第157話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 22 交錯する『覗き』
女湯。
キラキラと神秘的に輝く鍾乳洞の岩肌から、突如として二つの金色の瞳がギョロリと突き出た。
岩に同化し埋もれたユリオの瞳が、不気味に周囲を見回す。
「……いないな」
ユリオは壁の中で独りごちた。
『似岩の魔符』の威力。想像以上だった。男湯と女湯を隔てる強固な岩盤を、難なくすり抜けることには成功した。
しかし。ここはただの女湯ではない。「鍾乳洞迷宮温泉」なのだ。入り組んだ洞窟の迷路に、無数の大小様々な湯壺が点在している。お目当てのルル、エミナ、クローリディアの3人が、どこの湯壺に浸かっているのかを探し出すだけでも、一苦労だった。
しかも、誤算はそれだけではなかった。
女湯に潜り込めば、見渡す限りの若い女の子たちの全裸が拝めるーー男のロマンが、ついに実現! とユリオは胸をときめかせていたのだが。
現実は甘くなかった。
(……なんだよ、あれは! けしからん、実にけしからんぞ!)
岩の中から覗き見る若い女子のグループは、女湯であるにもかかわらず、湯着や湯布を律儀に身にまとい、隠すべきところをしっかり隠していた。
逆に、周囲の目を一切気にせず大胆に素裸をおっぴろげ晒しているのは、年配の女性か、完全に仕上がったお婆さんばかりである。
「女湯なのに身体を隠すなんて理不尽だ! 温泉への冒涜だろ!」
ユリオは身勝手な怒りを心の中で爆発させていた。同時に、一つの不安が頭をよぎる。
もし、自分が狙っているあの3人までが、湯着なんぞで御尊体を隠していたら?
(……ケロッ、その時はその時だ)
岩肌に浮かぶユリオの金色の瞳が、妖しくギラリと光った。
『似岩の魔符』を発動している今、鍾乳洞の岩盤はすべて自分の手足のようなもの。間近の壁までこっそり近づき、岩の中から不意に手を伸ばして、ルルたちの湯着や湯布をひっぺがしてやればいいのだ。
いつも冷静沈着で小生意気なルルが、突然湯着を剥ぎ取られて全裸に剥かれ、うろたえてパニックになって、顔を真っ赤にする姿を想像する。
(これはいい……最高だ!)
岩の中でユリオはニヤニヤと卑しい笑みを浮かべた。かなり久々に、グヘヘ気分を満喫する。
岩からすい、と手を伸ばして悪戯をして、女の子たちが悲鳴を上げるうちにさっとまた岩の中に手を引っ込める。絶対にバレない。まさに無敵の完全犯罪。まさかルルも、ユリオが貴重な切り札である『似岩の魔符』をこんなことのために使うとは、思うまい。
「今日は、今日こそは……思う存分蹂躙してやるぞっ! これまでの借り、全部返してやる! 女子どもめ、覚悟しろ……! ハーレム大魔王を見くびるな!」
上手くいけば。隙を突いてルルの圧倒的な爆乳や、クローリディアの誇り高き美乳を、岩の中から伸ばした手でガシッとワシ掴みにすることだってできるかもしれない。
「グヘヘ、グへへへへ……!」
ルルの超爆乳! あの超爆乳を!生まれたそのままの姿のルルを、しっかりこの手に!
ああ。
奴隷市場でルルを買ってから、ここにたどり着くまで、何という長い道のりだったことだろうか。
それにクローリディアも。もう何百回もクローリディアを蹂躙する妄想はしてきた。あの性悪高慢女が、無駄な美貌と美乳なのは確かなのだ。誰がなんと言おうと、あの女公爵を辱めるのは、絶対の正義の鉄槌である。どうあってもやらねばならない。
暴走する妄想。ヨダレを垂らし、興奮のあまり下腹部に血が上ったユリオのせいで、同化している鍾乳石の壁が、そこだけ不気味にじんわりと赤く上気し始めていた。岩が発熱している。
だが。
その時、ユリオの耳に、女湯の奥から響く女性たちの鋭い悲鳴が飛び込んできた。
『キャーーーッ!?』
『な、何よこれ!?』
『男よ! 男が侵入してきたわーーっ!!』
「っ!? なんだ!?」
壁の中でユリオはぎょっとして聞き耳を立てた。
心臓がドクンと嫌な跳ね方をする。まさか、自分の『似岩の魔符』による覗き作戦が、早くもバレてしまったのだろうか。
(いや、そんな筈はない! 俺はまだ顔の目玉しか出していないし、岩と同化しているんだぞ……!? ひょっとして、俺の他にもこの女湯に突入した、とんでもない覗き魔の同業者がいるのか!?)
