ公爵に絡まれ困っている女の子を見つけたので助けた、そういうことではない。では。なんだ? 単に女の子を手に入れたかった? まさか。アスティオの性格からすれば、たとえ目の前でルルが全裸になったとしても、指1本触れないはずだ。何しろ「女性への礼節」「汚れなき純粋な恋愛」とやらを人生のテーマにしている品行方正良い子リーダーだ。そういう点では安心できるけど……
絶対に、安心できる……ん? 待てよ? そう、なのか?
本当に?
ドス黒い疑惑が。
そうだ……アスティオは……そもそも、なんであんないかがわしい夜の社交場に……
そこでユリオは、ハッとなった。
「よく考えてみろ! 俺だって品行方正良い子で通っていたじゃないか。みんなにアスティオと同じだと思われていた。でも、コッソリ秘密の隠れ家を用意して、手に入れた女の子を欲望全開で思いのまま蹂躙……とかしようとしてたんだ……確かに、まだうまくいってないけど……絶対やってみせる……うん……アスティオが俺と同じ……そうでないと、どうして言える?」
アスティオも。良い子の仮面の下で、昏い獣の欲望をずっと滾らせてきた、そういうこと?
今夜は、堂々と誰もが知っている夜の悪徳社交場〝宵寝の小鳩亭〟に自分で乗り込んできた。つまり、ユリオと違って、コッソリでなく、公然と品行方正良い子の仮面をかなぐり捨てるつもりだった? 今夜が、アスティオの悪徳デビュー。ユリオがルルを買って悪徳デビューしようとしたように。
慄っとする。確かに、これしか説明ができない。これしかない。女の子を手に入れるため、アスティオは、夜の社交場に乗りつけた。それ以外、あそこに来る理由がない。そこで店の前で、ラーグ公爵と揉めているルルを見つけた。ルルに一目惚れしたーー男なら誰だって一目惚れするだろうーーそのままルルを奪って去って行った。
「そうなのか? そうなのか? じゃあ、奴は、今頃、自分の邸宅でルルを……」
脳が沸騰しまくる。いや、もう、全部蒸発しちゃったかも。
「俺のルル……なんてこった……でも……でも……なんでルルは、奴に素直についていったんだ?」
必死に〝宵寝の小鳩亭〟でのことを思い出す。
馬車から降りたアスティオ。まっすぐルルに進み、何か囁いた。ルルが表情を変えた。その後で、アスティオが「では、これから私と一緒に来ていただけますか?」といって、ルルが笑顔になって「はい」と返事を。そして2人で馬車に。
ユリオの思い、ぐるぐると回る。
「なに……これ。なんですかあ? この状況。何が起きたんですかあ? おかしい。おかしいよ。絶対に。ルル、どうしちゃったんだ? なんであっさりついていったんだ? なんであの状況で笑顔を見せたの?」
ルル。確かに笑顔だった。しつこく迫るラーグ公爵から救われて、嬉しかった? それだけじゃないような……
その時、ピコーン! と、閃いた。とんでもないことが頭に浮かんだのだ。
ひょっとして、もしかして、
「ルルも、アスティオに一目惚れした!?」
ガッヒーン!!
グヒョッヘーン!!
いかなる言葉を持ってしても、今のユリオの胸中を表現することはできないだろう。
「大変だ! 大変だ! 大変だ! ルルがアスティオに? アスティオもルルに? ……恋……瞬間で落ちるタイプの……これ……これって……両想い? 双方向の? 相思相愛……ってこと? なんですかあ? それ、どういうことですかあ? ちょっとお……」
アスティオは、初対面な筈のルルに、何か囁いた。
あれは、ひょっとして、つまり、
「君は、僕のものになるんだ」
とでもいったのか?
いや、奴の事だ。これまで散々「汚れなき純粋な恋愛詩」用にこねくり回してきた言葉の中から選りすぐった、反吐の出るような気障な台詞でーー
それがどんなのかは、いつも詩会で頭痛を痛くしてぼうっとしていたユリオには、想像もつかないが。
ルルが、コロっといった? で、馬車にさっさと乗っちゃった?
そんなことがありえる?……あり得る……だろう……実際に起きたんだ。
認めざるを得なかった。
何しろ相手は、アスティオは、王国中の女子を夢中にさせるイケメンで、ファッションリーダーなのだ。誰でも女子を夢中にさせることができる……なら、ルルも? 委員長も?
