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第156話 秘湯! 熱闘! 大死闘!! 21 女湯に突入せよ!



 ユリオが『似岩(にせいわ)の魔符』を発動し、ドス黒い情念と剥き出しの妄欲を燃やして女湯めがけ岩盤へと突入したのと、同じ頃。


 『影の執行官』ラズもまた、温泉の立ち込める湯気の奥で、静かに、しかし獰猛に動き出していた。


 クローリディアから逃げて入った温泉から一旦上がったラズは。素早く村の中での聞き込みをしたのだ。


 ダルトンの殺しの正体は、あっけなく判明した。


 たちまちのうちに、完璧な絵合わせ(パズル)が完成する。


 クローリディアの靴底の証拠。ダルトンを小屋ごと木っ端微塵に吹き飛ばした5人組の正体――それが、村一番の宿に泊まっているユリオ一行であることは、もはや疑いようのない事実だった。


 だが。集まった情報はあまりにも奇妙で、ちぐはぐなものばかりだった。


 「へえ……。蝦蟇(ガマ)顔の男に、あの、お財布が破産しそうなほど見栄っ張りの大貴族様風の女、それに付き従う筋肉モリモリの大男、か」


 ラズは唇の端を吊り上げ、自身の金髪を指先で弄ぶ。手練(プロ)の暗殺者や工作員の集団としては、あまりにも目立ちすぎている。村の誰もが噂するほどの珍妙な一行。


 しかし。ラズは経験豊富である。その頭脳は、妙な一行を「高度な擬装(カモフラージュ)」であると結論づけた。


 (なるほどねえ。噂の超美人の爆乳お姉さんが魔術師で、このおかしな部隊の『隊長』ってわけだ。僕ちゃんを欺くために、あえて殺し屋には見えない蝦蟇(ガマ)男や、場違いすぎる高飛車カンチガイ女を身代わりに立てて、任務を擬装(カモフラージュ)してたんだ。……いやぁ、大したタマだよ、本当に)


 ラズの中で、まだ見ぬルルへの評価は「極上の美少女」から「冷徹で喰えない女狐」へと跳ね上がっていく。そして同時に、ワレンシュルド公爵の重大な機密書類は、そのルルが肌身離さず持っているのだと確信した。


 もう、間違いない。


 狙うべき獲物(ターゲット)が決まれば。影の執行官の動きは電光石火だ。


 好都合なことに、奴らは今、無防備にも男女別々の温泉に浸かっている。


 女湯を電撃的に襲撃し、退路のない袋小路であの爆乳美少女を締め上げ、機密書類を奪う。ついでにその綺麗な首を跳ねて、任務完了。実にシンプルで美しい作戦だ。


 「しかも、場所は女湯……。ひょっとして神様って、僕ちゃんの味方なんじゃないの?」


 ラズはウキウキとした足取りで、再び普通の温泉客のふりをして男湯へと戻ってきたのだ。



 『殺しも女も両手に花』


 それがラズの信条である。これほどそそる舞台はない。


 書類を奪うついでに、極上の美貌爆乳お姉さんや、他の女子たちの全裸を拝み倒し、恐怖に顔を歪めさせてやるのだ。考えるだけで、女たらしの本性が歓喜に震えた。


 男湯の一番奥、人気のない『静寂の湯壺』のさらに奥の暗がりに身を潜めると、ラズは右手の指にはめた自慢の魔法具(アイテム)――『羽根の指輪(フェザー・リング)』を発動した。


 指輪が淡い琥珀色の光を放ち、ラズの鋼のような身体から質量(おもみ)が急速に奪われていく。


 自らの体重を一時的に羽毛のように軽くするこの指輪を使えば、音を立てずにスイスイと天井や壁を走ることが可能になるのだ。


 「よっと……。それじゃあ、天井から失礼しちゃうよ、お嬢さんたち」


 ラズは音もなく跳躍すると、鍾乳洞の垂直な岩壁に吸い付くように着地し、そのまま重力を無視してスルスルと天井へと駆け登っていった。


 頭上には。


 男湯と女湯を隔てる厚い岩盤のさらに上、熱い湯気を逃がすための複雑に入り組んだ「湯気口」の空洞が広がっている。


 全裸の美女たちが待つ天国へと続く、暗い煙突のような迷路。


 ラズは猫のようなしなやかさで、天井の隙間へと滑り込んでいった。



 ◇



 ラズが天井の湯気口へとスルスルと消えていったのとほぼ同時刻。


 もう一人の『影の執行官』――レスキュラ伯爵の懐刀であるレルドンもまた、漆黒の耐魔革鎧を軋ませながら、鍾乳洞温泉の奥深くへと足を進めていた。


 ヴォシュの村に遅れて到着したレルドンの行動は、迅速かつ無駄がなかった。


 普段は地獄の底から響くような地声で生真面目な正論しか吐かない寡黙な男だが、大貴族の悪事を手伝う『影の執政官』である以上、情報収集もまた重要な任務だ。この時ばかりはレルドンも手練(プロ)の工作員としてのスイッチを入れ、村人に対して努めて穏やかな――といっても、その巨躯と強面ゆえに限界はあるが――態度で接していた。


