第22話 絶対領域の所有主 〜大魔術官は王を誑かしますか?
10日経った。蜂蜜館。今日も平和である。
ルルは、〝王国法上絶対安全〟な立場を活かし、毎日出かけ、買い物や情報収集をしていた。
エミナは大張り切りで館の家事をやり、その合間には中庭で、
「うりゃーっ! どりゃーっ!」
と杖術剣術の鍛錬をしていた。
ユリオは、ずっと居間のソファーや寝室のベッドでごろごろとしていた。
何もする気が起きない。〝ルーベイ大公爵ユリオ〟の時は、何かと忙しかった。貴族学院に通っていたし、少年とはいえ、いろいろと公務準公務が多かった。王国の上級貴族たる者は、まず、〝顔見せ〟である。国王に拝謁し、貴族仲間と会い、家臣領民と親しく接し、存在をアピールする。公式非公式の式典が、いっぱいあった。誰かとおしゃべりする。挨拶する。それが仕事なのだ。合間を縫って、勉強に武芸の鍛錬である。
それが急に無くなった。今までは予定がぎっちり、いつも大勢の人に取り囲まれて……ゲンナリするくらいだったのだが。
今はただ、ルルとエミナ以外の誰にも顔を見せず、潜伏生活をしていればよいのだ。大公爵の生活とは、まるで違う。
「異世界きてから、初めての休暇かな」
ポカーンとなっていた。いや、ポカーンとなっている場合ではなかったのだが、本当に、することもなかった。
「前世の引き篭もりに逆戻り? でも、前世じゃ部屋にはアニメやゲーム、漫画があったんだけどな。こっちじゃ、その代わりにルルとエミナがいる。美貌のルルと可憐なエミナを毎日拝める。それは嬉しいんだけど……結局、何もできないしな……」
潜伏生活も、〝鉄のパンツ〟状態。ひたすら、1人悶々とする。
10日の間に。
事態は動いていた。ルルの情報収集活動で、いろいろと、わかってきた。
ルーベイ領への追捕。執事頭ヴァイシュを始め、城の主だったものは、捕縛されたという。家宝財宝類も、没収された。金庫が空っぽだったのには、口あんぐりだったろうが、これにはユリオもしてやったりと、ほくそ笑む。城には今、王軍の兵士が駐屯している。ルーベイ大公爵領は正式に王領となった。
ところが、である。
謀反人宣告から8日目、捕縛されたルーベイ大公爵家の者は、執事頭ヴァイシュを除いて釈放された。
「謀反を企てたのは、ルーベイ大公爵ユリオと執事頭ヴァイシュである。この両名以外のものは、一切謀議への関与がなかったと判明したため、釈放とする」
そう、布告が出た。
「そんな」
父親思いのエミナは、ショックを受けていた。しかし、
「こんなのありえません。お父様が謀反なんて絶対嘘です! それこそ誰か悪い奴の陰謀です! 私が真相を暴いてやっつけてやります! 必ずお父様は救出します!」
ちょっと落ち込んだが、すぐ立ち直った。ますます、剣術の鍛錬に精が出る。もともと明るく溌剌とした元気娘で、曲がったことが大嫌いであった。この苦難に、さらに、正義の炎が燃えあがっていた。
「おかしいよな」
ユリオも、考える。
ルーベイ大公爵家名断絶という謀反騒動。それで処罰されるのは、ユリオとヴァイシュのたった2人。チグハグ。
「そんなこと、あるはずがない。この嫌疑はイカサマですと、自白しているようなものだ」
最初から、狙いはユリオだった。そうとしか考えられない。もちろん、ヴァイシュが謀反などありえない。ヴァイシュは〝善意の堅物〟で、王国とルーベイ大公爵家への忠誠は絶対だ。それは誰もが認めるところだ。
「狙いは俺、でも、15歳の少年が1人で謀反とかはさすがにありえない。それでヴァイシュを共犯にしたんだろう」
ヴァイシュは大公爵家の家政職トップである。謀反嫌疑なら、巻き添えを食う立場だ。運が悪かったのである。
夕食の席で、いろいろ相談する。
ルルは言う。
「王国の上層部の話も、ぼちぼち聞こえてきた。当然ながら、今回の事は誰にとっても不意打ちで、王国貴族も、大騒ぎだそうよ。ルーベイ大公爵が謀反なんてありえない、冤罪だ、筆頭貴族を潰す陰謀だ、との意見が主流。不穏な空気になっているみたい」
