第18話 風雲は急を告げますか? 〜運命の歯車は回る
閑静な高級住宅街である。
なかなか瀟酒な館がひっそりと立ち並んでいる。誰も道は歩いていない。物売りもいない。賑やかな商店の集まる区域は、まだ先だ。
「おや?」
向こうの曲り角から、誰か走ってきた。可愛いドレスの少女だ。
「あれは?」
気づいたユリオ。思わず、声をかけてしまう。
「エミナ!」
一緒に王都に来た、侍女のエミナである。声を上げてから、しまったと思った。ルルを買って蜂蜜館に連れ込んだこと、屋敷の者には知られたくなかったのだ。でも、もう遅い。
呼ばれたエミナは、一目散に駆け寄ってくる。栗色の髪の少女。14歳。
「ユリオ様! ここにおいででしたか!」
ハアハアと、息を切らしている。
「うん……」
ちょっとフードを上げて、傍のルルをチラ見しながら、どう言い繕うか、考える。
が、エミナはルルのことなど気にも止めずに、
「大変です!」
と叫んだ。切迫した表情だ。
ん? 何があったんだ、とユリオ。屋敷で火事でもあったのか?
「お屋敷に、いきなり衛兵や捕吏が大勢踏み込んで来ました。みんな捕まりました。私はちょうど晴れ着の試着をしていたのですが、何とか逃げることができました。一刻も早く、ユリオ様に伝えなきゃと思って」
「衛兵? 捕吏? みんな捕まった?」
鸚鵡返すユリオ。今日着いたばかりの王都の本邸が踏み込まれた? なんだ、そりゃ。さっそく俺の悪徳がバレたのか? いや、貴族が奴隷を買うのは、別に悪徳でも犯罪でもない。
「謀反人宣告されたのです!」
声を振り絞るエミナ。はあ? あぐぐ、とユリオ。……今、なんて言ったんだ? 俺の侍女は……謀反人宣告……聞き間違い? あまりにも衝撃的なキーワード。ユリオは、もうついていけない。いや、誰だってついていけないだろう。
「謀反人宣告……て、誰が?」
「ユリオ様です!」
エミナが、トドメを刺す。
「ユリオ様が謀反人宣告されてしまったんです! 踏み込んできた衛兵が、布告状を読み上げました。間違いありません。王国に、ユリオ様が謀反人宣告されてしまったんです!」
「うげ……」
ポカンとなるユリオ。ダメだ、脳が持っていかれる。これ以上のない驚天動地の事態。
いや……ありえない。あるはずない。だいたい、今日は、大公爵当主のお披露目式のために、王都に来たんだぞ……これからみんなに会いに行って……もちろん、国王もわかっていて……みんな祝福大歓迎してくれて……それがいきなり謀反人宣告? 奴隷買ったから? いや、そんなこと、あるわけない!
謀反人宣告。謀反は、当然ながら王国で第一級の罪状だ。筆頭貴族のユリオが宣告された。これは王国をひっくり返す大事件だ。
頭がクラクラする。絶対にありえない。そもそもユリオは謀反など、考えたこともない。当たり前である。とても信じられない。でも、
エミナの必死の表情。嘘をつく子ではない。じゃあ、本当なの?
「エミナ、どういうことなのかな。もうちょっとわかるように説明してくれないか?」
「私にもわからないんです。いきなり衛兵と捕吏がお屋敷に押し掛けてきて、布告状を読み上げられて、一斉捕縛です。みんな訳も分からず捕まってしまったんです。ユリオ様も危ないです。すぐ、どこかに隠れないと、あ」
エミナは気づいた。
道の向こうの人影。
「追手です! ここにも追手が来てしまいました。あちこち探していたんですね。向こうはまだ、気づいていない……私が相手の気を惹きます。ユリオ様、その間に顔を隠して、私と他人のふりをして、そっとここを離れてください。そのまま逃げてください。どこか安全な場所へ、隠れてください。何が起きているのかは分かりません。でも、謀反なんて絶対あり得ません。それはわかっています。いずれ真実は明らかになります。どうかそれまで捕まらずに隠れていて下さい。お願いします!」
そう言うと、エミナは、向こうの人影の方へ、また走って行った。
相変わらずユリオはポカンと。
◇
道にバラバラと飛び出してきた男たち。なるほど、赤い制服に赤い羽飾りの帽子の、衛兵だ。ヴァルレシア王国の正規の衛兵。エミナの言っていたこと、間違いじゃないんだ。
「見つけたぞ!」
男たちに向けて走っていくエミナを見て、衛兵たちが、口々に叫ぶ。
「エミナ、無茶してるな」
ユリオはハラハラしながら見守る。
たちまちエミナは、衛兵に取り囲まれた。全部で8人。背の高い男たちに囲まれたエミナ。昂然と顔を上げている。