ルルだって、要するに、17歳の女の子だ。ユリオの奴隷だけど、根本的な問題は、ルルが勝手に奴隷の身から解放されたと信じ込んでいて、そのカンチガイを訂正できてないことだ。
「ルル、お前は何があろうと、俺が蹂躙するために買った奴隷だ」とルルとエミナの前で宣言したら、今の場合……破滅的なことになるからだ。カンチガイをそのままにしちゃっている。
だから。本来、奴隷には許されないはずの自由恋愛。それをしちゃう。大アリなのだ。ルルは、ユリオの事を大恩人だと思っているけど、今のところ、恋愛感情は抱いていない、それはわかる。無念ながら。そうだ、〝同級生恋愛モード攻略ルート〟しようとか、考えてたんだっけ。まだ、全然進展してないけど。ルルからすれば、ユリオに操を立てる義理は無いのだ。恋心。それは全く自由である。
でも、ルル。前世の琴見咲良。確か、彼氏はまだいなかったはずだ。男の噂は、一切なかった。
だから、なんだ。
17歳の少女である。いきなり彼氏を作る。初めてのことを、いろいろする。突然起きるものだ。青春なんて、そんなものだ。
ルルは、15歳のユリオのことを、中学生のコドモだと思ってるんだろう。(実際は、前世と今世で精神年齢合計32歳だが)でも、アスティオは。17歳。ルルと同じ歳。
なんだかんだ、ルルは異世界に飛ばされて、心細い身。そこに、超絶美貌のイケメン貴公子が現れて、甘い言葉を囁かれたらーー
清楚清純なクラス委員長琴見咲良、とうとう陥落。いきなり陥落。出会い頭にごっつんこ、で陥落。そういうの、アニメやゲームで、よくあったよな。クッ、ソッ! なんてこった! チックショーッ!!
「やばい、やばい、やばい、やばい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ」
ユリオに変な汗が出る。散々走って、とっくに汗をたっぷりかいていたのだが。じとっとした冷たい汗。体は火照っているのに。
ルル。ルルーシア=琴見咲良。17歳。
「結局のところ、ただの女の子なんだ。普通の女の子。クラスの正義を守って、神々しく見えたけどさ。あの美貌と肢体、尊すぎる……でも、要するに17歳の女の子なんだ。恋心、乙女心……当然ある。それはいいだろう。そうはいっても。イケメンに声をかけられて、その場で車に乗っちゃう? それは、ちょっと……いや、前世でも……ダメだよ。危ないよ。ありえないよ。そんな子だったの? 俺たちのクラス委員長は。男に声をかけられて、ホイホイついていく……そんな……一目惚れ……それはいいとしても……恋愛するでも、もうちょっとちゃんと……手順とか踏んで……まず文通からとか……それがいきなり車に?……なんだそりゃ。親や教師は何をしているんだ?……学校が壊れている……だってまだ、女子高生だよ。それが……世界が壊れているんだ。もうメチャクチャだ。あんなに尊いクラス委員長が……いきなり……これじゃ、正義も何もない。クラスはどうなるんだ? 世界は一体どうなるんだ?」
ルルは、男に力ずくで蹂躙されようとしたなら、魔法をブッ放して身を守るだろう。でも……
恋愛!
恋心! 乙女心!
これはマズイ!
鉄壁の魔法の鎧を、自ら脱いじゃうんだ。完全無防備、丸裸に。恋愛魔法が、異端魔法を木っ端微塵に粉々に砕くんだ。もうどうしようもない。魔法の鎧だけじゃなくて、その下の服まで……脱がされちゃう……いや、自分で脱いじゃうの? アスティオの前で? 清楚清純といっても恋に落ちたら大胆に……どうせいずれはするんだし……ルルは自分の意思でアスティオの邸についていったんだ。だから、しちゃうかも。恋心で……最後までいく? ルルは豹変しちゃったのか? すごくいい笑顔してたなあ……アスティオの前で……俺は浅はかだった。今時の女子高生のこと、まるでわかってなかった。魔王でも攻略しかねる鉄壁魔法少女も、恋に落ちたら、いきなり丸裸だ!
ぜいぜいと息をするユリオ。アスティオは4頭立て馬車を飛ばして行った。4頭立て馬車を持ってる貴族なんて、ほんの一握りだ。今頃は、もう、モーリツ伯爵邸に着いているだろう。
で、どうなる? すぐコトに及ぶのか?
ユリオは、ついついアスティオの前でロングドレスを脱ぐルルを想像してしまう。
「うぎゃあああああああっ! だめだ。絶対に。ルルよ、早まるな。よく考えろ。そいつは、アスティオは、イケメン貴公子の皮を被った獣だぞ。所詮、欲望の塊だ。男なんてそんなものだ。詩なんぞこねくり回しても……〝汚れなき純粋な恋愛詩〟だっけ? あっはっは。そんなの何万行あったって、全部嘘っぱちだ! ただ、欲望を満たしたいだけだ。そんな男に簡単に肉体を与えちゃいけない。だいたい、お前は俺の奴隷なんだぞ! 何てことしてくれるんだ! 許さんぞ! 御主人様の権利でお仕置きしてやるからな! 恋愛なんて、とんでもない! わからせてやる! 魔王の鞭を思い知らせてやるからな!」
夜の王都を必死に走りに走ったユリオ。遂にモーリツ伯爵邸にたどり着いた。心臓は割れんばかりになっている。
ハアハア、ぜいぜい荒い息をする。とっくに体力の限界を超えている。崩れ落ちそうになるが。
「俺の奴隷に、手出しはさせない」
不屈の精神で、ユリオは立っていた。豪奢な大貴族の邸宅を睨みながら。気力だけで動いているのだ。
乗り込むぞ、とユリオ。
たとえ学友であろうと、俺の奴隷に手を出したなら、その報いは死あるのみだ。成敗してやる。
剣の柄に、手をかける。




