第24話 家臣の娘の鉄のパンツを脱がすフラグは立てられますか?
「じゃあ、行ってくるね」
昼過ぎ。ルルは、情報収集に出かけた。
ユリオは、見送る。
最近のルルの主戦場は、夜だ。夜の高級料亭に潜り込んで王国上層部に食い込み、あれこれ話を引き出してくる。
ルルを送り出すと、することのないユリオは、いつものように居間のソファーにゴロンとなる。
「えいっ! やあっ! この正義の剣、受けてみよ! エリューシオの名を見くびるな! お父様、待っていて下さい、必ず救い出します!」
中庭からは、エミナの元気いっぱいな掛け声がする。毎日やっている剣術鍛錬だ。
やれやれ、とユリオ。
蜂蜜館で美少女2人との同居生活。今はとにかく、自分の安全確保、命が最優先だ。下の欲望とかは……ひたすら悶々と身悶えているだけである。ここでは、前世の引き篭もり時代のように、アニメだゲームだに没頭することもできない。昔だったら、ひたすら2次元キャラクター美少女を妄想蹂躙して過ごしていたのに。
今、現実の美少女は、すぐそこにいるが。
ルル……女スパイよろしくの情報収集活動に熱中している。同級生恋愛ルートしようとか思ってたけど、フラグは全く立たない。前世で熱中していたギャルゲー恋愛ゲー……どうだったっけ? 確か、女の子の落としたハンカチを拾って渡して、それから、とか……通学途中、出会い頭にパンを咥えた女の子とごっつんこして、とか……そういえば、クレーンゲームで欲しいぬいぐるみがどうしても取れずにイライラしていた女の子に、さっと自分が取ったぬいぐるみをプレゼントして、うまい具合に……「あ、あなたに取って欲しいなんて、頼んだわけじゃないんだからね!」とツンした女の子、可愛かったなあ……ゲームじゃすぐフラグが立ってサクサク進展するのに……現実だと。ルルとは、何も起きそうにない。起きる予感もしない。ガチ恋愛……思ったより難しそうだ。
エミナはどうか。甲斐甲斐しくユリオの世話をしてくれるが、頭の中は、囚われの身である父ヴァイシュのことでいっぱいである。
〝鉄のパンツ〟娘なのだ。ユリオの期待するようなことは、起きそうにもない。
「エリューシオ……そうだ、エミナはエリューシオ子爵だったな」
中庭で元気に剣を振るうエミナに目線を送るユリオ。発育し始めた胸の線をチラ見するのが、今のささやかな娯しみである。
エミナの父ヴァイシュは、没落貴族の出身である。エリューシオ子爵として貴族だったのは、遠い昔の話で、ヴァイシュの代には貴族籍からも除かれていた。
ヴァイシュは奮起して軍人となり、ルーベイ大公爵クロードの下で戦い、多くの武勲をあげた。勇猛果敢、冷静沈着な武人であり、クロードも高く評価していた。しかしヴァイシュはある時、戦場で奮戦したあまり、戦傷で片足を失ってしまった。義足で歩くことはできたが、軍人は引退である。
部下を惜しんだクロードは、ヴァイシュを大公爵家の執事とした。ヴァイシュは家政領地経営でも優秀で堅実な働きをし、ついに家政職トップの執事頭となった。
クロードの推挙により、正式にエリューシオ子爵家の再興がなった。ヴァイシュは貴族に復帰したのである。
ユリオも、ヴァイシュには好感を持っていた。なにしろ、ルーベイ大公爵家には、絶大な忠誠を捧げていたのである。ユリオへの愛情は格別だった。
しかしながら。ユリオからすると、ヴァイシュの〝善意バカ〟〝融通の利かない堅物〟なところには、閉口した。
父クロードと祖母ギオラの方針に従って、ひたすらユリオを勇敢で女性に礼節を尽くす正義の武人として育てることを、自分の使命としていたのである。
すべて自分への愛情から出た行動なのはわかっているが、
「ユリオ坊ちゃまは、必ずやクロード様のような王国の英雄、貴族の鑑になるのですぞ」
毎度のこれは、ひたすら頭痛の種だった。やなこった、とヴァイシュの顔を見るたびに思っていた。
念願のエリューシオ子爵家を再興したヴァイシュ。その夢は、当然ながら、エリューシオ子爵家の末永い繁栄である。ヴァイシュは早くに妻を亡くしていた。一人娘エミナがいるばかりである。跡取りはエミナだった。エミナに、なるべく中級貴族以上の家格の婿を迎える、それが既定路線であった。
一方、ユリオの念願は。いつも側にいてくれる(接触は絶対にありえなかったが)エリューシオ子爵家の少女がなかなか可憐に成長発育してくるのを見て、なるべくなら、貪りたいものだ、などと考えていた。
