第20話 長い1日の終わりに見る夢はなんですか?
王都に宵の帳が下りる頃。
賑わう繁華街。と、ある酒場で。
「あーあ、今日は大騒動だったな」
カウンターの椅子に、どっかと座る1人の衛兵。赤い羽飾りの帽子に、赤い服。衛兵の制服そのままで来たのだ。
「おい、酒だ、酒を持ってこい。今日は持ち合わせが結構あるぜ。いいの持って来いよ」
大声を出す。へーい、と店主。
運ばれてきた酒をぐいっと呷り、ふう、と息をつく。やっと一心地だ。こんなに王都を走りまわったのは、初めてだ。本来、衛兵とは王宮や重要施設を護るため、堂々厳しく佇立したり巡察したりして、王都に睨みをきかすのが仕事である。
しかし、この謀反人騒動。王都がひっくり返る騒ぎだ。こんなの初めてだ。衛兵たちも本来の持ち場を離れ、捕吏警吏と一緒になって駆けずり回らねばならなかった。結局、今日、目指す標的は捕まらなかった。明日もまた、走り回されるのだろうか。
「やれやれ、こんなの捕吏警吏どもの仕事だろう。あいつらにやらせとけば、いいんだ。それに密偵どもも。クソッ、使えねえ奴等だな。俺たちゃ誰よりも鼻が利くんだ、とか普段、自慢してやがるくせに……あーあ、夜のうちに捕まってくれないかな。さっさと終わって欲しい。密偵ども、お願いだから、ちゃんと仕事してくれよ」
衛兵、捕吏警吏、密偵、王都の治安を司る面々は、総動員されていた。
ぼやきながら、酒を呷る衛兵。今回の大捕物。特別手当が出ていた。妙に気前が良い。だから、いい酒が飲める。奮発してくれるのは、嬉しいが……
「お隣り、よろしいですか」
振り返る衛兵。女だ。面紗で顔を隠している。裾の長いドレス。この世界では、女性が外出する時、面紗で顔を隠すのは、珍しいことではない。
「どうぞ」
衛兵は言った。すごく綺麗な声だったな。若い女だ。女は隣に座った。
「私、この王都、初めてなんです。いろいろ、よくわからなくて。今日はなんだか、どこも凄い騒ぎになってますね。何があったんでしょう?」
ちょっと面紗を持ち上げる女。顔をはっきりと見せた。
「うご……」
衛兵は、杯を落としそうになった。時間が止まった。感覚が全て消えた。すべて、女の顔に引き込まれた。
これまで見たこともない、美貌。黒い瞳。豊かに垂れる艶やかな漆黒の髪。形のよい朱い唇。白い膚。とても現実のものとは、思えない。
衛兵は、フラフラとなる。
「なんだ? これは。幻覚か? 酒が生んだ幻覚? まだ、そんなに飲んでないはずなんだけど……」
「ただいま」
ルルが、蜂蜜館に戻ってきた。
「あ、お帰り」
「ルルさん、エミナ特製のシチュー、用意しときましたよっ!」
ユリオとエミナが出迎える。
◇
衛兵から逃げ、蜂蜜館に逃げ込んだ3人。
落ち着いたところで、ルルは、買い物にでた。
潜伏するにも、食料だなんだ、いろいろ必要なものがあるのだ。もともと、ユリオとルルで買い物に行こうとしたところで、謀反人宣告の知らせを聞いたのだ。
改めての買い物。ルルは1人で行く。
実際のところ、3人の中で1番安全なのが、ルルだった。ユリオは謀反人宣告されて、追捕追及されている身である。エミナは、その家臣。王都ルーベイ邸から間一髪で逃げ出したのを、見られている。外には、衛兵捕吏警吏密偵がうようよしている。迂闊に出歩くことはできない。
一方、ルルは。
異端狩りで、一旦王国に捕縛されたが、危険なしと判断されて、奴隷として売られた。それを商人エスト=デュレイが買った。売買証書も作成された。ルルは今、王国法の観点からすれば、エスト=デュレイの所有する奴隷である。それ以上、王国が関知することはない。ユリオとの関係が、王国当局に知られるはずはない。ルルなら、王都で顔を見られても、素性が知られても、無問題だ。この蜂蜜館の購入にしてもそうだが、ユリオの〝悪徳はこっそりと〟作戦が、ありえないくらい役に立ったのだ。
ルルには、周辺の商店やなにやらの地図を書いて渡した。早速出かけていったルル。食料や、服やら、必要な日用品をいっぱい買ってきた。
「もう御主君を、これ以上働かせません! この館の仕事は、私がやります!」
エミナは元気に働きだした。蜂蜜館の勝手をユリオに聞いて覚える。2階の、ルルの隣の緑を基調とした部屋を、エミナの私室にした。
「こんな素敵なお部屋、いただいていいんですか?」
ピンク色に顔を輝かせるエミナ。この館のことは自分の仕事だと、あちこち扉を開けて見て回る。
「ああっ!」
固まるエミナ。やべ、とユリオ。
エミナが開けたのは……拷問道具がずらりと並ぶ、例の小部屋だった。
「これ、なんですか?……」
わなわなと震えるエミナ。ユリオは慌てて、
「あはは、この館買った時、家具から何から全部置いていってもらったんだ。すぐ住めるようにしようと思って。そうしたら、こんなのがあったんだ。見つけた時、僕もびっくりしたよ。なんだろうね。不気味だよね。でも、本当に使うんじゃなくて、観賞用かもしれないよ。こういうのを見てキャッキャするのが好きな人だっているから……早いとこ道具屋を呼んで、片付けさせるから」
「そうなんですか……見てるだけで……怖い……ですね……これとか、何に使うんだろう?」
エミナが手にしたのは……浣腸器具だ!