そりゃそうだ。貴族連中にとっても、他人事ではない。こんな、むちゃくちゃな取り潰しができるなら、明日は我が身である。大貴族ほど、震え上がって当然だ。
「ユリオに同情する貴族も多く、助けようと思ってる人も、いるみたい」
うむ、そうだ。
もちろんルーベイ大公爵を普段から嫌ってる連中は、大喜びしているだろうが、貴族というのも、お互い助け合いが基本である。ここまでの横暴なやり方には、結束するだろう。
こういった場合は、味方してくれる親族縁戚貴族仲間に助けを求めるのが、常道である。今のところ、お尋ね者はユリオと執事頭ヴァイシュだけ。領地は没収されたが、それ以上累は及んでいない。〝謀反〟の割に、あっさりした処分である。筆頭貴族ルーベイ大公爵の人脈ネットワークは非常に広く、強固である。頼れそうな相手は、いくらでも思い浮かぶ。
誰かしかるべき貴族のところに身を寄せ、再起を計るべきか。しかし。今の状況、誰が敵か味方か、わからないのである。みな、公然と王命に反抗しているわけではない。味方だと思って飛び込んで相手が、実は敵だった。そのまま捕縛され処刑台へ、ということもありえる。また、頼りにした貴族が心からユリオを助けたいと思っていたにしても、その家臣や召使いはどうか。
なにしろ、1万パナード(約1億円)の賞金首である。報償金目当てに裏切る、それは大いにあり得る。実際に過去、従僕の裏切り密告で捕まった貴族もいるのだ。
王国中にユリオ同情論が沸いているが、今、ここを動くつもりはなかった。ここなら絶対に安全である。ルルとエミナは、信用できる。
◇
「結局、この濡れ衣で俺を陥れたのはーー」
告発人については、わかっていた。
ユリオの叔父、父クロードの弟、レイドである。
レイドは廉潔な武人クロードとは正反対の遊び人で、酒と女、賭博の好きな男だった。よく大公爵邸に金をせびりに来て、祖母ギオラに嫌われていた。ユリオは、この叔父には、どちらかというと好意的だった。そのうち〝悪いこと〟を教えてもらおう、そんなことも考えていた。今回のユリオの謀反罪。公式の告発人は、このレイドであった。
だが、今回のこと。この叔父が仕組んだことではない。それはユリオにも、わかる。レイドに謀反をでっち上げ、王国を動かす力など、とても、ない。不可能だ。つまり、レイドは誰かに命じられて、謀反の告発を行った。
命じたのは。
考えられるのは、ただ1人ーー
国王。
グラハド国王その人。
国王自らが、ルーベイ大公爵家抹殺を決断し、レイドを使った。それしかない。〝告発人〟レイドには、恩賞として、別の家名爵位と少々の領地が与えられたという。
「うーん、どう考えてもおかしい。国王が俺を処刑だなんて」
頭をひねるユリオ。ますます、わけがわからないのである。
ルルは、
「王国上層部の評判も、一致している。今回の謀反騒動。国王が決断して、レイドにやらせたんだと。相当な衝撃みたいよ」
そりゃそうだろう。
グラハド国王。齡50半ば。少年王として即位してから40年になるが、ずっと英明で温厚の国王として知られていた。その治世に問題はなかった。王国は平和で大いに栄えた。ユリオの父クロードが戦死した対魔族戦役も、戦い自体は、王国の大勝利だったのである。ただ、勝利に気を良くして敵中深く残敵掃討追跡をしてしまった王国の部隊があった。魔族軍は残存兵力を結集して、突出した王国の部隊を包囲し、部隊は全滅しかかった。それを知ったクロードは、手勢を率いて駆けつけ、奮戦し敵を打ち破り味方を救出したが、自らは戦死してしまったのである。語り草となった武勲だが、ユリオからしたら、愚行の極みである。
生前のクロードど親密だったグラハド国王は、クロードの死に悲嘆し、王国を挙げての盛大な葬儀を自ら取り仕切った。そして、遺児ユリオに、目をかけてくれたのである。拝謁の度、我が子のように接してくれた。可愛がってくれた。常々、ユリオの将来が楽しみだ、と語っていた。これはユリオにとって、大きな栄誉であった。
だから。