ユリオはフードで顔を隠しているし、エミナと立ち話しているのも、気づかれなかった。たまたま居合わせた通行人といった体だ。衛兵たちも、ユリオとルルのことは無視し、取り囲んだエミナだけを睨んでいる。
「エミナ、自分が囮になって、俺を逃すつもりなんだ」
衛兵たちの本当の狙い。それは、ユリオだ。間違いなく。それはわかっていたが、足が動かない。あまりにも想像を超える状況なのだ。
囲まれたエミナは。杖を持った。
エミナは、父である執事頭ヴァイシュに仕込まれた剣術杖術の達人である。小柄だが、その腕は確かだ。今も、剣を帯びているが、握ったのは杖。護身術は、杖が基本だ。やたらと抜剣するのは、問題になる。
エミナが杖を握るのを見た衛兵たち。一斉に、ギラリ、と抜剣した。青ざめるエミナ。それでもなお、昂然と頭を上げたまま。
おいおい、危ないな、ユリオは息を飲む。衛兵たちに囲まれたエミナ、ユリオを確実に逃がすために、ひと暴れするつもりなのだ。
でも、無茶だ。エミナの杖に、8人の衛兵が抜剣している。ギラつく刀身。あいつらのほうも、どうかしている。杖に対して抜剣とは。これも異常だ。普通、衛兵はそんなに簡単に抜剣しない。衛兵たち、異様に殺気立っている。平和な王都で見たことのない光景。
彼らがすぐ抜いたのは、
「抵抗されたら、斬り捨てろ。何が何でも捕えろ。逃すな」
との強い捕縛命令が出ている、そうとしか思えない。
「なんてこった、エミナが」
斬られる、まずい。エミナのユリオへの忠誠心は、絶対である。自分を犠牲にしてでも、主君を助けようと言うのだ。
「どうしよう、どうすりゃいいんだ?」
ユリオは、動けない。ユリオに逃げてほしい、それがエミナの願いである。でも、今しも斬られようというエミナを見捨てて逃げる、それがどうしてもできない。
「ユリオ」
ずっと黙っていたルルが言った。
「あなたが謀反人宣告されて、捕縛命令が出てるのね?」
「そう……らしいな」
「で、あの子はそれをあなたに伝えに来て、今、あなたを逃がすために、自分が囮になって、斬られようとしてるのね?」
「そう……だ。あれはエミナ。俺の侍女だ」
ルルは、フードを持ち上げると、コクリと頷いて、
「わかった。あの子がいなかったら、あなたも、私もあなたと一緒に、捕まっていた。私たちは、あの子に助けてもらった。見捨てることはできない。私、あの子を助ける。お願い、私の魔法封印を解いて」
「は?」
何を言い出すんだ? ルルは、しっかりとユリオを見つめている。強い瞳だ。その声音も。正義のクラス委員長。前世と同じだ。ユリオは、はっきりと覚えている。正義に燃えている瞳と声音。出会ったばかりのエミナを助けるために、クラス委員長琴見咲良の正義の炎が燃え熾っている。
「魔法……それでエミナを救えるの? 相手は8人。王国の衛兵だぜ」
やっとそれだけ言うユリオに、ルルはしっかりと頷く。
「できる。封印を解いてくれたらね。もちろん、あの子を助けるだけじゃない。あなたのことも、絶対に守る。私だって捕まったりしない。みんなでここを脱出するのよ。足跡を残さず、綺麗にね。さあ、お願い。早く」
確固たる口調。これで、クラスのみんなを従わせていたのだ。委員長琴見咲良に決意を見せられたら、逆らう者など、誰もいなかった。
ユリオは何も言えない。口の中がカラカラだ。だがーー
懐から、鍵を取り出し、ルルに渡す。
受け取ったルル。素早く自分の首輪の錠を開ける。パチンと音がして、首輪が外れた。異端魔法使いルルーシアを束縛していた首輪。魔法封印が、解除された。魔力解放である。奴隷商グドルクには、絶対するなと言われていたことだ。
ーーいいのかな、これ。
ユリオは、何か大切なものを失ってしまったような気がした。
それ大丈夫なのか? 強力な魔法を使って、衛兵からエミナを救出して逃げる? もし、そんなことをしたら。
確か、魔力探知と言うものがあるはずだ。ユリオも、学院で習っている。魔法は、ごく一部の者だけが使える強大な力だ。恐るべき破壊力攻撃力ある。だから、魔法は常に警戒されている。王国魔法協会のメンバーが、王都に目を光らせている。勝手な魔法の使用は、魔力探知に引っかかる。すぐに大捜索が始まるはずだ。迫害される以前の異端魔法団も、好き勝手に魔法を使えていたわけではない。王国との取り決めルールに従って、魔法を使用していた。
「衛兵を8人ぶっとばす魔法。絶対に魔力探知に引っかかるぞ」
この場を逃げることはできても。今度は大捜索が待っている。王国魔法協会と王都衛兵捕吏が、総力を挙げて追ってくるだろう。
逃げ切れるのか?