壁の中でヨダレと冷や汗を流しながら、ユリオは自らの「復讐(覗き)」を脅かす予期せぬ事態に、激しい動揺を隠せない。
とにかく急がなきゃ。
やや焦りながら、岩の中を動いていく。
◇
(おっとっと、ここはちょっと見晴らしが良すぎるねぇ)
ラズは、指先ひとつで自らの身体を鍾乳洞の天井に固定しながら、ひょいと身を翻した。
『羽根の指輪』の威力によって、ラズの体重は文字通り一枚の羽毛と同等にまで軽くなっている。鍛え抜かれた天性の身軽さも相まって、ラズは重力を完全に嘲笑うかのように、女湯の天井をひょいひょいと音もなく渡り歩いていた。
慎重かつ、巧妙に。洞窟の天井から無数に垂れ下がるツララのような鍾乳石の石筍の影に、真っ赤なベストを滑り込ませて身を隠す。
「いや〜、広いねえ、広い広い。これじゃあちょっとした、お色気迷宮の鬼ごっこじゃん?」
さしものラズも。
入り組んだ迷宮温泉の構造に、すぐにはお目当ての獲物を見つけることができずにいた。だが、そこは『影の執行官』である。
迷宮温泉に入る前に頭に叩き込んだ案内図の構造が、ラズの脳内で完璧な地図として組み立てられている。
どうルートを潰せば効率よく獲物の美少女たちを追い詰められるか。
手練の探索能力を全開にして、影から影へと軽快に飛び跳ねていく。
実はラズも、同じ覗き魔のユリオと同様、女湯に侵入すれば「辺境の地でウブな女の子たちの裸が見放題!」という、最高のご利益役得を期待してルンルン気分だったのだが。
現実はユリオの見た光景と同じ。若い娘ほど隠すべきところをしっかり隠し、大胆なのはお婆さんばかり。
あてのはずれまくりな光景。
だが。この筋金入りの女たらしは、ユリオのように憤慨したり落胆したりはしなかった。
「あはは、ガードが固いねえ! でもまぁ、雑魚の裸なんて興味ないし? 僕ちゃんには、あの超絶美貌で爆乳と村で大評判のご本尊、ルルお姉さんがいるもんね。でっかい完熟の果実をじっくり拝んで、それから骨までしゃぶり尽くせば、お釣りが出まくりってものでしょ。お宝頂戴は、ほんの付け足しってとこかな。いや、この世の女の子が、僕のお宝ちゃんだよねぇ」
むしろ、手に入りにくい獲物ほど燃え上がるのがラズの悪い癖だ。
ルルへの執念を欲望の炎と燃え上がらせ、ふっと口笛を吹こうとした。
その時だった。
ラズの超人的な聴覚にも、女湯に響き渡る女性客たちの黄色い悲鳴が届いた。
『男よ!』『力ずくで壁をぶち壊して入ってきたわ!』
「おっとぉ?」
ラズは一瞬、天井を這う自分の姿が見つかったのかとヒヤリとした。が、すぐに違うと察した。
どうやら、物理的に壁を粉砕してド正面から突入してきた大馬鹿野郎がいるらしい。
「嘘でしょ、不調法にも程があるんじゃない? 覗きってのはさぁ、もっとこう、風情とか情緒とか、忍びの美学ってものがあると思うわけよ。あーあ、これじゃ、せっかく湯に浸かってのんびりしてた女の子たちの警戒度が跳ね上がっちゃうじゃん。いけないねぇ。邪魔が入らないうちに、さっさと僕の可愛いルルちゃんを見つけて、お仕事(暗殺強奪)しちゃわなきゃね。急ごう、急ごう」
ラズは呆れ果てて首を振ると、すいっと天井を滑るように移動した。
そして、姿勢を安定させるために、目の前にあった手頃な太さの石筍をグッと掴んだ。
――だが、その石筍が、なぜか「ぐにゃり」と人間の肉のような生暖かい感触で曲がったのだ。
「……ん?」
さすがのラズも、その異様な感触に「え?」と目を見開いた。
ラズが掴んだその石筍は、何を隠そう、岩と同化して女湯を物色していた蝦蟇男・ユリオの『足(あるいは何かしらの部位)』だったのである。
岩の中で。突然、見知らぬ男の手で部位を力任せに鷲掴みにされたユリオは、訳も分からず大パニック。「ひぎゃっ!?」と声にならない悲鳴を上げ、慌てて天井の岩の奥深くに思い切り身体を引っ込めてしまった。
「あ、あれれ?」
ラズの指先から、突如として支えが消えた。
掴んでいた石筍が文字通り「壁の中に消えた」のだ。当然、ラズの身体は完全に宙に浮いてしまう。
ラズの『羽根の指輪』は、体重を羽毛のように軽くするだけの代物であり、空中を自在に飛行する魔法の発動はできない。質量が軽かろうが何だろうが、支えを失えば、あとは重力の法則に従うだけである。
「わ、わわ、ちょっと待って! これ、浮遊の魔法じゃなくて落下の魔法になっちゃうパター――」
陽気な悲鳴を上げながら、ラズは真っ逆さまに落下していった。
しかも、運の悪さはそれだけでは終わらない。
ラズが落ちていった真下には、より下層の未開拓の洞窟へと繋がる、底の見えない暗黒の「竪穴」が、ぽっかりと大きな口を開けて待っていたのだ。周囲には、立入禁止の看板と、うっかり温泉客が落ちないようにと柵がしてある
「おっとっと、まさかの奈落行き!? いやぁ、僕ちゃんの華麗な女湯襲撃作戦が、こんなギャグみたいなオチで――え? ルルちゃんの噂の爆乳、まだ見てないんですけどーー」
最後まで軽口を叩きながら、金髪の色男ラズは、暗い暗い竪穴の奥底へと、ヒラヒラと吸い込まれるように堕ちて消えていったのだった。