突然の謀反人宣告。グラハド国王の判断とは、とても信じられないのである。そもそも、貴族に対するも謀反人宣告というのは、グラハドの治世でこれまでなかった。大貴族の家名断絶領地全没収も、初めてである。だから、
「信じられない……」
状況も世評も国王による処断、それを支持している。結論はそれしかなかったのだが。
なぜ、国王が? ユリオとしては、温厚で優しい国王の思い出しかない。
「ユリオ、これはきっと、私たちの異端魔法団と同じよ。今まで問題なかったのに、ある日、突然弾圧された。理由もわからずね。決断をしたのは国王。でも、裏で糸を引いている者がいる。それはーー」
ユリオも頷く。そう考えざるを得ない。突如始まった〝白月王の樹魔法団〟への凄惨な迫害。筆頭大貴族ルーベイ大公爵ユリオへの謀反人宣告。
同時に起きた。繋がっている。ずっと英明で温厚だった国王、ユリオを散々可愛がってくれたグラハド国王が、豹変した。その裏にいるのはーー
「大魔術官ベリルよ」
ルルが、きっぱりと言った。
間違いない。それしか考えられない、とユリオも。
◇
大魔術官ベリル。
名門貴族アポネロス伯爵家の出である。まだ、20代半ば。黒く長く伸ばした豊かな髪に、青白い顔の、なかなかの美青年である。
上級貴族出身であるが、魔法の素質才能があった。魔法学院で、抜群の成績を残した。国王からも、大いに将来を嘱望された。魔法学院卒業後、自ら国王に願い出て、諸国に魔法の修行の旅に出かけた。何年か姿を見せなかったが、半年前に、帰ってきた。王国の魔法協会で、国王の面前で、修行の成果である強力な魔法を披露したという。魔法協会の長老たちも、舌を巻いたとの事だった。
グラハド国王は、ベリルをいたく気に入り、王国魔法協会での役職を用意した。ベリルは国王の側に侍り、諸国の魔法の話をするようになった。
ベリルが帰国して、3ヶ月後。魔法協会を揺るがす事件が起きた。グラハド国王が、ベリルを大魔術官に任命したのである。大魔術官とは、王国の魔術師魔法使いのトップである。王国魔法協会の魔術師魔法使いが生涯をかけて追い求める地位である。
ベリルは家柄も実力も申し分なかった。いずれ魔法協会で出世することは確実視されていた。しかし、まだ若年で、そもそも魔法協会でまだ何の実績もないのだ。前例のない人事であった。魔法協会は大いに紛糾したが、決定を覆すことはできなかった。国王もベリルも、世評を全く意に介さなかった。ベリルと国王は、2人きりで閉じこもり話をする時間が長くなった。いったい何を話しているのか、誰にもわからなかった。
魔法のことをよく知らない貴族連中は、「アポネロス伯爵の御曹司も、国王の寵遇を得て、うまいことやったねえ。よほど珍しい魔法が使えるんだろう」などと呑気に語り合っていた。
大魔術官ベリル。事態が動き出したのは、1ヵ月前のことである。
ベリルは、魔術師を選抜して、自ら直属の魔術師部隊を作った。黒鷲魔術師団と命名された。王国の魔術師だけでなく、異国の魔術師も加わっていた。ベリルが見込んだ精鋭の魔術師部隊である。団員には、絶対の忠誠と、秘密厳守が要求された。黒鷲魔術師団が何をするのか、一切説明はなかった。王国魔法協会も、この魔術師団のことは、さっぱりわからなかった。全てが秘密のベールに閉ざされていた。
そしていよいよ、黒鷲魔術師団が動き出した。最初の仕事が、異端魔法団の摘発捕縛だったのである。ベリルの直属部隊は、恐るべき牙を剥いた。ルルの〝白月王の樹魔法団〟は、あっけなく壊滅した。異端の魔法をものともしない、凄腕ぞろいの魔術師部隊なのは、間違いなかった。
「黒鷲魔術師団……異端弾圧、そのためだけの部隊じゃないようね。今じゃ、国王の命令で王国貴族の内情秘密も探っている、と恐れられているわ。上層部の間でもさっそく、黒犬団と呼ばれて嫌われている。よくない噂を、あちこちで聞いたわ」
ルルの情報。
ユリオも、ベリルのことは知っていた。痩身で青白い顔の男。王宮で見かけて挨拶したことはある。別に危険な感じはしなかった。まさかあの男が、自分の濡れ衣、ルーベイ大公爵家の抹殺に関係しているのだろうか。これまで考えたこともなかった。