明るく溌剌として、元気で可憐なエミナ。14歳。花開き始めたばかりの魅力的な肉体。
しかし。
ユリオとエミナは、正式な結婚は絶対にできない。ヴァルレシア王国では、家格家柄が全てだった。筆頭貴族ルーベイ大公爵妃に、貴族の名に復帰したとはいえ、門閥貴族からは仲間扱いもされないエリューシオ子爵家の令嬢がなるなどというのは、不可能だった。
正式の結婚でなくても、選択肢はあった。エミナがユリオの愛人になるのである。
これはなかなかいい考えだと、ユリオはずっと思っていた。家臣が主君に自分の娘を差し出すのは、特段珍しいことでもなく、悪いことだとも考えられていなかった。門閥大貴族なら、正式の結婚前に、愛人の1人や2人囲うのが普通であるし、その相手としては、素性のわからぬ歌い女踊り子などより、信頼できる家臣の娘というのが適正であると、むしろ考えられていたのである。ユリオのような大貴族の愛人となり嫡子でなく私生児であっても子を産めるなら、それは羨望の的となる立場である。栄誉といえた。
「肉体の方も……俺が最初に貪るのにちょうどいい娘だ」
そんなユリオの思いとは裏腹に。
〝堅物界の超大物〟ヴァイシュには、エリューシオ子爵家の発展しか眼中になかった。エリューシオ子爵の名を後世に伝えるためには、エミナが次期当主として婿を迎え、跡継ぎを産む、それしかないのである。主君の愛人として娘を差し出すなど、論外であった。
なるべく良い家柄から婿を迎えるために、ヴァイシュは質素倹約し、蓄財に励んでいた。王国では、勲功や財産の献上で、爵位を上げることができた。貴族でない庶民階級出身でも、成功すれば、軍功や財力によって、貴族の末端に加わることができたのである。誰も彼も、〝家産を殖やし家格を上げる〟のに熱中していた。家格家産こそが全てだった。
ユリオにとっては、家格家産などというのは、己の欲望を満たすための手段に過ぎなかったのだが。
エミナは当然、父親の方針に従っていた。良い家から婿を迎え、子爵家を発展させる。それが確実な未来であった。主君ユリオを慕い、絶対の忠誠を誓ってはいるが、
ーーユリオと結ばれる。
それについては、一瞬も考えていないのだった。
まったくもうーー
ソファーにゴロンとしながら、例によってユリオの妄想が始まる。
ヴァイシュは、ユリオの謀反人宣告の巻き添えになって囚われている。当然ながら、エリューシオ子爵家も、爵位剥奪となった。ヴァイシュが苦労して復興させた子爵家。あっさり消滅してしまったのだ。ヴァイシュが謀反を企むはずがないのは、誰もが知っている事だったのだが。
今、王国法上、ユリオとエミナの主従は無爵でお尋ね者。しかし、エミナは、正義の勝利を信じている。謀反の冤罪は絶対に晴れる。ユリオは大公爵に、ヴァイシュはエリューシオ子爵に復帰する。必ず、そうならねばならないのだ。
自分はいずれ子爵家当主として、婿を取る。潜伏生活であっても、その規定路線はビクともしないのであった。エミナの視野に、ユリオと結ばれるという選択肢は、依然として無い。
「くうう、これがエ◯ゲーだったらなあ。美少女と2人きりなんだ。何かが起きるはずだ。何も起きないわけはない。フラグが立って……立たないかな」
中庭で元気に剣を振るうエミナ。実に愛くるしい。躍動する少女の胸や臀の線をチラチラ見ながら。
「フラグ……前世でやってたゲームじゃ……こういう時は……エミナが剣振りで勢い余って素っ転んで、スカートが捲れ上がって……丸出し……そういうのが、まず基本だったんだけど……」
見えないかな……せめてパンツとか……
この世界にはゴム製品はないが、布を紐で縛るパンツや褌のようなものはある。
しかしながら、エミナは武人の父ヴァイシュから剣術を仕込まれている。足腰はしっかりしている。素っ転んだりするわけもなく。見えもしない。
「えい! やあ! 邪な者は、この剣が許しません!」
元気な掛け声が続く。
ユリオは、ひたすら邪な妄想を。
「フラグかあ……立つわけないか。ゲームじゃなくて、ここは現実世界だからな……いや、待てよ? 現実世界……それならむしろ、自分でフラグを立ててやればいいんじゃないのか? エミナと今、2人きりなんだ。邪魔者は誰もいない」
これまでずっと。ユリオはどこでも、大勢に取り囲まれて暮らしてきた。隠れて何かすることなど、できなかった。しかし、今は潜伏生活。手の届くところに、美少女が。
大胆に仕掛けちゃっていいんじゃないのか?