ユリオの心配をよそに。
ルルの目つき、変わっている。自信に満ちている。紛れもなく強者の目だ。勝利を確信している、正義の女神。
改めてフードをしっかりと被るルル。
「ユリオ、あなたもしっかりフードを被って顔を見られないようにして。このまま動かないでね。エミナを助けたら、みんなで逃げるから」
そう言うと、すっぽりと被ったマントをゆらめかしながら、エミナと、取り囲む衛兵たちの方へと歩いて行く。
ユリオは、ゴクリと唾を飲み込む。いいんだ、これで。琴見咲良が、無思慮なことをするなんてありえない。勝利の秘策があるんだ。ここは従っていればいい。見守る。フードをしっかりと被って。
ゆっくりと、ごく自然に、ルルは睨み合うエミナと衛兵に近づいていく。
取り囲まれたエミナ。おとなしく投降するつもりは見せない。衛兵の方も。エミナの本筋の杖の構えに臆したか、抜剣してるとはいえ、普段は絶対に禁止である流血沙汰を起こすのに気後れしているのか、まだ、動かない。
いよいよ近づくルル。衛兵の1人が気づく。
「なんだ、お前は。こっちに来るな。今、捕物の最中だぞ。見てわからんのか!」
殺気立った声。ユリオがエミナと話をしていたのは、見られていない。関係ない通行人だと思われている。
すい、と無言のルルが衛兵の1人に身を近づけた。
「ああっ!」
叫び声とともに、その衛兵は崩れ、倒れ伏した。
「なんだ、こりゃ」
ユリオの目にした光景。どういうこと? さっぱりわからない。ルルは何をしたんだ?
それは衛兵たちも同じだった。みんな、驚きの表情を浮かべている。何が起きたのか自体、わかってないのだ。
衛兵を1人倒した後のルルの動きは素早かった。すぐさま次の衛兵へ。懐に飛び込む、と言ったほうがよい。なめらかな、踊るような足取り、身のこなしであった。衛兵も、呆気にとられている。ルルが衛兵に触れるか触れぬかのうちに、
ドサッ、
また1人、衛兵が倒れた。その時には、もうルルは次の衛兵に飛び込んでいる。
ドサッ、
ドサッ、
倒されていく衛兵。剣を振り上げた者もいたが、ルルの動きの方が素早かった。相手に接触せんばかりに飛び込み、ひらりと身をかわす。すると、衛兵は剣をかかげたまま、崩れ落ちるのだ。刹那の動き。優雅で無駄のないルルの足取りと身のこなし。
瞬く間に、8人の衛兵は石畳に沈んだ。みな、意識を失っているようだ。ピクリともしない。あっという間の出来事だった。一陣のつむじ風が通り過ぎた後のようだ。
茫然となるエミナ。まだ、杖を構えたまま。
ルルに、無駄は無い。
「さ、行きましょう」
そう言うと、エミナの手を取って、ユリオの方へ。やっと気を取り直したエミナも、ついてくる。
キョトンとなっているユリオ。
なんだ? 何が起きたんだ? ルルは何を見せてくれたんだ。
「さ、逃げよう、幸い誰にも見られていない。今のうちに」
ルルが言う。
そして、まだ持っていた魔力封印の首輪を、
「もう、これに束縛されることもないか」
と、えいっ、と遠くに投げる。
「あっ!」
思わず叫ぶユリオ。金色の首輪。キラキラ輝きながら、誰かの館の塀の向こうへ消えていった。
これ、まずくね? もうルルの魔力は封印できないんだ。でも、今は。何しろ謀反人宣告されて、追捕される身なのだ。
逃げなきゃ。
わけわからん運命。いろいろありすぎ、起こりすぎだ。まだ理解できていない。できるわけない。いきなり風雲が急を告げてきたりしちゃって。いや、変事を命懸けで伝えに来てくれたのは、可愛いエミナだ。
ともかく、捕まったらヤバイ。何しろ、謀反人。第一級の重罪だ。もう、これは。
一もニもなく。
ユリオ、ルル、エミナの3人は、一緒に走り出した。
石畳の路上に倒れ伏す8人の衛兵を後にして。