グラハド国王が、ベリルに誑かされて豹変した? 貴族社会の評価は、そういうものらしい。
ユリオは、思い出す。最近も、国王に拝謁している。ユリオは王都で暮らし、貴族学院に通いながら、時々領地に帰っていたのである。王宮や私的の招待で、国王に拝謁する機会は、いくらでもあった。
最近の国王の様子、どうだったっけ? 確かに昔ほど、ユリオに対して我が子のように愛情たっぷりな態度を示すことは、なくなっていた。しかしそれは、ユリオが15歳になったので、親子ではなく、君臣としての関係をしっかりと区別し示そうとした、そういうことだと思っていた。別に不自然ではなかった。
が、なんであれ。
謀反人宣告。ルーベイ大公爵家の抹殺の決定。1万パナード(約1億円)の賞金首。確かに起きたことだ。間違いなく、国王の決断。その背後にいるのは、大魔術官ベリル。現実を受け入れざるを得ない。
「ルルめ、ずいぶん王国の内情に詳しいな」
ユリオは、ふと気になった。ルルの情報。最初は街の噂が主だったのだが、最近は、上層部や大貴族の話を拾ってきている。ユリオの聞く限り、正確な情報に思える。
「ルル、そんな話、どうやって聞き込んでるんだ? 毎度酒場で、男に近づいて聞き出しているのか?」
「うん、そうよ。割とみんな、すぐいろいろ喋ってくれるわ。お酒飲んでると、ガードが下がるみたい」
澄まして応えるルルに、ユリオは、うぐぐ、となる。なるほど。そりゃ確かに、絶世の美少女ルルーシア=琴見咲良が近づいて、ちょっと面紗を持ち上げて、顔を見せてにっこりしてやれば、どんな男だって、グダグダ、デレデレになって、なんでも喋ってくれるだろう。〝夜の酒場大作戦〟は、好調の筈だ。
しかし。高校生の時の琴見咲良は清楚清純な潔癖症で知られていた。男の酒の相手をして手玉に取るなんて、前世でいう夜の蝶みたいな真似、らしくないが……
「これは、私の戦いなの。ユリオのことも守る。絶対助ける。それ以上に、私の仲間たちの無実を晴らし、仇を取りたいの。あんな酷いことされて……絶対このままで済ますわけにはいかないんだから。許さない」
ルルはキッパリと言う。ルルを異世界で拾ってくれ、面倒を見てくれた〝白月王の樹魔法団〟の仲間は、根こそぎ捕縛され処刑された。ルルは命は助かったものの、奴隷の身に落とされた。偶々ユリオに助けられ、自由の身となり(ユリオは別に自由の身になどしていないが)、魔力も復活したので、俄然、やる気になっていた。異端魔法団撲滅を指揮したのが大魔術官ベリルだとわかった。ベリルは、ルルの敵なのである。ルルの正義の炎の刃、日に日に強く燃え上がり、仇敵ベリルに狙いを定めていた。
「あんまりいきなり無茶しないでくれよ。まずは潜伏して様子見だから。貴族連中も動揺している。これから何かが起きるはずだ。ベリルってのは、なんであれ、今じゃグラハド国王の第一の寵臣ーーたとえ、そいつが全ての諸悪の根源の奸臣だとしても、迂闊に手を出すのはまずいぜ。貴族たちがどう動くか、まずしっかり見ていく。その先の事は、それからだ。」
ルルの正義心の暴走に、ユリオは、ハラハラする。ルルの魔法の力がどれほどのものか、それはわからないが、王国の大魔術官とその手下の黒犬団だかの精鋭魔術師部隊に1人で立ち向かって勝てるとは思えない。しかし……ルルは本気だ。本気で戦うつもりなのだ。例え1人でも……それで情報収集のためなら、夜の蝶の真似事だってしちゃうのだ。
そんなに身体を張るなら、とユリオは例によって思う。俺にまず、肉体を委ねてくれてもいいと思うんだけど、と、ルルの服の上からも存在感を主張する豊満な胸をチラ見しながら。
ルルは、にっこりとする。
「大丈夫。ユリオに迷惑はかけないよ。わかっている。ユリオは私の大恩人だからね。もう、感謝してもしきれないくらいの……大貴族や王宮上層部の話、私だけだと判断できないから、ユリオに全部聞いてもらうね。今日は、近衛副隊長と、モウル公爵の従臣頭の人と話したんだけど……」
「はあ?」
ユリオは、ルルの豊満胸をチラ見するところではなく、