 「……旅の、5人組か」


 「ええ、ええ。さっき温泉の方へ行きましたよ。一人は見上げるような大男で、もう一人はものすごい高飛車なお嬢様でねぇ……」


 最低限の言葉で村人を誘導し、必要な情報を絵合わせ(パズル)のピースのように嵌めていく。


 レルドンをずっと悩ませていた「ダルトンの小屋の跡に残されていた大量のカエルの粘液」という不可解な謎は、あまりにもあっけなく氷解した。


 「そういえば、その一行の中に、ひどく顔の大きな……なんというか、蝦蟇(ガマ)にそっくりな若者が混じっておりましたな。あれは一体どこの生まれなんだか」


 「……蝦蟇(ガマ)、だと」


 繋がった。あの粘液は魔獣の襲撃などではなく、ただの「犯人の顔の分泌物」だったのだ。


 ダルトン殺しの犯人は、村で噂のユリオ一行。


 キマリだ。


 そして。レルドンもまた、その一行のちぐはぐな構成から、ラズと全く同じ結論に達した。


 (あの奇妙な蝦蟇(ガマ)男や大男、意味不明に増長した場違い女はただの『目くらまし』。本命は、一行をまとめていた美貌の爆乳娘――ルル。奴が魔術でダルトンを吹っ飛ばし、我が主レスキュラ伯爵の機密文書を奪い取った首謀者に違いない)


 今、ルルたちは。袋小路である鍾乳洞迷宮温泉に入っているという。

 

 ここまでの事実を掴んだレルドンに、躊躇は一切なかった。ルルを殺し、書類を取り返す。後はただ、それだけだ。


 獲物(ターゲット)が爆乳美少女だと知っても、ウキウキするようなことはなかった。この無骨な執行官は、美少女などで微塵も動揺しない。女子の全裸など、ただの「肉の塊」にすぎない。作戦行動における遮蔽物か障害物程度の価値しかなかった。


 「任務遂行……それ以外に、私の存在意義などない」


 方針が決まるや否や、レルドンの動きは文字通り重戦車のごとき質量と速度を帯びた。


 男湯へとずんずんと土足同然に踏み込み、湯気に煙る温泉客たちの視線をその威圧感だけで黙らせる。そして、男湯と女湯を隔てる巨大な鍾乳石の岩壁の前に立つと、分厚い革手袋に包まれた拳で、コンコン、と岩肌を叩いていく。


 反響音。厚み。構造の脆い結晶の並び。


 一瞬で女湯への「最短距離」を見極めたレルドンは、深く息を吸い込み、その圧倒的な剛腕を引き絞った。


 「――我が主の障害となるものは、悉く粉砕するのみ」



 ドンッ!!!



 鼓膜を破らんばかりの爆音が男湯に轟いた。


 レルドンの豪拳が直撃した岩壁は、まるでおもちゃの煉瓦のように派手に爆裂し、女湯へと直通する巨大な突破口(風穴)が無残に穿たれたのである。



 今、平和なヴォシュの村の鍾乳洞温泉には。


 全く異なる目的を持った3人の男たちが、それぞれのルートから女湯の聖域へと肉薄していた。


 壁の中には。女子の裸を覗き見てこれまでの鬱憤を晴らそうと、大興奮で岩盤と同化しながら突き進む蝦蟇(ガマ)男・自称未来のハーレム大魔王ユリオ。


 天井には。『殺しも女も両手に花』を信条に、ルルのお命とお宝を頂戴、そして女子たちの全裸を拝もうとウキウキで這い回る金髪の色男・ラズ。


 正面からは。女子の裸には目もくれず、ただただルルを抹殺して書類を奪うため、物理的に壁をぶち破って直進する黒鉄の重戦車・レルドン。


 湯船で呑気に身体の発育の悩みを語り合っていたルル、エミナ、クローリディアの3人に対し、まさに同時に迫る変態大魔王と暗殺者たちの包囲網。


 何も知らないルルーシア=琴見咲良(ことみさくら)


 湯壺の中、完全に無防備。


 まさに絶体絶命。


 かつてないお色気(エロス)暴力(バイオレンス)喜劇(ギャグ)が交錯する大危機の幕開けであった。



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