「そうだ……臆してはならない……俺はもう、忌木信太朗じゃないんだ。ルーベイ大公爵ユリオだ。前世とは違う人生を歩む、そう決めたんだ。よし、やってやろう。フラグ待ち? あはは。違う。自分でフラグを立ててやるんだ。そうだ。俺は強い。エ◯ゲーの世界を自分で作る。そう決めたんじゃないか。グヘッ、デヘッ」
ゴロゴロしてるだけの生活にも、さすがに飽きた。美少女と2人きり。
「やってやるぞ、俺は」
ついに立ち上がった。
そして、湯を沸かし出した。薬湯を淹れるのだ。久しぶりだ。館のことは、自分の仕事、そうエミナが主張して、ユリオには一切何もさせてなかったのである。
「よし。薬湯を淹れて、中庭に持っていく。エミナ、どうぞ、飲まない? と声をかける。エミナは恐縮しながら駆け寄ってくる。そこで俺は。思わず体のバランスを崩し、薬湯を零すまいとしながら倒れそうになる。トーゼン、エミナは俺を支えようと。そこで俺はエミナと、もつれて倒れ、あの花開き始めたばかりの肉体を、モギュ、ムギュ、と……グヘヘ……ウホ……ゴフッ……いいぞ。これぞ王道だ。大体こんなとこからストーリーってのは始まるんだ……ええと、モギュ、ムギュ、……それは絶対領域とかも行っちゃっていいのかな? いきなり?……ちょっと早い? やっぱり時間を置いてから? まずは落ち着いていくべきかな……うむ……焦るな、俺」
女の子と、もつれて倒れてモギュ、ムギュ、とか。ありえないくらい幼稚で呆れた作戦だったが、ユリオ=忌木信太朗が耽溺していたアニメやゲームでは、定番王道といえた。ここで実行できる作戦といえば、まずこんなものである。エ◯ゲーの世界を、異世界ヴァルドで現実にしようと、この精神年齢合計32歳の少年は考えたのである
「俺は……やるぞ……」
武者震いしながら、薬湯を淹れる。
準備はできた。戦闘開始だ。立て、フラグよ。
お盆に薬湯のカップを2つ載せると。
中庭に向かう。ひりつく感覚。
「えいっ! やあっ! 邪なる者よ、かかってこい!」
ちょうどこちらに背を向けて、一心不乱に剣を振るエミナ。
うむ。かかってやろうじゃないか。
ギラギラと目を光らせるユリオ。剣を振るエミナ。いい娘だ。実に美しい。ロングスカートである。
「ここで風が吹いて、スカートが捲れ上がる。そういうのでもいいんだけど……」
風が吹いた。
エミナのスカートの裾がめくれて、白い脛がーー
「ウホッ!」
思わず前のめりになるユリオ。手に持った薬湯の盆のことは、頭から吹き飛んでいた。
「ああっ!」
気づいたときには、盆をひっくり返しそうにしている。慌ててちゃんと持とうとするが、バランスを崩してしまいーー
「ぎゃあああっ!」
ひっくり返った。熱い薬湯を自分にぶっかけてしまう。もちろん、エミナが駆け寄り支える間も無く。
居間のソファーで。
「あちちち……」
ユリオは、呻いていた。
「ユリオ様、何でも私にお言いつけください。薬湯は、私が淹れます。でも、私のために薬湯を淹れて来てくださるなんて、ユリオ様はいつも家臣思いなんですね! 本当にもったいない! ユリオ様が、こんなに素晴らしい方なのを全世界にアピールできないのが悔しいのです! 間違いなく、このエミナの英雄なのです! さあ、どうぞ」
朗らかな顔のエミナ。香り高い薬湯を差し出す。
あはは、とユリオ。
うむ。これが現実だ。しかし。最後には必ず、バッドエンドでなくハッピーエンドにしてみせるからな! エ◯ゲーの世界。必ずこの手で現実化するのだ。待ってろよ。