「近衛副隊長に……モウル公爵の従臣頭?……本当か? もうそんなとこまで食い込んでいるのか。一体どうやって? 街の酒場なんぞにいる連中じゃないぞ」
「ふふ、ユリオ、あなたに貰ったお金が役に立ったよ。高級馬車の止まっている高級レストランの給仕に、そっと銀貨10ドラメ(約10万円)握らせたの。そしたら、入れてくれた。本当は紹介無しじゃ入れない店なんだけど……うまいこいったわ。それで色々な人に会えたの」
うぐぐ、とまたユリオは。
ルルには情報活動資金として、銀貨100ドラメ(100万円)を渡してある。なるほど、給仕にこっそりと金を……ついでに、ウィンクの1つもしてやっんだろう。どんな門だって開くだろうな。で、中に入れば。たとえ、上級の人間といえど、〝男〟には違いない。ルルの〝面紗ちょっと持ち上げ作戦〟で、どいつもこいつもすぐ陥落するわけだ。圧倒的な美貌だ。酒飲んでる時にいきなり見せられたら、脳が蕩けちまうだろう。
だが。ユリオに別の心配が頭をもたげる。上級の男というのは、横暴なものだ。対等の相手ならともかく、目下の庶民相手なら、かなりの無法に及ぶ者もいる。トラブル になっても、金と権力で、大抵はうまく処理できる。そういう世界なのだ。
ルルは、夜の蝶よろしく男の欲望の視線の渦に飛び込んで、大丈夫なのか?
ルルは王国法上、絶対安全な立場である。しかし、男の欲望からは、決して安全にはなり得ない。究極の美貌、至高の肢体。ユリオ自身、隙あらばルルを蹂躙しようとばかり考えているのだ。
ーー他の男もルルを狙っている。狙うに違いない。狙わないわけがない。
酒場での情報収集作戦。急に不安になってきた。
「ルル、頑張ってくれるのは嬉しいけど、本当に平気なのか? 危険な真似しちゃダメだぞ。男って、お前が思ってるより、危険なんだからな」
「うふふ、心配してくれるんだね? ありがとう。私だって、男性がみんなユリオみたいな高潔で女性に礼節を尽くす人間だなんて、思っていない。今までも、散々愛人なれだ口説かれたり、自分の邸に来てもっと話そうと誘われたり、馬車に引っ張れこまれそうになったこともあったわ。あ、そうそう、近衛副隊長には、年に銀貨5000ドラメ(約5000万円)で自分のものになれ、と言われた。でも、うまいこと逃げてるから、安心して」
「……」
やっぱり、そうなるんだ。狙われまくりのルル。入れ食い状態。でも、上手いこと男を手玉に取り、危ないところでは身を躱している。夜の蝶のテクニック、もう身に付けてるんだ。さすがだ。優等生クラス委員長。何をやっても一流だ。夜の蝶の真似事だって……
でも、本当に上手く逃げれてるのか? 上級貴族は、〝商売女〟のことなんて人間と思っていない。口説いて思い通りにならないなら、強引なことだってするだろう。さすがに身体を委ねたり、一線は越えてないだろうけど……胸をちょっと触られたり、触らせたりとか……うう、なんてこった……そもそも、この俺だって、まだルルには指一本触れてないというのに……いや、正義派クラス委員長が、まさかそんなこと……でも、ルルは壊滅した異端魔法団の仇を取る、その一念に燃えている。正義の目的のためなら、多少は何かしちゃったりしていても……しちゃったりしてるの?
「ええい、ダメだ!」
ユリオの内心の咆哮。
「ルルは俺のものだ! 俺の奴隷だ! ルルに触れていいのは俺だけだ! 当たり前だ。他の奴が手を出す……絶対許さん。ルルの絶対領域。それは新雪の処女地のごとくに俺のために用意されていなければならない。他の男! とんでもない! このルーベイ大公爵ユリオの名にかけて、許さん! ルルが年額5000ドラメ? ルルはそんな安い女じゃないぞ! ルルの価値、わかってるのは俺だけだ。ルルをしゃぶり尽くすのは、この俺だ! 上から下まで。魔王ユリオをナメるなよ!」
他の男がルルに手を出す? ルルが掻っ攫われる? 新たに発生した不穏な予感に、目をギラつかせるユリオであった。
目の前の美少女は、すっかりユリオを信用しきって、微笑んでいた。値の付けられないな美しさだった。