◇
買い物が終わって、一息つくと。
面紗で顔を隠したルルは、今度は情報収集に出掛ける。
「動けるのは、私だけだから。ユリオ、エミナ、ここから出ないでね。私に任せて。いろいろ調べてくる。こんな大捕物があったんだもん。そろそろ、王都中に、情報が流れてくるわよ」
「あんまり無理するなよ」
「ルルさん、ユリオ様は、このエミナがしっかりお守りしています!」
ルルは、王都のあちこちを回る。酒場で衛兵を見つけたので、いろいろ話を聞き出すことができた。かなりな収穫。その間、エミナは、掃除だ、片付けだ、料理だと忙しく働く。よく気が利き、よく働く娘なのだ。明るく溌剌とした、元気な少女だ。
そして、夜になって、戻ってきたルル。
卓の上のエミナ特製シチューを、みなで囲む。
◇
「どうだった?」
何しろ、異世界にはテレビもスマホも何もないのだ。王都の情勢、実際に歩いて聞いて回るしかない。でも、自分はお尋ね者。外へは、出られない。気がせくユリオ。
「うーん、一応の事はわかったよ」
と、ルルが話す。
もう、王都のそこら中に、布告状が貼り出されている。ユリオに謀反人宣告。ルーベイ大公爵家の家名断絶、領地資産の全没収。エミナの話と同じだ。
「それでユリオ、あなたに懸賞金が懸けられているの。ユリオを捕らえた者には、1万パナード(約1億円)、捕縛につながる情報を提供した者には、5000パナード(約5000万円)だって。あなたの人相書きも出回ってるからね」
「なにそれーっ!」
ガックンとなるユリオ。
「ひょっとして俺、王国史上最高額の賞金首になっちゃったの?」
「うーん……史上最高額かどうかはわからないけど、とにかく、王国は目の色変えて、あなたを探しているわ。何が何でも捕縛するつもりよ」
なんだ、いったい何なんだ……謀反罪……それが意味するのは、間違いなく死刑だ。捕縛されたら処刑台。王国はなぜ、俺の命をそこまで狙うのか? ユリオには、どうしてもわからない。俺の首に、1万パナード(約1億円)……急に首が重くなった気がする。
「大丈夫、安心して。あなたの行き先、全然掴めてないから。この館のことだって、わかるはずない」
ルルは、にっこりとする。
「今日、私が衛兵を倒したことだって、魔法だとはバレてなかった。通りすがりの体術の達人にやられたんだろうって。相手が誰なのか、まるで正体がわからない、不思議だ。一体誰なんだろうって、衛兵が話してくれたわ」
「それは……よかった。でも、衛兵から? どうやって聞いたんだ?」
「酒場に衛兵がいたの。それで話を聞き出したの」
酔った男に近づいて、話を聞きだしたのか。品行方正のクラス委員長らしからぬ話だ。
ともあれ。
王国はユリオの追捕に全力を挙げている。間違いない。しかしユリオ捕縛の手がかり、全く掴んでいない。一応、ほっとするユリオ。とりあえずは、蜂蜜館にいれば、安心だ。よかった、というのか。
「まずは安心ですね、さ、シチューどうぞ。冷めないうちに食べてください」
エミナの声に、さっそく食べ始めるユリオとルル。ルルはなんだか生き生きとしているな、とユリオ。〝奴隷解放〟〝魔力解放〟の日だから、当然か。
一方、俺は……お尋ね者だ。賞金首。朝のうちは……誰もが羨む身分だったのに……最高の日になるはずだったのに……突然、ドカンと落とされた。奈落の底に。誰からも追われる立場に。何が起きているんだろう……わからない。ねえ、なんで……
鱈腹シチューを食べた3人。
夜も更けている。今日は、とりあえず眠ることにした。
おやすみなさい、と言って、それぞれの寝室に。少女2人は2階で。
ユリオは1階の寝室で。
ユリオの激動の1日、長い1日、運命の1日が終わった。




